脅威は去った。大きなアクシデントはあれど、この星系における研究者たちは慌てふためくことなく、智械黑塔の指示に従っていた。
私は深く息をした後、研究施設内を歩き、一番下の階層へと向かう。先ほどまで話し合いをしていた大部屋、その窓際にて、スクリューガムが立っていた。ゴミケーキは彼の近くでくにゃくにゃと外殻を揺らしている。
スクリューガムは思索するように頭部に拳を当て、じっと固まっていた。脅威が去ったため開かれた、窓の外を見ているようである。
「スクリューガムさん、鉄墓はここに気づかず去っていきました。カンパニーの協力もあって、無事に終わりましたよ。」
「そのようですね、クゥアンさん。…興味深い。神秘の力とは、実に多くの謎で包まれています。」
「あなたのような天才でも、詳しく解明することは困難なのですか?」
「回答:仮想空間上で再現するのは難しくありません。しかし実世界で『神秘』を解明するのは、困難な事象です。」
そのため、神秘の運命の行人となりながら、知恵の道も行く智械黑塔に強い興味を持っているのだという旨を、彼は話す。原理は大まかに説明できても、虚数エネルギーの働きには未知が多い。解明できてしまえば、そのエネルギーは雲散する。
鉄騎の安全を確保するため向かったサマンサが、置物のように姿を変化させたサユが戻ってくる。そしてレイシオと同じく博識学会のメンバーが、最後に疲弊した様子の星が大部屋にやってきた。
絶滅大君が自ら「壊滅」の予定や目的を話すことなどない。だがこの星系を知っていて襲いにかかったわけではないのは結論付けられている。通りすぎた災厄に対し取り乱す博識学会のメンバーはいれど、時間が経てば沈静化し、三者が関わる共同研究の話を再開することになった。
それから、スクリューガムが主導する階差宇宙の計画は問題なく立てられ、終了へと向かう。話し合いの間、星とサマンサ、そして一匹には暇を潰してもらった。サユは残り智械黑塔と共に、階差宇宙の基礎を考え抜いていた。
私たちヒスイノが専用の機械部品と実際に星海から収集したデータ提供を、カンパニーは大きい金回り、研究を円滑に進めるための人材マネジメントを、博識学会がエラー値への対処を主に担当することになった。
天才が作るシミュレーションは、それだけで価値がある。また「抗う者」として、神々の戦いを予期しているヒスイノとカンパニーにとって、喉から手が出るほど研究成果の副産物を求めている。
星神の戦いの際、スクリューガムの「階差宇宙」がどれほど進展しているかは分からずとも、この紳士はいつでも協力的であってくれる。天才や知恵者が友好的であることほど、頼もしいことはない。
長い会議が終わった後、私はサマンサと星の待つ隣の部屋へと入る。星はくたりとして、サマンサの膝上に頭を乗せている。サマンサが欠け月を使ってもなお、精神的疲労は拭えていない様子だ。
鉄墓を追い出す際、他の手段が取られなかったのは、彼女の頑張りも大きい。実験が成功しなければ、智械黑塔は全力を出して義体を総動員させていた。
万が一それも破られれば、最後の手段として、神秘の壁の効力を超えた、虚構の砦を作る必要があっただろう。私の琥珀の鉱石を使った壁に、智械黑塔の神秘の力を注ぎ込むやり方だ。虚構の砦を作ってしまえば、星系内外にいる人間の記憶、オムニックの演算結果に神秘が介在し、一時的な混濁を発生させてしまう。
今この惑星にはスクリューガムという、思考の一秒でも価値がある天才が滞在している。加えて研究者たちや、思考リソースを義体に割いている智械黑塔自身もその影響を受ける。
自傷によって脳細胞を再生できる私のような狼ならまだしも、そのような混濁は、知恵者の思考において大きなロスとなるのだ。だからこそ彼女は、最後の手段としたのである。
「疲れが取れない…。一月周期で大事が起こる…。」
「本当にお疲れ様。それでこれから、創造物たちが快適に過ごせる環境を探そうと思うんだが、君は見にいくか?」
「…行くよ。そのために来たからね。」
星はぐっと体を起こし、彼女の腹で休んでいるゴミケーキを抱えた。そして、ふうと一息つくと立ち上がり、私の後についてくる。他の創造物たちは既に、研究施設内に運び込まれているはずだ。
私はつい先ほど、この星系の研究者から入った連絡を確認し、ルーム番号を案内役のオムニックへと見せる。そのオムニックは機械的な返答をした後、私たちの前を歩いた。
「どんな場所なの?私とチビと、その仲間たちが気に入る必要があるからハードル高いよ。」
「大人しくて、原始的な文明を築いているこの種族には、一番いい部屋だ。今後星間に進出するなら尚更な。」
この惑星における研究室には様々な形があり、特に生物を飼育している部屋は、あらゆる生物が快適に過ごせるように環境が分けられている。創造物たちは原始的な文明を作り出しており、更には普遍的な人間種が快適に感じる環境下での生育が見込める。
よって厳正な審査の結果、選ばれたのは人間種のベビールームに近い部屋だ。
私たちがその部屋に足を踏み入れると、創造物たちがところどころ集まっている様子が見られた。群れのようなものだろうか。特殊な共感覚ビーコンで聞くと、知識量の勝負をしているようだ。
研究室の床は柔らかく掃除をしやすい素材で出来ており、知育玩具や文字を書く為の補助道具が散りばめられている。壁は目に優しい、薄橙色である。
近い内に、この種族の研究をしたい者がヒスイノ星系群からやってくるようで、その後はオムニックから世話役が交代するようだ。
星は絶妙な顔をして、抱えているゴミケーキに尋ねる。
「…ねえ、あんたの仲間たちは気に入ってるみたいだけど、あんたはどう?」
「ニャーニャー?」
「はは。随分君に懐いたみたいだな。」
ゴミケーキは「どうしてそんなことを聞くのか」という旨を星に聞き返し、彼女の手に収まったまま動かない。この創造物は仲間に環境を伝える役割をしながらも、星たちと共にいる時間が長かった。この生物は、星と今後も一緒にいたいようだ。
星がこちらを困ったように見る。私はそれに応えた。
「君が望むなら、今後も共にいると良い。ゴミケーキ用の食料…と言えるかは分からないが、用意しよう。」
「…いいね。なら狂风、このチビのために新鮮なゴミを用意してもらうよ!くっくっく…これでゴミの山に埋もれられる!」
「う、ううむ…。」
星のにやりとした笑みを見て、私は頭を抱えた。彼女の趣味は元来のものなのか、それとも星核ハンターが仕込んだものなのか。星を否定するつもりは無いが、あのテロリストたちが歪ませた結果なのではないかと思ってしまう。
星は今回、全力を出して頑張った。彼女の嗜好に会う場所に行くのもありだろう。私は頭の中で次の候補地を考え、決める。体に悪そうな場所を除外して、親交の深い場所を残せばここになる。仙舟「朱明」に行く前に、ここで休養を取っておくことにしよう。
「星、君のために良い場所を思いついた。創造物の居住地を見つけるという目的が果たせた今、しっかり休養を取ろう。ヤリーロ-Ⅵ、あそこは復興作業から産業発展に移り変わってしばらく経つ。色んなゴミがあるだろう。」
「いこう!バカンス最高!」
星は満足げな笑顔で、ゴミケーキを頭に乗せ、外に出る。来た道は把握しているため、私は彼女たちと共に再び一番下の階層へと戻った。
こうして、星にヒスイノについて知ってもらい、創造物の第二の故郷を見つける星間移動は区切りがついた。サマンサは研究者である鉄騎たちとしばしの別れを告げ、サユは何やら満足そうに端末を眺めている。睡眠の質を上げる研究群と、小動物の研究についての内容を読んでいるようだ。
私は同じく、この星系から去ろうとしている博識学会の人間達と、スクリューガムに声をかける。博識学会のほとんどは私の姿を見て目を見開いていたが、レイシオは初対面時と変わらず、厳かな調子で話す。
「君が庇護する者は、学術に向いている。…一名は論理的思考力に欠けてはいるが、臆せず危機に立ち向かった点では、別の才能があるようだ。特にあのサユという少女については、時間が出来たら、一度僕の講義を受けてみることを提案しておいてくれ。」
「レイシオさん、ありがとう。貴方が教鞭を振るっていられるためにも、大戦の被害を減らさなくてはな。」
スクリューガムは、最後まで紳士的であり、私にも小さく会釈してから去る。去る前、彼は私の大きな手と軽く握手をしてから、智械黑塔に聞いたことを話してきた。
「クゥアンさん、またブリーフィングでお会いしましょう。要望:登録ネームコード、ベクター星さんについてですが、今後とも情報をいただくことはできますか。」
「神秘の運命の行人になったことに、興味がおありなのですね。…彼女は更に成長するでしょう。私としても、貴方にそれを見てほしいと考えています。」
「ご協力ありがとうございます。提案:星さんを階差宇宙のテスターにすることについても検討願います。」
スクリューガムの興味の対象は、今回の会合を経て増えることになったようだ。私はそれについても頷き、彼と別れた。
私たちは宇宙船へと戻る。創造物が一時的に暮らしていた場所はがらんとしていて、ゴミケーキが少し寂しそうに鳴く。星がもう一度、この星系に残るか尋ねるが、ゴミケーキは残るつもりは無いことを明確に伝えた。
いつもより早い帰りに、プー治郎が飛び跳ねて喜びの意を示し、ゴミケーキを背中に乗せていく。彼らの仲も深まっていたのだと、新しい気づきを得ることになった。
「皆、次の目的地はヤリーロ-Ⅵにする。抗う者に対して、イレギュラーが発生していない今こそチャンスだ。白珠さんとの約束前に、しっかり休んでおこう。特にサユは、疲れることになるだろうからな。」
「修行の前…。しっかり寝ておこうっと。」
私は智械黑塔を含めた全員に、次の目的地を伝える。休養のための星間移動だ。サマンサは久しぶりに大学の友人と会えることに喜び、智械黑塔は長い間宇宙船が動かなかった記憶からか、鼻を小さく鳴らす。
私も対面で、大守護者の彼女や、次大守護者の少女へ会えることを楽しみにしながら、舵を切る。
そして数日後。極寒の地というには温かくなった、所々緑が見える惑星。ヤリーロ-Ⅵが見えてきた。琥珀の温かさが香る。ベロブルグだけでなく他の都市の民も持つ、存護の精神。私はそれが惑星を抱擁していることを、来るたびに感じ取っている。