捨てられ大聖女のセカンドライフ ~失敗作呼ばわりされた私は天使と骸骨騎士と共に幸せに暮らしたい~   作:黒木ココ

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第27話 宿泊の代償は血の誓約で

 色街から一歩裏通りに入るとそこは別世界のように暗く静まり返っていた。

 表の喧騒がまるで嘘のように、人影もほとんどない。

 道の端にはゴミが散乱し悪臭を放っている。ライセが数時間前に迷い込んだあのスラムである。

 

 アインはライセとノアを先導するように前を歩く。彼は兜のバイザーを上げて顔を――髑髏の素顔を露わにしている。

 通りを歩くだけで魔族の住人からの視線を感じる。そのほとんどがライセとノアに向けられている。

 スラム街に十代と思しき少女が二人、明らかに目立つ。住人たちを刺激しているのは確実だ。

 時折すれ違うたびにニヤニヤとした視線を浴びせられる。魔族だけでなく人間もそれに混じっている。

 そういう者に対してアインが睨み返すと、肩を竦めてそそくさと逃げていく。

 

「よう嬢ちゃん、そんな鼻無しと遊ばず俺と――痛でででででッ!?」

「失せろ」

 

 絡んできた男が言い終わる前にアインは男の腕を捻り上げる。

 男は「クソがっ! 覚えてろ」と捨て台詞を吐いて逃げていく。

 

 やはり怖い場所だ。

 ライセは数時間前の出来事を思い出して、ノアの手を引く自分の手のひらが汗ばんでくるのを感じた。

 

「ライセさん? かなり手汗かいてますけど大丈夫ですか……?」

「ああ……うん、こういうところほとんど縁がなかったし……ここで怖い目に遭ったしどうしてもね。ノアは大丈夫なの?」

「怖いですけどライセさんが手を握ってくれてるから大丈夫ですっ」

 

 ライセは深呼吸をする。ノアの手を離してはいけない、そう思うと恐怖心よりも責任感が勝るのだった。

 しばらく歩いたあと、アインが立ち止って一軒の建物を指差した。ここが件の宿なのだろう。それは古びた木造二階建ての建物だった。

 

 看板には“骨休みの宿・髑髏亭”と書いてある。髑髏をデフォルメした可愛らしいデザインが逆に不気味さを際立たせている。

 確かに“アンデッド”が経営している店と言われたら納得してしまいそうだ。

 カーテンがかかった窓からは光が漏れており、営業中であることは確かなようだ。ライセはノアと顔を見合わせ、頷き合う。

 

 アインが先に宿に入り、続いて二人も店内に入る。扉を開けるとカランカランとドアベルの音が響く。

 店内は外観から想像していたより小綺麗で、清掃が行き届いていた。

 一階部分は酒場を兼用していると思われ複数のテーブルが並べられていて、その奥にカウンターがある。しかし客は誰もおらず、カウンターの内側で店主と思しき人物がグラスを磨いていた。

 

「あの人……アンデッド? でも普通の女の子に見えるけど……」

 

 ライセはカウンターに佇む女アンデッドの店主を見てそう呟く。

 確かに普通の人間より血色の悪い肌に見えなくもないが、普通の人間の範疇に収まる外見だ。腰まで伸ばした夜色の黒髪に真紅の瞳、黒を基調としたシックなドレスに身を包んでおり、見た目だけなら人間の女性――外見の年齢ならライセとそう変わらない少女にしか見えない。

 

「あら、ひさしぶりね“鉄仮面”、今日は“生者(ウォーマー)”の女の子二人と一緒だなんて。どういう風の吹き回しかしら?」

「二部屋空いてるか?」

 

 少女アンデッドはからかうようにクスクスと笑みを浮かべている。アインはそんな彼女の軽口を受け流し、話を進める。

 

「二部屋ね、空いてるわよ。彼女たち二人の部屋とあなたの部屋でいいのかしら?」

「ああ、しばらく厄介になると思う。これは前金だ」

 

 アインは懐から革袋を取り出し、少女アンデッドに手渡す。その中身はかなり高額の金貨のようだ。

 

「アイン……そんな大金……」

「前金でこんなにとはえらく景気のいい話ね。なにかあるのかしら? こんなに大盤振る舞いするなんてよほど彼女たちにご執心なのね?」

「そういうわけじゃない」

「そう? いくらあなたが気にかけていると言っても、これだけの滞在費を出させることにそこのお嬢さんはかなり気を遣わせているようだけど?」

「そうだとしても、こいつは文無しだ」

 

 アインの言う通りライセはこの世界での日が浅く、先立つものは何も持ち合わせていない。手持ちの物は全て彼が用立ててくれたものだ。いい加減何から何までアインに頼るのは申し訳なくなってくる。

 少女はカウンターに肘をついてニヤニヤと笑みを浮かべている。そしてライセたちに視線を移して言った。

 

「こんばんは、“生者(ウォーマー)”のお嬢さんがた。私はこの宿の主人のネーヴィアよ、よろしくね」

 

 ネーヴィアと名乗るアンデッドの少女は、ライセにニッコリと微笑みかけてくる。

 見た目は十代半ばから後半の外見であるが、醸し出す雰囲気は外見に似つかわしくない妖艶さを含んでいた。ライセとノアは彼女に続いて挨拶をし自己紹介をした。

 

「ネーヴィアさんは……もしかしてヴァンパイアですか?」

 

 ノアがそう尋ねると、ネーヴィアは意外そうに目を丸くした。

 

「ご明察。よくわかったわねお嬢さん?」

「ごく稀に死後すぐに蘇るアンデッドがいると聞いたことがあります。さらに自我を残したままアンデッドになる確率となるとかなり低いとも聞くので……」

 

 さすがノア、物知りである。

 ライセは素直に感心した。ネーヴィアはノアの答えに満足そうな笑みを浮かべた。

 

「アインのようなアンデッドとネーヴィアさんのような――ヴァンパイアと呼ばれるアンデッドはまた違うんだ? 吸血鬼(ヴァンパイア)と呼ばれるぐらいだし」

「普通のアンデッドの人は大気中のマナを取り込んで生命維持に役立てていますけど……ヴァンパイアの人は他者から直接マナを摂取する必要があるので……」

 

 ――なるほどそれには血液から摂取する必要があるってことか。ゆえに吸血鬼。ライセは自分なりにノアの説明を頭の中で噛み砕く。

 

「“鉄仮面”、やはりお金はいらないわ。この宿での滞在費は別のもので支払ってもらおうかしら」

 

 ネーヴィアはカウンターから身を乗り出してライセの首筋に手を伸ばした。

 

「彼女の――ライセさんの血で支払ってもらうことにするわ」

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