宇宙船を停泊させてから、私は皆に尋ねる。私と共に外へ出るか、それとも宇宙船に残るか。夢境に入るための部屋は、星と停雲以外の四名の分が予約されている。
智械黑塔は首を横に振り、サユも彼女に続いた。
「もう少しでスクリューガムとの『階差宇宙』の開発が終わるし、集中したいの。代わりに星が行って。」
「拙も智械黑塔たちの手伝いをしてる。拙の分の部屋は、帰忘殿が使ってくれ。」
「二人は残るか。…智械黑塔の部屋については、機械生命体用だから変更してもらわなくてはな。」
元から宇宙船にいた二人が待機し、新しく加わった二人が向かうことになった。私を含めて丁度四名だ。ファミリーも融通を効かせてくれると信じたい。
招待状について不可解な部分は残りながらも、私は久しぶりにピノコニーの敷地へ足を踏み入れた。
ホテル・レバリーの内装は変わらず、豪華絢爛だ。私はついて来た三人が話しているのを小耳に挟みながら、受付へと向かう。するとそこには見知った顔が幾つもあった。星穹列車のナナシビトに、ヒスイノの民の一人でカンパニーの幹部にまで上り詰めた青年。確か彼の名前はカカワーシャと言ったはずだ。
星が私を追い越して駆け、彼らに向かって手を振りながら近づく。いつもは、ゴミ箱以外のことであれば落ち着いた印象を与える彼女であるが、声が上ずっており、喜びを露にしているのが分かる。
「カカワーシャ!それに穹、なの!久しぶり!」
「やあ、また会えて嬉しいよ、星ちゃん。それに狼の盟主様も。今回招待されたのは大物ばかりみたいだ。」
「え、久しぶりじゃん~!ねえねえアンタ、ウチが恋しかったー?」
「兄妹…お前の持ってる、そのバカでかい武器…一度俺にも触らせてくれないか?」
受付ロビーの前で、彼女らの声が響く。星はカカワーシャとも会っていたらしく、知り合いに対して一人一人言葉をかけていく。私は臨時で増員されているらしい受付係を見てから、一旦チェックインを終わらせることにした。知人に挨拶をするのはその後だ。
私は星、サマンサ、停雲に対して、自由に待っているように話し、受付係へ近づいた。
―――――
狼は、低く耳障りの良い声で星たちに言葉を残し、チェックインを済ませに行った。星は他の客の迷惑にならないように、停雲とサマンサに伝えた上で、知人たちと受付から離れた場所で話す事にした。
穹に対しては、配信アカウントを応援していた旨を話したり、三月なのかも加えてこれまでの旅について、詳しく語ってもらったりした。丹恒は列車で待機していることも。
またカカワーシャに対しては、また会えたことへの喜びと、今回ピノコニーに訪れの目的についてこっそりと聞く。
列車の姫子、ヴェルトについては、若者同士満足するまで話すように言い、別の席に座って雑談している。
「噂には聞いていたけど、星穹列車のナナシビトの話は本当に興味深いね。」
「そういえばウチ、カンパニーも「業務」ってところを抜けば、列車組に似てるって思ってたんだ!開拓の旅の途中でトパーズっていうアンタと同じくらいキラキラした目の、カンパニーの管理職の子に会ったんだけど…。カンパニーの印象がひっくり返っちゃった!」
「トパーズ。その子は僕の同僚だね。…仕事環境がブラックだと思ったんだろう?」
「ウチの考えてたこと言い当てちゃった!やっぱりカンパニーの幹部でもそう思ってるんだ…!」
三月なのかは口に手を当て、カカワーシャへ哀れみを込めた目を向ける。穹も三月なのかに便乗し、動作を真似た。カカワーシャは苦笑した後、きりりと顔を引き締めた。つけた時計が彼の仕事の時間を示していたからだ。
「楽しい時間ありがとう。そろそろ行かないと。また夢境の中で会えたら…その時はアベンチュリンと呼んでくれ。僕は、仕事とプライベートはしっかり分ける方なんだ。…ここからは仕事の時間だ。」
カカワーシャは一度狂风の元へ寄ると、予約した部屋へと歩いていった。三月なのか、穹、星はカカワーシャを見送り、一息つく。
夢境に入る前から気分が高揚しており、三人は少し疲れてしまった。姫子とヴェルトは、チェックインを終えた狂风と会話している。そしてサマンサと停雲は、二人でホテル・レバリーの内装を鑑賞しながら談笑していた。
三月なのかが星に尋ねる。
「アンタと一緒に来た二人、ウチらが知らない人だよね?狐族の人は分からないけど、もう一人はウチに負けず劣らずの美少女じゃん!」
「そういえば、確かに。…狂风に部屋の場所を聞いたら、二人のこと紹介するよ。」
「うん!待ってる~!」
星が立ち上がると、三月なのかはにこにこと笑みを浮かべながら、元気よく言う。星は狂风に部屋の場所を聞きに行き、その後もしばらく停雲とサマンサを加えた五名で雑談をするのだった。
―――――
受付係は仕事人としての笑みを崩さず、真摯に対応してくれた。部屋の変更についても便宜を図ってくれ、問題なくチェックインを終える。私は部屋番号を聞き、フロントから離れた。
そのタイミングで、私はまずカカワーシャに声をかけられる。爽やかな印象を受ける、裏表のない蜂蜜色の髪をした青年だ。私は彼の「十の石心」としての呼び名で挨拶をする。
「こんにちは、アベンチュリンさん。協力関係にあるカンパニーの戦略投資部、それもヒスイノの民に会えるとは私も運がいい。」
「僕の方こそ。先日は抗う者として協力出来て、とても嬉しかった。今回ここに来た目的は違うけど、用が済めば貴方に協力したい。同盟相手というだけじゃなく…個人的な恩を返したいからね。」
「心強いな。貴方の目的が達成できることを祈っているよ。また、夢境で会おう。」
「そうだね。また夢境で。」
カカワーシャは人好きのする笑みを浮かべると、その場を去った。カンパニー社員が仕事でピノコニーに入り込むのは、この星系がかつて監獄であったとき以来かもしれない。一度手放したが、またピノコニーを手中に収めようとする考えが、カンパニーの戦略投資部にはあるのだろう。
私が発した言葉は社交辞令ではあったが、どう転んでも派閥間の取引は難しいものだ。若くしてそれに取り組むカカワーシャを、私は個人的に応援した。
彼が去った後、私の後ろから、聞き覚えのある女性の声がかけられた。次から次へと知人に会う状況は、目まぐるしくも嬉しいことである。
私に声をかけたのは、白いフードを被った女性。メモキーパーであり厄災前衛のメンバーでもあるミーム生命体、ヘッジングであった。そして彼女の横では、紫のベールを被った女性が宙に浮かんでいた。彼女もメモキーパーなのだろう。ガーデンとの繋がりを持っている人間は、ミーム生命体の姿を夢境以外でも見ることが出来る。それかメモキーパーが繋がりを持たせるかだ。
「クゥアンさん、お久しぶりですわね。わたくしも厄災前衛の一個人としてやって参りました。そしてこちらはわたくしの古くからの友人ですわ。」
「ふふ…はじめまして、狼さん。」
彼女はブラックスワンと呼ばれているらしい。一言一句が子守歌のようにゆったりとしたその女性は、ふわりと宙を一回転し、小さく手を振ってから離れていった。
ヘッジングも私に顔を見せることが目的であったようで、夢境で会えることを望みながら場を離れた。ミーム生命体もオムニックなどと同じように、夢境へは特殊な入り方をする。私は彼女を目で追った後、列車のナナシビトの二人へ声をかけに向かった。
姫子、ヴェルトの二人に話を聞く。彼らは招待を受けて、かつて列車に乗っていた「時計屋」ミハイルの生涯を見にきたという。確かに彼はピノコニーの発展に大きく貢献した。影響は至る所に現れているだろう。だが彼の功績が最も形として現れている場所は十二の刻よりも、ドリームリーフだと私は考える。ドリームリーフは独立しているためファミリーが立ち入ることはないが、部屋の増築が進められたことで、ドリームリーフ行きの部屋へ変更することは難しくなくなっている。
私は、調和セレモニーの後にでも、ドリームリーフに立ち寄ってみるべきだと二人へ伝えた。
「ドリームメイクの総本山か…。文字通り夢がある響きだな。」
「ありがとう狂风。あの子たちを連れて、回ってみることにするわ。パムがずっとミハイルのことを聞きたがっているの。」
二人から発せられる高揚した感情を受けると、水を差すことは言いにくい。だが必要な事であるため、招待状について話しておく。その招待状は、時計屋から送られたものであると。
「…詳しく聞かせてちょうだい。」
姫子が真剣な調子で聞いてきたため、白珠の受け売りだが今推測できることを話しておく。二人は考えを巡らせた後小さく頷き、調和セレモニー前は注意しておくことを約束してくれた。
その後も二人と「開拓」についての話をしていると、星がやってきた。部屋の場所を知りたいと彼女は言う。私がそれを伝えると、星はまた戻っていった。列車の若いナナシビトの元へ停雲とサマンサを連れて。
時間がまた少し経ち、そろそろ列車の面々が夢境に入ることになった。部屋が近かったため、途中まで私たちとナナシビトは行動を共にする。
エレベーターは私一人だけで最後に乗り、それぞれが予約した部屋へと入室する。そして巨体の客用に調節されたドリームプールに浸かり、私は目を閉じた。
―――――
星は、サマンサと停雲、列車の三月なのかと穹に夢境で合流しようと約束し、室内へ入る。ピノコニーに来るまで薄っすら感じていた不安が、友人との再会で払拭され、夢境での観光が楽しみな気持ちでいっぱいになっていた。
ドリームプールから流れる、夢境への入り方のガイドを聞きながら、星はちゃぷりと足を漬ける。ただの水とは違う、憶質交じりの濃い青色。星はわくわくしながら、肩まで浸かった。
ゆっくりと意識が落ちていき、ただの夢とは違う水しぶきのごとき情景が浮かぶ。そして星は現実世界から夢境へと精神が飛んだ。
その間、星はより不思議な体験をする。暗く、いたるところに飛沫が浮かぶ空間。中途半端に足場が作られており、星の目の前を小さな少女がスキップで通り過ぎていく。長い黒髪をツインテールにした、紅い服装の少女。
瞬きをしたらその少女も不思議な空間も目の前から消え、次の瞬間星は夢境の上空から落下していた。
「…これも演出?」
「――おーい、星!お前もスカイダイビング中か!」
「穹!…わ、わああ!サマンサ、自由落下はやっぱりむり…!」
星は、特に勢いも殺されず落下していくことから、演出でも何でもないと判断する。手をジタバタさせつつ、穹の近くへと近づき、先に地面へ落下した。
直後、「黄金の刻」に二つのクレーターが出来ることになった。星は頭からすっぽり地面に突き刺さり、穹は近くで無残な寝姿を披露する。
そして彼女らは初めて、通りかかった双子に出会う。ピノコニーにおけるオーク家の当主である男性サンデーと、調和セレモニーのため故郷へ戻ってきた歌姫、ロビン。この地の式典において、欠かせない存在である二人と。
星は逆立ち状態のまま、ぐいと体を引っこ抜き、バク転してから額を拭う。穹も星の姿を見てから、すくりと立ち上がる。水色髪を長く伸ばした少女、ロビンは口元を押さえて、まあと声を上げる。
「お二人とも、大丈夫?」
「俺たちは頑丈だからな。」
「うん、問題ない。」
「客人のお二人は夢境に慣れていないようですので、ワタシたちからささやかな贈り物を。」
サンデーは柔らかな口調で星と穹に言ったあとロビンを促し、彼女が「調和」の共鳴のもと調律する。二人はロビンの言葉通りにし、その後体の違和感がなくなったことに感謝した。
「ええ。美しい夢の楽園を楽しんでいってちょうだいね、双子さん。」
ロビンは二人に微笑みかけると、その場を離れた。星と穹は顔を見合わせると、それぞれメッセージを確認する。星の端末には、停雲とサマンサ、そして狂风全員が黄金の刻についたとメッセージが送られてきていた。穹はメッセージを見て微妙な顔をする。三月なのかが別の刻に行ったからである。
「一人で回ってみるのも「開拓」か…。星、別行動しよう。お前と俺は好きな物似てるし、いいゴミ箱があったらすぐ教える。」
「うん、よろしく。手足でも生えてたら最高だね。」
「いや、あるかもしれないな…。探してみるか。」
星と穹は真顔でお互い冗談を言い合った後、一旦別行動を取ることにした。星は三人と待ち合わせをし、仮面を付けた停雲、サマンサが集まる。だが狂风からはメッセージが返ってこず、合流することもできなかった。
何かあったのかと星は首を傾げるが、あの巨体なら何があっても大丈夫だろうと彼女は思い直した。星を含め三人は、黄金の刻を見て回る。
―――――
私は今、黄金の刻における、人通りが全くない場所にいた。小さな少女と相対しながら。
少女の体躯は華奢に見えても、内包する力は凄まじい。感じ取れるのだ。
奇抜な服装の少女は、満面の笑みを浮かべて私に言う。
「ねえ、狼ちゃん。芦毛ちゃんのところに連れてって?」
そして道化師は、口の端が裂けるほどに狂った笑みを浮かべる。彼女には縛るものなどない。
何故なら彼女が歩む道は、どうにでも解釈でき、予測することのできない運命であるからだ。
「花火が、君の大事な大事な芦毛ちゃんを「愉悦」に染めてあげる…!」