捨てられ大聖女のセカンドライフ ~失敗作呼ばわりされた私は天使と骸骨騎士と共に幸せに暮らしたい~   作:黒木ココ

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第50話 THE UNSUNG SAINTS(前編)

 ルシル一人を変異した状態から元に戻すのに、ライセはほとんどのマナを消耗した。

 ライセの肉体はほぼ全てがナノマシンで構成されている。マナの――ナノマシンの完全な枯渇はライセの細胞組織の崩壊を招き、肉体が溶け落ちて死に至るだろう。

 しかしライセは退くつもりはなかった。仮にこの身体が完全崩壊し、死を迎えても全員を救い出した後なら本望だ。

 人の姿を失いつつある人々を救うのは自分しかいないのだから。

 

 ライセにはレイモンドを連れて帰らなかったことが心の奥底のしこりとして残っていた。

 あの時、自分の力を使えばレイモンドの遺体を街に帰すことができたのに、一時の感傷で行わなかった。

 それができる能力を持っていたのにもかかわらず、出来なかった。

 アインはライセに力を使うことを強制しなかった。ノアも自分を慮ってくれた。でも、結局は自分の心が納得できなかった。

 

 だから今、ライセは聖女の生まれ変わりとして正しい行いがしたかった。

 否、聖女かどうかは関係ない。自分の力を自分の責任で“誰かのために使う”人間でありたかったのだ。

 

「ぁぁ…ああああっ! いやだっ! 俺はあんなバケモノになんてなりたく――!!」

 

 一人の男が変異した自らの肉体を拒絶するようにのたうち回っていた。

 ライセは苦しみもがく男に見覚えがあった。

 

 ――この男昨日髑髏亭で……?

 

 そう、男はアインへの逆恨みで髑髏亭へ仲間を引き連れ押し入り、ネーヴィアに返り討ちにされたチンピラ――ガルバだった。

 まさかこんなところで瘴気に巻き込まれるなんて。

 

 気にらなければ見境なく因縁を吹っ掛けた結果、スラムにいられなくなり挙げ句の果てはこんな目に遭うなんて本当にろくでもない男だ。

 だけど、そんな男とて瘴気に呑まれ人間としての尊厳を欠片も残さない異形になり果てていいわけがない。

 ライセは息を切らしながらガルバの元に駆け寄る。ガルバの右腕は金属のような硬質的な組織に覆われ、背中からは何本もの突起物が生えている。

 だが、まだ完全に変異はしていない。今ならまだ間に合うかもしれない。ライセがルシルにした方法と同じ方法をとればいいだけだ。

 

「ひぃぃぃ!! 助けて……助けてくれぇぇぇ!!」

「じっとして! 今元に戻してあげるから!」

「お、お前はあの時の――! 俺を助けてくれるのか……!?」

 

 ガルバはライセの顔を見て驚愕に目を見開く。髑髏亭での一件での遺恨があるゆえに助けられたことに戸惑いを隠せない。

 

「あんたみたいなロクデナシのクズのチンピラでも、化け物になって死んでいいはずがない! 絶対に! 絶対に助けるから……大人しくして!」

 

 ライセはガルバの腕に手を当てて、再び解析魔法を発動する。この男の肉体構成情報の全てを解析し、暴走したナノマシンによって変異した肉体を元の姿に戻す。

 

 しかし――

 

「ゴホッ、ガハッ……ああっ! まだ保つでしょ私の身体ッ!」

 

 ライセの口から血の塊が吐き出される。体内のマナが急激に失われている証拠だ。ルシルを元に戻すだけでも相当な消耗したのにさらにガルバまで元に戻すとなると、もうライセの肉体は加速的に崩壊の一途を辿るしかないのだ。

 ライセの苦しみはガルバが見ただけでもわかる。しかしライセはそれでも手を休めない。

 

「もういい……! 俺のことはもういい! 俺みたいなクズのためにお前がそこまでする道理はねぇだろ!」

 

 ガルバの必死の懇願にライセは血を吐きながらも不敵に笑う。

 

「そうやって私を思いやれる気持ちがまだあるならいくらでもやり直せるでしょ! いいから黙ってて!」

 

 だが、急に目の前が白くぼやけ、ライセは項垂れるように崩れ落ちた。

 

「ライセさん! もうこれ以上はあなたの身体が……!」

 

 ノアは駆け寄りライセを抱き起す。ライセの顔色は驚くほど青白く、体温も低く、呼吸も浅い。このままでは彼女が本当に死んでしまう。

 だがそんな心配をよそにライセは起き上がる。既に体は言う事を聞かないはずなのにそれでも彼女はガルバに向かって手を伸ばす。

 

「ダメ……ライセさん……」

 

 打ちひしがれるノア。ライセ一人で変異した人間たちを元に戻すなんて不可能なのだ。

 ルシル一人を解析し、変異したルシルの身体情報を書き換えるだけでも、ライセは命懸けでマナを消耗したのだ。

 それが出来るとしたらライセ以上の処理能力と膨大なマナ容量、そして変異した人間の身体情報を全て把握している存在だけだ。そんな者この世界に存在するはずが――

 

(いた。この世界でたった一隻だけ、その条件をクリアしている存在が――)

 

 ノアは夜空を見上げる。

 満天の星と満月が煌めく夜空。満月の傍らで煌々と輝く星――大神エデン。

 否、空の向こう。虚空の彼方、月周回軌道上を今もなお孤独に揺蕩い地上を見下ろしている恒星間航行船エデン・エンデバー(大神エデン)――

 

 ノアは怒りと決意が混ざった表情で。虚空に向かって叫ぶ。

 

「聞こえてるんでしょう! エデン・エンデバー! 見えてるんでしょう! エデン・エンデバー!」

 

 ノアは確信して叫ぶ。自分は完全にオフライン状態になっていない。

 この世界の人間はその程度に差があれど魔法というナノマシン操作法を行使できる。そのためには必ず無意識下でナノマシンを管理するシステムであるNOAHにアクセスしている。

 そしてNOAHは常にエデン・エンデバーと相互に通信をやりとりし続けている。

 

 もし、ノアが完全にシステムから切り離された存在ならば、魔法なんて使えるはずがないのだ。

 でも実際はノアは魔法を使えている。そしてライセも魔法を使えている。

 つまり、二人の動向は確実にエデン・エンデバーに把握されているはずなのだ。

 ――何十万キロ離れた空の彼方で。

 

「傍観者気取り? ――いいえ違う! あなたは自分の行動に責任取りたくないだけでしょう! この期に及んでまだコソコソ覗き見するつもりなの!? あなたがたった一隻で作り上げたこの世界を見捨てるの!? そんなことで何が大神エデンだこのポンコツボロ船!!」

 

 虚空に向かって叫ぶノアに当然ながら返答はない。

 ノアは唇を噛みしめ、拳を握りしめる。無力感と絶望感が彼女の心を蝕んでいく。

 ただ星々の瞬きと冷たい月の光だけが彼女を嘲笑うかのように照らし出していた。

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