アイリスと異世界食堂   作:虹華ξ紳士

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やきとり

 

 今日は特別な日――。

 アイリスにとって大切な従者、レインが初めて『異世界食堂』に着いてくることとなった。

 

 レインによる座学の授業が終わると、アイリスは小さな声で彼女に耳打ちをした。

 可愛らしくも小さな声で、言葉を紡いだ。

 

「あの、レイン? もしよければ今日私と行って欲しい場所があるのですが」

 

 その突然のお願いに、レインは驚きながらも少し戸惑い、優しく問いかける。

 

「あ、アイリス様? それはもしかしてカズマ殿の場所ということでは……」

 

 レインはアイリスの言葉に耳を傾けながらも、以前、アイリスが城をこっそり抜け出した時の出来事が頭をよぎり、慎重にアイリスの言葉の先を促す。

 

「お兄様の所ではありません。でも確かに……それもありですね」

「だ、だめです! アイリス様! 以前、城を抜け出して咎められたのは記憶に新しく……忘れたわけではありませんよね?」

 

 レインは青ざめ、焦った表情でアイリスを引き留めた。

 従者として、アイリスを無闇にあの男――に会わせるのは、やはり慎重を期さねばならない。

 王族としての節度を保ってもらうのも、レインの大切な務めなのだ。

 

「冗談ですよ、冗談。そうですね、お兄様にはまた今度、時間の空いた時に教えて、驚かせましょう。ふふっ」

 

 アイリスが優しく微笑むと、レインは安心したようにほっと胸をなでおろした。

 しかし、一体どこに行こうとしているのか。

 気になりつつも、アイリスの次の言葉を待った。

 

「いいですかレイン。これは私たちだけの秘密で、くれぐれも内緒にしてくださいね?」

 

 アイリスの目がキラリと光り、その言葉にはいつもの可愛らしさに加え、少しだけいたすらっぽさも滲んでいる。

 

「もちろんです! アイリス様の秘密とあらば、命に代えてでもお守りします」

 

 レインの真剣な表情に、アイリスは満足そうに頷いた。

 そして、ついにアイリスはレインに秘密の場所――異世界食堂について話し始める。

 

 アイリスはまず、首にかけられた黄金色の鍵が神器であり、それが異世界への扉を開くためのものだと説明した。

 さらに、その扉が城内食堂にある飾り扉に対応していて、その扉の向こうには、さまざまな世界から来た人々が集まっていると続ける。

 そして、レインがその扉をくぐる時には、決して警戒しすぎず、自然な態度でいることが大切だと念を押した。

 

「それから、異世界食堂の料理はどれもとても美味しいですから、ちゃんと食べきれる量を注文しないといけませんよ? 美味しいものを残しちゃ、もったいないですからね」

 

 アイリスはそれらをレインに説明し、自分の経験も混ぜながら、彼女にそう伝えた。

 

「了解しました、アイリス様。前回、お土産に頂いた“ぷりん”とやらは非常に美味なるものでありましたので。私、期待しております」

 

 レインも前回アイリスが持ち帰ってくれた「ぷりん」を思い出し、期待が膨らんでいた。

 

「ええ、そうでしょう! ではレインもお着替えをして、夜中に私の部屋に集合ですよ?」

「となると後、数時間ですね。身体を清めてからアイリス様の元へ参ります!」

 

 

――異世界食堂。

 

 

ξ

 

 

 チリンチリン。

 

 鈴の音が、この異世界食堂にやってきたという嬉しい現実を伝えてくる。

 この夢のように美味しい料理を提供する環境は、正に幻とも思えてしまうほどだ。

 しかし、ここにいる私たちには、その幸運が与えられていた。

 

「ではレイン。あちらの端の席が空いているようです。ウェイターさんの後についていって座りに行きましょう」

「は、はいアイリス様。ですがあのツノの生えたお方、もしや魔族ではありませんか?」

 

 レインはつい、そう小さな声で不安げに尋ねる。

 魔族という存在は、二人の世界では恐怖の対象だ。

 

 しかしアイリスは冷静に、その疑問に対して答える。

 

「確かにそうかもしれません。ですが私たちのいる世界と同じ魔族ではありませんよ。この店で暴力沙汰は禁止です。ですから、私たちがこの店で襲われることはありませんよ」

 

 アイリスの言葉は、確実に自信に満ちていて、レインを安心させてくる。

 

「なら良いのですが……」

 

 それでも未だ不安げな様子のレイン。

 アイリスはそんな様子を見かねて、加えてこう説明する。

 

「ほらレイン、周りの方々を見てみてください。蜥蜴の方や、獣人の方、エルフの方に、ドワーフの方。私たちの世界では考えられないほど豊かな人々が、この異世界食堂では皆仲良く、お食事を頂いているのです」

 

 確かに、この空間はある意味異常とも言えた。

 それぞれの縄張り意識を持つはずの、異種族同士が、一同に揃い、食しているのだ。

 

 各々が異なる文化や背景を持つにもかかわらず、食堂では皆が和やかに過ごしている。

 その光景は、レインの不安を少しずつ解きほぐしていく。

 

「たしかに……そう言われてみれば」

「ですので大丈夫。万が一、何か問題があったとしても、この店の扉がその人物を排除するらしいですよ。だから、何も心配することはありません」

 

 どうやらこの店には、特別な力が働いているようだ。

 どんな状況であっても、ここでは安全に過ごすことができるらしい。

 

 二人で席に着くと、ふわりとした柔らかな感触が背中を支えてくれる。

 その心地よさに、レインは思わず「ひゃっ」と小さな声を漏らしてしまった。

 

「ふふ、もう全くレインったら」

「お、お恥ずかしい限りです……」

 

 アイリスが微笑みながら、からかうように言う。

 

 恥ずかしさを感じつつ、レインはもう一度座り直した。

 彼女はその上質な椅子の感触に、感嘆の息を漏らす。

 

「これほどのお店であれば、アイリス様が好むというのもわかる気がします」

 

 レインはようやく納得した。

 この食堂はただの食事を楽しむ場所ではなく、異世界との交流の場でもあるのだ。

 

「ふふっ、それだけではありませんよ? このお店は異世界食堂、その名の通り、料理もとても美味しいのですから」

 

 この店を何度も訪れているらしい、アイリスが誇らしげに話す。

 その言葉に、レインも期待感が膨らむ。

 

「あの……アイリス様。頼んでもいないのに既に水が届けられていますが……これは?」

 

 ふと、テーブルの上に置かれた澄んだ水に気づく。

 頼んでもいないのに、既に用意されていたことが不思議だった。

 

「ああ、それはこの店のサービスらしいですよ。つまりタダというわけです」

 

 レインはその言葉に驚く。

 これほどの純度の高い澄んだ水は、王族の従者とはいえ、中々見ることがないからだ。

 

 この純度の高い水が無料で提供されているなんて、信じられなかった。

 水の街アルカンレティアの水が、綺麗になったとは聞いていたが、それ以上の透明感を持つこの水は一体どこから運ばれてきたのだろうか。

 

 アイリスが早速、その水で喉を潤している様子を見て、レインも恐る恐る飲んでみた。

 

「お、美味しいです!」

 

 瞬間、滑らかな喉越しに感動するレイン。

 まるで体中が潤うような感覚で、心地よい清涼感が広がる。

 

「ではレイン? 早速メニューを選びませんか」

「……はっ! そうでした。私たちはこのお店の料理を食べにきたのでした」

 

 あまりの水への感動に意識を宙に浮かせていたレインだが、ようやく戻ってきた。

 

 そして二人はメニューを眺めだす……すると。

 メニューを広げた瞬間、彼女の目はページに釘付けになった。

 

 目の前に並ぶ異世界の料理の数々は、見たこともない名前やイラストで溢れており、レインは困惑と興味を同時に感じていた。

 

「アイリス様、なんだかすごいですね……何を選べばいいのか……」

 

 一方、アイリスはすでに慣れた様子でメニューをパラパラとめくり、にっこりと微笑んでいた。

 

「そうですね……では、アイリス様は何を頼むのですか?」

「私はもう決めています。“やきとり“にします。以前、お隣のお客さんが食べていらして、とても美味しそうだったのです」

「やきとり……ですか?」

 

 レインは耳をぴくりとさせ、再びメニューに目を落とす。

 

 文字通り、鳥を焼いたもののようだ。

 それを串に刺して、タレをかけて味付けをしているらしい。

 

「レイン? もし良ければ、一緒にこのやきとりを冒険してみませんか?」

「えっ、アイリス様と同じものを……いいんですか?」

 

 レインは驚いた表情で目を丸くしながらも、アイリスのその上目遣いにやられる。

 自分より経験のある彼女なら間違いないと信じて、メニューを閉じた。

 

「そうですね……やきとり、お願いしてみます」

 

 少女の顔が満面の笑みで包まれた。

 

「では今から店員さん呼びますね? すみません、注文をお願いします!」

 

 アイリスはウェイターを呼び止め、「やきとり二つ、お願いします」と注文を伝えた。

 ツノの生えたウェイターはすぐに応じ、軽やかに厨房へと戻っていく。

 

 

 二人の冒険は、始まったばかりだ。

 

 

ξ

 

 

 しばらくして、厨房から香ばしい匂いが漂ってきた。

 その瞬間、二人は目を見合わせ、同時に輝かさせている。

 

「アイリス様……この香り……すごく美味しそうです」

「ええ、なんとも言えないタレの美味しい匂いが漂っているみたいですね」

「食欲がそそられます」

 

 やがて、ウェイターが二皿に盛られたやきとりを運んできた。

 

 湯気を立てながら目の前に置かれたそれは、照りのあるタレが絡んだ焼き上がりの見事な串だった。

 褐色に輝くタレとこんがり焼けた皮が、今にも口の中でとろけそうだ。

 

「では、レイン。まずは一口食べてみてください」

「わかりました……ではお先に。いただきます」

 

 レインが最初に口にしたのは、つくねだった。

 

 柔らかくてふんわりとした食感が特徴で、かむたびに鶏肉の旨みがじゅわっと広がる。

 甘辛いタレが絡んで、まるで口の中で溶けるようだ。

 鶏肉をすりつぶし、丁寧に練り上げられたつくねは、香ばしい香りをまとっており、タレとのバランスが絶妙で、噛むたびに旨みが引き立つ。

 

「これは……なんて柔らかいのでしょう!」

 

 とレインは感嘆の声を上げた。

 初めての経験に、思わず驚きを隠せない。

 

 つくねは優しい味わいがありながらも、満足感を与える一品だった。

 

「では私も食べてみましょう!」

 

 アイリスもつくねを食べてみる。

 

「甘くもしっかりとした塩味がとりに絡んでいます。それに、口の中でほろける柔らかさが絶妙に、このタレと合っていますね……はぁ〜」

 

 幸せそうな吐息がふと彼女の口からもれる。

 

「もう我慢できません。次行きますね⁉︎ アイリス様!」

「ええ、ええ! そうしましょう‼︎」

 

 レインの様子を伺ってから食べていたアイリスだが、もうそれは待ちきれない。

 二人同時に食べることにした。

 

 そして次に彼女らが手に取ったのは、もも。

 

 もも肉はジューシーで、かぶりついた瞬間、鶏肉の豊かな旨みと肉汁が口の中で広がる。

 香ばしく焼かれた表面は程よくカリッとしているが、内側は驚くほど柔らかく、ジューシーさを失わない。

 鶏の脂がじんわりと染み出してくるが、しつこさはなく、食欲をどんどんかきたてる。

 

「もも肉のこんなにジューシーな部分が……! なんて美味しいのでしょう!」

「ほどよい固さに、包み込まれた柔らかさ……最強ですね」

「惜しいですが次に行きましょう……アイリス様!」

 

 最後に二人が手にしたのは、かわ。

 

 鶏の皮をカリカリに焼いたこの一品は、先の二つとはまた異なる食感の楽しさがあった。

 一口かじると、パリッとした皮の食感が心地よく、噛むほどに鶏の脂がじゅわっと口の中に優しく広がる。

 タレが絡んだかわは香ばしく、かりかりとした食感がやみつきになるようだ。

 

「このカリカリ感……これもまた違った美味しさですね!」

 

 それぞれのやきとりが持つ異なる魅力に、レインは次々と驚きと喜びの声を上げていた。

 レインはやきとりの多彩な美味しさを堪能し、初めての経験にすっかり魅了されている。

 

 アイリスは彼女の反応を見て、嬉しそうに微笑んだ。

 

「レインがそう喜んでくれると私も嬉しいです。連れてきたかいがあります……ですが」

 

 二人は同時に目を見合わせて、いたずらっ子のように軽く笑い合う。

 

 そう、やきとりはとても美味しかった。

 美味しかったからこそ、もっと食べたくなるもの。

 

 まだ物足りない、もっとおかわりをしたい。

 ――既にアイリスとレインの二人の中ではこの後の行動の答えは決まっていた。

 

 

「「すみませーん! やきとりのおかわり、もう二つお願いしま〜す‼︎」」

 

―END―

 




アイリス主体の作品のはずがレインが大きく活躍してしまった

やきとりの中で一番カロリーが多いのは「皮」らしい……そんな⁉︎
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