アイリスと異世界食堂   作:虹華ξ紳士

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ショートケーキ

 

「サトウカズマ! サトウカズマはいるか‼︎」

 

 早朝から、騒がしい音が屋敷の外から聞こえてくる。

 その声にカズマは聞き覚えがあって……無視を決め込むことにした。

 

 今日はカズマにとって滅多にない休息の日。

 めぐみんもダクネスもアクアも、今日は水の街アルカンレティアへと女子会よろしく、温泉旅行へと遊びに行っている。

 

 そんな誰もいないこの特別な日は、カズマが羽を大いに広げるにはうってつけの日。

 だから動かない、決して動かないのだ。

 

「サトウカズマ! 早くでてこないと不敬罪として逮捕することになるぞ!」

 

 苛立った様子の女――クレアの声が街中に響く。

 

 それでもカズマは布団から離れようとしない。

 どうせ、どこかのダンジョンを攻略しろだとか、厄介なネタに決まっているからだ。

 

 それに、パーティーメンバーもいない今日じゃ、やれることはないだろう。

 だからこそ、カズマは無視を決め込むのだ。

 

――ガチャリ。

 

 急に外が静かになったと思えば、屋敷の扉の開く音がした。

 

 なんてことを!

 

 カズマは急いで布団から抜け出してから『潜伏』し、侵入者を迎え撃つ姿勢に入った。

 

「失礼する。早く出て来い! 今なら罪状には問わないぞ?」

 

 どちらが悪者なのだろうか、カズマはこの世界の罪の概念について深く考えた。

 

「ふむ、こちらはトイレか。確かあいつの部屋は上の方にあったな」

 

 カズマはクレアを倒し、この屋敷から逃げ出す算段を考えていた。

 ぎしりぎしり、侵入者の階段を登ってくる音が聞こえてくる。

 クレアの姿が見えた瞬間、『バインド』で縛りつけてから、逃げ出す予定だ。

 

――そして、今⁉︎

「『スキル・バインド』‼︎」

 

 なんとそこに現れたのはクレアではなく、レインであった。

 カズマのスキルは封じられ、レインの背後に控えていたクレアが急接近してくる。

 

 そして、確保。

 奮闘虚しく、二人のコンビ技によって、カズマは為す術もなく捕まるのであった。

 

 

「それで? 俺に何の用だっていうんだよ」

 

 現在バインドによって逆に縛られているカズマは、批判的な目でクレアを睨みつけた。

 レインは苦笑いして、その二人の様子を見ている。

 

「散々の警告を無視するとはいい度胸だな……まあいい。サトウカズマ、お前には重大な任務を与える。依頼主は……そうだな」

「なんだよ、どうせ王様だとか国の命令なんだろ? でも残念、俺のパーティーメンバーは今、全員とも外出してるから俺しかいないんだよ」

 

 そんなカズマの勝ち誇った様子に、クレアはふっと鼻を鳴らす。

 

「なんだ、なら断ってもいいのだぞ?」

「じゃあ断りま」

 

――カズマが即答しようとした瞬間。

 

「この依頼は、他ならぬアイリス様からのものであるのに」

「はい謹んで、お受けさせて頂きます!」

 

 ころっと、カズマは意見を百八十度反転させた。

 

 アイリス――妹と慕う存在からの願いとあらば断る理由がない。

 いや、そりゃあドラゴン退治とかは無理だけれども……まあ、なんとかなるさ!

 

「よろしい。それでは早速、王都まで来てもらおうか。レイン、『テレポート』を頼む」

「はい、それでは。『テレポート』っ‼︎」

 

 

 王都へと転移したカズマは早速、二人に連れられて王城へと到着した。

 そこは煌びやかな場所であり、同時にアイリスがカズマを迎えに走ってきた。

 

「お兄様! 本当に来てくださったのですね‼︎」

 

 カズマに抱きつき、顔を見上げそう可愛らしげに言ってくるアイリス。

 カズマはカッコよさげなキメ顔を作りながら、アイリスに返答する。

 

「そりゃあアイリスからのお願いなら、お兄ちゃんは何でもするさ……ぜ」

 

 ぷっ、と後ろで吹き出す音が聞こえる。

 

「最初は断ろうとしていた癖にな」

「おい! 今は久しぶりの再会で感動のシーンなんだから、しゃーらっぷ!」

「アイリス様、こやつは居留守を使ってアイリス様からのお願いを無視しようとした甲斐性のない男ですよ」 

 

 クレアからの暴露が、カズマを追い詰めようとしてくる。

 しかし、それでもカズマには言い訳がある。

 

「そ、それは! まだアイリスからのお願いだとか何も聞かされてなかったからだろ‼︎」

「私は言ったはずだが? “不敬罪”になると」

「こっ、こんの『いいのですよ、お兄様』……アイリス?」

 

 アイリスがぎゅっとしていた形から身を離し、両の手を後ろに微笑んでくる。

 

「私が無理をいって来て頂いたのですから、お兄様に非はありません」

「あ、アイリス様それでは……っ‼︎」

「クレア? 私が良いといえば良いのです。違いますか?」

「ほら、アイリスもこう言っているぞ」

「こっ、こんの『――だめですか? クレア』……分かりました」

 

 無事アイリスがおねだりの上手い、外交上手な娘に育っていることを見届ける。

 そしてカズマは王城まで呼ばれた本題へと入る。

 

「それで、依頼ってのは何なんだ?」

「それはですね……お兄様。私と、一緒に“料理“を食べては頂けませんか?」

 

 料理? そんなことでいいのだろうか。

 カズマは特に断る理由もなければ、むしろ嬉しいので、うんと快諾した。

 

「良かった……‼︎ それではお兄様? 時間まで、まだまだ一杯あります。それまでの間、冒険話や、一緒に遊びましょうねっ!」

 

 

 その後、カズマは夜中のへとへとになるまで、アイリスとの遊戯に勤しむのであった。

 

 

ξ

 

 

――鈴の音が「チリンチリン」と響いた。

 

 夜も更けて、ついに“料理”の時間かと期待したカズマだったが、実際には少し予定をずらし、アイリスと共に王城の食堂へ向かうことになった。

 

 誰もいない城内の食堂に到着すると、アイリスは胸元から黄金色の鍵を取り出し、カズマの目の前でそれを手に持った。

 

 何が起こるのかと見守るカズマ。

 すると、通常は開かないはずの装飾が施された扉が突然輝き始め、静かに開いていく。 

 アイリスは呆然とするカズマの手を取り、そのまま彼を不思議な空間へと誘い込んだ。

 

『いらっしゃいませ〜』

 

 先ほどの鈴の音が響く。

 カズマは、異世界へと招かれたのだ。

 辺りを見渡しながら、驚きと戸惑いを隠せない。

 

「こ、ここは……?」

 

「ふふっ、お兄様。まずは席に着きましょう?」

 

 思わずカズマが漏らすと、アイリスは意味深な笑みを浮かべながら答えた。

 その大人びた微笑みに、カズマは一瞬心を奪われた。

 

「そ、そうだな。わかった、アイリス」

 

 カズマは少し緊張しながらも、アイリスの後に続き、二人して席に着いた。

 周囲を見渡すと、様々な異種族の人々が集まっている。

 獣の耳を持つ者や、透けるような肌をした者、豪華な衣装に身を包む者たちが、思い思いの時間を過ごしている。

 この食堂がただの場所ではないことは明らかだった。

 

「はいっ、お兄様。こちらがメニュー表です!」

 

 アイリスがにこやかにメニューを差し出す。

 それをカズマは受け取って、眺めてみる。

 すると……なんとそこには。

 

「日本語だと……⁉︎」

 

 カズマにも馴染みのある言語が記されていた。

 アイリスがどうしたのか不思議そうに、こちらを眺めてくるので平静を取り繕う。

 

「今日は……どうしてもお兄様と一緒に食べていただきたいものがあるんです!」

 

 こちらの動揺もよそに、少女はもじもじとカズマを見たり見なかったりする。

 ようやく、アイリスはとうとう勇気を出したのか、恥ずかしそうにしながらも、メニューの右下に書かれたものを指していた。

 

「ショートケーキか……いいんじゃないか? アイリスが一緒に食べたいって言うなら、俺も同じようなモノを頼むよ」

「わっ……! ありがとうございます‼︎ お兄様!」

 

 アイリスは嬉しそうにカズマに抱きついた。

 カズマは周囲の視線を感じながらも、悪い気はしなかった。

 彼もまた、メニューを眺め、アイリスと同じようにデザートを選び出す。

 

「じゃあ俺はコレ、チーズケーキにするよ。飲み物はコーヒーで」

「私は、ショートケーキにオレンジジュースですね!」

 

 さっとシンプルな組み合わせに決めたカズマ、単純こそ最強という考えだ。

 そして、二人の注文が決まったことで、アイリスが店員を呼ぶのであった――。

 

 

 注文を通すと、数分が経ち、その間に、二人は冒険話や王城での出来事を語り合い、華やか楽しい時間を過ごしていた。

 

 はたから見たら、仲のとても良好な兄妹に見えたことだろう。

 実際、彼らの関係はそれと似たようなものだが……アイリスは背伸びをしたかった。

 

 カズマのパーティーメンバーに“離されない”、いや、“リードする”ためにも。

 アイリスはこの秘密の鍵を使って、彼を異世界食堂に招待したのだ。

 

『おまたせしました〜』

 

 ゆえにその秘密兵器である料理を注文し、今届いた。

 アイリスはこれを使って、大いなる計画を立てていた。

 

「「いただきます!」」

 

 とまあ、その前に。

 肝心の計画は。料理を少し食べてから実行に移そう。

 アイリスはそう思いながら、二人で料理を食べ始めたのであった。

 

 

 ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 目の前にあるのは、真っ白な生クリームがたっぷりと乗ったショートケーキ。

 つややかなイチゴがその上にちょこんと座り、まるで主役のように輝いている。

 アイリスは一瞬見とれながら、フォークを手に取り、その柔らかいスポンジにそっと差し込んだ。

 

「んっ……!」

 

 口に運ぶと、ふわっとしたスポンジと甘さ控えめのクリームが一体となり、優しく口の中に広がる。

 絶妙な甘みが広がる中で、イチゴの酸味がアクセントを加え、全体を引き締めている。

 噛むたびにスポンジが口の中でとろけ、生クリームがその後を追うように溶けていく。 イチゴの爽やかな風味が、甘さに飽きさせない軽やかさを添えている。アイリスは思わず目を閉じ、幸せそうにため息をついた。

 

「んんっ〜 ……美味しいです」

 

 もう一口、また一口と食べ進めるたびに、ケーキの美味しさに引き込まれていく。

 

「はっ!」

 

 しかしアイリスは全部を食べてしまっては、後の計画に支障をきたす事を思い出す。

 全て食べてしまいという欲求を理性で抑え込み、オレンジジュースを間に挟む。

 

 鮮やかなオレンジ色がグラスの中で輝く。

 ひと口飲むと、まるで陽光を詰め込んだかのような爽やかさが広がる。

 果実をそのまま絞ったような濃厚な味わいと、ほのかな酸味が喉を潤し、すっきりとした甘みがあとを引く。

 

 よし……これで大丈夫、落ち着いた。

 アイリスは自分にそう諭すと、対面に座るカズマの方に顔をあげる。

 ちょっとわざと、可愛らしげな表情を作っていたのだから、彼はこちらの様子に見惚れていたに違いない……そう思ってアイリスはカズマを見ると。

 

 「う〜ん! しっとりとしたクリームチーズの層が、舌の上でなめらかに溶けている!濃厚ながらも口当たりは驚くほど軽い。そして、ほのかに感じる酸味が! 甘さを引き立てて飽きのこないバランスを保っているッ! 下に敷かれたバター風味のサクサクとした生地は、クリーミーなチーズとの対比で心地よさ満点‼︎ 一口ごとに変化する味わい……。コクのあるブラックコーヒーとの相性抜群……つまり、ナイス爆裂(イケヴォ)」

 

――想いの人は、自分よりもケーキに夢中であった!

 

 つい、ぷっくりと頬を膨らませてしまうアイリス。

 だが冷静に、淑女たれとカズマに微笑みをかけた。

 その様子はちょっと怖い。

 

「あ、アイリス? どうしたんだ、そんな顔で……」

「お兄様? はいっ、“あーん”」

 

 “あーん”

 これこそが、アイリスのやりたかった大いなる計画である。

 シチュエーション的に少し予想とずれてしまっていたが、関係ない。

 このふつふつと湧き上がる感情を抑えるには、もう計画を発動する他になかった。

 

「“あーん”って……もしかして俺が食べるのか?」

 

 カズマは、アイリスの目の前で一瞬ためらったが、あの無邪気な笑顔には抗えなかった。

 フォークに刺さった一口分のショートケーキが目の前に差し出される。

 彼女の「“あーん”」という言葉が、まるで囁くように響く。

 

 

「お兄様? “あーん”」

「あ、アイリスさん?」

「“あーん”」

 

 カズマはもう、このアイリスの恐ろし可愛らしい笑みから逃れることはできなかった。

 大人しく、彼は口を開けて“あーん”することとなる。

 カズマは顔を赤らめながらも、少女の真剣な眼差しに逆らえず、ゆっくりと口を開けた。

 ふわっとした甘さが広がり、ショートケーキの柔らかいスポンジが舌の上でとろける。

 

「もぐもぐ……うむ。美味しいぞ、アイリス」

 

 カズマがそう言うと、アイリスの顔がパッと明るくなった。

 

「よかった……‼︎」

 

 途端に満面の笑みを浮かべるアイリス。

 

「私、お兄様とずっとこれをやってみたかったんです!」

 

 彼女の言葉に、カズマは少し驚きながらも、心の中で温かな感情を感じた。

 今まで何度も遊んできたが、アイリスのこうした一面を見るのは新鮮であった。

 彼女の無邪気さと、少し背伸びしたような行動が、カズマにとっては可愛らしく映る。

 

 だから、カズマは少しだけ、お返しをしてやろうと思った。

 

「アイリス、本当にそれだけで良かったのか?」

「ぅえ?」

 

 アイリスは一瞬目を見開いて、驚いた表情を浮かべる。

 ポカンとした様子は、まるで想像もしていませんでしたといった様子。

 

「え、ええ、もちろんです! お兄様とこんなこと、ずっと夢見てたんですから……」

「ふぅーん」

「ほ、本当ですよ⁉︎」

 

 彼女の言葉に嘘はない。

 しかし、お返しはまだ終わっていない。

 

「アイリス、“あーん”」

「えっ、えぇえ‼︎?」

 

――少女の可愛らしい声が、仄かに店内に響いていた。

 

 

ξ

 

 

 その夜、王城に戻ったアイリスは、独り言のように小さく呟いた。

 

「……これで、一歩。いえ、二歩リードですね……!」

 

 その声には、どこか覚悟と決意が込められていた。

 彼女は、ただの少女ではない。

 王女としての責任を背負いながらも、カズマとの関係をもっと進展させたいという強い願望があった。

 

 そして、今日の「“あーん”」は、その第一弾。

 アイリスはカズマのパーティーに追いつくだけではなく、いつか彼の隣に立ち、共に歩む存在になることを夢見ていたのだ。

 

 

 

 

 彼女の中で、大きな計画が動き始めているのかもしれない――。

 

 

―END―

 




カズマ、ここはニホンですよ!(アイリスと料理に夢中でまだ気づいていない模様)

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