星たちの前で、雲璃とサユが見合う。雲璃は腰を屈めて剣を後方へ構え、サユは特大クナイを地に着けるように構える。食事の後、なりゆきでついて来たフォフォははらはらしながら戦いの始まりを見守る。
「…フォフォ、同じ判官の人たちには休憩のこと話した?」
「う、うん…。朱明の判官に話したけど…羅浮と違って、結構休憩はとっていいみたい…。転勤とかできないかな。」
「…羅浮の十王司って、そんなにブラックなの…?」
フォフォは星の問いかけに答え、星は嫌そうな顔を作る。カンパニーに並べるブラックな組織は無いだろうと、高を括っていたからだ。
シッポはフォフォの言葉に何も言わなかった。
ぶわりと熱気が舞う。動き出したのは雲璃からだった。歯を食いしばり、重量武器を振り上げる。少女の細い腕から想像できないほどに、大きく分厚い熔鉄剣骸は軽々と振り回される。
「やああ!」
「クナイ、行け。」
「…投擲!?重い…!」
雲璃が剣をサユの胴体にぶつける気で振るったとき。人工歳陽のヤエと融合を行い、サユは目を黄色く光らせた。風を纏った体を一回転させた後、彼女は増強された腕を活かし、クナイを紙飛行機を飛ばすがごとく軽やかに投げる。
雲璃はクナイを熔鉄剣骸の中心で弾くが、一瞬手がしびれる。サユは風纏いの高速機動で前転しながら懐に回り込み、手元に戻ってきたクナイで鍔迫り合いを起こす。
「魔剣の中の歳陽と融合してる…!どういうこと!」
「…まだ聞けてなかった。主が魔剣というものに固執するわけを聞きたい。」
「あなたがその剣を作らなければ、話す必要もなかったのに!はあっ!」
クナイを押し返し、雲璃は慣性を味方にしたまま空中で一回転する。熔鉄剣骸が勢いをつけて地面に叩きつけられる。両者とも試合相手が、特大の武器を使いながら高機動を実現する戦術を得意としていることを理解する。ならば、技の差が勝敗を分ける。
朱明の剣術を学び、みるみるうちに強くなっている雲璃と、知識を取り入れながらも我流を貫く忍。拮抗しながらも、徐々にサユが押されていく。純粋な剣術を武器にしていない少女とは差を埋められない。
闘いの中で、サユは雲璃の事情を少しずつ知っていく。彼女の父が作った「魔剣」が悲劇を生み、無関係の鍛冶職人にも災禍を招いた。だがサユの頭には疑問が浮かんだ。
「…さっき、主は言っていた。御父上が打った剣以外にも、魔剣に類する武器は存在すると。何故それらは狩らないのだ?」
「あの人が仙舟外にばら撒いた武器が多いだけ。魔剣は危険なの。これまで溶かしてきたのは、持ち主を誘惑して血と殺戮に染まるようにしてきた。武器として打たれた以上、溶かさなければ染み付いた本質は変えられない!」
雲璃の攻撃を避け、反撃をしながらもサユはもう一度問いかける。大振りな攻撃が続き、読み合いの時間が増えていく。
「朱明には歳陽がいっぱいいる。その中には成長しても無害な歳陽がいる。剣に宿っただけで、本当に全てが危険になるのか?」
「そうだよ!魔剣には剣の志がない人ばっかり集まる!そういう人は力に溺れて、他の人を殺す。人を惑わす魔剣は溶かした方がいいの!」
「…主の心には、ずっと苦しい記憶が残っているんだな。そろそろ拙も、力を見せよう。」
「望むところ!」
サユと雲璃は距離を取り、サユは高速移動しながら印を結ぶ。人工歳陽ヤエとの対話を果たし、繋がりを深めた結果、彼女は歳陽の力をより引き出せるようになった。胸の欠け月が光り、纏った風に紫電が混ざる。桃色から紫に変わった狐の巨大な影が、サユを包む。
「雷神、顕現!」
サユの体を伝って、ヤエの紫電がクナイに注がれる。開かれた彼女の目は、縦長の瞳孔へと変わっていた。
雲璃は熔鉄剣骸を盾にするように目の前で構え、吹き荒れる嵐を防ぐ。次の瞬間、サユは雲璃のすぐ前に近づいていた。
「はやいっ!」
「…雲璃殿、型通りに造られた存在は本質を変えられないと思ってるのか?」
「え…そう造られたなら、形を変えるしかない!例外なんてなかった!」
「そうか。なら…拙とこのヤエ、クナイの三者が、証明する!造られた存在は形を変えずとも、自分の道を行ける!」
「…何、言って!」
雲璃は熔鉄剣骸を横投げし、空中でつかみ取る。そして地面に向かって振り下ろすも、その場には残像しか残らない。サユの欠け月が更に輝く。
サユは雲璃に、己の正体を明かす。サユと共に戦う武器、歳陽は彼女自身と同じように造られたものだ。だがそれらは造られた目的に盲目的に従っているのではない。大なり小なり、己の意思を持って道を選択した。
「あなたたちが特殊なだけでしょ…!父、あの人は過ちを犯して、いなくなった今でも罪が重なってる!私は償わなければいけないんだよ!」
「これはきっかけだ、拙たちが主の考えをひっくり返すことなんてない。…ようやく話してくれた。」
暴風で紡いだ言葉は遮られながらも、サユは雲璃に接近した。戦闘用の装束であるムジナのフードが、風で捲られはためく。
「主は、贖罪のために造られた存在じゃない!人は過去に縛られず、己が歩みたい道を選び取れる!」
「…小さいのにしっかりしてる。」
サユは普段は眠たげな瞳を引き締め、雲璃と視線を合わせ続けた。雲璃の表情が一瞬、天真爛漫な彼女らしくない愁いに沈む。
雲璃は龍尊や将軍、焔輪八葉の面々といった年長者に可愛がられていた。しかし、猟剣に執着する姿に心配がられることはあれど、境遇故に仕方ないとそのままにされていたのだった。
本音をぶつけるには、朱明の年長者たちは年を重ねすぎていた。猟剣以外の道へ矯正することは雲璃をより深く傷つけることに繋がると考えていたのだ。
復讐に、贖罪に殉じようとする雲璃を、陰では痛ましく思いながら、彼女と接するときにはその思いを覆い隠す。雲璃はその対応に、無意識下でちくりと棘を刺されたような気持ちを積み重ねていた。
だからこそ、幼い姿で年が離れていないように見えるサユの真摯な瞳は、雲璃の心を揺さぶった。好敵手でもない、今日初めて会っただけの少女。剣を交えることで、剣士は心を通じ合わせる。
嵐を纏ったクナイが雲璃を防御ごと押し、地面に背をつけさせる。紫電は消え、暴風は去った。
―――――
サユと雲璃の手合わせが終わり、私たちの前で二人は握手をする。サユの新しい力を見ることが出来て、気分が上がる。あれだけ歳陽との親和性が高くなったのであれば、運動をした後極端に睡眠時間を取らなくてはならない現状にも改善がみられるだろう。
雲璃は肌と白い衣類についた煤を払うと、特大剣を地面に立たせ、大きな声で呼ぶ。
「ねえ、他の人も私と手合わせしてくれるんでしょ!早くやろうよ!」
「私の出番かな。」
私の横で、星が素振りをして二ッと笑う。そしてサユと掌を合わせてから、入れ替わりで演舞台に上がる。腕をまくってバットを顔の前に立てた。
「次は星ね。あなたの仲間には勢いで押されちゃったけど、今度は負けないから!」
「あんたの剣ちゃんと、私のバットちゃん…どっちが強いか決めよう。」
「武器の性能差で、試合は決まらないから!…行くよ!」
頭を押さえてから、雲璃は星に熔鉄剣骸を投げた。星は軽やかなステップで難なく避け、炎鋼バットを部分的に展開した。暴風のような激しさはないが、両者互角に立ち回る。
星の動きはヤリーロ-Ⅵでの闘いと比較して実戦向きになっている。試合であろうが、あの分厚い鉄塊のような熔鉄剣骸をもろにぶつけられれば昏倒するのは間違いない。ルールがあり運動を楽しむだけの試合とは違うということだ。
サユを労った後、星と雲璃の動きをじっと観戦していると、横に立っている白珠が話しかけてくる。彼女の手には端末が握られており、表情は影になって見れない。だが、先ほどまでの楽しそうな調子ではないことは分かった。
「狂风、懐炎様からメッセージが届きました。…急を要する事態が発生したって。」
「もしや…鋳煉宮の中心に異常が?」
「やはり狂风は知っていたんですね。」
深刻な表情になった白珠に対し、私は呟くように予想を言う。当たってほしくなかった予想に、白珠は頷いた。
白珠は、朱明の滅びが私の記憶の中にあると考えたようで、だから同行したのかと納得していた。
私は眉に皺を寄せ、口を堅く結ぶ。そうしなければ、床が抜けたような焦燥感に耐えられそうになかったからだ。朱明に危機が訪れるなど、考えもしなかった。
白珠の背に指をやり、声を押し殺すようにして懐炎との合流を計画する。
「白珠さん…懐炎将軍は、今どのような状況なんだ。」
「火皇の元に向かっている途中だそうです。懐炎様の直感が警鐘を鳴らしたため、中心に今から入ると書かれています。狂风が知っている通りなら、すぐさま合流しないと…!」
「ああ、早くせねば。懐炎将軍には、封印術に精通した者たちに招集をかけるよう言ってくれ。星!雲璃君!手合わせは一旦中止だ!」
私は声を大きくしたが、演舞台は広くお互いに集中していることもあってか、攻防が続いている。目を見開くフォフォたちの横から走り、私は演舞台の中心へと立った。私の両手でそれぞれの得物を押さえつけた。
雲璃は不満げに、星は表情を変えず、そのままの体勢で動きを止める。
「いきなり何?あなたとの手合わせはすぐしたいけど、今は星に集中させてよ。」
「星との試合も一時中断だ。君が朱明やここで生きる人々を大事に思うならな。」
「…どういうこと?しっかり説明して!」
武器を下ろし、雲璃は私に声を荒げる。私は二人を見て告げる。仙舟「朱明」が墜ちる可能性を。今動かなければ、鋳煉宮の中心から朱明は崩れ、呑み込まれる。大歳陽、火皇の目覚めによって。
雲璃は眉を吊り上げ、口を大きく開ける。突拍子もない話故に、信じることが出来ないのだ。
「なんでそんな不謹慎な嘘を今つくの?そんなこと起こるわけない。」
「『預言』でしょ?私は信じるよ。実際に智械黑塔のところで見てきたから。」
「預言って…。」
「信じられなくてもいい。一度ついてきてくれないか。手合わせならいくらでも後でしよう。他にも埋め合わせはする。」
星は私が話したことのない「抗う者」内で使われる単語を口に出す。星の瞳に疑いの色はなく、雲璃も怪訝そうな様子を崩さずとも、頷いてくれる。
私は二人を抱えて、白珠たちの元に戻った。
白珠は開口一番に、懐炎から返信が来たことを話す。彼は私がしてきたことを深く知ってくれている。すぐに朱明の各組織に通達してくれたようだ。彼の文面は固く、将軍としての威厳と冷静さを感じさせた。
私たちは懐炎の許可の元、鋳煉宮の中心へと急ぎ向かう。鋳煉宮の先にあるのは、並大抵の人間では入ることが出来ず、入る許可がもらえたとしても並みの肉体強度では重力で押し潰されて死ぬほどの環境。火皇が形成する超重力場である。
―――――
懐炎は、一歩一歩重力異常の空間を進んでいく。彼の怒りは強く、翁の後ろには超重力に耐えられる種族の兵が連なる。鋳煉宮の中心近くには既に術師が待機していた。
懐炎の目が向けられた先には、一人の梨菩が立っていた。ゆらゆらと操られた人形のようにその人物は動き、懐炎に視線を合わせる。正しくその肉体は抜け殻であり、宿る意思は「壊滅」であった。
火皇が異常な動きを見せる。梨菩に宿ったそれは嗤う。
「…正体を現すがいい、不届き者め。」
『ほほほ…!老いた職人程度に、妾は止められぬ。すぐにこの船は墜ちることになろう!』
「なるほど…羅浮に潜り込んだ鼠の分身か。愚かだな。巡狩は、燼滅禍祖の雑兵をどこまでも追う。不滅の存在であろうと、必ずや報いを受けさせてやる…!」
『な、何…!?何故、お主がそれを…!』
「きおったか。」
懐炎は横目で、追いついてきた人影を見る。巨大な白き狼と、その存護の力で重力環境に耐えられるよう守られた少女たちが並んだ。
純エネルギー体のそれ、絶滅大君の分け身は白き狼を見て叫ぶように言う。心からの怒りが絶叫によってあらわされた。
『おのれ…また、またお主か!!何百年もつき纏い、妾の「壊滅」を不完全にしおって…!許さん、お主ら緑翠だけは絶対に許さぬ!!』
「…なんだ、貴様だったか。かつてと比べて、随分と短絡的になったな。」
白き狼、狂风は絶滅大君、幻朧の分け身に対して何でもないように振舞う。彼は「抗う者」を結成してから、この歳陽の策を妨害し続けてきた。終焉の描写の一部である、幻朧による文明の内部崩壊。それを単純な武力と復興支援によって叩き潰し、「抗う者」は、幻朧の愉悦に塗れた思考を台無しにしてきたのだ。
何百年に渡る妨害により、幻朧は次第に何を計画しても無駄だと無気力な考えさえ現れるようになった。そして彼女の思考力はどんどんと削がれていった。豊穣戦争を利用した大一番の策さえも無に帰した彼女は、盤上を笑うことすらできず自らで動くまでに落ちぶれていたのである。
『――だが、お主らも今日で終わりだ!火皇に「巡狩」の終わりを感じ取らせた。このまま何もできず、吞まれるがいい!』
幻朧の分け身は最後に甲高く笑い、灯火が消える。操られていた梨菩の体はぐちゃぐちゃに潰れ、燃え尽きた。
懐炎は民の死に心を痛めながらも、蠢きかけている火皇に気をつけるよう注意を呼び掛けた。
其れが目覚めれば、幻朧の思い通りとなる。一同はそれぞれ構え、懐炎の策を待った。