私は紅い服を着た黒髪を二つ結びにした少女、花火に対して言葉を考える。私が夢境に入り込んですぐ、彼女は接触してきた。まるで私を待ち構えていたように。
この少女は、「愚者」と名乗った。頭に紅白の狐の仮面を付けていることからも分かる通り、「仮面の愚者」という派閥の人間だ。仮面の愚者は、「愉悦」の運命を歩む快楽主義者である。面白ければ何でもいいとばかりに、規則性のない行動を取る集団だ。そして、この星海において自由気ままに振舞えるほどに、個々の持つ力は強い。
「愉悦」の派閥とはほとんど関わりがないが、幾人か旅の途中で出会ったことはある。その中でも、目の前の少女は別格だ。
「芦毛…というのは、星君のことか。仮面の愚者とは関わりはないし、貴女とは初対面だ。どこで彼女のことを知ったんだ?」
「教えない~!」
「…ならせめて、星を引き込もうとする目的だけでも教えてくれ。目的次第ではぜひ会ってもらいたい。」
「へー…愚者を煙たがらないんだ。」
花火は、からかうような調子はずれの喋り方から一転して、低く唸るように言う。愉悦の運命の行人は、その性質故にいつ爆発するか分からない爆弾であり、しかも真摯に対応してもまともに言葉を交わさないため、とりあうだけ無駄だと共通認識がある。
だが私はあえて、この少女と向き合う。何故なら彼女の歪さが、匂いのごとく私の頭に入り込んできたからだ。
「こう聞き直そう。君の、今の目的はなんだ?この十二の刻には、退廃的な雰囲気が広がるようになってしまったが、貴女が無数にある客人の不幸話で満足するようには見えない。」
「そんなものないよ~花火はただ、面白いものを見に来ただけ!安っぽい罠を仕掛けられて、それにバカみたいに引っかかるんだから、笑ってあげないとって思って!」
花火はまた躁状態になり、楽しそうに話す。だが彼女の言葉には、何も宿っていない。愉悦の感情も、その反対である悲哀さえも。
「なるほど、分かった。君は個人として来ているわけだ。その仮面は、独りで愉しむときに付けるのか?」
「…本当に面白くないよ、狼ちゃん。見透かすようなこと言って、何が分かるわけ?」
「昔から腹の探り合いは苦手だが、話す相手の感情は不思議と読み取れてな。…君は全てが演技だ。本心など存在しない。星に近づく理由も、演じている人格が理由なんだろう? 」
私は、花火から全く感じられないものを言葉で表す。花火が笑っても怒りを露にしても、それに感情が介入していない。わざとらしい笑い方で道化を演じていても、耳をそばだてて彼女を観察すれば、混沌としているようで、枯れ葉が風に吹かれて落ちるように空虚であることが分かる。花火は、器だ。つけた仮面通りに演じる素体なのだ。
花火は眉を吊り上げた後、少しして腹を抱え、大きな声で笑う。私は彼女の姿に、大勢の人が重なっているように幻視する。
一通り笑った後、花火は悪戯な微笑を携えて私を見上げる。
「ヒスイノの奴らって真面目くさってて面白くないと思ってたけど…狼ちゃんはやるじゃん~!」
「貴女がここに直接危害を加えないことは分かった。ただ傍観して、危機が訪れるのを愉しむ仮面を付けているのならな。」
「今すぐ変えてあげてもいいんだよ?美しい夢をバーン!って爆発させたら、どれだけ綺麗だろうね…!」
「壊滅を面白く感じるほど、貴女は単純じゃない。星に愉悦の運命を教えるのであれば、ついでにピノコニーの騒動を細やかに見てみるのはどうだ。その方が楽しいだろう。」
私は時限爆弾を少しずつ安全なところに運び込むように、慎重に花火へ語りかける。ただ押さえ込むのでなく、挑発まで織り交ぜなくては、すぐに興味を失って快楽のまま動き回る。
愉悦における面白さというのは、嘲笑が主軸だと私は理解している。第三者から見て不快に感じるようなものや、笑いの基点が分からないような事象でも、彼らは彼らなりの理由で面白がるのだ。
星が少なくとも二つの運命を同時に歩めている事実から、彼女が「愉悦」さえも飼いならせる可能性は十分にある。強き力を得て、星が成長するならば接触させてもメリットがある。
何より星は、この少女と問題なくコミュニケーションを取れる。私は確信している。
「しょうがないなー。その安い提案…乗ってあげる~!」
「…穏便に済ませてくれてありがとう。ついてきてくれ。」
「その前に、こんなのはどう?花火のおまじないー!」
すると少女の瞳が光り、半透明の大きな金魚が周囲に現れる。彼女が持つ力だろう。
何をしたのか私には分からなかったが、次の瞬間異変が起こる。私の視界がどんどん下がっていくのだ。驚いて私は掌を見る。私の手だけでなく体さえも縮んでいる。
そして最後には、私の視界は地面すれすれになってしまった。巨人のごとき花火がしゃがんで私を見下ろす。出てくる声はいつも通りだ。
「これは…!」
「これが今の君の姿だよ、子犬ちゃん!これから名探偵花火が、警察犬と一緒に夢境の調査をするの。じゃあまずは、芦毛ちゃんのところまで案内してもらおっか!」
「…夢境っていうのは奇想天外だな。貴女の力も未知が過ぎる。」
「夢境から出たらすぐ元通りだから、そんなに睨まないで~。でも、調和セレモニーが開催されたら、どうなるだろうね…?あははっ!」
私は花火の手鏡で、今の姿を見せられる。写っているのは、白い毛玉のような小型犬だ。
四足歩行になってしまった私は、全身に力を入れてみる。精神だけではあるが、力自体は問題なく行使できるようだ。
花火を見ると、チェック柄のインバネス・コートに一瞬で着替えており、「探偵」を愉しむつもりのようだ。
彼女曰く、いつも自身に使う幻術を私に使ってみたという。巨体が小さくなるのはそれだけで面白いと、花火は童のようなことを言って笑う。どの仮面を被っていようと、刹那的な快楽を愉しむことに変わりはないようだ。
「はやくはやく~!急がないと、調査することも無くなっちゃうよー!」
頭上から花火が半笑いで、私を急かす。
体を何とか動かし、私は黄金の刻の建造物の隙間を縫って、星たちに合流するため急ぐ。
―――――
星とサマンサの持つ端末が震える。メッセージを見ると、狂风から二人に対して返信が来ていた。黄金の刻の中央広場、「クロックボーイ広場」で待ち合わせようという内容だ。
三名は一旦店を回るのを止め、ランドマークの方へ歩いていく。
「帰忘、だいぶ楽しめてるね。」
「お二方のお陰です~お土産を一緒に選んでくださって、ありがとうございます。」
「夢境のお菓子…お腹が膨れず、味を楽しみ続けられるというのは本当に不思議ですね。星。帰忘さんも、もう一つどうですか?」
「サマンサ…百層サンデー、もう三つ食べてない?五つ買ってたよね…。」
「カロリーゼロなら食べないだけ損ですよ!現実のデザートバイキングとは違います!」
サマンサが、店で買ったスイーツをぐいと見せる。星は、同じ味かつ量も多いなら、そこまで食べる気にならなかった。停雲が両掌を傾けた状態で合わせてねだり、サマンサから百層サンデーをもらう。
三人は買ったものを見せ合い、雑談しながら道を進み、ピノコニーのマスコット的な存在であるクロックボーイの巨大な像がある場所へと辿り着く。
辺りを見たところ、まだ狼は来ていないと星は結論付ける。星は二人と共にベンチへ座ろうとした。すると星の背後から、よく知る低い男の声がする。
星は振り向き、首を傾げる。そこにいるのはチェック柄の服を着た少女だけだ。夢境では幻聴もするのかと考え始めたが、次の瞬間彼女は驚くべき事実に気がつく。
「…もしかして、狂风?」
星の視線は下に向けられ、綿毛のような白く小さい犬に声をかける。つぶらな黒い瞳をしたその犬は、言葉を発した。
「その通りだ…。」
「え、え…父さま、何故そのような…子犬の姿に!?」
「あはっ!ドッキリ大成功ー!」
停雲とサマンサも、星と同様に狼の変わりようを見て驚く。
小さな犬の横に立っていた、黒髪の少女が満面の笑みを三人へ向けた。サマンサは警戒し、パフェが口の端についたまま構える。少女は三人を見て更に笑った。
「芦毛ちゃんだけじゃなくて、他の二人も個性的~!愚者じゃないのに仮面を付けてる女の子に、鉄騎も展開しない素体ちゃん。口元にお菓子がついたままだよ?」
「…ご忠告ありがとうございます。それで貴女は、父さまに何をしたのですか。場合によっては…。」
「子犬ちゃんが、この美しい夢で起こることを何となく知ってるなら、君たちも聞いてるよね?調和セレモニーが開催された後、ピノコニーは全く違う場所になるんだ~。子犬ちゃんがそれを止めたいっていうから、警察犬を連れてきて、花火は探偵として雇われたの!」
「…なるほど、大まかには理解しました。仮面の愚者とはこれほどに…。」
少女は花火という名だと言い、にやにやと星を見つめる。星は理解する。ネット友達が言っていた「花火」とは、正しく目の前の少女のことだ。ネット友達が言っていた印象通りの言葉を、星は発する。
「こいつ、ヤバい…!」
「気がついてくれた?芦毛ちゃん~ゲームで遊んだときぶり!」
「何?星と花火さんは知り合いだったのか?」
「オンラインゲームでね…。」
「あははっ!芦毛ちゃん、ネットで身バレすると大変だよ?君とよく一緒に遊んでいた相手は、カンパニーに指名手配されてるんだから!」
「星核ハンターじゃないか…。こんなところからも接触してくるとは…。」
花火が端末から聞かせた声は、「シルバーフィンガー」というハンドルネームを使った少女、銀狼であった。狂风は顔をしわしわにし、項垂れる。
サマンサは狂风の元に駆け寄り、両手で掬いあげた。体積どころか重量さえも子犬と同等になった狼は、上腕を前に出した状態で持ち上げられる。
星は狼の方を見た後、腰に両手を当てて花火に問いかけた。
「あの子は、ただのネットの知り合い!花火は君に用があって来たの!」
「…あのゲーマーのことはいいけど、狂风は元に戻るんだよね?戻らなかったら、私たちが毎日ブラッシングして、お世話することになるんだけど。」
「外に出ればすぐ戻るよ、芦毛ちゃん~。ねえねえ…花火の助手になって、これから起こる事件を調べてみない?もっと、もーっと面白くなるよ…!」
星と花火は向かい合い、互いの瞳を見つめる。花火は笑い、星は表情を変えずに考え込む。星の目には少しずつ、元来の探究心がにじんできていた。
―――――
場所は変わり、蜂蜜色の髪を整えた青年と、緑青髪の天環族の青年が向かい合っていた。前者はスターピースカンパニー戦略投資部のアベンチュリン、後者はピノコニーにおけるファミリーのオーク家当主、サンデーだ。
アベンチュリンは人当たりの良い表情と声色で、サンデーと交渉をする。
ピノコニーには、ファミリーの統治下にある夢境と別に、独立した派閥ドリームリーフがある。かつての五大クランから抜けたカタルス家が主体となってドリームメイカーの「存護」を為した夢境だ。ドリームメイクの方法を「折り紙大学」で共有しているとはいえ、客人にとってはドリームリーフこそが盛り上がっている場所であり、反対に十二の刻は退廃的な雰囲気を醸し出しているため、訪れる人の程度が下がっている。
アベンチュリンはこのような内容のことを、柔らかく言う。ファミリーの管轄下であるのに土地の価値が下がっている現状としては、ピノコニーの政治の役割をこなすオーク家から同意してもらい、再びカンパニーの株式に入る方が健全だと。
サンデーは黙り込み、普段客人に使う顔とは別の、冷たい無表情を作り出す。
「調和セレモニー後、夢境は再び活気を取り戻します。そのための戦略は既に、オーク家や他三大クランと練っていますから。ワタシたちにはカンパニーの助力は必要ありませんし、他派閥にピノコニーを委ねるほど衰弱してもいません。」
「そんなふうに貶めて言ったつもりは無いんだ。よく考えてみてくれ。ピノコニーが再びカンパニーと協力関係を結べば、僕たちが哨戒するから、外部からの攻撃に化身を呼び出す必要だってない。撃退できたとして、ファミリーの人間が多く減るのは避けたいだろう?それに、君たちファミリーの一部が同意すれば、他の星系にいる人達とも同じ方を向けるじゃないか。」
「…本当にそうでしょうか?調和の力無しに、人は真の意味で団結することは難しいとワタシは考えています。」
サンデーはアベンチュリンの言葉をはねのけていき、アベンチュリンの顔は変わらずとも内心苦しさを感じ始める。
そして交渉の中、アベンチュリンは読み取る。このオーク家の当主は、株式に入ることを拒んでいるのではない。各派閥を集めた、今回の特殊な調和セレモニーに何か隠し事をしていると。
サンデーとの事を荒立てることなく、アベンチュリンは別の作戦を練る。このピノコニーに決定的な問題が起これば、ファミリーの責任能力にも問題があると指摘することが出来る。アベンチュリンは一度、調和セレモニーが始まるまで交渉を中断することにした。
「式典がもうすぐ始まるというのに、時間を取らせてしまって申し訳なかった。交渉するには、時期尚早だったみたいだ。僕は招かれた者として、この美しい夢を大人しく楽しむことにするよ。」
「…そうですか。では、調和セレモニー開始までどうぞごゆっくり。」
すぐに交渉を引き上げたアベンチュリンに対して、サンデーは少しだけ表情を揺らす。そして表情を作り、にこやかにアベンチュリンを部屋から出した。
朝露の館から外へ出て、アベンチュリンは考え抜く。どのように仕事を完遂させるか。彼は幸運であり、交渉事に長けている。一度中断したとして、必ず受けた仕事はカンパニーの益になるよう着地させるのだ。彼は独自に調査を開始した。
―――――
星穹列車のナナシビト穹は、一人夢境内を歩き回っていたところ、ある少女と出会った。ウェーブがかった黒髪を肩まで伸ばし、瞳の色も黒い。そしてマスクをつけている少女だった。現地住民だという彼女に、穹は案内をお願いした。
夢境ショップの店主、Dr.エドワードから夢の泡を受け取って、不思議な出来事を楽しんだり、菓子類を買って楽しむ。穹は持ち前の行動力で、ピノコニーの住民と話したり、外から来たファミリーとは違う派閥の人間とも話していった。至る所にあるゴミ箱厳選も忘れずに。
途中で穹は、最初に夢境へ入るとき出会った少年と遭遇する。彼はミーシャと言い、少年の膝くらいの背をしたクロックボーイを紹介した。穹以外にそれを見ることは出来なかった。
「開拓者さん。外から来た方にとって、この夢は美しく見えますか?」
「…楽しそうだ。純美についてメルスタインってところで知ったんだけど、俺はやっぱり楽しい場所が「美しい」と思う。」
「そうですか!ボク、夢境を褒められて、自分のことのように嬉しいです!」
ミーシャと別れ、穹は少女と夢境を再び廻る。
そして彼らは、ロビンが先ほどの派手な衣装ではなく、変装をして街を歩いているのに遭遇した。
調和セレモニー前のちょっとした故郷巡りだとロビンは言い、内緒にしてもらう代わりに二人と同行する。その中で穹は、違和感を大きくしていく。主に黒髪の少女についてだ。
現地住民にしては、故郷に戻ってきたロビンより知識が少ない。それに穹は感じ取っていた。髪色も瞳の色も違うのに、先ほど会った星の友人にそっくりだと。
少ししてロビンとの同行は終わり、残った少女に穹は尋ねる。
「なあ、ホタル。本当は、親戚がピノコニーの外にいるのか?」
「…なんで、そう思うの?」
「ホタルに雰囲気が似てる人と、夢境の外で話した。髪色は違うけど、俺の勘は鋭いからな。偶然似ていたわけじゃないと思ったんだ。」
「ごめん。ちょっとあたしに連れてきてくれないかな?話したいことがあるの。」
穹は少女に連れられ、全く人のいない場所へとやってきた。そして少女はぐっと目を瞑ってから、マスクを外す。その顔は穹が会ったサマンサによく似ていた。
そして彼女は穹を偽っていたことを話す。現地住民でないこと、自分が髪色も変えていたこと。
「なんで話してくれる気になったんだ?」
「これ以上嘘を吐いても苦しいから。それに、あたしがピノコニーに来た目的は半分以上終わったんだ。最後にあなたに話しておこうと思って。」
少女は夢境の街並みを眺め、語る。自分の出自、その正体について。
穹は星核ハンターという単語を聞いて驚き、目の前の少女とそれは全く違って見えた。だが次の瞬間、少女は焔を纏い、背の高い鉄騎へと姿を変える。サムは低い男性の声で穹へと続けた。
『私は西グラモスの鉄騎であり、星核ハンターのサム。あなたに伝えておきたかった。私は…あなたのことをずっと仲間だと思っています。』
「…それは、俺が記憶を失う前のことか?」
『はい。』
「でも俺は今、星核ハンターの仲間じゃない。開拓者だ。」
『その通りです。私はあなたが陽の元を歩き、開拓の旅路を進み続けてほしいと願っています。』
サムは、任務の中で血に濡れてきた掌を、そっと穹の方へ差し出すようにする。サムは続けて話した。
『これは私の我儘です。ナナシビトとなる道があなたに示され、計画のため記憶を失った後でも、確かに絆があったことを覚えておいてほしい。』
穹とサムは静かな場所で並び、言葉を交わす。穹は尋ねた。何故星核ハンターとしてテロを行うのか。彼にとってそれは純粋な疑問であった。今穹には、星核ハンターの所業を直接見た記憶はない。だからこそ、悪い集団だと認識していても、その凄惨さ、恐ろしさを感じるほどではないのだ。
サムは簡潔に答える。自身が力を振るう理由を。
『私はエリオに伝えられました。星核を集めることが、運命を変える一助になる。小を殺すことになっても大を生かすことができると。』
「…小なんかじゃない。」
『第三者から見ればそうでしょう。ですが終焉は…このピノコニーで生きる人の何億、何十億を呑み込み、殺すのです。それに私は、生き残ったグラモスの鉄騎たちと同じくらい、独りで星海に浮かんでいた私を拾ってくれた星核ハンターの仲間が大事です。』
「…身勝手だな。」
『はい。悪人は悪人らしく…最期まで自分自身のため戦う。』「あたしは、そう決めたの。」
サムは装甲を解除し、少女になる。強い瞳で穹を見つめ、ふっと微笑む。グラモスの鉄騎として彼女は遺伝子疾患を生まれながらに抱えている。自身と周囲の生きる時間がずれ、最後には存在すら消える。
穹はそれ以外の方法はなかったのかと言葉を漏らす。星核を過激な方法で集めなくても、その「終焉」は変えられるかもしれないと。
「最初は、自分で考えるなんてほとんどしなかった。命を拾われたから、その恩を返したいって。でも途中から思った。兵器として人に拳を振るった時点で、人を殺めた時点で、普通の女の子として生きることなんてできない。ロストエントロピー症候群を治しても、その先の生に意味はない。」
少女は拳を握る。穹は少女の横顔を見つめ、かける言葉を見つけられなかった。
「あたしはあたしだけに出来ることをしたい。意味ある死を遂げたいの。仲間が終焉で死ぬよりも、あたしのエゴを貫き通す。」
「サム…ホタル。お前は選択したんだな。俺も選択するよ。ナナシビトとして開拓していく中で、俺自身の答えを見つける。」
「うん…そうし続けて。あたしは最期まで、あなたの無事を祈ってる。新しい仲間と一緒に、終わらない旅が出来るように。」
穹と少女の会話は終わる。そして気がつけば、穹の前から少女は消えていた。さっきまで共にいたのが夢幻のように。穹は深く息をついて、仲間たちに連絡を取る。自分によく似た少女、星に送ったゴミ箱に「最高」という意味のスタンプが送り返されている。三月なのかからも別の夢境で買ったものが写真で送られてきていた。
穹は少し笑いながら返信をし、後ろを振り返る。すると、そこには人がいた。背筋をぞっと凍らせ、目の前の人物を見る。
その少年は、穹と初めて夢境の途中で出会ったときのように、愛らしく笑った。空色髪の、ドアボーイの少年。
「…ミーシャ、だよな?どうして俺の後ろに?」
「開拓者さんにお聞きしたくて!十二の刻における、美しい夢はお楽しみいただけましたか?」
「ああ。…少し変な気持ちになったばかりだけどな。」
「開拓の旅に、出会いと別れはつきものです。それは時に悲しい別れにもなります…。」
「そうだな…。」
ミーシャは寂しげに微笑みながら、手を広げる。穹は同意しながらも、違和感を覚える。彼に会ったとき、祖父のような銀河冒険家になりたいと言っていた。何故、旅のことを知っているように話すのか。
「ボクは皆さんを探していました。そしてようやく準備が整ったんです。アナタも是非お招きしたい。ピノコニーのもう一つの夢へ。」
「ミーシャ…?なんだ、これ…。」
ミーシャの声が最後だけ、しわがれた声と重なる。穹は頭を押さえたが、次の瞬間ミーシャの背後に現れた巨大なコンパスに吸い込まれる。コンパスは新しい時代を生きる者を導く。
その場には誰もいなくなった。