蝕月猟群における成人の儀。月が巡り、群れの若者が集められ、執り行われることになった。
多くの若者は己の肉体をさらけ出し、生まれ持った武器で器獣を服従させるため地に降り立った。しかし今回の儀式は特異なものが混ざる。蝕月猟群以外でも見られない、不思議な存在だった。千人以上の内、九人だけであったが、それ故によく目立つ。
その九人の若者は、頭部以外が青緑の装甲で覆われていた。装甲が鏡面のように磨かれており、陽光を反射する。
それらは成人の儀が開始した瞬間、バラバラになって行動し始めた。彼らは俊敏だった。装甲の裏側には、どれだけ鍛え上げられた肉体が隠されているのか、上から観察している歩離の戦士には調べることもできなかった。
彼らは見た目だけでなく行動までもが特異であり、儀式を破壊するような蛮行を働いた。器獣に食い殺されようとしている若者に駆け寄り、器獣を難なく従えたら別の場所へ向かう。そのまま器獣に乗って戻ってくることをせずにだ。また同士討ちを狙われるような愚鈍な若者の盾になり、同族を狙う戦術をした若者を痛めつけた。
彼らの行動の結果、半数の器獣は青緑の装甲に従うことになってしまい、成人の儀にも生き残れないような弱い狼さえ残ってしまった。この由々しき事態に焦る歩離の戦士たち。その中の一人がぽつりと呟いた。狂った風が再び猟群に吹き始めたと。
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私は武器牧場から少し離れた場所に器獣を待機させ、その中でストリボーグの長距離スキャンにおける映像を見ていた。若者には、狼だと分かるように顔だけ装甲を外してもらい、武器牧場に向かわせた。
今武器牧場付近の状態は、十年前の焼き直しのようだ。呼雷の乗る獣艦が来ており、その周りを蝕月猟群の艦が寄り集まっている。呼雷はやはり、猟群の狼を大事に思っているのが見て取れる。
仲間の働きに、私は大満足だった。私の力不足で為せなかった多くの同族の生還が、今仲間の手で果たされたのだから。
「マスター、生体信号が届いています。あの巨大な獣艦からになります。」
「やはり気づいたか。歩離の古強者は、怒り心頭に発せられているだろう。皆、争いが起こる可能性もある。注意してくれ。」
私は、付いてきた仲間に呼びかける。鎧に身を包んだ皆は、首を縦に動かし身構える。
あれだけ派手に動けば、悪目立ちするだろう。しかし私たちの力と方向性を示すには、大きな一歩を踏み出す必要がある。猟群と言えど、小さなまとまりがばらばらに動く歩離の民が一堂に会するのは、この儀式のタイミングしかないのだ。
私は器獣を動かし、呼雷の乗る艦に舵を切った。
着艦した瞬間、私たちはほとんどの狼に睨みつけられる。内一人が口調を荒げながら言った。それを皮切りに殺気を込められた視線がさらに増え、こちらを非難する大勢の声は獣の咆哮のように私たちを威圧した。
「貴様らが指示したのか!儀式に泥を塗った、不届き者どもめ!」
「…星外から見ていたが…今回は何人死ぬところだった?戦闘経験の少ない若狼を、死地に連れ出せば死者は増える。何年もかけて成長していく狼だっているだろう。この儀式で無駄に殺すのは、群れの損失だ。」
「無駄?生き残れない狼は、弱かっただけの話だ。それが残るようになれば、我らの強さは陰り、衰退することになるのだぞ!」
罵る言葉は、伝統を口にする。あちら側は、これ以上の言葉は無駄だと悟ったようで、爪を振るい私たちに襲い掛かってくる。
「姿を見せろ…!猟群の破壊者め!今ここで消してやってもいい!」
「皆、私だけで十分だ。」
私は仲間に声をかけ、兜を脱ぐ。彼らの中では覚えている者も多いだろう。公の場で伝統を否定した狼の顔だ。
一人が震えた声で言う。戸惑いと憤りが混ざった声だった。
「く、狂风…!?どの面下げて、ここに来た!」
「猟群がいっぺんに集まるなど、こういった機会は儀式の時しかないだろう。巣父と、若い狼に周知しに来た。どこまで私の考えが実現できたのかを。」
「殺す!」
爪を私の胴体に突き立てようと、歩離の戦士の一人が攻撃してくる。改良を重ねた外骨格は、動きの増強だけでなく防具としての性能も高めている。巣父の圧倒的な力以外であれば、弾く程度には上昇しているのだ。
爪が欠け、驚いている歩離の戦士に私は言葉を投げかける。
「私は同族の未来を考えている。貴方たちを殺すなど望んでいない。巣父の場所に行かせてもらう。」
「かかるぞ!あの忌々しき装甲を引きはがせば、我らの爪も通る!」
歩離の戦士たちが吠え、月狂いを発揮して襲い掛かってくる。私は人間や狐族の仲間に、フェイスガードをしっかり閉じるように合図し、狼を無力化するため拳を突き出した。
狼毒は大気に混じり、狐族たちを深い恐怖に陥らせる。だがそれさえ遮断すれば、万全の調子で戦うことができる。人型の仲間はそれぞれの武器を使い、オムニックの皆は拳で歩離の戦士の四肢を粉砕する。そして私たち狼は、己の爪で四肢を切り裂く。
月狂いを発揮できないほどまで治癒能力を使わせれば、並みの狼なら無力化できるだろう。古強者と言えど、それは同じだ。次代の巣父になれるほどの実力まで到達できるのは、圧倒的な経験量と才能がものを言う。彼らの多くはある程度の強さから抜け出せていない。
狼の爪と骨を砕き続け、一人また一人と倒れ伏す。奴隷や戦獣を使った戦術ではなく、個人での戦闘を濃密に行ってきた私たちは、鎧の効果も合わさって集団を蹴散らすことに成功した。
「ばかな…我らが、こんなケツの青い狼に…。」
「何故とどめを刺さない…。我らに、恥まで上塗るのか!」
私は彼らに瞳を向けると、その中の一人を抱え、呼雷の元へ案内するように言った。だらりと体を脱力された歩離の戦士は弱弱しい声で、獣艦の通路を説明した。
呼雷のいる部屋まで辿り着いた。歩離の戦士を通路脇に横たえ、合成肉をその手に握らせる。復活してまた襲い掛かってきたとしても、一人だ。一網打尽に出来るだろう。
私は外壁越しに呼雷へ言った。
「呼雷様、失礼いたします!私は狂风!十年前、貴方に恩情をいただいた狼です!」
するとしばらくして外壁が開けられ、前と変わらぬ巨躯が現れた。私の背丈も戦いの内で成長していったため、今は丁度彼の首元に視線がある。
「貴様狂风か。あの若者たちとよく似た装甲…なるほど、そうか!」
「私の名を覚えていて下さり、光栄です。」
「伝統を踏みにじることも厭わない狼は、貴様しか知らん。…後ろのぞろぞろした奴らも入ってくるがいい。」
呼雷は外見をじっくりと見て匂いを嗅ぎ、鎧の奥にいるのが狼だけでないことを理解した様子だ。しかし、その場では何を言うこともなく、私たちを部屋の中に招き入れた。
狼にとって巣父は畏れ敬う対象だが、それ以外にとっては憎しみを向ける対象だったり略奪の化身だろう。この場にいる狼以外の種族は、略奪された経験を持っていない。戦奴であった狐族は別だが、憎しみに支配されるのではなく信念を以て遠征を行っている。様子の変わらない別種族に呼雷側も驚いたようで、反応を示す。
「ほほう、後ろの奴らは中々骨があるようだな。家畜ではない…貴様の考えによるものか。」
「ええ、私の思う歩離の姿の体現者たちです。」
「…狼の群れは、どれほどまで勢いを得た?話してみろ。」
私は、呼雷にこの十年でどこまで成長したかを話した。狼は私を含めて三十人だったが、単純な人数で千人まで増えた。遠征の人員が力を示したことで群れに加わった狼や、星で子を成した狼によるものだ。別の小さな猟群が加わっているため、ある意味この群れは大猟群と言えるかもしれない。
狐族、そしてオムニックも一種族で同じくらいの人数まで増えている。人間たちは更に多く、三千人以上だ。短命種の生きるための熱はすさまじい。星の状態をホログラムで見せ、呼雷に納得させる。
外部からの迎え入れをもっと進めていけば、星は更に栄え、私の理想に手が伸びる。私は呼雷に武器や食物の研究成果を見せる。
「狂风、力を得たようだな。個人の群れであれば十分大きい。十年の月日でここまでになるとは、俺も想像していなかったぞ。」
「私は、歩離を支えられる守りになりたい。まだ足りないと考えています。」
「ふん、そうだな。主要猟群の一つになるまで大きくはない。だが狼以外も含めれば、猟群を名乗れる人数ではある。…狂风、群れの長になる覚悟はあるか。新しい猟群の長だ。」
呼雷は部屋を歩き、続けて言った。それは歩離の一進に関わるものだった。
「妖弓の信者どもとの戦いが、今尚続いているのは知っているな。奴らはその矢を使って、しぶとく我らに対抗してきているのだ。我らは何れ、一斉攻撃を仕掛ける。この戦争で、我ら豊穣の民は必ずや勝利を得る。」
「つまりそれは…呼雷様ご自身が前線に出られるということですか。」
「よく分かっているじゃないか。そして貴様も狼であれば、戦いに出るのだ。まだ名前を持たぬ猟群を率いてな。」
私の中の獣が死んだ日、星海で見させられた光景が脳裏を埋め尽くした。歩離の歴史において、最も強いとされる戦首、呼雷の死によって大猟群が散り散りになる様を。豊穣の民の行く末を闇に閉ざす未来を、必ず回避しなくてはならない。
だが一番の強さを持つ戦首自らが出なくては、戦争に勝てるわけもない。そして融和の道など豊穣の民にはありはしないし、こちらを狩る星神を付けた仙舟同盟も止まらない。何故なら、豊穣の力を受けておきながら派閥を裏切ったのが、仙舟同盟側だからだ。憎しみの連鎖は、どれだけ略奪のための強さを磨いても抜け出すことは出来ない。
呼雷に出ないでもらいたい。私はその喉まで出かけた言葉を呑み込み、代わりの言葉を発した。力こそが道を作る。ならば私が道になればいい。
「私は強欲です。戦争以外の可能性を探します。…そしてその為の力を得ます。貴方に届く爪を。」
「そう言うと思っていたぞ。その鞭を見ればわかる。あの頃よりずっと強い。だが、まだ貴様は若く、力も凡百の巣父候補止まりだ。二十年経ったら、俺に会いに来い。貴様が戦首に到達できるか、足掻け。」
呼雷はずっと私に目をかけてくれていたようだった。そして何れ巣父を決める儀式で会うことを、彼は話した。
もはや、私は蝕月猟群の狼ではない。同行した狼も同じだ。私は突然の訪問を受けてくれたことに感謝し、仲間に訊く。全猟群に知らしめる名を、何とするか。
この青緑の装甲に、呼雷が始まりをくれた星の色。残された星の名。翡翠石の緑だ。
単純な命名を皆に共有する。
そして私は、成人の儀式で本来なら喰われて死ぬはずだった若い狼と、仲間たちに向かって宣言する。戦い以外を望む者、成長して力をより得たいと願う者に、私たちの居場所はここだと指し示す。
「私の猟群を、貴方たちに示そう!緑翠猟群、翡翠の輝きを共に!」