アイリスと異世界食堂   作:虹華ξ紳士

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サンドウィッチ

 

 アイリスはこの特別な日を楽しみにしていた。

 

 それは “ドヨウの日”と呼ばれる、週に一度だけ異世界食堂が開かれる日。

 普段の生活から少しだけ抜け出し、異世界の風味豊かな料理に舌鼓を打つことができる、この一瞬の贅沢は、彼女にとって日常の彩りであり、何よりの楽しみであった。

 

「ふぅ……癒されますね」

 

 アイリスは今現在入浴中である。

 

 彼女は、この日ためにいつも以上に鍛錬に励んでおり、稽古を終えた後は、この後待つ特別な時間のために、きちんとお風呂で身体を清めるのが彼女の習慣だ。

 浴室はすでに温かな湯気で満たされており、ほのかなハーブの香りが漂っていた。

 

 彼女は丁寧に髪を解き、バスタブの縁に腰かけると、指先で水面をそっとなぞる。湯はちょうど良い温度で、肌に触れると瞬く間に心地よい温もりが広がった。

 

「んっ」

 

 最初に足を伸ばし、次にゆっくりと腰まで浸かる。

 そして最後に肩まで浸かり、目を閉じると、湯が全身を包む感覚に、彼女の体はふわりと軽くなり、湯の中で疲れが溶けていくように感じられた。

 

「やっぱり。お風呂は最高ですね……」

 

 

 ――健全なシーンを脳内補完し、少し時間を進める。

 

 湯上がり後、自室でアイリスは保湿された肌をそっとタオルで拭いながら、今回は異世界食堂で何を注文しようか、考えていた。

 

「本日はどうしましょうか……?」

 

 鏡越しに自分の姿を確認しながら、アイリスは口元に指を当てて悩む。

 

「お客の皆さんがおっしゃっていたエビフライとやらに冒険してみましょうか……?」

 

 自室で可愛らしい服を選びつつ、何を食べようか思索するアイリス。

 

「でも、甘いものをお腹いっぱい食べてみたい気もしますし……」

 

 以前アイリスは、銀色の細長いグラスに盛られた、雪のように白いアイスと、その上に刺さっていた甘芋、それを洗練された様子で口に運ぶエルフの姿を見たことがあった。

 

 その優雅さに惹かれたアイリスは、あのデザートも一口味わってみたいと考えている。

 

「しょっぱいもの、あまいもの。うぅ……悩みます!」

 

 異世界食堂に入る前から、悩み続けているアイリスは、ベッドの上に並べた服の中から、一つの黒いドレスを選び取った。

 

 今日はちょっと大人びた格好をしてみようという、少女なりの“おめかし”だ。

 

「うん、準備ができました!」

 

 アイリスはドレスを身にまとい、姿見でぐるりと回ってみる。

 すると、スカートの裾が美しく広がった。

 その姿を鏡の前で確認すると、彼女はにっこりと花の笑みを浮かべた。

 

「あとは……鍵を忘れないよう首にかけてっ、と」

 

 アイリスは異世界食堂へ繋がる“鍵”を首に掛けると、満足そうに一息ついた。

 

「準備はこれで完璧です」

 

 ドキドキする胸を押さえつつ、アイリスは城の食堂へと急ぐ。

 

 彼女が向かう場所は、一見ただの飾り扉。

 しかし実は、特別な日にだけ異世界へと繋がる奇跡の扉。

 

 アイリスの足音が、石造りの廊下に響き渡り……静まる。

 

 ついに扉の前に立った彼女は、その手をゆっくりドアノブにかける。

 彼女の心はすでに、“冒険”の旅へと出発していた。

 

 

――異世界食堂。

 

 

ξ

 

 

 チリンチリンと、ずっと待ち望んだ鈴の音が耳をくすぐる。

 店内は、異国・異種族の者たちによって、華やか賑やかに盛況していた。

 

「おや、お嬢ちゃん。今日は一人かい?」

 

 店主が、食堂内に入ってきたアイリスを見つけて声をかけてくる。

 ここは皆が平等の地、例え王族であっても気さくに声をかけられる。

 

「は、はい。今日は二人が非番で、私だけで来ちゃいました……ダメでしたか?」

 

 一人でここへ来ることは初めてだったため、不安げな様子のアイリス。

 

 しかし大丈夫、ここは皆が平等の地。

 ドラゴンも、蜥蜴も、ドワーフも、エルフも、もちろん人間も。

 多種多様な者たちが訪れるこの空間、来る者基本拒まずが、この店のルールだ。

 

「そんなことないさ。今日もうちの食事、食べていくんだろう?」

「は……はい‼︎ ありがとうございます店主さん!」

 

 そしてツノの生えたウェイターに案内されて席につくアイリス。

 彼女は一人できたことにドキドキしつつも、メニューを開いてみた。

 

 そこでは、ここに来る以前に考えていた、塩っけのエビフライについての説明を眺めてみたり、デザートコーナーにある甘めのパフェの種類を熟読していた。

 

 「なるほど、エビフライは色々な主食に合うのですね……。そしてパフェも一通りではなくチョコやストロベリーなど複数選択肢があると……。うぅ、一人だとなかなかメニューが決まりません!」

 

 アイリスはあまりに多くの選択肢に頭を悩ませていた。

 

――すると、他の客たちの喧騒がアイリスに聞こえてくる。

 

「だーかーら、唐揚げにマヨネーズ。これの組み合わせで挟むのが一番最高なのです!」

「いや、それは違う。ツナにマヨ。これこそが絶妙な塩分でパンには最適と言えよう」

「ふっ、わかっとらんな。タマゴ、それだけでいい。シンプルこそ究極、故に最強」

「あほか! コロッケなら何でも合うって言うとるやろ‼︎ ソースがこれまた刺激的!」

 

 なにやら食事についての議論をしているようだ。

 

 ここではよくあることで、クレアが前ににほんしゅ談義をしていたので似たようなものだろう。

 アイリスは再びメニューを眺め思索に耽ろうとし……。

 

「なんでわかってくれないの⁉︎ 唐揚げのジューシーさをパンが吸収する。これだけで最高って聞いただけで涎でてくるじゃないですか!」

「それならツナマヨも似たような事が言える。あの魚介の香ばしさが仄かにパンに付着する。つまり究極、故に最強」

「真似するな若造。タマゴ、たまご、卵。母なる大地を思い出す。つまり“答え“じゃ」

「コロッケ! コロッケこそが一番合うに決まってるよなぁ、みんなあ⁉︎」

 

 話に興味が惹かれ、耽ることはできず、こっそりと聞き耳を立てていた。

 

「ではこうしましょう。誰かに一番を決めてもらうのです」

「ふっ、いいではないか。もっとも、負けるとは一ミリも思っていないがな」

「究極が負けたことはない。それが答えじゃ」

「よし乗った! じゃあ誰か今都合の良さそうな人で……いた!」

 

――アイリスに指が指される。

 

「わ、私ですか?」

「そうです」「そうだ」「そうじゃ」「そうや!」

 

 突然の出来事に頭をこんがらがせるアイリス。

 一体この四人で何が決まったのかを問うことにする。

 

「えっと、その。皆さんは何について話し合っていて、私がそれに選ばれたのですか?」

 

 四人の話していた内容、それは……。

 

「「「「サンドウィッチには何が一番合うかその舌で決めて欲しい」」」」

 

 ますます困惑するアイリス、サンドウィッチとは一体何なのか。

 

「おや、お嬢さんサンドウィッチをご存知ないのですね?」

「ふっ、サンドウィッチとはな。スライスした二枚のパンの間に具材を挟んだものだ」

 

 なるほど、アイリスは理解した。

 その名の通り、美味しい物をパンに挟む王城でも見かけたことのあるやつだ。

 

「うむ、その通り。お嬢ちゃん、代金はワシらで持つ。どうか品評してくれないかの?」

 

 確かに気になる食べ物だ、ここは冒険してみてもいいかもしれない。

 アイリスは首を小さく頷いた。

 

「コロッケが一番だけどなぁ〜。ってわけで店主! それぞれ四つ頼むよ!」

 

 新たな世界へ、心がワクワクしていた。

 

 

ξ

 

 

「はいお待ちどうさま」

 

 数分が経ち、もう料理が出来上がったようだ。

 

 アイリスの目の前には四つのサンドウィッチがそれぞれ置かれている。

 それも、彼女の胃袋に合わせた配慮がなされているのか、ミニマルで可愛らしい。

 

「では、始めさせて頂きます」

 

――そしてついに、仁義なき戦いが始まった。

 

「ではまずは……このサンドウィッチですね」

「どうぞ、よろしく味わってください」

 

 始めに、アイリスが一つ目――“唐揚げマヨ”のサンドウィッチに口をつけた。

 最初の一口を頬張ると、「っ! ……美味しい」パンの軽さが、唐揚げのジューシーな肉汁をしっかりと受け止め、その旨みが一気に口の中に広がる。

 

「んっ……ふむふむ」

 

 唐揚げの外側はサクサク、中はしっとりと、噛むごとに肉の風味が豊かに溢れ出す。

 そして、その上にはたっぷりとかかったマヨネーズが、香ばしさを一層引き立てていた。

 そのクリーミーさは唐揚げの塩気を優しく包み込み、口当たりをまろやかにしてくれる。

 

 また、サンドウィッチに挟まれたシャキシャキのレタスが良いアクセントとなり、食感に軽やかなリズムを生む。

 フレッシュな味わいが、揚げ物の重さを程よく和らげ、最後の一口まで飽きさせない。

 食べ終わった後もその美味しさの余韻が長く口の中に残る。

 

 しっかりとした味わいがありながらも、さっぱりとした後味で、また次の一口が恋しくなる魅力的なサンドウィッチだ。

 

「こんなの初めて食べました! すごく美味しいです‼︎」

「ふむ、では次は俺のだな」

 

 次に、アイリスは二つ目――“ツナマヨ”のサンドウィッチに口をつけた。

 ふんわりと焼き上げられたパンに包まれたツナマヨのサンドウィッチ。

 最初のひとかみで、しっとりとしたツナの食感が舌に広がり、マヨネーズのまろやかな風味が加わって口全体に優しい味わいが広がる。

 

「はむ、はむ」

 

 ツナのほのかな塩気が、マヨネーズのコクと混ざり合い、シンプルでありながらも深みのある味わいを生み出している。

 ツナの柔らかな食感に対して、時折加わるパンのほのかな甘みが良いバランスを保っており、全体的に優しい味わいが広がる。

 

 シンプルだからこそ、そのバランスが完璧で、満足感が高いサンドウィッチだ。

 

「はぁ……おいしいです〜」

 

 頬を緩めながらそう言葉を零すアイリス、これには皆も微笑んでいた。

 

「ふふふ、では次はわしのじゃな」

 

 その次は三つ目、アイリスは“タマゴ”のサンドウィッチに口をつけた。

 

「っ……これは!」

 

 一口目は、ふんわりと柔らかいパンと、しっかりと挟まれたクリーミーな卵ペーストが口の中で優しく混ざり合う。

 卵のペーストは、細かく砕かれた卵黄と白身がバランスよく配合されており、舌触りが滑らかでコクがある。

 マヨネーズのまろやかさが卵の自然な甘さを引き立てており、シンプルながらも奥深い味わいが広がる。

 

「んっ、ん〜」

 

 卵黄の濃厚な風味がしっかりと感じられる一方で、白身の軽やかな食感が全体に軽さを与えており、この絶妙なコンビネーションが、食べ進めるたびに異なる食感と風味の変化を生んでいる。

 

 時折感じる黒胡椒のピリッとした刺激がアクセントを加え、最後まで飽きさせない。

 朝食や軽食にぴったりの、心地よい満足感をもたらす一品だ。

 

「ほんのりと甘くて……幸せでした」

「じゃじゃ、最後は俺のだな!」

 

 最後に、アイリスは四つ目の――“コロッケ“のサンドウィッチに口をつけた。

 一口目から、パンの柔らかさとコロッケのサクサクとした衣の対比が、心地よい食感を生み出してきた。

 

「はふはふっ」

 

 中に詰まったホクホクのジャガイモが一気に口の中に広がり、優しい甘みと温かさがじんわりと染み渡る。

 コロッケの外側は香ばしく、中はふわっとしたジャガイモのペースト状になっており、噛むたびにその優しい食感が楽しめた。

 それにはソースがかかっており、その甘酸っぱさがジャガイモの自然な甘みと絶妙にマッチしている。

 

 パンがそのソースをしっかりと吸い込み、ひとつにまとまった味わいを提供する。

 サクサク感とホクホク感のコンビネーションが心地よい。

 

 食べ終わった後も、その充足感が心に残り、またすぐにでも食べたくなるような魅力を持つサンドウィッチだ。

 

「ふむ……こちらはまた別の美味しさですね」

 

 ようやく四つを食べ終えたアイリス。

 各々が自信満々に少女を見つめている。

 

「では、少し物足りませんが総評の時間としましょうか」

 

 そう、アイリスによる審判の時間が訪れる。

 

 

――――かと思われた。

 

 

ξ

 

 

「「「「て、店長⁉︎」」」」

 

 なんと突如現れた店主が、アイリスの元に五つ目のサンドウィッチを運んできたのだ。

 

「これは一体……?」

 

 アイリスが尋ねる。

 

「これはだな、あんバターサンドだ」

「あんバターサンド?」

 

 聴き慣れない単語に戸惑うアイリス。

 すると、店長はその“あんバターサンド”とやらの説明を始めた。

 

「これはだな。あんこっていう紫色の甘いものと、匂いをよくしてくれるバターを塗り合わせて軽く焦がしただけのものさ。まだお腹は空いているだろう? 食べてみてくれ」

「わ、わかりました」

 

 少し驚きながらも新たなサンドウィッチと相対するアイリス。

 ――そして合計五口目。

 

「っ……甘い! 美味しい‼︎」

 

 まず、軽く焼かれたパンの香ばしい香りが鼻をくすぐる。

 表面がカリッと焼き上がっており、歯を立てるとそのパリッとした食感が心地よい音を立てる。

 しかし、パンの中はふんわりと柔らかく、そのコントラストが一口目から楽しめる。

 

 中には、甘さ控えめで滑らかなあんと、ほんのり溶けたバターがたっぷり挟まれている。

 あんこの上品な甘みが舌の上で優しく広がり、そのすぐ後に、バターのリッチで塩気のあるコクが重なる。

 

 バターの塩味が、あんこの甘さを一層引き立て、塩甘絶妙なバランスが完成している。

 噛むたびにバターがじんわりと溶け出すそれは、あんこの滑らかな舌触りと絡み合って、しっとりとした味わいを口いっぱいに広げていく。

 

 パンのカリカリとした食感と、中のとろけるようなバターとあんこの対比が、食べ進めるたびに心地よく、何度も新鮮な感覚を楽しめる。

 

パンの香ばしさとあんこのやさしい甘み、そしてバターのまろやかさ。

ほっこりとした幸せが体中に広がるような、贅沢なサンドウィッチだ。

 

「ふわぁ〜っ」

 

 

ξ

 

 

 勝負は既に決していた。

 

「お持ち帰り、“あんバターサンド“でお願いしますっ‼︎」

 

 花咲く笑みは、皆をやれやれ大いに納得させていた。

 アイリスは甘い物が大好きだという、それを知っていた店主の勝利。

 

「「「「……まさか店長が出てくるとは……」」」」

 

 四人は悔しげにも、しかし微笑み、アイリスの反応に温かい気持ちになった。

 

「店長さん、ありがとうございました! お持ち帰りも大切にみんなと食べますね」

 

 アイリスは感謝の言葉を店主に告げると、輝くような笑顔を見せた。

 

「またいつでもおいで。新作も用意して待ってるから」

 

 店主も満足そうに頷く。

 

「それじゃあ、皆さん。サンドウィッチ美味しかったです! また会いましょうね‼︎」

 

 アイリスが幸せそうな表情でそう締めくくると、食堂内の皆が拍手と笑顔で包まれた。

 そして彼女はお持ち帰りの袋を手に、扉の外へと向かう。

 

 

 甘い香りを背負いながら、彼女はこの特別な日を、味を、もう一度楽しめると心待ちにして。

 

 

―END―

 




サンドウィッチ最強決定戦、少女は甘味が好きという意味ではタマゴが一番惜しかった

お風呂シーン あるならそれは 嬉しいな (五七五)
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