私は、緊急事態が起こったことを宇宙船で待機中の二人に伝え、走る。鋳煉宮の中心はすぐに見えてきた。
鋳煉宮と偽陽の境目。そこには朱明十王司の判官たちが並んでいた。朱明の盟友である梨菩たちと同じく、大歳陽の監視を秘密裏に行っている彼らは、格式ばった仙舟の古い衣類に身を包み、じっと術の行使直前で固まっていた。周囲を取り囲んでいるようで、朱明の持明族も判官の援助のため集まっているようだ。先にある偽陽は、不気味に音を立てている。
「こんなに雲騎の兵士と判官が集まってるのなんて見たことない。おじいちゃん…。」
雲璃は呟くように、その光景を形容する。彼らも火皇の異変を感じ取っているのだ。私は彼らに話を聞き、懐炎は既に偽陽の傍へと兵を伴って向かったという情報を得る。私は懐炎に立ち入りの許可を得ていることを判官たちに話し、琥珀のバリアを準備し始めた。
加えて星たちに対し、ついてこられるかを尋ねる。ここまで少女たちと一緒に来たのは、異常を解決するためであるが、超重力場に入ること自体危険なことだ。
手を挙げたのは三人。星と雲璃、そしてサユである。特に雲璃は、偽陽前の異様な雰囲気を感じ取ったようで、私の話した内容を信じ始めているようだ。
もう三人は、それぞれ別のことを行うと話した。
「分かれて行動しましょう!いくら狂风の力があったって、あたしが重力場でできることはありませんから。あたしに出来るのは矢を射ること、星槎を動かすことです。」
「…アタシは、判官たちと一緒に術の手伝いをしようかな…。や、やり方は知ってるから!一人増えてもあんまり変わらないかもしれないけど…。」
「フォフォ!…お前、頑張るじゃねぇか!」
「わしも医士として、やれることはあるはずじゃ。判官たちの術こそ要。わしはこやつらを治し続けるつもりじゃ。」
「…四名とも頼んだ。」
私は彼女らに頷き返すと、人工歳陽を含めた星たち四名に顔を向けた。そして鎧を完全に外し、突入する人員に対して琥珀のバリアを張った。
半透明のバリアを見て、星がバットを握りながら言う。
「これ、宇宙ステーション以来だね。」
「中で戦闘が始まっているのか判断できないが、環境に潰されないよう強めにバリアはかけた。割れてはまずいから、私の遠くには行かないようにしてくれ。」
「早く行こう!こんな変な音、鋳煉宮で聞いたことないし、おじいちゃんたちがどうなっちゃうか分からない!」
雲璃はバリアについてあまり気にせず、焦燥を露にする。私は偽陽の元へと歩き、戦闘以上に厄介なことが起こっていることをすぐ理解することになった。
絶滅大君、幻朧。朱明を墜とすために、自ら分け身を潜り込ませるとは予想外のことだった。
奴のために、梨菩の職人が犠牲になった。朱明の現状は分からないが、レギオンの軍勢を奴が準備していたとすれば、今船の上空には大量のヴォイドレンジャーが浮かんでいることだろう。そちらは智械黑塔たちや、朱明の兵士に任せるしかない。
私は、恒星のごとき火皇に目をやり、意識を呑まれないように存護の力を強めた。横に懐炎が立ち、言う。重力に耐えることのできる種族で構成された兵士たち、星たちも横に並んだ。
「狂风…噂に聞く、強力な「存護」の力じゃな。琥珀の防具の元では、火皇に意識を奪われないとは。しかしお前さん、雲璃も連れてきてしまったのか。」
「必ず封印し直さねばならない。なら、実力者であり偽陽の前で入ることを選択した彼女を、外に置いていくことはできません。」
「おじいちゃん、私がやれることを教えて!早く終わらせよう!」
「ううむ、仕方あるまい。…皆の者、策は一つだ!火皇が再び夢を見るように、巡狩の力を叩きつけ続ける!幸い、わしの護衛が持ってきたのは、帝弓の光矢を使った武器ばかり。槍を持ち、火皇に古き契約がまだ続いていることを知らせるのだ!」
朱明の戦士たちは、偽陽に対して耐性を持っているようで、目を細めながらも動けている。
私はその後、懐炎に頼まれ存護のバリアを張り続けること、他にも琥珀の壁を作って衝撃を与えることに力を注ぐ。私の目の前で戦士たちが己を鼓舞し、槍を突き立ててはエネルギーの衝撃によって弾かれる。
ここに巡狩は在る。豊穣を狩るために今もまだ止まらず進み続けていると、武を以て伝え続けているのだ。
火皇が目覚めぬように、前線で術を行使する戦士もいる。サユもまた仙舟の術を独学で学んだ身であり、彼女自身の頭脳、知恵を以て即興で術を真似ていた。そして星と雲璃は朱明の戦士たちに加勢し、借り物の武器や熔鉄剣骸を叩きつけている。
「絶滅大君め…どこまで深く暗示をかけたのだ。うん!?皆、目を閉じるんだ!光に呑まれるぞ!」
懐炎が声の調子を変え、全員に告げる。次の瞬間、火皇の急速に高まった熱が、私が作り上げていた琥珀の壁を破壊した。強烈な光が目を焼く。
視界が奪われる前、私は確かに見た。前線で動いていた星と雲璃が、衝撃によって大きく吹き飛ばされるのを。目が見えずとも、一時的なものだ。私は腕から存護の力を放出し続ける。
―――――
焔輪鋳煉宮全域では、二つの騒乱が起こりかけていた。一つは鍛冶場に浮かぶ歳陽たちの恐慌。もう一つは、突如出現した反物質レギオン。仙舟「朱明」を墜とすと画策された結果、送り込まれた大軍勢である。内部混乱、不和を愉しむ在り方は現在の幻朧にはなく、「壊滅」を確実とするという執着が色濃く出ていた。
朱明の外では戦艦が飛び、強力な兵器がレギオンに向けて発射されている。逃げ惑う民の波の中、逆方向に走り抜ける人影が一人あった。白髪を長く伸ばした狐族、白珠である。彼女はメッセージを送った後、宇宙船の停泊地へと滑り込み、背が高い人影の方へ走る。
白珠を待っていたサマンサの鉄騎は、彼女を見るなり声をかける。
『白珠、無事で良かった。雲騎軍の兵士たちが応戦していますが、私もこれから、友軍として殲滅の開始を考えています。』
「あなたも無事で良かったです!智械黑塔、船の余りはありますか?」
「五隻格納してるけど。使うつもり?」
「火皇のことは、朱明の人や狂风たちが何とかしてくれます!ならあたしは、空で一刻も早くレギオンを討つべきです。」
「分かった。」
三人の間に緊張が走り、すぐさま作戦が開始される。智械黑塔は長い演算の結果、数多の世界を巡り続けた射手の力を信じていた。
場所は変わり、フォフォ、白露は術師たちの元で力を尽くしていた。フォフォは判官としての優秀さを発揮し、十王司で学んだ印を正確に結び続けている。シッポの力を借りながらも、自身の技量で朱明の判官と渡り歩いている。
「おいフォフォ、出力を上げてやる!俺様の力を朱明でも知らしめてやるよ!」
「シッポありがとう…アタシも、もっと集中しなくちゃ…!」
フォフォは普段のびくびくと怯え続ける様相が嘘かのように、真剣な表情で面を見続ける。今フォフォは、別の仙舟であっても判官の責務を全うしてみせるという思いだけが、頭に浮かんでいた。
「瓢箪の水じゃ!皆踏ん張りどころじゃ、頑張ってくれい!」
白露は「巡る医士」として日々扱っている医療器具を、疲労を見せた人員へ片っ端から使っていた。愛らしい見た目と声での激励を含め、全員の活力を高めていく。
忙しく走り回る中、少女は朱明の龍尊と会合する。炎庭君は、幻朧の巧妙な隠密行動に気づけなかったことを悔いながらも、金鱗燃犀など朱明の医療を駆使しながら、封印の促進を図っていた。
白露と炎庭君の視線が合う。龍尊は白露の角から「新しき持明族」であることを理解した。彼女が懐炎将軍と知り合いであることも。
外部の持明族が医療で以て、支援を行い続けてくれている。炎庭君は白露に対し信頼の念を抱きながら、自身のできることを行い続けた。
―――――
星と雲璃は前線にて即興で組み、火皇を攻撃していた。巨大かつ不滅のエネルギー体である火皇は眠りが浅くなっており、巡狩の力をぶつけ続けなければ消耗していくばかりだ。
何度も弾かれながら星は立ち上がり、効果があるのかさえ判断できない攻撃を休みなく行う。雲璃は精神的に疲弊しかけながらも、星と同じように立ち上がる。
雲璃は隣に立った星に、一つ聞く。星の体を見れば、キズは治されても衣服はぼろぼろになっていき、毛先は焦げているのが分かる。
「手合わせして思ったけど、やっぱり強いね。…ねえ、星。なんであなたは、私たちに力を貸してくれるの?あなたの仲間もそう。朱明の人じゃないのに。」
「出会った人を大事にしたいと思ってるんだ。雲璃、あんたのこともそうだよ!」
星が火皇に、折れた槍をぶつける。弾かれ膝をついても、星はそこらに転がる折れた武器をつかみ取り、駆ける。星は雲璃に、自分にも聞かせるように言い放つ。これこそ、自分が選んだ道だと。
後方から懐炎が、皆に向かって警告する。火皇が閃光を放ち、星と雲璃は吹き飛ばされた。星に張られた琥珀のバリアが少しひび割れ、その隙間から彼女へとなだれ込んでくる。
火皇が見ている夢。かつて仙舟が辿ってきた太古の歴史が、星の意識を埋め尽くした。
―――――
星の視界には、英雄の時代が映る。無数の逞しい兵士が雲騎常勝の掛け声の元、星槎に乗って飛び、墜ちていく。巨大な樹、敵として描写された兵たちは、星が見たことのある種族であった。人型の鳥、造翼者。
星は幻の意味を理解する。これは実際に起こったことだと。以前ヒスイノの萌芽から発展まで全てを見た星は、この情景を火皇が見せる記憶だと理解する。
(また歴史鑑賞?あれってもしかして…。)
浮かんだ体の方向を変え、星は背後を見る。そこには恒星のごとき輝きを放つ、かつての火皇。その再現が爛々と照っていた。あまりの眩しさに視界を手で遮りながら、星は其れの動きを見る。
火皇の近くには人影があった。星には、矢を番えた人間としか判別できない。だがその人物は、どの再現された人間よりも逞しく、美しい存在のように見えた。まるで、この記憶における「主人公」かのように。
星は直感的に理解する。火皇とその人物の関係を。眠り続ける火皇が何を待っているのか。
(こんな大きい惑星みたいな歳陽にも心があって、ずっと待ってるんだね。なら…。)
星の視界が再び、白い光で包まれる。星が気がついたときには描写は消え、目の前には黒髪の少女、雲璃の顔と、白き狼のふわふわとした体があった。
―――――
強烈な光を浴びて転がった星。雲璃は熔鉄剣骸によって衝撃を殺したが、星は遮るものなどなく直に衝撃を喰らうこととなった。
私はくたりとした星を抱き上げ、琥珀のバリアを更に補強する。その間に雲璃が駆け寄ってきて、星の容態を確認する。焦ったように顔を近付けている。
見たところ体は問題なく、目を瞑っているだけであるため、すぐ目を覚ますだろう。私が抱き上げたまま壁を作り直していると、星がパチパチと瞬きして私たちを見た。
「星!大丈夫!?」
「…大丈夫。それより狂风…背中の箱からあの武器を出してくれない?」
「不落か。確かにこの状況でこそ、使うべきだ。」
私は背負っていた「不落」の入った箱を前面に取り出す。琥珀の壁越しの火皇の光は、先ほどより弱くなっている。だがいつ状況が悪くなるかは未知数であるため、火皇に力を使いながら慎重に箱を開く。
戦いの場を前線から私の近くに一時的に移した雲璃が、不落を見て顔をしかめる。
「すごい怒鳴ってる。今が戦うときだって。」
「…聞いてしまおう。雲璃君、教えてくれ。不落は私が持ち主でなくても戦い続けてくれるかどうか。」
「これにも怒ってるよ。あなたと一緒にいたいって。」
「狂风、私に一度預けてみてほしい。…不落、あんたの気持ちに私が答えるよ。」
雲璃の通訳を聞いた後、星が私の顔を見上げて言う。彼女の顔には絶対的な自信が浮かんでいた。星の表情からは、ただ無謀な賭けに出ているわけではないことが分かる。
火皇の封印を達成するためには、使える手は全て使わなければ。私は決断する。
「策があるんだな?」
「うん。」
「…ならば使ってくれ。そして、私に出来ないことを為すんだ。」
星は頷くと、不落を持ち上げ背に担ぐ。かつての私に合わせた柄の長さだが、人間種の体型には長すぎるほどだ。星は人間種の女性基準で長身だが、それでも不落の方が長い。
私に向かって二ッと笑みを浮かべると、星は走り出す。そして大きく跳躍すると「不落」を腕で引き絞り、槍投げの要領で放った。
「火皇、あんたの“相棒”は生まれ続けてるよ!これからも、人は人を守り続ける!」
星は声を張り上げ、そう言いながら不落を命中させる。
すると私たちの前で、暴風が吹き荒れる。歳陽のものではない、細長き大嵐。私は齎された一矢を理解する。暴風を放ち続けるそれは「不落」と重なっていた。
―――――
星は、あの情景から火皇が眠る方法を導き出した。火皇は一人の英雄を待ち続けている。かの者の健在を。
火皇が望まぬ目覚めは、其の殞落、消滅。古い契約が終わることで、人間の肉体を捨てた其れを呑み込むことだ。
星は再現する。英雄が番えた矢の一撃を。
長きに渡って闘争を止めてきた不落は、形を変える前の仙舟を守らんとする英雄の様相を持っている。「巡狩」は姿を変え豊穣を殺すだけに執着していても、戦いを終えることを望んだ人間は、確かにかつて存在していたのだ。
星が自身の体を弓として、「不落」を矢に見立て放つ。不落は弾かれることなく刺さる。
そして次の瞬間。星は矢が風を切る音と、蹄が宙を蹴り上げる音が聞こえた気がした。星の視界が一瞬だけ、別の景色を映し出す。「運命の狭間」、一度辿り着いた場所を。
巡狩の星神、嵐。其が始まりに関わる存在を見た。その隣で「矢」を放った星は、冷酷でも復讐に染まっているわけでもない。だが選択し、決断した。己が進む道、運命が交錯する旅路を。
特殊な存在は、微かに其の目を引く。そして残り僅かになった、「豊穣」を殺すため、消え去った。
―――――
暴風が止んだ後、火皇が静まった。指揮を取っていた懐炎がじっと火皇を眺め、封印が再び為されたことを通達した。朱明の戦士たちは安堵の息を吐き、互いの健闘を称える。
そして「不落」は抜け落ち、星の手へと収まる。武器の声など聞けないが、私にも感じ取れた。不落が新たな主人として星を認め、喜んでいることを。
私たちは火皇の元から離れ、雲騎軍と他の精鋭がほとんど狩った反物質レギオンの残党を討った。仙舟の武器のほとんどを製造している船に、ヴォイドレンジャーは初めから勝ち目などなかった。
そしてレギオンの侵攻から数日経ち、民の恐れが残る中、懐炎は鼓舞するように怒りを以て宣言した。彼は決して民を見捨てず、溶かしたばかりの赤い鉄のごとき苛烈さを今でも持っている。
「帝弓七天将、懐炎は宣言する。我は朱明の民に「壊滅」を齎そうとした、燼滅禍祖の尖兵を許しはしない!練り上げた矢で、必ずや巡狩を遂行する!」