捨てられ大聖女のセカンドライフ ~失敗作呼ばわりされた私は天使と骸骨騎士と共に幸せに暮らしたい~   作:黒木ココ

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第28話 淫靡な嬌声、血の儀式

「おい、ネーヴィア。人間の客を見れば誰彼構わず吸血しようとするのはやめろ」

 

 ライセの首筋に伸びたネーヴィアの手を掴んで、アインが咎める。

 

「誰彼かまわずじゃあないわよ。そちらの小さなお嬢さんの血を戴くのはさすがに自重するわ。だからライセさんにお願いしてるの。彼女の血は……とても美味しそうなの。彼女の血はとても希少なものと私の本能が告げているわ……そうね、毎日とは言わない。時々私に血を差し出してもらう程度でいいの」

 

 ネーヴィアは真紅の瞳を潤ませ、はぁ……と熱い吐息を漏らす。ライセはごくりと唾を飲み込んだ。ネーヴィアはアインに大金を出させてしまうことになるライセに気を遣ってくれたのだろうか。ただで――とは言わないが、ライセでも支払える対価を、と。

 

「あのう……一応聞きますけど、ネーヴィアさんに血を吸われても私がヴァンパイアになることはないですよね?」

 

 ライセは不安げに問う。吸血鬼に血を吸われたら自分も吸血鬼の仲間入り……なんて逸話はよくある話だ。しかしそれは地球の伝承であって、この星に住まうヴァンパイアが必ずしもそうとは限らない。ライセは不安げな眼差しでネーヴィアを見つめると彼女はくすっと笑って答えた。

 

「ふふっ、私この体になって長く生きてるけどそんなヴァンパイアなんて見たことも聞いたこともないわね。そんな話初めて聞いたもの」

 

 その言葉を聞き、ライセは安堵の息を零した。横でノアが「あくまでこの星のヴァンパイアは生命維持のためで、繁殖のための吸血ではないので……」と囁き補足をした。

 ノアがそういうなら大丈夫なのだろう。ライセは「わかりました。私の血でアインにお金を出させなくても済むのなら」と、承諾した。

 

「フン、ネーヴィアに感謝するんだな」

「私だってあなたに養われてばかりじゃプライドが傷つくんだから」

 

 ネーヴィアはカウンターの外に出てきて、ライセと向かい合うように立った。

 ネーヴィアの白い手がライセの頬を滑り首筋を触れる。優しく触れただけなのにそれだけで背筋がぞくぞくした。

 

「大丈夫……優しくするから……ね?」

 

 ネーヴィアの指先が首筋をなぞり、唇に触れるとライセは観念したようにきゅっと目を瞑った。吸血鬼の鋭い犬歯がライセの首筋に当たるとチクッとした痛みが走る。

 

「んっ……あっ、あっ……ん」

 

 ライセの体がビクンと痙攣し、口から思わず甘い声が零れた。自分のモノとは思えない高く蕩けるような声が耳に響く。

 ――ノアが見てる前でこんな声を……そう思うとますますライセは羞恥心で顔を赤くした。それを傍から見ていたノアもライセの淫靡な嬌声に羞恥心を覚えたようで、あわわと両手で目を覆ってはいるが指の隙間からしっかりとその様子を窺っていた。

 

 ネーヴィアの犬歯がさらに強く、深くライセの首筋に食い込んだ。そしてそこから血液が吸い上げられる感覚にライセは身悶えた。まるで自分の中の何かが吸い取られていくかのような感覚だ。その瞬間――

 

「――!? ゴホっうぇっ、な――っ!? この、血……!」

 

 ネーヴィアの体が震えライセの首筋から口を離す。そしてそのまま床に蹲ると激しく咳込み始めた。

 

「ネーヴィアさん!? 大丈夫ですかっ!」

 

 ライセは驚いて声をかけるがネーヴィアは咳き込むばかりで答えられない。彼女は苦しそうに床に首を垂れて呼吸を整えようとしていた。

 

「はぁっ、はぁっ……なんて濃厚な……っ、くぅ……っ、こんなにマナを含んだ血を飲むのは初めてっ……!」

 

 ネーヴィアは荒い息をつきながら、何とか言葉を絞り出す。彼女の体はライセの血を受け入れるのに必死なのだろう、痙攣するようにビクビクと震えている。

 ノアはネーヴィアの背中を撫でさすって落ち着くのを待っている。しばらくするとネーヴィアはゆっくりと立ち上がった。

 その頬は紅潮し、息もまだ少し荒いが先ほどよりは落ち着いてきたようだ。しかしそれでもなお彼女の瞳は熱に浮かされているかのように蕩けている。

 

「ごめんなさい……あなたの血があまりにも濃縮されたマナに満ちていたものだからついむせてしまったわ……」

 

 その言葉にライセとノアはあー……と納得した様子で顔を見合わせる。ヴァンパイアは血液を媒介に体内にマナを取り込み糧とする。そしてライセの肉体は極めて人間を模したものであるが、その実態は高濃度のマナ――ナノマシンの集合体だ。つまり体内を流れる血液の全てが高密度なマナの塊なのだ。言うなればウオッカや消毒用エタノールを原液のまま一気飲みするようなものなのだからむせて当然と言えよう。

 

「ネーヴィア、それでもライセの血で支払ってもらうつもりか? 俺の金でもいいんだぞ?」

「お、女に二言はないわ。水に薄めてでも飲んでやるんだから……! それにしてもライセさん……あなたとんでもない存在ね。ねえ、“鉄仮面”」

「俺は何も知らん。こいつが何者だろうとどうでもいいことだ。ギルドには変わり者ぐらいいくらでもいるからな――俺のように。それとネーヴィア、今の俺の名前は“アイン”だ」

「あ――」

 

 ライセは鉄仮面の異名を持つ男が“アイン”の名を他人に名乗ってくれたのが嬉しかった。

 もっとも、本人に告げたらそっけない返しをされそうだから言わないが。それでも彼がアインと言う名を受け入れて名乗ってくれるのはとても大きなことだと感じた。

 

「へぇ……アイン、ね……ふふっ、まあいいわ。ところで――あなたたち夕食は食べたのかしら?」

「いえ、まだです。宿を探していて食事は後回しにしていたので……」

「今晩は飛び入りのお客様だから大したものは出せないけど、軽食ぐらいなら出せるわよ。どうかしら?」

 

 ライセとノアがその申し出に是非、と答えるとネーヴィアは店の奥に引っ込み夕食の仕度を始めるのだった。

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