「やはり、量産機の域はでない、か……」
ジンのコックピット内でロイがひとりごちた。
彼が搭乗しているジンの性能は確かに改修によって上がってはいたが、それはスラスター出力の向上と各関節部の強度、耐久性の向上、そして駆動範囲の拡大だけに限定された話だった。そのため、索敵機能や機体の追従性などといった目に見えない部分の性能は通常のジンとはなんの違いもない。それは、些細なことのように思えるかもしれないが、戦場という極限状況に於いては致命的なディスアドバンテージになり得る。
ロイが概ね機体の慣らしを終えた頃に少し離れた位置で待機していたストライクから通信が入った。
「ロイさん、敵機を捕捉しました。前方に1機、後方から3機来ます!」
キラは未だMS戦には慣れていないのか、少し焦りを含んだ声色でロイに通信を入れた。
「ストライクが敵を捉えたということは、向こうも既に此方の動きを掴んでるか。了解した。キラ、前方の1機を任せられるか?」
「ええ、大丈夫ですけど。ロイさん、もしかしてその機体で3機も相手にするんですか!?そんなのは無茶だ!後ろの3機は僕が相手をしますからロイさんは前の敵を叩いて下さい」
「そう心配するな。これでもMSの操縦には自信がある。それに高速で動き回るMS同士の戦いっていうのは、相手が1機だろうと複数だろうとそれ程差はない。兎に角、今は前方の敵を倒すことに集中してくれ」
そう言うや否や、ロイは機体を反転させて再びフットペダルを踏み込み、機体を敵のいるであろうアークエンジェルの後方へと進ませた。ただ、そのスピードはあくまでも、通常のジンと同じスピードを維持してではあるが。
彼のジンは確かに速いが、わざわざ最初からそれを敵に知らしめる必要もない。それに、いくら機体が速かろうが単調な動きでは簡単にFCSに動きを予測されて撃墜される。MS同士の戦闘ではトップスピードよりも、寧ろ加速度の大きさの方が重視される。その点で言えば、未だ改修型ジンの最大速度を知らない敵に不意打ちを与えられるチャンスであると共に機体面での不安が残るロイが現在持つ数少ない手札の一つでもある。
「敵は丁度4機、早速すべてのGを投入してくるとは、データさえ抜き取れば用済みの捨て駒というわけか。本当にラウらしい戦術だ」
ジンは未だ3機の機影を捉えてはいないが、相手は既にジンをロックオンしていた為、一方的に緑色に発光するビームがジンに向けて発砲された。
ロイはその光を目視してから回避運動をとったが、かなり機体のすれすれをビームが通過した。
「ふむ、どうしてもペダルやレバーを操作してからでは機体に反映されるまでにワンテンポの空白が出来るか。仕方がない、こちらもある程度その気にならなければ落とされるな」
再び幾条ものビームが機体を貫かんとする勢いで襲いかかってくるが、先ほどとは違い、今度はかなり余裕のある動きでジンはそれらすべてを躱していく。
敵が撃つ前に避ければ良い。
ロイがやっているのは丁度これにあたる。G兵器に性能で圧倒的に劣るジンがまともに戦うには彼が持つ直感が必要となる。その直感をもってして彼は未来予知の域に至る程の回避技能を行使することが出来るようになる。
ジンがビームを躱しながら敵へと接近していくと、ようやく敵機を捕捉したジンのコックピット内に機体の情報が表示された。それを確認したロイはジンの右手に握られたアサルトライフルをブリッツに向けて数発発砲した。
「来て早々で悪いが、君らにはとっとと帰ってもらおうか」
ロイはモニターに映る3機のガンダムに皮肉な笑みを向けた。
「おいおい、あの機体は確かミゲルが乗っていたジンだよな。やつら鹵獲した挙句、実戦にまで投入してくるのかよ」
バスターに搭乗しているディアッカが、イザークとニコルに無線を通じて話しかけた。
「くそっ、ナチュラル共め!ミゲルの機体を勝手に乗り回しやがって!!」
デュエルのコックピット内でイザークがロイの搭乗しているジンに向かって悪態をついた。その顔は完全に怒りに染まっており、彼がミゲルをかなり慕っていたことがうかがえた。
「イザーク、落ち着いてください。僕達の目的は、足付きとストライクの撃破です。あのジンはその対象に入ってはいませんから、余裕があれば無力化した後に鹵獲しましょう」
ブリッツから通信を送るニコルは我を失いかけているイザークを宥めながらも、作戦内容には無かったイレギュラーであるジンの処理の為に考えを巡らせていた。だが、今彼らが乗っている機体は連合が開発したとはいえ、現行のザフトの量産機よりも性能は圧倒的に上であると、彼ら自身理解していたため、ジンの排除など造作もないと考えていた。それに、その機体が3機もいれば尚更である。
確かに普通のジンに普通のナチュラルが乗っていたのならば、彼らの予想した通りの結果になっていたのだろうが、残念ながら、彼ら3人が相手をするのは普通ではないジンに乗る普通ではないナチュラルであった。
そんな彼らに油断するなと言うほうが難しいことは自明であろう。
「ディアッカ、ニコル、俺はあいつをやる。お前達は足付きを片付けろ!」
「イザーク、お前いつから俺たちに命令できる立場になったんだよ」
ディアッカが冗談めかしてイザークに問いかけても返ってくるのは半分罵声の高圧的な命令だけだった。
「いいから行け!俺はあいつを沈めなければ気が済まない!」
「わかったよ。それだけ大口叩くんだったら絶対に落とされるなよ。行くぞ、ニコル」
「了解です」
イザークの指示に従い、バスターとブリッツは散開し、ビームライフルによる牽制を行いながらジンを素通りしようとしたが、勿論のこと、ジンがその行く手を阻むべく、アサルトライフルをブリッツに向けて発砲してきた。
撃たれブリッツは攻撃されることを始めから視野に入れており、余裕のある動きでアサルトライフルの弾を回避していく。
「やはり、ただでは通してくれませんか。ディアッカ、先に行っててください。僕はイザークの援護が始まり次第、離脱してそちらに向かいます」
「了解した」
ディアッカは気を取り直して、再びフットペダルを踏み込もうとするが、今度はブリッツではなく、バスターに向けてジンのアサルトライフルの弾丸が飛来した。ディアッカもジンからの攻撃は想定内だった為、機体をそらすことで簡単にそれらを躱していった。
「おいおい、こいつもしかして俺たち3人とやり合うつもりか?ナチュラルってのは単純な戦力差もわからないほど馬鹿なのか?」
ディアッカはそう言いながらも現在いる戦線から離脱しようと試みるがロイの搭乗するジンはそれを許さなかった。
バスターが大型ビームライフルで牽制をしつつ距離を取ろうとするが、ジンはそれらの攻撃を機体のバレルロールを駆使して難なく躱し、そしてロイがフットペダルを更に踏み込んだことで生み出された強烈な加速によって、むしろどんどん距離を詰めてきていた。
「おい、なんだよこのジン!明らかにスピードがおかしいだろ!」
ようやくジンのスピードが通常のジンよりも速いことに気が付いたディアッカは若干の焦りを含んだ声で通信を再開した。
「イザーク、気を付けろ!こいつは改造機だ。普通とは速さが段違いだ!」
「そんなことは見ていればわかる!お前は速く離脱しろ!」
「俺もそのつもりだが、中々引き離せない。クソッ!」
そんな通信をしている間にジンとバスターの距離は目と鼻の先まで近づいていた。
イザークは流石にジンの異常性を理解したのか、今までのような怒りはおさまり、ジンの恐ろしいほどのスピードと回避能力を見せつけられて、寧ろ少しではあるが危機感を抱た。そして、デュエルの右手に握られたビームライフルを驚異的な機動性で動き回るジンに向けて数発放った。が、そんな単調な攻撃は最初から予測していたとでも言わんばかりに、射撃した瞬間には既に回避行動に入られており、全く命中する気配が無かった。
「……なんだ、今のは」
イザークは一言、そう呟いた。
まるで、たった今バスターに襲い掛かろうとしているジンが戦場の全てを第三者目線から俯瞰しているのではないかとすら思える程の認識範囲の広さとその反応速度を今の一瞬のうちに見せつけられたかのような感覚。
イザーク達はPS装甲によって実弾による攻撃は一切受け付けず、それでいてビームライフルという、ジン程度なら一撃で葬り去れる程の威力を持つ武器を装備したMSに搭乗しており、本来ならば一方的な戦闘で終わるはずだったMSどうしの戦いで、何故か圧倒的な差を見せつけられているような錯覚を覚えた。
だがそれは錯覚などではなく、現実として彼らに迫ってきていた。
「ぐあああっ!!」
ディアッカのくぐもったような叫びによって、イザークは我を取り戻した。彼は直ぐにモニター越しにバスターを見やると、ジンが突進の勢いを利用してバスターに膝蹴りを入れている様子が見えた。
バスターは蹴りの勢いを殺せず、吹き飛んで行いくかのように思えたが、ジンがそれを許さず、追い打ちをかけ始めた。
ジンはその左手に構えたバズーカ砲を至近距離からバスターの頭部に向けて2発連続で撃ちこんだ後すぐに、アサルトライフルを再び頭部に向けて乱射し始めた。バスターはバズーカ砲の攻撃によって、若干融解して強度が弱まってしまったメインカメラに至近距離からアサルトライフルの弾丸を十数発も受けてしまったために、"目"をやられてしまい、この機体の十八番とも言える遠距離からの射撃が難しくなってしまった。
ディアッカはコックピット付近の胸部装甲に蹴りを入れられた衝撃で、反撃に移ることができず、イザークもまた、ジンの動きに反応するのに遅れてしまい、うまくライフルで捉えられないでいた。
「ディアッカ!」
そこに、ジンの後方からミラージュコロイドを展開し、慣性航行で接近していたブリッツが比較的近距離からビームライフルをジンに向けて発射した。しかし、その奇襲すらもジンは予測していたかのように、一時的に行動不能に陥っていたバスターを踏み台にして回避した。踏み台にされたバスターは今度こそ吹き飛んで行き、ジンとの距離を離していった。
「クッ、今の攻撃は当たると思ったのに」
攻撃が外れた悔しさで、顔を顰めたニコルはジンからの攻撃で異常がないかをディアッカに問いかけた。
「ディアッカ、大丈夫ですか?機体にも異常はありませんか?」
「ああ、すまない。蹴りを食らった時に気を失いかけたが大丈夫だ。だが、機体は別だ。メインカメラとセンサー系がいかれちまってる。どうやらあいつはこれを狙ってやがったみたいだ。おかげで射撃はおろか、敵機のロックオンまで精度がかなり落ちた。それにエネルギー残量もあと半分ほどだ」
ディアッカは痛む頭をヘルメット越しに押さえながら応答した。
たとえ5機のGがPS装甲によって実体弾を弾くといっても、それは装甲部分に限られた話である。実際にロイが狙ったメインカメラにはPS装甲は施されていないし、することも現実的に不可能である。その他にも、関節部分やスラスターのノズルなどにはPS装甲は採用されておらず、そこを狙えば実弾兵装しか積んでいないMSでもGを落とすまではいかずとも、行動不能にすることは可能である。
「では一旦ガモフへ撤退してください。あのジンは危険だ。クッ!」
ニコルがディアッカに指示を出すのと同時にジンのアサルトライフルによる掃射が再開した。
ロイは再びフットペダルを全力で踏み込み、ブリッツに急接近していく。
「現状最も危険度の高いバスターはほぼ戦闘不能。あとは実質、ビームライフルとサーベルしか持たない機体だけ。なんとか突破できそうだな」
ロイは笑みを浮かべながら、ビームライフルを必死に撃ってくるデュエルとブリッツを見遣った。
「さて、仕上げといくか」
ジンは乗り手の気持ちに同調するかのように、メインスラスターであるウィング部からプラズマ化して発光する青白い推進剤を放出し、迫り来るビームの弾幕を全て躱しながら2機のガンダムに向けて突っ込んでいった。
この作品に関しましては既に最終話まで話自体は考え終わってはいるのですが、どうも文章に起こそうとすると億劫になってしまいます。書いていくうちに、私が一番書きたいところまで辿り着くのに掛かる時間を考えると手が止まってしまいます。
どうにかならないものですかねぇ……。