下層部に降り、私は星と鉢合わせた。彼女の近くには小さな子どもたちが集まっている。一人一人と言葉を交わしていることから、彼女はこの短い間にもヤリーロ人と心を通わせたようだ。これも星の純真さ故か。
少し離れたところに一際背の高い監督ロボットが立っているのを、私は視認する。監督ロボットの中でも年季が入った装甲だ。装甲を変えずに、長い間ヤリーロ-Ⅵを見てきた個体だろう。高度な演算処理能力を持つ監督ロボットたちは、その手腕を以てヤリーロ-Ⅵをずっと支え続けている。
「スヴァローグ、クラーラと一緒に――」
白髪の少女が、監督ロボットの名を呼んだ。私の耳に彼の名が入ってきたとき、古い記憶がよみがえってくる。
スヴァローグ。三代目大守護者アレキサンドラがまだ年若い頃、彼女と共に私は彼に会った。監督ロボットのスヴァローグは、人間種換算でも大きな手で少女を包み込む。大事な宝物のように。
私の脳裏に、あの老いた博士が呟いていた言葉が浮かんでくる。そして私は理解する。彼はかけがえのないものを見つけた。彼の働きはこの時代で実ったのだと。
星に尋ねると、彼女もルカという少年の試合を見にきたようだ。話の流れから、少年の名が下層部の人々に知れ渡っていることが分かった。私は少年の闘いぶりに期待を膨らませながら、ファイトクラブ、巨大施設の入口へと向かった。
現在行われているのは祝祭に捧げる親善試合であるらしく、施設内は誰でも出入り自由になっていた。星と彼女と仲良くなった子どもたちは順に中へ入る。私は元気のいい彼女らの姿を視界に入れながら最後に入り、ファイトクラブの熱気を感じ取る。
リングは目測で、私の体が7つ並べるくらいの広さであり、リングの周りを大勢の観客が取り囲んでいる。観客の所属は様々で、ヤリーロ人の他に観光で来た異星人も混ざっている。少数だが、スターピースカンパニーの制服を着た人間も見られた。
リングの中には赤髪の少年と、製造年数が新しいか装甲を新調したらしい監督ロボットが立っている。頭部に、探索を円滑に進めるための補助カメラがつけられており、左右非対称の赤いカメラアイが光っている。少年の方は両拳に機械手甲を付けており、肩をぐるりと回した後構えた。
リングアナウンサーが軽くルールを説明した後、両者に準備が出来たかを問いかける。ハードコアマッチであり、どんな武器を使ってもいいが、刃を潰した物を使用する。そして一度ダウンしたら交代である。
この演舞台で己の拳を振るいたい者は多くいるため、すぐに場が回るように特殊ルールを設けたようだ。
ファイトクラブは、基本的に立って観戦するように作られているらしい。背の低い子どもたちは、周りの人間の隙間から頭を出し、ルカを応援する。スヴァローグという監督ロボットと一緒にいる白髪の少女は、ぎゅっと目を瞑った後、彼に抱き上げてもらうことを願っていた。
「スヴァローグ、あの子の活躍が見たい…!」
「了解した。」
星は衣服に引っ掛けていたバットを触りながら、じっとリングを見ている。そしてバットから手を離すと、両手を腰にやった。雰囲気が自然体に戻ったということは、先ほどまで挑戦するつもりだったのだろうか。私がそれを尋ねると、星は頷く。
「決めるのは、一度試合を見てからにしようかな。あのボクサーもモグラ党の名誉隊員らしいし、どれくらい強いのか勝負するのもいい。」
「そうか。出ることを決めたら、試合後のキズや疲労は私が治そう。」
星は少しリングから視線を外して、金髪の背が低い少女と白髪の少女を順に見た。金髪の少女が驚いたような表情で星を見る。そして横に立つ私の顔を見上げ、更に目を見開いた。少女は星に屈むようにジェスチャーすると、私の方を見ながら聞く。
「星名誉隊員…この、めちゃくちゃでっかい―――とは知り合いか?」
「うん、面倒を見てもらってるよ。狂风っていう名前。」
「…ええっ!?本当か!それって――」
『――『鋼拳』のルカ選手と、監督ロボット895号選手!アツい闘いを期待してるぜ!それでは、ファイト開始だ!』
星と金髪の少女がこそこそ話をしている間に、リングアナウンサーが合図をした。リング上の闘士たちはそれぞれの得物を持ち出し、闘いが始まる。
ルカは巨大な鋼の手甲を、監督ロボットはピッケル型の機械武装を手に、火花を散らす。監督ロボットは正確な計算を以て着実に歩を進めていくが、ルカの攻撃はまるで流れ落ちる滝のようだ。規則性があるようで、徐々に変化していく。激しく、ラッシュをたたみかける。
両者は拮抗していたが、少年の連撃は機械生命体の行動速度を凌駕していた。戦闘経験が少ないからか、監督ロボットの動きは私の目から見て分かりやすく、ルカはその隙を抉っていく。時間が経つ内に、監督ロボットの脚運びが鈍るタイミングが生まれた。
ルカは両拳の武器から青白い炎を噴射すると、左の武器をロケットのように打ち出す。たたらを踏んだロボットに、ルカはすぐさま右拳でストレートを放ち、勝利を決定的なものとした。監督ロボットは拳武器によって受けた衝撃でリングの端まで吹き飛び、膝と片手をついた。
試合終了の合図がリングアナウンサーからなされる。アナウンサーは熱の入った口上で会場を盛り上げ、観客もそれに呼応した。
ルカは監督ロボットと握手をし、汗をかいた顔で爽やかな笑みを浮かべた。
試合に見入っている間に、星と少女の秘密の話は終わっていたようだ。金髪の少女が少し遠慮がちな口調で、私に話しかけてくる。
「えっと…あたしはフックだ!オオカミの親分が下層部に来るのは初めて見た!ルカお兄ちゃんを勧誘しにきたのか?」
「いいや。私はその噂の少年を見にきただけだ。だが勇敢で善良な戦士が仲間に加わってくれるのは、何より嬉しいことだな。」
「む…いくらオオカミの親分がすごくても、ルカ兄ちゃんは連れていかせないぞ!ルカ兄ちゃんは、あたしたちと一緒にいるんだから!」
私に独特な呼び名をつけて話す少女、フックはルカを慕っている様子で言う。星はフックに対し、いたずらげな表情で言葉を挟んだ。
「フック様。私がルカと闘ってきて注意を反らすよ。」
「なに!?名誉隊員星、随分自信があるみたいだな!ルカ兄ちゃんは負けない!星海をまたにかけるボクサーになるから!…でもせっかくモグラ党に入ってくれたし…星名誉隊員のことも応援してやる!」
『今回の試合は、ルカが勝利だー!祝祭に捧げるエキシビションマッチは続く!鋼拳のチャンピオンと拳をぶつけあい、勝利できる自信がある命知らずをまだまだ募集中だぞ!』
「狂风、ゴミケーキをよろしく。」
フックは星が言わんとすることを理解し安い挑発に憤ろうとしたようだが、まごまごとした後、星に応援の気持ちを伝えた。
星は口角を上げ、私にゴミケーキとリュックを預けるとリングの方へ一歩踏み出す。観客の群れをかき分け、星はリングの前まで辿り着いた。
観戦より好奇心の方に比重が傾いたのだろう。私は、ルカと星どちらにも声援を送るフックを見た後、彼女らの闘いの行方を見守る。
―――――
リングアナウンサーが、飛び入り参加をした星に対して名前を聞く。彼女はバットを握り締め、声を張り答えた。銀河打者の名を。
リングに上がり、星は赤髪の少年ルカと見合う。ルカは裏表ない笑みを浮かべて、構える。
「威勢いいな!銀河打者…見ない顔だが、強えのは分かる!オレはルカ。いい試合にしようぜ!」
「うん、やろうか。」
『飛び入り参加の銀河打者選手と、鋼拳のルカ選手!――ファイト開始だ!』
両者が準備できたのを視認し、アナウンサーが闘いの火蓋を切る。その瞬間、凪いだ表情の星に向かって、ルカが先手を取った。
ルカの巨大な拳は、星の体をかすめる。星は独自の戦闘スタイルで軽やかなステップを踏み、ルカの攻撃を避けていく。体の中心を狙ったストレートに対しては、バットを鋼の拳に当て、弾く。
数回の攻防でルカは星の身のこなしに気づき、表情を変えた。瞳に浮かぶのは獰猛な色。ベロブルグの力無き人々を守るために磨いてきた彼の力は、時に強い攻撃性を示す。攻めは守りを兼ねる。ルカのラッシュは守りを度外視した超攻撃型だ。
ルカはリング上の相手を叩きのめしたいから戦うのではない。正々堂々力と技で勝ち進み、子どもたちに道を示すために戦う。彼は試合を純粋に楽しみ、強い者に対して燃えているのだ。
鍛え上げ筋肉が盛り上がった両腕を存分に振るい、ルカは笑う。
「ハハハ!やるな、銀河打者!ギアあげてくぜ!」
「いい感じ。それじゃ私も…あんたを驚かせてあげる。」
「――なっ!?オマエ、武器が!確かに刃物じゃないならアリだけどよ…!」
星はルカに反撃を加えながら距離を取り、右手で持ったバットに左手を這わせる。「神秘」の力を纏い、存在を不確かにしたバットは、まるで虚空に消えたかのように透明化した。星は質量だけを振るう。
リーチの長さが分からなくなったルカは、バットに巻き取られるようにして、鋼拳を弾かれる。星の腕力は相当なもので、彼の左手はしびれ、拳武器の片方がリングの端へ吹き飛ばされる。
だが彼は体勢を整え、星の掌に狙いをすませて強打した。
「でもよ…!おらっ!」
「あ…。あんたもやるね。」
「ヤリーロ-Ⅵの外に、何度か遠征しに行ってんだ!これくらいの狙い撃ちくらいできる!舐められちゃ困るぜ!」
星の掌が弾かれ、バットらしきものが勢いよく転がる音がした。手から離れたバットは少しずつ虚構のヴェールを解いていき、実体が浮かび上がる。今、星にバットを拾う余裕はない。右拳だけでも、赤く塗られた鋼の武器は厄介だからだ。
彼女に残ったのは己が拳と足だけ。鋼の武器をルカの手からはがすように力を受け流し、致命的な一撃をかわし続ける。そして星はルカのラッシュの間一瞬に、蹴りを差し込んだ。ガンと低く硬質な音がルカの右拳から鳴り、武装は解除される。
「どっちも無手ってわけだな…!」
「私はステゴロも強いよ。試してみる?――やあ!」
「オレもだ!らああっ!」
二人はラッシュを浴びせ合う。どちらにもリーチの有利がない以上、打ち合うことは決まっていた。星は毛皮のコートをなびかせ、ルカの腹筋に一発かます。
攻防の最後、星は右ストレートを、ルカは応じるように左拳を突き出す。次の瞬間、どちらの顔にも拳が突き刺さった。カウンターをしたのはルカ側であったが、星の打撃は強く、全て打ち消すことは出来なかった。両者の頭が揺れ、二人とも崩れ落ちるように膝をつく。
クラブ内がしんと静まり返った後、爆発的な歓声が上がる。ダウンのタイミングはどちらも同じ。二人の闘いは、引き分けに終わったのだ。
―――――
私は観客が歓声を上げる中、手を叩いて星とルカを称えた。ルカについては、日々のトレーニングが着実に実を結んでいるというのが、背景を知らない第三者である私の目にも分かった。彼が選択するならば、騎士としての人生を歩めるように手配すべきだと思うほどに実力がある。そして星については、命がけの戦いではなく試合を楽しんでいるのがよく分かる動きであった。
星とルカは試合の後、言葉を交わしていた。ルカの表情が目まぐるしく変わる。彼は星の言葉に驚いているようだった。
私の足元でフックがぴょんと飛び跳ね、戻ってきた星に駆け寄る。白髪の少女も星の傍にやってきた。私は念のため、星に癒しの力を使う。
「星名誉隊員、あんなに動けるなんてすごい!お前は、モグラ党の誇りだ!」
「お姉さん…!下層部のみんなのために、医療キットがあるんです。クラーラ、スヴァローグと一緒にすぐ持ってきます…!」
「あ…!星名誉隊員、怪我は平気か!?」
「…フック、クラーラ。二人ともありがとう。もう治してもらったから大丈夫だよ。」
星は私の方を見て、二人の少女に言う。クラーラという名の少女が、私の手から出ている色に気がつき、その後私の顔を見る。フックはクラーラの元に近づき、耳元で何かを伝えた。
するとクラーラは私に頭を下げ、自己紹介と星との出会いを話す。少女の話を聞けば聞くほど、私は思った。監督ロボット、スヴァローグの宝物は心優しい少女であると。
少女は、スヴァローグを「家族」だといった。だから私は、短い間だったが昔の話をした。大事な「家族」のことを、少しでも多く知ってもらいたいがために。
私の素性と話した内容に対し、スヴァローグも反応を示していた。彼と会ったとき、私は紅い体毛であった。彼が持つデータベースに、私の外見データが更新されていないならば、気づくことは出来ないだろう。
「貴方と交わした言葉はほとんどないが、頼んでいいだろうか。当時の映像記録を見てみたいんだ。」
「クラーラも気になります…!」
「――人物データ:三代目大守護者補佐に、76%の類似性あり。了解した。データベース呼び出し、No.52130。」
クラーラの瞳の輝きが理由になったのだろう。私のスキャンを終えたスヴァローグはデータの呼び出しを行う。私たちは熱気に包まれるファイトクラブから出て、彼の投影する映像を見ることにした。
映像の中に懐かしい姿が映し出される。大守護者になってまだ年月が経っていない頃のアレキサンドラ。大守護者然として振舞っていたが、彼女の生涯を見届けた私としては、背伸びをしているようだった。
「狂风って昔赤かったんだね。あとちょっと今より小さいかも。この人は?」
「アレキサンドラ・ランドだ。ベロブルグの基盤を作り上げた才女だった。」
「あ!図鑑とか絵本で見たことある人!…スヴァローグってこんな長生きなのか!?オオカミの親分も!」
私は記録を目に焼き付ける。何百年も前から今に至るまで大守護者は継承を絶やさず、ヤリーロ人は命のバトンを繋いできた。きっとこれからも続く。いや、続かせねばならない。神々の戦いによって意思が途切れぬよう、災いに打ち勝つ存護と治癒とを。
私は、スヴァローグの投影した記録が終わるまで、じっと過去の残影を見つめていた。
試合を見たり、ヤリーロ人と交流したりしていると、あっという間に時間は経つ。端末の時計を見ると、陽が沈む時刻を指していた。
会食の時間は近い。一旦体をゲーテホテル内で洗うべきだろう。私は星に声をかけ、夜ご飯の時間だと告げる。
「明日はスヴァローグと一緒に、上層部の祝祭に参加します。星お姉さん…また明日会えたら、クラーラは嬉しいです。」
「あたしたちもだ!人がいっぱい来ると思うけど、オオカミの親分が大きいから分かりやすい!星名誉隊員、また明日!」
星は、モグラ党という名前の子ども集団に一人一人言葉をかけ、明日会おうという旨を伝えている。私はその間にブローニャからの勤務終了のメッセージを確認して返信し、宇宙船の人員に対してはメッセージを送る。智械黑塔は来ないだろうが、サユには祝祭を楽しんでもらいたい。
丁度起きていたのか、サユから連絡が返ってくる。彼女は明日の朝、ベロブルグへやってくるようだ。
再会の約束をし終えた星が、私の横に立つ。私は下層部の人々に一度手を振ると、上層部の道を戻った。
度重なる改装で、どんな種でも泊まれるようになっているゲーテホテルに辿り着く。私と星はホテル内で別れ、会食の時間に間に合うよう身支度を整える。
そして時間がやってくる。ホテルの外へ出ると、大守護者の家族が身綺麗な格好で、申し訳程度の変装をして待っていた。星はいつもの黒と黄色のコートを、サマンサは装飾の凝った衣服を着て合流する。
カカリアが微笑み二人の娘を連れて、彼女が予約した店へと歩いていく。私たちはカカリアの後を追い、店に入って卓を囲んだ。
カカリアは料理の高級さより、店の雰囲気を重視する。素朴な安心感、大守護者の顔から一人の女性に戻るための店選びだ。
夜が明ければ、人はそれぞれの立場の仮面を付けることとなる。特別な祝祭はすぐそこまで迫っている。だが今夜は、親しき者と新しく加わった彼女と共に、久しぶりの会食を立場を抜きにして楽しんだ。
<人物紹介>
ルカ…
本編と違い、裂界造物との交戦がほとんど無いため、隻腕ではなくなっている。そのため呼称が、「鉄腕」のルカから「鋼拳」のルカへ変化している。両腕の、取り外し可能な機械武装が武器。
技を鍛えるため、ヤリーロ-Ⅵ外の試合にも参加している。
また本編のルカの在り方に影を落とした、下層部の子どもの病死やたくさんの犠牲が無いため、歩む運命が虚無ではなく、存護に近くなっている。