捨てられ大聖女のセカンドライフ ~失敗作呼ばわりされた私は天使と骸骨騎士と共に幸せに暮らしたい~   作:黒木ココ

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第19話 アルシオネの街と"鼻無し"

 日が沈み始める頃、ライセリアたちはようやく目的地である街――辺境地域でもっとも栄えているアルシオネの入り口に辿り着いた。

 門をくぐるとそこには賑やかな町の風景が広がっていた。大通りに所狭しと並ぶ露店。行き交う人々のざわめき。食べ物や香辛料の匂いが空気の中で入り混じっている。ライセリアはその光景に思わず感嘆の声を漏らす。

 

「わぁ……これがアルシオネの街かぁ」

 

 今まで映画やアニメの中でしか見たことがないような中世風のファンタジー世界。その風景が目の前に広がっている。ライセリアは思わず胸が高鳴っていた。

 

「お上りさん丸出しだな」

「いちいちうっさいわねアイン。ほらノア、あそこに美味しそうな屋台があるわよ!」

 

 ライセリアはアインの悪態に反論しながらノアの手を引き屋台へと駆けていく。

 アインは「やれやれ」と呆れながらも彼女たちの後を付いてくる。

 屋台にはじゅうじゅうと良い音を鳴らし、食欲をそそる香りで焼けた大ぶりの肉が串に刺さって並んでいた。

 

「いらっしゃい! 串焼きはいかがかな?」

 

 愛想の良い声だ。ライセリアは顔を上げる。

 屋台の店主は、にこやかな笑顔で彼女たちを見ている。

 店主はライセリアの隣に立つアインを見ると、そんな笑顔が一瞬で冷ややかな顔になった。

 

「ああ――隣の黒ずくめは“鼻無し”か、なら嬢ちゃんたちの分二本でいいな」

 

 鼻無し……ライセリアは、聞き慣れない言葉に怪訝な表情になる。

 ノアはその言葉の意味を知っているようで、目を伏せていた。

 

「ちょっと待ってください! 私たちは三人ですよ!」

 

 ライセリアは、思わず声を上げていた。

 店主は、驚いたように私を見る。

 

「お嬢ちゃん、鼻無しに飯を食わせる必要はないぜ。奴らは食わなくても平気だし、そもそも食ったやつがどこに行くんだ? ハハッ、アバラの隙間から垂れ流しちまうだろ」

 

 わかっている、わかってはいるんだ――アインが食べ物を食べられない体なのは。

 それでも黙っていることなんてできなくて言い返そうとした。

 しかし、アインがライセリアの肩に手を置いた。それは優しくて弱々しくも感じる感触だった。

 

「ライセ――いいんだ」

 

 首を振るアイン、その声は寂しそうに響いた。

 ライセリアは、悔しさをこらえるように唇を噛む。

 

「……わかりました。じゃあ、二本ください」

 

 屋台の店主は「二本ね、あいよっ」満足そうに頷くと手際よく串焼きをライセリアに手渡した。

 まるで、何事もなかったかのように。

 

 ライセリアたちは、冒険者ギルドへの道を再び歩き始めた。

 ライセリアとノアは串を持ったまま、無言で歩いていた。

 熱々で脂がふんだんに乗った肉は美味しいはずなのに全然美味しくなかった。

 ライセリアは心の中で、先程の屋台の店主の言葉を繰り返していた。

 

(鼻無し――)

 

 ライセリアは、アインの横に歩みを寄せた。

 黒い兜に覆われたアインの横顔は、いつもと変わらない。

 けれど、彼女にはその沈黙の奥に、悲しみが潜んでいるように感じられた。

 

「ねえ、アイン……」

 

 恐る恐る声をかけた。

 アインは、ゆっくりと顔を向ける。

 

「なんだ?」

「その……さっきの鼻無しって言葉……」

 

 言葉を選びながら話を続けるライセリア。

 

「この世界のことよくわからない私でもそれがあなたを侮辱する言葉ってわかった。なんで……あんなこと言われなくちゃいけないの?」

「俺の素顔を知ってるなら、意味はわかるだろう? ――言葉通りだ」

 

 そう言って、アインは兜のバイザーを少し上げた。

 そこには、骸骨の顔がある

 そう――鼻のない骸骨の顔が。

 彼の眼窩の奥で青い光が寂しく揺らめいていた。

 

「ま、運よく死んだばかりで蘇ったやつは鼻はあるが、大半のアンデッドはそういうことだ」

「ごめん……なさい……」

 

 ライセリアは、うつむいて言った。

 自分の無知を恥じるように。

 この世界のことをまだまだ何も知らないのだと思い知らされる。

 

「謝ることはない、お前が知らなかったのは当然だ。……アンデッドは人間社会ではそういう扱いだ慣れている」

 

 アインの声は、いつもより優しくて、ライセリアは何も言えなかった。

 ――そんなことに慣れちゃいけないはずなのに。

 

「ごめんなさい……地球と同じことをわたしたちは――エデン・エンデバーは繰り返してしまいました。こんなのが神様扱いだなんておかしいですよね……」

 

 隣で項垂れていたノアが、ライセリアにだけ聞こえる声でそっと呟いた。

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