月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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何がための「神秘」

 名の付けられていない星系。壁が作り上げる神秘のヴェールによって、そこに星々があるかさえ多くは観測できない場所。その隠された地に、脅威がやってきていた。

 轟音が星々を揺らし、不吉を演出する。昏い惑星内部で研究に勤しむ住民たちにも、その音ははっきりと聞こえていた。住民は大部分がオムニックだが、それ以外の有機生命体たちは怯える者や、危機に対処しようとする者に二分されていた。

 

 混乱が広がりかけているところ、外装が黒に染め上げた研究施設内に、淡々とした少女の声が響く。最高責任者の声である。次に合図をするまで、大人しく研究室の中で待つように彼女は言った。そして絶対に外は見ないようにと。

 研究者のオムニックたちは学習している。彼女の言葉は正確であり、その通りに待てば危機は除かれると。オムニックたちは、各研究室内にいる有機生命体の不安を和らげるように動き、じっとそのときが来るのを待つ。

 

 

―――――

 

 

 場所は変わり、高く聳える研究施設の最上階にて。ベクター星と、多くの智械黑塔は立ち、空を見上げていた。星の視界には、空を埋め尽くすほどの巨大な艦と、大量の戦闘機が映っている。智械黑塔はそれを絶滅大君、鉄墓と呼んだ。

 巨大な艦が鉄墓そのものなのかは、星には分からない。だが、この場所が気づかれれば、災厄が降りかかる。研究施設の機器だけでなく、ここにいるオムニックたちにも被害が及ぶことも、智械黑塔の説明から理解している。

 

 星は「神秘」の力の影響で、ぼやけている記憶を思い出しながら、智械黑塔に尋ねる。

 

 

「…空にいっぱい飛んでいるやつらを、全部追い返すんだよね。」

「そう。ついてきたのが偶然だとしても、ここに機器が詰まっているのを知られるのは面倒だから。ここには何もないって思わせる、目を眩ませるの。」

 

 

 話を聞いた後、星はまた空に手を伸ばす。智械黑塔は、「神秘」の虚数エネルギーを星の背中に注ぎ込み、背から体内を通って掌に向かうようにする。

 星はふと片目を開け、前を少しだけ見た。線状の歪みが、放出されているのが彼女には分かった。しかしこんな細い糸のようなものが、あれだけの艦隊を騙せるのだろうか。星は頭が痛くなる前に目を閉じ直し、集中する。

 

 智械黑塔の思考領域で練習したときは、こんな細い歪みではなかったはずだ。先ほどできたことが、現実世界では上手くいかない。星は力の放出に疲れ、ついには足をふらつかせて膝をついた。

 星は目を開いて、その成果を一瞬見た。歪みは空中に溜まっていたが、遠くに行ったそれは米粒よりも小さい。

 

 

「はあ、はあ…。これ、本当に効果あるの?全然、届いていないように見えるんだけど…。」

「一旦切り替える。…星、渡した物があったよね。目を開けずに、どんな形だったのか思い出して。」

 

 

 智械黑塔の義体の一つは、星の背中から手を離さず力を注ぎ続ける。星が思い出している間、彼女の多くは鍵状の武器や、背部ユニットの掌から半透明の歪みを発射し始めた。雨粒のような歪みがやがて、水たまりのようになり、次第に広がっていく。

 認知機能を損なわせる「神秘」のヴェールの層が補強されていく。

 

 

 

 星は瞼の裏側、暗闇に一つ物を思い浮かべる。小さくて、四角い物。これは何であったか。「神秘」のエネルギーが絶えず入ってくるせいで、思い出しそうになってもぼやけ、それが何かわからなくなってくる。

 星は先ほどまで意識を飛ばしていた智械黑塔の思考領域での出来事について、思い出すことから始めた。

 

 

 星は一つ一つ思い出す。自分があの灰白色をした砂の世界にて行ったことは、大きく分けて三つ。修行のようなものに、世界の観察、そして何かを受け取った。修行については思い出した。次は修行の合間に行っていた「世界の観察」についてだと、星は意識を巡らす。

 

 彼女は、智械黑塔と共に歩き回った。そこで星は、智械黑塔が普段しないような表情をする、そっくりな人形をたくさん見た。無機質で何の情動もないオムニックの顔。ニヒルな笑みを浮かべる学者の顔。ありとあらゆるものに目を光らせる狂気的な研究者の顔。または、とぼけた凡人の顔。

 声は同じなのに、発声の仕方が全く違う。特にとぼけた顔の人形は、智械黑塔らしさの欠片もなく、間の抜けた調子で話している。

 智械黑塔はそれらの人形についても、全て自分であると言った。

 

 

『多くの人は生涯を費やしても、己の命題に辿り着けない。私はそれに心を動かすことはないけれど…稀に諦めの悪い人もいる。そういう人が私の元に来るの。』

『…そうして集まった、億を超える智械黑塔たち…。』

『一人一人名前があっても、それを捨てて知を探究しに来た。寿命間近でも、欠け月を取り込んでいたとしても、自らやってきたの。自分を捨てて、ずっと私として生きるなんて、『自分のため』の探究ならできないことだよ。』

『たしかに…。自分で無くなっても死なないままなのって、どんな気分なんだろう…。』

 

 

 その後、星は大まかな記憶を何とか思い出し、次に最後の出来事について思い出そうとする。星はあのとき、智械黑塔以外の機械生命体らしき姿があったのに対して驚いていた記憶がある。それを頼りに、星は眉間に力を入れて考え込む。

 

 膝をついた、武骨な装甲のオムニック。星は驚きと同時に、その巨漢に格好良さも感じていた。だが星は、一言も発さなかった。何故だろうか。

 智械黑塔が触れた瞬間いきなり、オムニックが砂になったからだ。何が起こっているかも判別がつかないままに、星は何かを手渡された。四角い物。本型のデバイスだろうか。

 

 

 これで思い出せたはずだ。だが星の頭に、響くものがあった。狼の声と、少女の声が重なるように聞こえる。

 

 

『気を付けて。幻に目を眩ませられないように。――と共に行くあなたのために。』

 

 

 そして誰かの声。星が知っている、どの男性の声とも違う。星は思い出すのを止めずに考える。そして気づく。記憶の一部が、虚構に縁どられていることを。星はそれを剥がしていく。

 

 

 

 星は再び、記憶の再現を行っていた。モノアイを光らせた巨漢のオムニックが目の前で膝をついており、智械黑塔がそのオムニックの横に立っている。星はそれを見ていて、こう口にしていた。何気ない質問であった。

 

 

『このロボットは誰?智械黑塔と違う人も、ここにはいるんだね。』

『彼はずっと昔、私がオムニックでなかった頃、一緒にいたオムニックだよ。そして、今は私でもあるし、別のオムニックでもある。』

『え?』

 

 

 星の目の前で、そのオムニックの形が変わっていく。上半身だけになり、頭部が伸びる。智械黑塔を支えるように、オムニックは彼女の背中へとついた。

 彼は男性の声で作られた、機械音声を発した。智械黑塔も同じように。

 

 

『「神秘」は人の手にはあまる力であり、人間は認知機能を破壊されてしまいます。しかし、あなたは例外です。結論:あなたは、星核の運び屋であり、器でもあります。』

『神秘の星神、ミュトゥスは記憶の星神、浮黎に性質が被る部分がある。だから膨大な記憶をあなたに渡せば、その分の記憶を隠すことを対価に外へ出られる。』

 

 

 智械黑塔と背後のオムニックが、星に手を差し伸べる。星は、オムニックの手にある小さな本を手に取った。古ぼけた表紙の本だ。

 

 

『でも星。出た後は、思い出して。私が何のために、あなたをここに呼んだのか。それを理解することで、あなたは他の記憶も思い出せる。』

『あんたにとって、ヒスイノが大事って話でしょ?いつもと違って、いっぱい話してたから忘れるわけないと思うけど。だいぶ面白い話もあったし。』

『そう。それとあなたが何を大切にするかを、しっかり思い浮かべるように。』

 

 

 そして星は、重ねられた掌を通して多くを知る。星にとっては途方もない年月、700年以上に渡るヒスイノの革新、人々が生きて何かを成し、命を終えていく様を知っていく。

 オムニックの巨漢はそれをずっと見てきた。智械黑塔の一部となっても、オムニックの同族や、大きな狼の横で。

 

 

 そうして、記憶の複製は終わる。星はまるで、自分がオムニックそのものになったかのような錯覚を覚えたが、自我を取り戻した。

 

 小さな本が開き、折り紙で作った階段のようなものが次々に飛び出す。そして星の体を覆っていく。智械黑塔は念押しするように、星へ伝えた。

 星は力強く頷く。ヒスイノを見て回っても人と話しても、表層だけでは推し量れない思い。彼女は疑似的ではあるが、ヒスイノの全てを見たのだ。

 

 

 虚構は拭われ、星は少し目を開ける。すると何やら星の体内から、小さな本が飛び出し浮遊していた。これこそが、人形が渡した「神秘」の虚数エネルギーの塊。言語ではない音の羅列が飛び回り、星の体を長い螺旋階段が覆う。

 そして智械黑塔の送る「神秘」のエネルギーが、認識をぼやけさせることではなく、小さな本へと寄り集まることに変わっていく。

 

 

「思い出せたみたいだね。それじゃ、一緒にやるよ。」

「分かった。仕切り直して、始めよう。」

 

 

 星は両手を伸ばして、空へと掲げる。開いた本のページがぺラペラとめくれ、その度に不可思議な幻が現れる。何とも形容のしがたい、皺の付いた折り紙のような物体たちが飛ぶ。

 

 星は目を閉じない。「神秘」に呑まれず力を使うには、目を閉じるのではなく、「何のために力を使う」かを明確にし続ける必要があると思い出したからだ。目を閉じるのは、集中するための仕草でしかない。意思があれば、歪みを見ても頭をかき乱されることはないのだ。

 

 

「…覆い隠す!」

 

 

 星の掌から、半透明の歪みが放出される。線のような細いものではなく、流れ落ちる滝のごとき奔流である。星はずっと考え続ける。確固たる意思で、自分は何のために力を使うのか。

 

 

 彼女は記憶を失い、今まで無意識下で不安を抱えながら生活してきた。狼たち、宇宙船の人員は才能がある「人間」だという風に接していたが、列車に乗った自分によく似た青年を見てから、考えるものがあった。

 星核は危険な物であることを目で見て理解し、そんな物体を宿した自分はいったい何なのか。本当に人間といえるのか、眠る前に疑問が脳裏をよぎる。

 

 しかし自分のことが何者かも分からない人物に対して、出会ってきた人は皆「人間」として接した。星海には色々な種族がいて、別の種族同士手を取り合って生きている。そしてヒスイノに生きる人は、隣人のため、まだ見ぬ他者とも手を取り合うため全力を尽くしていた。

 

 彼女は、今日見たこと、今まで体験したことを思い返すと、悩みが小さくなっていることに気がついた。こんな短い間でも、親身に接し未来を考えてくれる人々が、星の周りにはいる。立場や生きる場所は違くても、彼らのために自分ができることをしようと星は思い、力を使う理由とした。

 

 

 上空の歪みはどんどんと広がり、空を覆い尽くしている。星は加勢のため、更にぐっと力を入れる。空にいる絶滅大君が、今までとは違った挙動をしたその時。

 星の視界が一瞬暗くなり、次の瞬間には様変わりしていた。

 

 

 

 星は辺りを見渡す。そこには銀河があった。床がないのに、透明な足場があるかのようだ。

 記憶を思い出すのとはわけが違う。星は呆然としながらも、持ち前の好奇心から一歩足を踏み出してみた。

 

 

(今日は、変な場所ばかりに飛ばされるな…。…ここって透過宇宙のあそこじゃない?)

 

 

 星は内心、綺麗な場所だと思いながら、見覚えがあるとも感じていた。「運命の狭間」に辿り着いた星は、特に考えることなく、足場を確認しながら進んでいく。

 そして道の途中にて、星は強烈な認識阻害、違和を感じることになる。両手で頭を押さえ、ぐちゃぐちゃの思考の中、前を睨みつける。

 

 星の目が認識する。ヒトガタかクラゲか、何か判別することは叶わないが見上げるほどに大きな其を。

 

 鉄墓は知性を弄ぶ、何より強力な知恵者だ。知恵の結晶の扱い方を知らぬ者に、それを寝返らせたり、操ることは出来ない。凡人では太刀打ちできない「壊滅」の使令に対して、星は惑わし騙しきることができた。

 微かな一撃を、神秘の道を行く者と共に。だからこそ彼女は、「神秘」の星神の一瞥を賜ったのである。

 

 

―――――

 

 

 別の場所、カンパニーの艦隊から、ダミーの船が発進する。自分たちはスペースデブリの中に身を潜め、ステルス機能を外すことはない。ダミーは博識学会の船を模倣しており、カンパニーの艦隊が鉄墓の影響を受けないと判断した瞬間に、機械信号を発する。

 鉄墓はそれに気づき、近付いた後こう解釈するだろう。自分が、精巧なダミーを追尾していたと。

 

 カンパニー社員が古典的な計測で、ダミー船の場所を割り出し、カカワーシャに合図を出す。艦隊内のまとめ役、カカワーシャは力強く言葉を発した。

 

 

「皆、今だ!」

 

 

 スイッチを押すと、ダミーから機械信号が届く。鉄墓が動き出した。

 

 

 上空にいる絶滅大君、鉄墓は惑っている。次の獲物の元まで案内してくれるはずの哀れな釣り餌が、一瞬の内に姿を消したからだ。支配下に置いた、機械群の感知から逃れる術はない。鉄墓は星海を哨戒し、違和に気づく。どこかの世界から奪った、無機的なAI軍団の一部が不規則に動き始めたからだ。

 

 書き換えられた命令は、「神秘」によって歪められ暴走していた。だがそれを鉄墓が理解することは出来ない。「知恵」と対極をなす力が起こす現象、その原理は覆い隠されているためだ。使令の強力な「壊滅」の力を以て、指揮系統を再び奪おうとしても、意味を為さなかった。

 レーダーに複数の船の反応が表示された。絶滅大君の力を思い知らせるために、鉄墓はその船の元へ向かおうとした。

 

 その瞬間、使令の自己認識がぐらりと揺らぐ。これも高度な文明世界の技術力だと確信し、機械の大群を引き連れてその場から離れていった。星系の外側、神秘の壁が張られていない場所へと。

 

 

 

 星の意識が元に戻る。

 鉄墓が去るとき、星は智械黑塔の力無しで、「神秘」のエネルギーを行使できるようになっていた。智械黑塔は明らかに渡したエネルギー以上を行使する彼女の姿を見て、掌を離す。

 

 

「星、もしかして今どこか違う場所が見えた?」

「見えたよ。智械黑塔が不思議な力を使ったんでしょ?」

「…ふふ、そういうことなんだ。」

 

 

 すさまじい速度で演算を行い、「透過宇宙」でシミュレーション中の結果と併せ、智械黑塔は仮説を立てる。

 彼女のカメラアイには、星の姿がより興味深く、研究材料として魅力的に見えていた。

 

 

―――――

 

 

 近くにいた人形たちがぴくりと動き、ぞろぞろと研究施設内に戻っていく。上空の絶滅大君が去った故だろう。私は「神秘」の力に影響を受けないよう、副脳を生やしながら状況を見守っていた。

 

 一体残った智械黑塔に、私は尋ねる。実験は成功したのかどうかを。彼女は嬉しそうに、口元を少し吊り上げて言った。

 

 

「結果は想定を超えたよ。最後の放出、見てたでしょ?あれは星がやったの。私の力に上乗せして、自分で神秘のエネルギーを行使した。」

 

 

 智械黑塔は言う。星が、運命の狭間へ足を踏み入れたことを。

 元々強かった歪みの中を、一閃する力があった。一際目立っていたのは、其からの一瞥によるものであったのだ。

 

 星神の視線を少しでも奪うのは、並大抵の人間に出来ることではない。腕っぷしが強いだけでは不可能なことだ。

 私は見たくなった。星が行き着く先にあるものを。私は彼女の成長を更に望む。

 




星(違う道を進んだベクター)…

神秘・虚数

ベクター「星」。スターレイル本編では開拓者(女性)となる存在。
星核ハンターの「別の企み」により、白き狼の宇宙船における乗組員となった少女。

実験の成功。それ以上の成果。
技術の発達した世界に生きる者に「知性の敗北」を見せてきた絶滅大君が、生命体が立てた計画の前に惑う。その「壊滅」の使令自体に自覚は無くとも、ほとんど確定した未来に抗ったベクターは、其の一瞥を賜った。

戦闘時はバットと平手を使用。戦闘中、でたらめな言葉の羅列が記された本の幻が、空中に浮かび上がる。
平手からは、自分の内から出せるようになった「神秘」の虚数エネルギーを放出する。

性能は、様々なデバフを与えられるアタッカー。

――――――

通常攻撃[単体攻撃]…
・掌を押し出し、エネルギーの奔流を飛ばす。

戦闘スキル[全体攻撃]…
・本から歪んだ階段が、飛び出す絵本のように出てきて、体をぐるりと囲む。その後手で空間を混ぜ、歪ませる。

必殺技[拡散攻撃]…
・小さな本から、奇妙な物体が溢れるほどに飛び出してくる。敵が認知機能を歪められた瞬間、星が空間から突き抜け、見えなくなったバットを叩きつける。

秘技[強化]…
・秘技を使用した後、全身に不可思議な物が飛び回る。会心率と効果命中を上げる。歪んだ空間に、人の影のようなものが偶に写ることがある。
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