なお、この順平は日に30時間のトレーニングは行ってません。
吉野順平。高校1年生。
母子家庭にて育った映画好きの少年。
性格は大人しくも、優しい心を持っている、ごく平凡な一般人だった。
問題があったとしたなら、ただ一つ。
彼の個性は、『毒』。
もはや詳しい説明の必要ない、シンプルにして凶悪な、恐れるべきものの代名詞。
この超常社会、生まれ持った『個性』を理由に、いわれのない差別、迫害を受ける例は珍しくない。既存の人類と違った姿形を持って生まれた者たちへの『異形型』差別はその典型だし、それによって起きた歴史に残る悲劇も一つや二つじゃ効かない。
ジャンルも時代も全く違うと言ってしまえばその通りだが、部落差別、人種差別、カースト制度……そう言った歴史から何も学ぼうとしない、感情と快楽と優越を優先しようとする人類の愚かしさと言えるだろう。
順平の場合は、親子ともに人類の姿形をしているし、性格は、大人しく根暗な部分がイジメられる理由にはなりそうだが、それ以外は至って普通の、ただの少年。人に危害を加えたいとか、社会へ迷惑をかけたいと言った思想も持ち合わせてはいない。
そして、そんな少年の持つ個性が、『毒』だと知った周囲は、そんなふうには思わなかった。確かに毒は危険に違いないが、彼が自分から生み出さない限り自然に出てくるものじゃないし、そもそも出てきたとして、それを触った手で眼やら口内やら触りでもしないかぎり、大した害は出ない。触っただけで皮膚に炎症を起こすレベルともなれば、それこそ意識して作りださなければ出てこないし、そんなものを作れば順平自身もタダでは済まない。
それでも、毒
彼が母子家庭だったことも災いした。単純に性格の不一致による離婚だし、会うことは少ないが、父親は普通に生きている。
それが、順平の毒でケガをしたせいで逃げただの、順平の毒で殺されただの、尾ひれ端ひれが付けられた心無い噂を流され、立場は日に日に悪くなっていく。
そんな順平が出久と出会ったのは、それら周囲からの仕打ちに耐えかねて不登校になっていたころの、中学三年の夏休み、出久がようやく戦力になり始めていたころ。順平が
お互い、個性や境遇のせいで卑屈な面が似通っていたせいか、妙に馬が合った。
出久の好きなヒーローの話で盛り上がったり、順平の好きな映画の話で盛り上がったり。仲良くなった後は、順平の家で夕飯をご馳走にもなった。
そして、その時にした出久との会話が、個性や未来に希望を見出せなかった、順平の心を救った。
「毒にも薬にもならないっていう言葉があるように、毒は昔から、薬として利用されてきた。麻薬の成分であるモルヒネは痛み止めや鎮痛薬として使われるし、毒草として有名なトリカブトの子根は鎮痛作用のある漢方薬として使われてきた。爆薬の原料のニトログリセリンは狭心症の薬にも使われてる……つまり、その毒を上手く使えば、人を助ける薬になるんじゃないかな?」
そんな説明を受けて、今まで忌々しさしか感じてこなかった自身の個性と向き合い、未来を見出すキッカケになった。
近所の病院の有名な先生とも仲良くなって、自身の『個性』についても研究した。結果、ただ自身にも害を及ぼす毒を生み出すだけの個性だと思っていたのが、肉体に害を与える猛毒から、何らかの作用を促す弱い毒……つまりは薬物を作りだすことができる個性だと分かった。これを応用すれば、解毒剤や、あらゆる薬を作ることさえ可能だとも。
今より更に個性を磨けば、未だ存在しない、ふぐ毒などの解毒剤や、癌の特効薬さえ作りだすこともできるかもしれない。
そんなふうに考えるようになって、順平は前向きになることができ、学校にも再び行くようになった。出久とも、たまに電話かメッセージでやり取りする程度の交流が続いた。イジメや嫌がらせこそたまにあったが、飽きたのか受験のせいか、彼が戻って一ヶ月も経ったころには自然に消滅していき、卒業まで、順平の心が折れることはなかった。
自身の個性の訓練と、薬学を熱心に勉強しながら、将来は、人を助けられる人間になる。そう、心に誓った……
……
…………
………………
《A組、B組総員、プロヒーロー イレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!!》
「ぐぅ……ッ!」
マンダレイからの『テレパス』を受けるまでもなく、出久は戦闘を開始していた。
順平の拳が、出久の顔面を捕らえる。
当然一発では済まず、二発、三発、四発……顔面、腹、腕、足、出久の各部位への攻撃が繰り返されていく。
「うぅ……ッ」
もちろん、出久も無抵抗なわけが無く、激しい乱打のスキを突いて反撃の拳を喰らわせた。
(なんだ、この攻撃……そりゃあ、最後に会った日から鍛えていたとしてもおかしくは無いけど、それにしても、僕が最後に出会った日からの短い間に、ここまで……)
出久自身、個性の力を借りていると言っても、
だからこそ、特に人より鍛えている様子も無かった最後に会った日から今日まで、仮に一日も休まず鍛えていたとしてもこんなふうになるわけはない、そのくらいは分かる。
(順平の個性は『毒』の生成。膂力や身体機能を向上させるような効果は無いはずなのに……毒……薬……まさか!)
「ドーピング……?」
思考し、たどり着いた結論を口にした時。順平は、微笑んだ。
「気づいたか……そう。『毒』の個性を応用した、薬物生成――興奮剤で脳や心臓を刺激して、更にアナボリックステロイドで筋肉量と赤血球数を増やす。加えてβ2作用薬で気管支を拡張して呼吸効率もアップさせる。それを数日間、トレーニングと一緒に繰り返して、こんな僕でもようやくヒーロー候補どもと戦える体になったってわけだ」
「そんな……そんなことしたら……!」
ハッキリ言って、出久は薬学やドーピングについては全く分からないと言っていい。過去に順平に話した内容も、知識としてたまたま知っていたことを慰めに話しただけに過ぎない。
それでも、ドーピングの結果起こる身体への悪影響、副作用は、浅い知識しか持ち合わせない出久にも想像ができる。
「なんだよ……まさか、今さら僕が、命を惜しんでるとでも思ってるのか?」
走り出し、問いかける。再び拳を振るい、出久の体へ叩き込み、蹴り飛ばす。
「もう一度言う……引っこんでろよ、出久。関係ないだろ?」
「関係ある……僕は雄英の生徒で、襲われてるのは雄英の仲間たち、そして、仲間たちを襲ってるのは、僕の友達だ!!」
「無暗な救済に、なんの価値があるんだ? 命の価値をはき違えるな!!」
立ち上がった出久へ近づき、拳、蹴り、拳、蹴りの、乱打、乱打、乱打、乱打……
「選民を気取ったヒーローどもの存在、道徳心……全部、この社会が作ったまやかしだ! まやかしで作ったルールで僕を縛るな! 奪える命を奪うことを止める権利は誰にも無い! ここで寝てろ! 僕は……ヒーロー候補どもを殺さなきゃならないんだ!!」
頭をつかみ、地面に叩きつけようと……
「何のための言い訳なんだ?」
後頭部が地面を叩く前に、拳を地面へ叩き込む。
跳ね返された勢いで、順平の顔に頭突きを食らわした。
「順平の言いたいことは分かる……けど、君はただ、自分が正しいって思いたいだけだろう!」
続けざまに拳を繰り出す。順平も反撃するも、それを受け止め、受け流し、拳を、蹴りを、食い込ませる。
「君の身に起きたことは知ってるし、その後で君が起こしただろう事件も知ってる……君がどれだけ辛い思いをしたか、僕には分からない! けど君は、誰の命も奪ってない! まだやり直せる! こんなことしなくたって、もっと正しい方法が……!」
「なにが正しいだって!!?」
出久の拳、順平の拳、互いの顔面を捕らえ、下がらせて……
「だったら……僕の母さんも、社会の正しさの犠牲になったっていうのか!?」
「……」
「母さんは正しいヒーローどもに殺されるべき
中学を卒業した後は、地元の公立高校へ進学した。そこで普通に勉強していきながら、将来のための個性の訓練、薬学の勉強も欠かさず行っていた。
不幸だったのは、その高校に、順平の入学した普通科に加えて、ヒーロー科が存在したこと。
ある意味当然のことながら、ヒーロー飽和社会と呼ばれる昨今、ヒーロー科が雄英にしか無いわけはない。そして、ヒーローを目指す人間の誰もが、雄英の生徒のような人格者ばかりとは限らない。むしろ、自分たちはヒーローになれるのだと、ただヒーロー科に入っただけで慢心し、自惚れを招く例は多い。
順平の高校がまさにそれだった。むしろ、学力だけで言えば通常学科により時間を割く普通科の生徒の方が遥かに上なのに、ヒーロー科の生徒たちは、自分はすでにヒーローであるかのように普通科の生徒たちを見下し、蔑んでいた。
タチの悪い生徒の中には、それを理由に他科の生徒をターゲットに暴力を振るったり、脅迫やカツアゲに走る生徒もいる始末。
そんな連中にとって、分かり易い
毎日のように、ヒーローになるための訓練という名目で、個性を向けられた。普通にしていれば危険な毒を分泌することはないと知ってからは、とうとう、直接的な暴力を振るうようにさえなった。彼なりに抵抗した時もあったが、余計に火に油を注ぐ結果となった。
そんな日々のせいで、順平の額には消えない傷跡が残り、それを隠すために、右側の前髪を目元が隠れるまで伸ばす羽目になった。
そんな毎日の中、学校へ通う気が起きるわけも無く、再び不登校になった。それによる不都合は特に感じなかった。むしろ、不登校になった後の方が、順平にとっては良い日々が続いた。薬学の勉強や、個性の訓練にも集中できたし、病院の先生からも、よく名前を間違われたことに目をつむりつつ、様々なことを教わることができた。母さんも、不登校には寛容だった。
そんな平穏な日々を送っていたと思っていた日の朝、母さんは、死んでいた。
鋭利な刃物でめった刺しにされたらしい腰から下は、どこかへ消えていた。
そんな母さんをベッドに寝かせて、ありったけの保冷剤を傷口に当て……
同日、順平の通う高校が、『個性』によるものと思われる毒ガスの襲撃を受けた。
毒ガスを受けた者たちは気絶したのみだったが、ヒーロー科の生徒および教師らは一人残らず、目を覚ました時には四肢が麻痺、または壊死し、一生使い物にならない体になっていたという。
「教えてやるよ……誰も殺さなかったのは、殺すより生きてる方が苦しいと思ったからだ。ヒーローになるっていう高尚な夢を、マトモに生きていくための身体と一緒に奪う。そうして一生、守るはずだった他人様に迷惑を掛けながら生きていくっていう、真逆の人生を生きさせる。自分から死にたくなるくらいの屈辱。それが、アイツらに一番ふさわしいって思ったからだ!」
叫びながら、個性を発動させる。
個性『毒』……生成薬物――希硫酸、成長ホルモン剤、蛋白同化薬……
「本物のヒーローなんて存在しない……いるのは人助けや名声に酔ってる浅ましい連中と、そうして金を稼ぐことを考えてる成金主義者どもだけだ」
希硫酸で各主要部位の筋繊維を傷つけ、成長ホルモン剤と
「そんなヤツらが幅を聞かせて、僕たちはそんな連中が上に立つ社会が正しい形だって信じ込まされてきた」
それらに伴い襲い来るはずの激痛は
「そんな社会に、僕の母さんは殺された! そんな社会、壊すしかないだろう! 全部壊して、また新しく、正しい社会を生み出すしかない! 敵連合ならそれができる! そのためなら、僕の命なんてくれてやる!!」
「ダメだ!! それ以上は――」
強引かつ無茶なドーピングを行った結果――
やがて、学ランが裂けるほど肥大した肉体で、再び出久へ向かっていった。
殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る……
「どうした? かかって来いよ! やり返して来いよヒーロー!! 僕を止めたいんだろう!? だったら僕を!! 殺してみろ!!!」
「……」
地面へ組み伏せられた出久は、何も言わない。
反撃をせず、肥大した攻撃を受け続けながら……
(ダメだ……体に害があると言っても、病気やケガをしてるわけじゃない、あくまで無理やり促進された
そう、出久が絶望した直後――
攻撃が、ピタリと止んだ。終始優勢で、追い詰めていたはずの順平の身がかたむき、出久に覆いかぶさるように、倒れた。
「熟慮は時に短慮以上に愚かじゃ。お前はその典型じゃったよ。お前は、お前がバカにしておった人間たちの、その次くらいにはバカ者じゃった。だから、ちょっと身内に不幸があったくらいで、何も成さずアッサリ死ぬんじゃ。あー……なんじゃっけ? 名前――」
「順平……」
ただでさえ、ここに来るまでのドーピングによって、肉体は悲鳴を上げていた。
そこへ更に、肉体が目に見えて変化するほどの急激なドーピングを行って、タダで済むわけがない。
そしてそれは、出久がコピーしてきた個性でも治せない。
もはや救う手立ての無い順平に対して、せめて出久にできたのは、気が済むまで、殴られることだけだった。
「順平……」
「肉面~~~~~~~~~~!!」
こと切れた順平の、涙滴る目を閉じた出久の耳に聞こえてきた、破壊音と、不快な叫び声。
「緑谷!?」
「デク……!」
順平のような決意や覚悟は欠片も感じられない、快楽と陶酔に満ちた声、姿。
そんな、多量の刃を振るう男に追い詰められていた様子の、轟と爆豪が出久の存在に気づいた時――
「肉……見せて~~~~~~~~~~~~~~!!!」
「『膂力増強』・『筋力増強』・『鉄拳』――」
三つの個性によって強化された、出久の拳。
自らの身に突き刺さる無数の刃さえ無視しながら、男に向かって放たれた拳は、彼の口から伸びる、『
「……」
順平の境遇に対する嘆きよりも……
順平の死に対する悲しみよりも……
それらの感情さえ上塗りにしながら、今日までの人生、自分の口から出た言葉が、全てウソだったのかと思えるほど、腹の底から出た本音――
「ぶっ殺してやる」
血中成分の操作による肉体強化。
各種薬物生成によるドーピング。
さすがにワンパターンに思えてきた。
でも、『毒』の個性でクラゲを作るってのも無理あるしな……
あと、ドーピングの結果って、『成長』で合ってるんやろうか?