仙舟「朱明」を襲った反物質レギオンは掃討され、突発的な危機は去った。私は、雲騎軍の戦闘用星槎が見回りのため空を飛んでいるのを見ながら一息つく。
私の近くでは星たち宇宙船の人員と、知人たちが話している。彼女たちの反応はそれぞれ違う。フォフォは危機が去ったことに安堵し、雲璃は星の担ぐ「不落」に視線を向けながら目を輝かせ、再びの手合わせを望んでいる。
私も星の立ち姿に目をやる。身長以上の長さを持つ「不落」を彼女は放ち、強大な力を火皇の元に呼び寄せた。あれだけの暴風、私の推測では其が齎した力だ。あの一撃があったからこそ封印が早く進み、朱明が墜ちるという最悪の事態を防ぐことに繋がった。
私は思う。彼女はやはり特別な存在だ。多くへ影響を与える白珠のように、星はやがて人々の旗印となる。
しばらくして私の元へ懐炎がやってきた。
「お前さんたちの助力があって、朱明は危機から脱することが出来た。心から感謝する。」
「はい。成り行きではありましたが、友の生きた故郷を守ることができて本当に良かった。」
翁は目を細めると、生やした髭の下で口角を上げる。
「…わしは、朱明とヒスイノの交易を前向きに検討したいと考えている。元帥には、わしから提言することにしよう。それに、あの星という子が帝弓を一時でもここへ招いた。「巡狩」の道がもう長くなくとも、同志として歓迎するじゃろうて。」
「とてもありがたいお話ですが…「巡狩」の道が長くないとは?」
「老骨の戯言だ。それでも聞いてくれるか?」
「お考えを聞かせてください。」
懐炎は衝撃的な言葉を発し、私が同意すると続きを話す。幻朧が火皇にかけた暗示も間違いではないかもしれないと。彼の推論は、考えさせられるものがあった。
翁は語った。第三次豊穣戦争以降、雲騎軍は戦うことが少なくなり、加えて「先回り」されることが多くなったと。豊穣の民が観測された場所に向かえば、既に嵐が放った矢によって死滅している。また接敵したとしても、先陣を切った兵士ごと光矢で殺されることが立て続けに起こっているという。
仙舟同盟が「巡狩」の星神、嵐を呼び出すことなどしていないにも関わらずだ。
「――これは其の行動が活発化しているのではなく、豊穣の民自体が少なくなっているからではないかと考えておる。新たに生まれる寿瘟禍祖の力を受けた集団が減り、我らが関与する暇もなく其が消してしまえるほどにな。」
「だから巡狩の旅は終わると…。」
「そして星海に散らばる信徒を狩り尽くせば…帝弓が矢を番える対象は、わしら仙舟の民だろうな。」
懐炎は険しい表情をして、呟く。嵐の「豊穣」への復讐が、信徒であるからといって止まるだろうか。懐炎はそれを危惧しているのだ。
仙舟同盟に矢が放たれないのは一時的に庇護しているだけであり、時が来れば、嵐は仙舟に残った最後の「豊穣の民」を殺す。その可能性は十分にある。
「だから、お前さんたちの力も借りたいと思っているんだ。ヒスイノが持つ、帝弓の視界を塞ぐ「神秘」の絹、それに緑の月。雲騎が戦争で殺し過ぎていても、血を知らない無辜の民だけは守らねばならん。その時が来たら、頼む。」
「…はい。星神ではなく人が生きるために、ヒスイノは在る。その時が来れば、壁を作り上げましょう。」
「感謝するぞ。…お前さん、もしや。」
ヒスイノの技術者と協力できるように、懐炎へビーコン情報を共有する。懐炎は頭を下げた後、ぴくりと眉を動かした。私の瞳を覗くように、じっくりと見られる。そして沈痛な溜め息を漏らし、笠の影で表情を隠した。
「…武器を打つ約束をしたな。一月半で形にする。使節団からお前さんに届ける武器を以て、本格的な交易の始まりとしよう。」
「お願いします。」
懐炎は頷いて後ろ手を組み、ゆっくりと歩いていく。近づいてきた孫娘の雲璃を撫でる彼の姿は、既に雰囲気を好々爺へと戻していた。
その後私たちは朱明でしばらく過ごし、雲璃との手合わせを行ったり、白珠たちと共に応星の墓前に足を運んだりして時間を過ごした。星核ハンターのエリオが共有した「脚本」について頭を悩ませはしたが、私が出来ることは変わらない。私の手が伸ばせる範囲で、民へ存護と治癒を為す。相対する星神が、敵がどう変わろうと。
応星について、仙舟人は死した後、賑やかな場所に埋葬をしてもらう葬儀を好むのだが、彼は位牌を残すことを選んだ。
彼が生きた証は、親しき者の記憶や打った武器に残る。位牌には、死した後も友人に忘れられないようにしたいという思いを込めたのかもしれない。
白珠は自身の近況を語った後、仲間のことを話す。私は少し離れたところで待つ白露や星たちの様子を伺いながら、白珠の隣でただ立つ。
「――応星。鏡流も景元も、すごい長く生きているのに変わらず元気ですよ。丹楓の生まれ変わりの子も、元気です。いつか皆と会いに来ますね。」
「…君の打ってくれた武器は、新たな主を得た。将来有望な少女だ。だが武器を手放しても私は、最後まで誓おう。守るために戦うことを。」
静かに流れる空気が、少女たちの楽し気な声で踊る。私は友との誓いを胸に、場を離れた。
朱明での滞在中、星たち宇宙船の人員は自由に外へ出て観光をしていた。特にサマンサについてだが、レギオンからの防衛戦にて、彼女がかなりの援護を行ったことがきっかけで、市井の人間の鉄騎への印象を大きく改善したようだ。
噂など、行動を伴った善性を見ればすぐさま払拭される。今は信頼してくれる人が一部でも、星核ハンターの活動さえ無くなれば、何れ鉄騎は自由になれる。星海を駆けることができる。
私も業務の合間に、許可を得てフォフォの修行を見に行ったり、朱明の文化を嗜んだりして時間を過ごしていた。一派閥の代表として招待された式典こそあるが、まだ時間はある。「抗う者」の外にある中立的な派閥とどう手を組むか考えながら、体を休めていた。
フォフォを通していち早く知った、他仙舟での出来事を知るまでは。
フォフォの強化訓練期間が終わり、羅浮へ帰る前。目的を達したため、私たちも雲璃と懐炎に別れを告げ、朱明を出る準備をしていたときだった。
宇宙船の人員と白珠たち。そしてフォフォ、シッポと集まり会話をしていたら、フォフォの持つ端末が震えた。そしてフォフォは自身の端末を見て声を上げる。フォフォの垂れた狐耳が限界まで上がり、シッポも何事かと声を荒げる。
「え…ひえええ!」
「何だやかましい!」
「どうしたの、フォフォ?まだ明るいのに、ホラー動画でも見てた?」
「ち、違うの…!」
「見せてみろ!…こいつは。」
星が冗談交じりにフォフォへ聞き、シッポが彼女の端末を覗き込む。彼の言葉が詰まった。そしてフォフォから小さな声で教えてもらった理由は、私の体毛を逆立てた。それは仙舟外に発信されていない情報であり、大きな事件の話だった。
仙舟「羅浮」に星核が持ち込まれた。下手人は羅浮内部にいた豊穣の信徒のようだ。星核は爆発することなく、ある者に奪取されかけた。絶滅大君、幻朧。奴は朱明に潜り込みながらも、別の分け身を使って羅浮にも侵入していたのだ。奪取される前に、星核はテロ集団の頭領とメンバーが取り込み、結果強力な豊穣の忌み物が生まれてしまった。
幾人が融解したことで巨大な肉塊となった後、古の時代仙舟の丹士たちが変幻した奇鳥や霊獣のように分化したという。それに対しては将軍二人と龍尊、それに何と星穹列車のナナシビトが対処したそうだ。
その次の情報が問題だった。幻朧は「羅浮」天舶司の商団「鳴火」を襲撃し、団員のほとんどを殺した上で幾人かに入り込み成り代わっていた。鳴火は、羅浮との交易の活発化を図るきっかけになってくれた商団だ。私は絶滅大君に対し、怒りが奔流のように湧き上がってくる。
幻朧は、人の皮を被って肉を人形のごとく操った。あえて殺さなかったであろう団員に、怪しまれないほど巧みな演技で。
幻朧に肉体を奪われた人間は、確実に命を落とす。成り代わられていたと発覚し、羅浮内で消失した三名の女性の似姿。その三名の顔写真の内、一名知った顔があった。接渡使の女性、停雲の顔だった。
私はあまりの怒りと虚脱感に言葉を失い、黙り込んでしまう。しかし次の瞬間、驚くべき言葉を星とサマンサが発した。
「この狐族の女性…。星、あなたも覚えていますよね?」
「うん。…これ、どういうこと?」
星は首を傾げている。二人は小さな声で話をしていたが、私の聴覚は内容を拾ったため身を乗り出す。
「…私にも詳しく聞かせてくれ。」
「ああ、父さま。私と星は、この停雲という方と同じ顔をした女性に会ったことがあるんです。」
サマンサは、こそりと私の耳に口を寄せて話す。私がルアン・メェイの研究施設で副脳の実験をしていた時の出来事だった。私はサマンサの話から、思い出したことがあった。彼女らが話していた「狐族の重病人」とは、停雲のことだったのか。
二人は、ルアン・メェイから詮索しないよう言外に釘を刺されたという。私は急いで端末を操作し、何故停雲と同じ顔の女性が療養しているのかや本人であるのかを、停雲とヒスイノの関係性を踏まえて、ルアン・メェイにメッセージで尋ねる。しばらくするとルアン・メェイから返信がきた。
『彼女と知り合いなのですね』
『はい』
『保護したのは彼女本人です』
『ルアン・メェイさん、停雲さんは死亡扱いになっている 仙舟同盟は彼女の生死を把握していないという判断で良いのだろうか?』
『いいえ』
『彼女の要望で仙舟同盟に連絡しました』
私はルアン・メェイのメッセージに疑問が浮かぶ。ルアン・メェイは誤魔化すことはあれど、下手な嘘はつかない。仙舟同盟は停雲の生存を把握しながら、停雲たちに化けた幻朧の侵入を許したことになる。真か嘘かも分からず、私が送るメッセージを考えているとルアン・メェイが続けて文面を送ってきた。
『新しく始める大きい研究と、彼女は深く関わっています』
『仙舟同盟と取引したので、研究は開始できると思います』
『助手さんにも協力していただきたいです』
『停雲さんはどう研究に関わっているか聞いてもいいだろうか?』
『彼女は研究材料の準備を行ってくれます』
『仙舟同盟は外部での彼女の継続的な保護を望んでいるので、助手さんが知り合いならお願いしたいです』
『すぐに向かう』
私は頭を押さえ、最後の返信をした。彼女と仙舟同盟の考えについて推測するが、今の段階では情報が足りない。何にせよ知り合いが生き延びていたことは奇跡的であり、不幸中の幸いだ。生命科学の天才に保護され治療されなければ、死は確実だった。
私は星とサマンサに対し、停雲について話す。星は端末を操作し、しばらくすると眉を怒らせた。
「…連絡するって言ってたのに!」
「無事であるようで良かったです。父さま、すぐに出発されるのですか?」
「次の用事と、彼女のいる場所と往復を考えれば、寄り道なしで向かった方がいいだろう。フォフォ君、白珠さん、白露。最後が慌ただしくなってしまってすまない。」
私が謝ると、彼女らは大丈夫だという旨を返してくれた。
そして白珠が思い出したと呟いて、真剣な表情で私に話す。
「狂风。文字からして、今回あなたが受け取った招待は、彼から送られたものです。」
「…まさか。ミハイルさんはもういないだろう。」
「ええ。正確には、彼の意思を汲んだ“切り札”からですね。…気をつけてください。切り札のあの人が動かざるを得ない事態が、ピノコニーで起こっているかもしれません。力を持っている人がいなければ解決できない問題がです。」
「元々招待など珍しいと思っていたが…なるほど、分かった。大戦の前だというのに問題は山積みだな。」
招待状が届いているのは、各派閥の代表だ。どの人物もそれぞれ運命の道を歩んでおり、内包する力もまた強い。法則性はあれどその「切り札」が、ミハイルと古くから知り合いである白珠を招待していないのは不思議である。
私はピノコニー内の問題を探りながらも、招待を受けた各派閥の人間に協力を申し込もうと考えている。ここまで方向性が違う派閥が集められることは、中々ない。あの地の目的がどうであれ、私は己が決めた目的を果たす。
「じ、じゃあ…また会えたら、嬉しいな…。えへへ…。」
「少し寂しいが、またすぐ旅路が重なるじゃろ!一時の別れも星間旅行の醍醐味じゃからな!」
「みんな、元気でまた会いましょう!」
快活な調子に戻った白珠と白露、フォフォに、私たちはそれぞれ言葉を返す。一通り話をした後、白珠と白露は機動性を重視した船へ、フォフォは羅浮行きの高速船へと向かう。私たちも宇宙船へと乗り込んだ。こんなにも短期間でルアン・メェイの研究施設に行くのも珍しいことだ。
私は飛び立っていく宇宙船たちを窓から眺めながら、思う。それぞれの道は違えど、縁が再会を約束する。