仙舟「朱明」
白珠との約束の日が近くなった。主に仙舟三艘との交易を経て、仙舟「朱明」の航行についての情報も持っている私は、合流の時間に間に合うよう宇宙船を出立させた。
現在朱明が停船している場所は少し遠く、枝由来の跳躍を使って6日程度かかる。私たち宇宙船の人員は、辿り着くまで自由に時間を過ごしていた。
サユは人工歳陽との融和を図るため、彼女の自室の横にある和室にて瞑想している。サマンサは、鉄騎を改造して装甲の性能を上げるため金属加工室に入り浸っており、智械黑塔は普段通り私の横で、研究と「透過宇宙」の再現範囲を広げている。星は、日課である研究の手伝いの他に、トレーニングをしたり電子ゲームを行ったりしているようだ。
そして私は、深緑の騎士のまとめ役たちと小会議を挟みながら、戦術を考え続けていた。「巡狩」の星神、嵐が放ち回収した光矢は、防護には使えない。よって神々の戦いの際、災厄の基点となる「壊滅」勢力に向かって放つのが主な用途となる。「壊滅」の星神、ナヌークに呼応する絶滅大君を押さえ込むために、最も有効的な武器。一本たりとも無駄にしてはならないため、それぞれの絶滅大君の特徴から、戦略を練り続けなければならない。
また抗う者に所属していない、別の運命を行く派閥にも外交官を通して、声をかけている。代表的な巨大派閥は、「調和」のファミリーである。彼らは、仲間を守るための手段として、星神シペの化身の一つ、エターナリオンを召喚することができる。多くの人民が殺されると理解した時、ファミリーは戦いに加勢するはずだ。
他派閥は小規模ながら、運命の行人以上の力を持つ人員ばかりを抱えている。特に、「均衡」の星神、互の支持者、仲裁官に対しては積極的に話をしている最中だ。「均衡」の星神は運命の幅が広い故に強く、その信奉者もまた強い。彼ら仲裁官は、宇宙の「均衡」が壊滅に傾きすぎるのを良しとしないため、少なからず良い返事はもらえている。
眉間に寄った皺をほぐすと、船内のシステム時間を見た。丁度昼食の時間だ。
私は気分転換をするため、宇宙船の皆に昼食の知らせを放送しようと立ち上がった。そのときだった。この宇宙船に存在するはずのない者が現れたのは。
智械黑塔がぴたりと作業を止める。
『ハーイ、お久しぶりね――狼さん。』
「貴様…。智械黑塔、船のシステムは。」
「穴を通してきただけだから、すぐ修復できるよ。…逆探知も進行させてるところ。」
私は瞬時に副脳を生やし、智械黑塔に状況を尋ねた。彼女の返答は頼もしいものだった。私にだけ聞こえるよう小さく言った後半の言葉は特に。智械黑塔は面倒そうに、目の前に立つ女性、カフカに視線を向ける。カフカは実体ではなく、遠隔でホログラムを投射しているようだ。
カフカは芝居がかった所作で、私と智械黑塔に目をやりながら話す。
『今日はお話と――忠告のために来たの。君が肩に出した子犬ちゃんたちは、無くて構わないわ。』
「よくも、私の前に再び顔を見せられたものだ。世間話など必要ない。必要な事だけ言って、早々に去れ。」
『あら、話は聞いてくれるのね。エリオが渡した情報は、気に入ってくれたということかしら。』
カフカは口元だけで笑うと、役に入りきったような様子で私に言葉を続ける。ホログラムである以上、通信を切断させる他ないが、智械黑塔がそれを対処してくれている。私が出来るのは怪しい動きがないか、目を光らせることだけだ。
「貴様らが残した電子ラベルの情報と、襲撃の時刻は寸分変わりなく一致していた。わざわざ壊滅の勢力が情報を渡す必要もないだろう。脚本とやらは、私の記憶に近いものだと認識した。」
『その通りよ。…エリオは君を高く評価しているわ。同志であり、幾多の終焉を覆した先人だってね。』
私は、エリオの「愉悦」のごとき言葉に対し、深く息をつく。このテロリストたちは、戦場に出ない無辜の人々の命を数多も奪ってきた。星が「終焉を乗り越える鍵」となるにしても、相容れることはない。私はカフカに警戒を強め続ける。
『エリオからの忠告を伝えるわ。――君が持っている記憶とこれから辿る未来、それは違っている。』
「なに…?」
『例えば…君たちが仙舟「朱明」で用事を済ませて離れた後、朱明の人間は全員死ぬことになるわ。君の中に船が墜ちる「記憶」があるなら、滞在期間はもっと伸びているはず。そうでしょう?』
カフカは虚空を見た後、読み上げるように言う。副脳のことや目的地を当てるのは、後を追ってきているのかと思うほどに不気味だ。「終焉」に関わる者は、第三者から見て恐ろしいものだとも考える。
それでも私は、カフカの放った文言について、こちらを惑わしているようにしか思えなかった。全ての人が死ぬなどありえない。
「…笑えない冗談だ。仙舟同盟は、並大抵の者が墜とせるほど柔じゃない。大規模な豊穣戦争はもう起こらないし、観測できる絶滅大君は全て位置を把握している。」
『こう言い換えようかしら。――仙舟「朱明」は自壊する。全てを呑み込む火皇によって。今回も信じるか、冗談だと判断するかは君次第よ。』
私は絶句し、考えを巡らせた。
火皇。仙舟「朱明」の動力源にして、古の大歳陽。六千年以上前から現在にいたるまで封印されているが、其れの強大さは、かつて仙舟の存亡をかけた歳陽一族との戦いの記録に示されている。そんな大物が眠りから覚めれば、朱明が墜ちるのは間違いない。だが、封印が解かれることは決してないと断言できるし、私の記憶に其れの影はない。
カフカは悠々とホログラム越しに私の目を見つめる。感情の見えない、虚ろかつ妖しげな瞳だ。
しばらく考え、私は脳内で決断する。白珠の用事が終わったとしても、朱明に滞在する時間を伸ばすことを。朱明に行った後、次に入っている予定については、まだまだ時間の余裕がある。突拍子もないことでも、大事を取るべきだ。
『エリオは、君のために脚本を用意できないことを残念がってもいたけれど、喜んでいたわ。道は似ていても、終焉を塗り替えるのは即興演奏。アドリブの上手な演者は、私も好きよ。音を彩るのは、空白をどう解釈するかだもの。』
「貴様らの美学がどうであろうと、私には関係の無いことだ。…智械黑塔。」
「もう終わったよ。ついでにヘルタから聞いた、一番効く攻撃もしておいた。」
智械黑塔が勝気な笑みを浮かべる。逆探知をし、潜伏先の一つをカンパニーに提供したのだ。
同時に、カフカのホログラムから別の声が入り込んだ。年若い少女の涙交じりの叫び声だ。ブローニャによく似ている。ハッカーの銀狼の声だろう。「一番効く攻撃」というのは何か、私は理解した。
『あらあら…銀狼が泣きわめいてるわ。それじゃまた会いましょう、狼さん。今後も、あの子を大事に育ててちょうだいね。』
カフカは私の背後を覗き込むようにして見た後、ひらりと手を振ってから消えた。確実に反応が消えたのを確認し、私は後ろを見る。そこには不思議そうな表情を浮かべた星が立っていた。
―――――
狼と狂人が再び言葉を交える前。星は自室に置かれたベッドに寝転がり、スマホで星穹列車の面々とメッセージを送り合っていた。
星によく似た青年、穹と、快活な少女三月なのかの二人と作ったグループチャットでだ。彼ら列車のナナシビトはメルスタインに行き、その地の脅威に立ち向かったという。
ミラーホルダーが集める「イドリラの神体の破片」に星核が作用し、到底美しいとは呼べない、巨大な腕のようなモンスターが現世へと顕現した。穹と三月なのか、丹恒に加え、現地のミラーホルダーたち、同じく純美を信奉する騎士と共にそれを討ち倒したそうだ。
次の目的地は会議にて発表されるのだと、三月なのかがメッセージを送る。
星は、文面だけでも楽しげな彼らのことを考え、ごろりと仰向けになる。
「開拓か…。白露に会ったらまた話を聞きたいな…。」
白露と会ったときにどんな話を聞こうかと考えていると、くううと彼女の腹から音が鳴った。もう昼食を皆で食べる時間だと、星は思い当たる。今日は食器並べでも手伝おうという気分になり、星は勢いよくベッドから立ち上がる。
そして部屋を出た星は、見ることになる。いつもの雰囲気とは全く違うプレッシャーに満ちた狂风と、向かい合うように立つ知らない女性の姿を。
その女性は消える前、星に目を合わせ小さく手を振った。星はその瞬間、女性の纏う雰囲気が穏やかなものになった気がした。ベロブルグで会った青年のように、一方的に知られているのかと星は考える。
星は狂风と智械黑塔に近づき、その女性について聞くと、濁された言葉が返ってくる。
いつかまた姿を現す。そのとき居合わせれば、答えが返ってくるかもしれないという旨を。
その後すぐに狂风は険しい表情を和らげ、料理を作りに行く。星は宇宙船の人員の分の食器を取り出し、料理が出来上がるのを待った。
―――――
神出鬼没なテロリストが姿を現してから、数日が経つ。宇宙船は、仙舟「朱明」まで一時間も経たずに着く距離に来た。枝由来の跳躍が終われば、内部で炎が燃え盛る灼熱の船が見えてくるだろう。
私は自室にて、棚に並べた武器たちを眺める。どれも私の腕力についてこれないか、サイズが合わないものだ。だが、応星が私に作ってくれたこの斧槍ならば。
700年以上の月日が経ち、使うことが出来なくなっても、手入れは欠かさずに行ってきた「不落」を手に取る。やはりこれだけの逸品を、ただの飾りにしておくわけにはいかない。
仙舟「朱明」は名工しかいない、鍛冶師の聖地だ。職人だからこそ武器の思いを知ることが出来る。
強き者に委ねるか、己の手に再び握られるか。私は仙舟「朱明」での滞在理由を新たに設けた。
そして、停船中の仙舟「朱明」が見える。黄金の蓮のような形をした船だ。朱明の入口にある巨大な門から、意匠の違う様々な船が出入りしている。鍛冶を学びに来た若き職人や学者、金属の貿易取引のためやってきた商人、または朱明の職人が作り上げた武具を購入するために来た富豪や流浪人。船一隻ごとに違った立場であるが、私たちは表向き「商人」として入り込む。
仙舟同盟全体は、ヒスイノを除く豊穣の民に対して警戒を緩めることはない。そして仙舟「朱明」は、元豊穣の民が作り上げたヒスイノに、中立を保っている。「羅浮」「曜青」「方壺」の三艘以外には、観光目的でヒスイノの民が入り込むことなど危険なことであり、選択できない。取引のためという大義名分が必要なのだ。
私は、今回朱明でどう動くかについて、皆と話す。星、サユは白珠たちの連れとして同行するとして、私を含めた三人はどうするか。智械黑塔はまた宇宙船で待つと言い、サマンサも智械黑塔と同じ選択をする。
「鉄騎や素体の印象は、ヒスイノか星核ハンターのあの子に引っ張られますから。外から見れば戦闘特化の種族ですし、朱明で出歩くのはリスクがあります。」
「何か問題が起こったら連絡して。」
ヒスイノに対して中立であると言っても、星核ハンター、サムが現在も作り上げている鉄騎の悪印象を考えると、私たちヒスイノと朱明の関係がこじれる可能性がある。鉄騎は、ここ二十数年で保護した人間たちであるため、ヒスイノの種族の中では新参だ。ヒスイノの狼や慧駿などは、身嗜みを整えれて大人しくしていれば、取引はしてくれる。だが新しい種となると、また別の問題が発生する。
変装しようにも、元豊穣に位置するヒスイノの民において、人間種と同じ体格の者がオムニックに扮するのは、仙舟とヒスイノ間で結んだ条約で禁止されている。明らかに人間種とは違う身体的特徴を持っている狼、造翼者、慧駿の三種族は、市井の人を怖がらせないように変装用の装甲を付ける決まりがあるが、人間種よりの狐族などに例外はない。また変装用ではあるが、取引を行う商人や装甲を知る各組織の重役ならば、ヒスイノの民であることはすぐに分かるように改良されている。
鉄騎は変装することもできなければ、星海を燃やし続ける一人の鉄騎のために悪印象がついて回る。ヒスイノと直接の関わりがない朱明に印象を和らげてもらうには、時間をかけていく他ないのだ。
私は二人に向かって頷くと、機械仕掛けの装甲を全身につけておく。そして職人に見せるための斧槍を、簡単には取り出せないように大量の布で包み、箱へとしまう。
準備をしていると、私が体に装着した装甲について、近くにいた星が言及する。
「ロボットっぽくなった…いつもよりプレッシャーが…。」
「威圧感があるか?だが大柄なオムニックより、狼の方が朱明では危険視されるんだ。」
「本当?いつもの毛玉状態の方が、絶対危険だと思わないよ。」
「安心してくれていて何よりだ。…君とサユは一旦、白珠さんたちと行動をするから、そのとき朱明の人に聞いてみるといい。ヒスイノと深い関わりがない巡狩の信奉者が、どう考えているか。理解が深まるだろう。」
それから私は、仙舟「朱明」の門にて通信を行う。訪問目的と。事前に外交官に取り付けてもらった商談予定について朱明の人間に伝える。通信の女性は商談予定を確認し、事務的な口調を崩さず私たちの宇宙船を通した。
そして宇宙船を停めてハッチを開くと、少し冷たい風が入り込む。白珠たちは、宇宙船の留場を抜けてすぐのところで待っていた。
白珠と白露は元気よく手を振って、私たち三人を迎えてくれた。白露は星たちと雑談を始めた。白珠は、ファーが付いた旅装束を開き、首元を手で仰ぎながら私に言う。
「一月ぶりです、狂风!装甲を着ている姿を見るのは久しぶりですね。待っていてください。あの子ともう少しで合流できる予定ですから!」
「白さん、短い間にまた会えて嬉しいよ。羅浮からの船はまだ到着していないのか。」
「いえ、もう着いているって連絡は来ました!ただ、立場上人気のない道を選ばないといけませんし、慣れていない場所だと迷いやすくもなってしますから…。…あ、来ましたよ!」
私は、白珠が小さく手を振る方向に視線を向けた。通りすぎる人の流れが減ったとき、背の小さな狐族の少女が身を縮ませながら歩いてくる。そして私のことを見上げると、少し震えを大きくした。
「こんにちは…。し、白さん…この人は誰…?それに、白露さんと一緒にいる、後ろの人たちは…?」
「狂风ですよ、フォフォ!あの二人は狂风の船に乗っている子たちで、フォフォが滞在中、寂しくならないようにしてくれますよ!」
「あ…狂风さんだったんだ…。よ、よかった…。」
ふわふわとした緑髪をした狐族の少女、フォフォは縮ませていた体を少し緩める。私が一瞬だけ装甲を外すと、彼女は胸を撫で降ろしていた。
「こんにちは。君と初めて会ったときの装甲にデザインを寄せたのだが、気づいてもらえなかったか。…シッポの調子はどうだ。」
「確かに、そうかも…。アタシと会うとき、いつも体がふわふわしてたから…。」
「おい、匂いで気づくもんじゃねえのか?…でかい歩離人、俺様の調子は滅多にないほど良い!朱明は弱い歳陽がそこら中で飛んでやがるからな。こいつらを吸収すれば、この小娘を喰らうなんてすぐだ!」
「うう…。シッポ、大人しくしててね…。」
フォフォの緑色に燃える尻尾が体から離れ、彼女が「シッポ」と命名した歳陽が私に威勢よく話す。
彼、シッポはフォフォと何度か会合する中で、私とも言葉を交えるようになった。歳陽は憑りついた人から感情のエネルギーを奪い取り、やがては宿主の精神をがらんどうにする。このシッポもその目的を持っていたが、フォフォのことを面白がるようになり、現在は彼女を喰らおうなどとは思っていない。寧ろ、フォフォの心の支えになっているほどに面倒見がいいのだ。
彼は異質ではあるが、その善良さを私はとても好ましく思っている。
シッポはフォフォの背後に戻り、尾になる。
「それは良かった。実は私の宇宙船に、修行を希望する子がいてな。白さんのご厚意に甘えて、共に鍛錬をさせてもらうことになった。」
「懐炎様はお優しくて、特別に許可をいただけました!昔からの交流を大切にしてくださる方で――」
白珠は両手を重ねて嬉しそうに言う。今回、フォフォが朱明に来たのは訓練の一環だそうだ。十王司は六司に含まれず独立した機関であり、仙舟の影として長命種の寿命の管理を行ったり、罪人を捕らえたりしている。彼らは仙舟の影に潜み、表舞台には出てこないのだ。
だが十王司は独立性を保ちながらも、表向きには判官としての身分を隠し、陰陽術の修練を行わせることがある。若く優秀で、成長が期待できる判官に対して行われるもの。古くに十王司が帝弓七天将と取り決めた、埃を被った特別措置であるという。
フォフォは歳陽が尻尾に憑いた特殊な例であり、朱明の融合戦士との修練をするよう選出されたそうだ。
そして白珠は、朱明の将軍に話をつけるという別口を使った。融合戦士が行う修練自体は特別なものではなく、十王司とは無関係で、フォフォが修行するときに合わせて修行に参加できるよう話をつけたのだ。元々白露が見学させてもらえるように話しており、私たちと会ったとき追加で頼んでくれた。
星とサユは、白珠によって彼女の友人として紹介されており、星は見学でき、サユは鍛錬を積めることになっている。
「君たちの修行を見たい気持ちは大きいのだが、私は入れない。それと一つ用事があってな。朱明の職人に鍛造を依頼しようと思っている。」
「あ…そ、そうだよね…。」
「武器製造の依頼なんて珍しいですね。…狂风、それなら!フォフォたちを送り届けた後、あたしについてきてくれませんか?狂风におすすめしたい職人さんがいるんです!」
フォフォは両指をついて言う。白珠は私に対して提案をしてきた。元より滞在時間は伸ばすつもりだ。白珠の用事について問うと、まず紹介したいと返される。私は頷き、また白珠の厚意に甘えることとする。
「白さん、ありがたい。…食事時になったら、フォフォ君も一緒にご飯を食べよう。」
「うん…狂风さん、白さん…アタシ、頑張ってくるね…!」
フォフォは私の言葉にこくりと頷いた後、両拳を顔の前に持ってきて、彼女なりの方法で気合いが入っていることを見せた。
白珠が、白露と星たちをフォフォに紹介する。私たちの会話が終わるまで様子を伺っていた三人は、フォフォの近くにやってきてそれぞれ話しかけた。星にとって、燃える尻尾は好奇心を揺さぶられたようで、フォフォの背後に目をやっている。
フォフォは知らない人間に対して驚いたのか、目を大きく開いて、白珠の尾に顔を近づける。白露はにっと笑うと、フォフォの背中を撫でる。星は屈み、サユは頷いてからフォフォに言った。
「初対面でもすぐ仲良くなれるはずじゃ、安心せい!あと、主はただでさえ寝不足なのじゃ。体調管理はわしがしっかり行うから、覚悟しておくように!」
「サポートは任せて。白露と一緒に水分補給とか、汗拭きとか徹底するよ。」
「拙も似た術の道を歩んでいる。共に術を磨こう。」
「あ、ありがとう…。」
フォフォは小さく口元を上げると、白珠から離れる。白珠は自己紹介が済んだのを見て、前を指さした。星槎港を抜けた先、朱明の精鋭が日々切磋琢磨している施設を。
「それでは出発しましょう!星槎には…二隻に分けて乗りましょうか!」
白珠と私が一隻に、それ以外の全員がもう一隻に乗り空を飛ぶ。星槎から見る景色は工芸の美しさで満ちていた。仙舟の鍛造技術の結晶であり、星海中を見ても朱明の鍛工を超える文明はないか、僅かであろう。
白珠が操作する星槎はやがて一区画に停船し、白露の乗る船も並んで止まる。星槎から降りた白珠は目を細め、小さく微笑む。寂しげな表情であり、私は彼女が思い浮かべている人が誰かを理解する。
「ここの景色は変わりませんね…。」
白露たちが合流し、街を歩いていく。通りすぎる人は、仙舟同盟らしく長命種ばかりだ。若い情熱に溢れた人間種は少なく、穏やかな時を感じさせる。
そして私たちは訓練所に辿り着く。私は案内係が出てくる前に皆から離れ、白珠が手続きをするのを見て待つ。しばらくすると、白露たちは施設の中へと入っていき、白珠だけがその場に残った。
戻ってきた白珠は、私がずっと脇に抱えている箱へ視線をやった後、私を先導する。星槎は再び空を飛び、おそらく白珠の言う「職人」の元に向かっているのだろうと、私は推測した。
だが、私の予想は違うのではないかと思い始める。星槎の目の前に見える大殿は、明らかに職人がいる場所ではない。白珠がわざとらしく私に言う。
「そういえば…あたし、思い出したことがあるんです。懐炎様のお孫さん、応星の鍛えた武器を見てみたいって言っていたんですよね。」
「…私の持っている箱の中は、お見通しか。」
「ふふ、あたしが仲介します。既に話はしてありますから!」
大殿には、よく知っている翁と黒髪の少女の姿がある。私は体の力を抜いて、白珠の意向に従った。
彼は、私のことをどう考えているのか。私は白珠と共に、かつての友の恩師、長い時を生きて尚衰えない熟練の職人の前に立った。
白珠が先んじて星槎から降り、私はゆっくりと彼女の後を追う。快活な印象を変えぬまま、白珠は大殿前に立つ二人の内一方に向かって、深く頭を下げた。
「懐炎様、お久しぶりです。お待たせしてしまったようで申し訳ございません。…先日お話しした通り、彼を連れてきました!」
「そろそろ着く頃だろうと思って、雲璃と外に出てきたばかりだ。客人が頭を下げるでない。だが、後ろのお前さんは、その威圧的な仮面を脱ぐべきだな。」
「…失礼した。」
私は白珠が放った言葉に、思わず彼女を二度見してしまった。まさか懐炎にまで話をしていたとは。これでは、ただの狼として距離を取って話すことが出来ない。
仙舟「朱明」に来ること自体には、知人との再会とサユの体内を修行を通して安定化させるという意義があったが、目の前にいる帝弓七天将の一人と顔を合わせることは寧ろ失うものが多い。この懐炎は朱明のみならず、私が辿ってきた生涯よりも長く、仙舟同盟全体を見てきた傑物。世代の古い仙舟人には、狼の印象が豊穣戦争で固定されている可能性が高いのだ。
だがこれも転機だ。朱明とヒスイノの関係が緊迫した中立ではなく、より友好的であれるように。私は変装用の兜を脱いで、澄んだ瞳でこちらを見つめる翁と、幼い黒髪の少女にしっかりと顔をさらけ出した。そして名を名乗り、膝をつく。
「…濁っていないな。第二次豊穣戦争で敵となった歩離兵に、かような目をした者はいなかった。朱明に来る狼、馬人らの兜を取れば、お前さんのように裏表のない瞳をしている。」
「環境が変われば、荒んだ獣性も己の手で飼いならせるのです。そうできるように、私はヒスイノを作り上げてきました。…懐炎将軍、場違いな身でお姿をお見せしてしまい申し訳ございません。どうかこの瞬間、貴方の感情が荒立たないことを願います。」
「その場に居合わせはしなかったが、緑鎧たちが戦場で帝弓の光矢を留め、更には活性化惑星を砕いたことは記憶に新しい。種族は同じでも、戦争の遺恨がお前さんたちに向けられるのはお門違いというものだ。」
懐炎の口から出たのは、場を支配する重い空気を晴らすような言葉だった。私は彼の言葉をじっと聞く。
「今の時代、猟群の歩離兵自体が珍しいほどに勢いを無くしておるからな。わしの孫娘の雲璃などは、お前さんの世界から来る狼しか知らぬほどだ。それにヒスイノには何百年も、存護の実績がある。元帥からは中立を保つように言われているが、わし個人はお前さんを無下にはせん。」
懐炎はこちらの活動内容を知ってくれているようで、その後、星海の脅威を取り除いている「抗う者」に悪印象はないとも話してくれた。私は深く呼吸すると、足をほぐすように動かす。
この星海において私より長く生きている者が少ないために、年長者と言葉を交わすときは緊張が勝る。狼の寿命の倍以上は生きているというのに、情けない限りだ。
彼は被っている笠を触った後、後ろ手を組みなおす。私が彼に向かって頭を下げると、懐炎の横にいた子どもが見た目相応の口調で話す。
「あなたが、おじいちゃんがよく話す『刹那の流れ星』に武器を作ってもらった狼なんだよね?」
「応星君のことか?ならそうだ。…最近、武器をまともに握れていないのは否定できない。将軍、私はその悩みを解決するために来たんです。お見せしてもよろしいでしょうか?」
「それは初耳だな。だが朱明に来る理由としては最もらしい。外で解くより、落ち着ける場所がいいだろう。わしもあやつの作品をじっくり見たい。」
「それってあの作品?一度見てみたかったんだ!」
少女、雲璃に言葉を返し、私は懐炎へ許しを得ようと続けた。懐炎は頷いてくれ、大殿の方へ足を向ける。私と白珠は、彼らの後ろについていく。白珠が雲璃と懐炎に対して話を振り、場の雰囲気を明るくしてくれる。移動間、雲璃は私に何度も視線を向けてきた。
金細工の凝った大殿内へと入った。私は懐炎に促されるまま、斧槍「不落」の入った箱をそっと置いた。箱を開いて布を解く。
白珠は両手を重ねて「不落」を見、雲璃は口を大きく開き、目を輝かせた。この若い職人にとっても、応星の作品は価値あるものなのだろう。
「こうして近くで見るのは、あのとき以来です!」
「これが!うっ…。」
雲璃は顔を「不落」に近づけると、表情を一変させる。顔をしかめ、何かを嫌がっているようだ。私は何事かと、「不落」と雲璃を交互に見る。
「あなた信頼されてるね。こんなに捲し立ててくる武器は久しぶりかも。」
続いて雲璃はそう言い、一歩退く。私の疑問に対して懐炎が答えてくれた。雲璃は剣の声を聞くことが出来るのだと。
並外れた技量を持つ職人は、武器と対話できるほどだと形容されることがあるが、まさか比喩ではなく本当に声が聞ける者もいるとは思わなかった。私は雲璃に「不落」の発した言葉について詳細を尋ねる。
「自分がどれだけ、あなたと武勲を上げてきたのか力説してる。…あと最近は飾られてばかりで、戦いに行けていないのを不満がってる。」
「やはりそうか…。この不落は、私の体に対して違和が大きくなりすぎてしまった。片手で持つ分には工夫のしようがあったのだが、それすらもままならない。」
「え?もしかしてその言い方だと、拡張腕足を使っているわけじゃないの?カンパニーのメカみたいに着膨れしてるんだと思ってた。」
私の体型を誤解されていたようで、雲璃から驚かれる。懐炎も雲璃を見て髭を撫でつけながら、細い目を見開く。
「雲璃の観察眼が外れるとは、珍しいこともあるものだ。狂风…お前さんが暴れ出すとは思えん。わしらといるときは、装甲を全て脱いでよいぞ。」
「いやいや…おじいちゃん!見たまんまの大きさだなんて思わないじゃん!妙に足運びが滑らかだなとは思ったけど。」
私は懐炎の視線を受けながら、頭部以外の装甲も順々に外しローブを羽織り直す。装甲で押し潰されていたため毛並みが悪い。手で梳かして整える。
雲璃が私を見上げ、ぽかんと口を開ける。
「納得した…。柄の長さが全然合ってない。」
「職人は武器だけでなく、肉体も見る必要がある。…お前さん、近頃は単純な武器を扱っておるようだな。」
懐炎と雲璃は「不落」を眺めながら、雑談している。職人同士の専門的な話であるため、耳から耳へと内容が流れていく。私は場の三人に顔を向けて尋ねる。
「…お二人とも。こうして私の用を見てもらっていますが、白珠さんとのお話についてはお急ぎでないのでしょうか。白珠さん、私を連れてきた本来の目的について教えてほしい。」
「理由は単純ですよ!一緒に応星のところに行きたいと思いまして。こちらも懐炎様に許可をいただきました!」
「この老いぼれを急かさんでくれ。わしからも頼みたい用事がある。あやつへの報告は最後でよかろう。特に狂风、お前さんには聞きたいことが多くあるからな。…雲璃、少しだけ遊びに行ってはくれんか。後で呼びに行く。」
「分かったおじいちゃん。それじゃ白珠お姉ちゃん、また後でね!」
雲璃が席を外すと、懐炎は、「不落」を囲みながら話し始める。生前の応星が語った、私についての話。そして私たちに対する頼みごとの詳細を。
彼曰く、応星は常日頃「雲上の五騎士」について文面でよく語っていたが、私についても語ることが多かったという。応星は、渡した力作が自身が考えたように使われていることを喜んでいた。懐炎は、私と応星がどう出会い交流してきたのかも、文通や直接の会話を通して知っていたのだ。
「応星がここまで良く言う人間は、雲上の五騎士の面々と、お前さんくらいだった。長命な仙舟人は排他的で頑固な性質だからな。…あやつに、生涯の友がいて良かった。」
晩年、彼は懐炎にこう言い残したという。豊穣と巡狩の争いがきっと終わるように、私が懐炎の元に姿を現したとき、その時代一番の職人に武器を打つよう話をつけてほしいと。私が紅く染まった後、応星は察していたのかもしれない。あの膨張する血肉のように、私が死なずの生を送ることを。
「応星と並ぶほどの職人は、なかなか現れなかった。雲璃の父、含光はそう称されるほど名を上げた弟子だったが…。」
懐炎は口をつぐみ、唸る。その時点で私は、含光という人物が今は亡いことを理解する。
「…一時期、焔輪鋳煉宮が武器の輸出を狭めたのも、含光の一件が理由だ。雲璃は過去に囚われ、父が作った魔剣を溶かすことばかりに目を向けてしまっている。…頼み事とは雲璃のことだ。わしはあの子に、暗い道を歩ませたくはない。猟剣ではなく、鍛冶の楽しさであったり、純粋に鍛えることの喜び、そういった前向きな若者の道を行ってほしい。」
「うーん…。雲璃は、魔剣以外のことなら元気な女の子なんですが…。」
「…私たちが助勢すると?白珠さんなら分かりますが、私では真反対でしょう。」
「白珠殿からの話では、お前さんの方が向いていると思ったんだがな。最近は若い後進を何人も育てておると聞いたぞ?」
私は眉に皺が寄っていくのを感じる。白珠はどこまで、懐炎に私のことを話しているのか。じっと白珠を見ると、悪戯気な笑顔が返ってくる。
「仰る通りではありますが…。」
「難しいことは言わない。雲璃は焔輪八葉に入り込むほど、剣術にも秀でておる。お前さんには、あの子と手合わせをしてほしい。後進の皆々も参加してくれれば、尚あの子の刺激になるだろう。この頼みを呑んでくれるなら…かつて応星から頼まれたこともある。お前さんに合った武器を渡そう。白珠殿には、上等な矢筒をな。」
「狂风!」
白珠が瞳をきらきらと光らせて、私を見る。私と関わることが、雲璃に対して良い働きがあるかは分からない。だが懐炎ほどの人間に頼みごとをされること自体、価値あることだ。答えは決まっている。
「懐炎将軍が私に友好的に接してくださることだけでも、感無量です。喜んで承ります。」
「ハハッ、頼んだぞ。この老骨では、朱明の外に接点を作らせるのも難が多くてな。できて、白珠殿のような元より信頼できる者から辿るくらいだ。」
懐炎の言葉に対し、白珠は嬉しそうに笑う。
それから私たちは雲璃について話し、不落をどうするかについても触れる。朱明職人の頂点である懐炎は、私と不落双方が納得できる落としどころを見つけることが大事だと話す。剣の声を聞ける才を持つ者は一握りだが、仲介は雲璃に頼むべきだとも。
「お前さんと長きを共にしたならば、不落が知るのは血生臭さだけではないだろう。歳陽を剣の材料に使った武器でなくとも、意思は宿る。不落との対話も、きっと雲璃の刺激になる。…そろそろ雲璃を呼び戻してこよう。少しここで待っておれ。」
懐炎は一度話を切り、大部屋から離れる。私たちだけを残せるのは、彼が白珠を信頼している証拠だろう。白珠は懐炎を見送ると、端末を開いた。
「もうお昼時です…!懐炎様と雲璃も一緒にご飯を食べたいですね!」
「ああ。…畏れ多いが、星たちにも知ってもらう必要があるからな。それにしても、白珠さんは二人と深く交流しているな。」
「ええ。雲璃は、懐炎様のお孫さんになる前から知っていました。懐炎様もよく幼いあの子に目をかけていましたから。だからこそ、少しでも力になってあげたいんです。」
私は白珠の思いに同調し、懐炎と雲璃を雑談しながら待つ。私は、フォフォたちの修練が順調か気になり、星と白露にメッセージを送る。返信が来たのは、それから数分経ってからであった。私は、予想外の成果を知る。
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焔輪鋳煉宮。その奥へ歩いていく人影があった。ずんぐりとして逞しい星民の梨菩、その一人である。梨菩は重量環境下で生き延びられる、生まれながらの職人種族だ。
その者の体からは、焔が揺らめいていた。純エネルギーの灯火。歳陽に憑りつかれた者の外見である。その梨菩をよく知る者であれば、彼の瞳に宿る光が平時とは違うことに気づけたはずだ。
だが朱明の環境故にそれは異常とみなされなかった。鍛冶に専念している梨菩の同族に視線を向けられることはなく、その者は進む。朱明の龍尊、炎庭君にも知られず、それは嗤う。