月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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芽吹く春

 会食後、私たち三人はゲーテホテルに戻り、十分な睡眠を経て朝を迎えた。

 

 起きて空を見上げれば、雲一つない晴天が広がっている。市民が忙しなく店頭の飾りつけをしており、誰しもが祝祭の始まりを心待ちにしている様子が伺えた。

 私はホテルを出ると、ベロブルグと外を隔てる正門に目をやった。別の都市からヤリーロ人が集まってきているのが見える。祝祭自体は他の都市でも開かれるが、ここが大会場だ。ヤリーロ-Ⅵ復興の始点であるベロブルグで、春を祝いたい民も多いということだろう。私はサマンサ、髪に寝癖のついた星の二人と合流し、昼前の開催を待った。

 

 

 少しして、陽が頂に登る。人がいつも以上に賑わっており、私は一度大きめに作られたベンチに腰かける。サユとの合流もし終えた私たちは、壇上にいるカカリアの姿を見た。

 カカリアと向かい合わせるように、彼女の親友が組んでいるバンド、ヤリーロ-Ⅵの音楽隊などが準備を終えて待機している。

 

 しばらく待っていると、カカリアは声量を張り上げ、ヤリーロ-Ⅵの民に告げた。祭りはしばらく続くが、その途中でカカリアからブローニャへ大守護者の継承が行われる。民は今から少し早い祭りを楽しみ、一日の最後に新しい大守護者のため、更なる活気を得ることだろう。

 

 

「――これより大守護者の名の元に、祝祭の開始を宣言する!」

 

 

 カカリアに続けて、民の歓声がベロブルグに響いた。そして景気の良い音楽が鳴り出す。特別な祝祭が始まった。

 

 三人に対して好きなように店を回るよう言い、ポイントを渡しておく。星たちは人の波の中へと消えていった。

 私はベンチに座り直し、道行く人々の楽し気な表情を眺める。そうしていると、ヒスイノの民や星海で顔を合わせたことのある知人に声をかけられる。

 私は、ゆっくりと春の日差しに体をゆだねた。

 

 

―――――

 

 星はサマンサ、サユともう一度会うことを約束した後、興味の引かれるままに街を練り歩いた。博物館で言葉を交わした少女、ペラが組んでいるバンドの前に行って演奏を応援したり、下層部の子どもたちと合流して菓子屋を回ったりもした。

 星は、昨夜食事を共にした銀髪の少女が、濃い青色髪の少女と並んでいるのも見かけた。彼女たちは楽しそうに談笑しており、年相応の少女らしさが表れていた。

 

 そうして星は、ある人物と視線が合う。星側は全く知らない人だったが、相手はそうではなかった。金髪の青年は一度驚いた顔をした後、にこやかに星を手招きする。星は首を傾げながら、人の波を抜けて、青年の近くにやってきた。

 

 

「こんにちは。僕は…カカワーシャ。足を止めさせてしまって申し訳ない。でも君とは一度話したかったんだ。」

「あんたと私って会ったことある?」

「いや、ないよ。僕が一方的に知っているだけさ。」

「怪しい…胡散臭くないのが、逆に…。」

 

 

 星は眉を顰め、カカワーシャと名乗った青年の顔をじっと見つめる。彼の瞳は大粒の真珠が入り込んでいるように輝いており、星の感性からすると、表情も昨日会ったルカと別の方向で爽やかだ。

 星の様子を見て、カカワーシャは言葉を加える。

 

 

「ごめんごめん。僕が君を知っているのは、カンパニー繋がりなんだ。スターピースカンパニーは君も良く知っているよね?カンパニーの一部とヒスイノは協力して、一つの組織を作り上げている。その組織における、カンパニー側の責任者の一人が僕なんだよ。」

「なるほど…あんたのことは分かった。…つまり誰かが、私の情報を売ったってこと?」

「アハハ!面白い考え方だね!僕はカンパニー抜きにしても、君に興味がある。まだ昼食をとっていないなら、僕に奢らせてくれないかい?君が食べたい料理を注文するよ。」

 

 

 星が周囲を見ると、琥珀の仮面を被ったカンパニー社員が店内に多くいる。カンパニー社員たちは、料理やデザートをそわそわしながら待っていた。カカワーシャがカンパニー社員であることは真実だろうと、星は推測する。

 カカワーシャは星に、空いている向かいの席を示す。星は考えた後、奢ってもらえるならと彼に促されるまま着席した。

 

 

 星が選んだ料理を注文し、待っている間。カカワーシャは星を呼び止めた理由について話す。その中で星は、「抗う者」の存在を詳しく知る。そしてカカワーシャの立場や、星との繋がりについても。

 雑談ではカカワーシャの一言一言に、星を褒める言葉が入っているため、彼女は少し照れて後頭部を擦りながら会話する。

 

 

「――鉄墓が向かった、唯一ヒスイノの名がついていない研究施設。直接は会えなかったけど、君の活躍は確認していたんだよ。報告にも上がってる。鉄墓がダミーにいきなり食いついたのは、間違いなくヒスイノの要人である彼女と、君の力があってこそだ。」

「そうかな…。」

「ああ、間違いない。僕やカンパニーの「抗う者」は、君を高く評価してる。神々の戦いに向けて、君が必要だともね。」

 

 

 星は質問する。自分にとって知らない単語、「神々の戦い」について。カカワーシャは丁寧にその事象について説明した。

 星はスケールの大きい話だと思いながら、それがあと数年で起こると聞き、余計に現実味が無くなった。彼女が訪れたヒスイノ星系群、ヤリーロ-Ⅵは星ごとに特徴はあれど、平時はのどかである。話と今見ている光景とのギャップが、彼女にとっては大きすぎた。

 

 カカワーシャが雰囲気を明るくし、にこやかに頷く。

 

 

「信じられなくて当然だよ。僕も――今日は姉さんやカンパニーの友達と休暇を取ってここに来たんだけど、こんなに余裕を持てるくらいには半信半疑だからね。でも、君の耳にも戦いが始まる予兆は届くはずだ。狼の盟主の庇護下にあるなら、より迅速にね。」

「もしそうなったら、カカワーシャはどうするつもり?」

「…もちろん、存護に殉じるだろうね。実は僕も、ヒスイノの民なんだ。君や、ヒスイノの人々はみんな大切だと思ってる。僕は身内には甘いから、絶対に守り抜くよ。」

「エリートにもなると、目標も大きいね。」

 

 

 星は、真剣な表情でそう言うカカワーシャを見て、外見とは違う熱い心を彼から感じた。

 料理が運ばれてくる。星はカカワーシャとの会話を一度中断し、頼んだステーキを頬張った。

 

 

 大きなステーキを食べ終わり、星はカカワーシャと再び雑談する。カカワーシャはプライベートである故に、普段仕事中よりも表情を動かしていた。

 星はこれまでの出来事であったり、膝に乗せているゴミケーキについてであったりを話していく。カカワーシャは楽しそうに隣人の話へ相槌を打った。

 

 

「へえ、君は興味を持てる幅がとても広いね。星間旅行が好きなら、カンパニーに入ることも選択肢の一つとしておすすめするよ。僕も便宜を図るし、戦いに向いているなら専門職もある。更に、抗う者に加われる実力なら、高い等級で入れるよ。気が向いたら僕に声をかけて。」

 

 

 星はカカワーシャとビーコン情報を交換し、一息つく。しばらくして、ふと星は温かな香りを感じ取った。そして微かな揺れも。呼吸するとそれらはすぐに感じ取れなくなったが、突然カカワーシャの持つ端末が鳴り出し、そちらに注意が引き付けられる。

 カカワーシャは画面を見ると、困ったような表情を浮かべて立ち上がった。

 

 

「ハハ、どうやら休暇は終わりみたいだ。琥珀の王が槌を振り下ろした。僕はピアポイントに戻らないといけない。」

「カンパニーって休日返上もあるんだ…。」

「琥珀紀が移り変わるのは、大きなことだからね。取った分はまた、別日に使うことにするよ。…今日は楽しかった。また会えたら、その時は協力し合おう。」

「うん。」

 

 

 カカワーシャは人好きのする笑顔を星に向けると、二人分の信用ポイントを払って店を出た。カカワーシャと関わりがある社員がついていき、その後、彼と似た顔立ちの女性が合流する。

 星は彼らの後ろ姿を見送り、思った。カンパニーはブラック企業であると。そして、親しき人に囲まれ微笑むカカワーシャの姿は、星の中で強く印象付けられることになった。

 

 

―――――

 

 瞬く間に穏やかな時は過ぎ、一日の終わりがやってくる。途中、私の鼻孔を琥珀の香りがくすぐった。とても濃く熱い、琥珀の王を強く感じさせる香りであった。すぐに分かったが、私の感じた通りクリフォトは槌を振るっていたようだ。

 

 陽光が黄金色に街を照らす中、カカリアはブローニャを壇上に招き、民に向かって伝える。彼女こそが、これからのヤリーロ-Ⅵを引っ張っていく指導者になると。

 ブローニャは驚きを見せながらも、きりりと表情を引き締める。彼女の中でも気持ちの準備はしていたのだろう。カカリアは続けて言う。カンパニーが星海に向けて発信した情報を。

 

 

「ヤリーロ-Ⅵに生きる民よ!今日この日、存護の象徴、クリフォトは槌を振るった。これは転機である。新しい大守護者と共に、豊かな時代を迎えようではないか!」

 

 

 今日はヤリーロ-Ⅵにとって一番重要な、継承が執り行われる日だ。タイミングが噛み合ったことを、私は偶然だとは思わない。クリフォトは着実に守りを固めている。ヤリーロ-Ⅵも更なる存護を示す時が来たのだ。

 

 琥珀2158紀。始まってすぐ人類にとって、星神にとっても動乱が巻き起こる琥珀紀となる。私は初々しく大守護者として宣言するブローニャを見ながら、考えを巡らせた。

 

 

 

 それから私たち宇宙船の人員は、ヤリーロ-Ⅵに祭りが終わる日まで滞在し、白珠との約束の日を待つことになった。

 滞在中サユと星、そしてプー治郎が寒冷地の探索に乗り出し、氷原グマの観察をヤリーロ人の少女と行っていた。そして星はクラーラとスヴァローグについていく形で、他都市にも向かっていた。

 

 ヤリーロの春は雪を解かし、木々を芽吹かせる。生きる人々も同じように、強く立ち、困難を押し退ける活力がある。

 彼らは700年前と同じように、厳しい冬を乗り越える。私は彼らの存護の力を信じている。

 

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