月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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望まぬ秩序

 鴉が羽ばたいている。一羽どころではない。ピノコニーの夢境を埋め尽くすほどに、夜の帳を下ろした空を覆い尽くす。その光景はまるで、樹木の木陰にピノコニー全体が抱擁されたかのようだった。一部の鴉が飛ぶ先は、「ピノコニー大劇場」。「夢の主」は既に化身を呼び出した。「調和」の星神、シペに吸収され、星海から姿を消した古き星神の名残。「秩序」の星神、エナの化身へと、シペの化身を塗り替えて。

 

 リハーサルは終わり、全ての人が眠ったアスデナ星系にて、本当の「調和セレモニー」が始まる。「秩序」の再臨を邪魔されないがために、十数年の間育ててきた特別な子どもに偽りを吐いてまで。「秩序の双子」、この計画のためだけに育てられた、天環族の子どもたち。

 その片割れロビンは、夢の主ゴフェルの「エナの夢」へと利用された。もう一人の子、サンデーが望む「秩序」のように、化身と一体になった者が万物を太陽のごとく照らす世界ではなく、万物を覆い変わらない安寧の内に沈ませる世界。

 

 この「エナの夢」の中では、皆が「最も幸せに感じた出来事」を繰り返す。基点となる出来事を元に揺れ動き、往復するたびに層は厚く何重にも増えていく。そしてどんどんと起きた出来事の間隔が狭くなっていく。

 ゼンマイが巻かれた後、放置されたメトロノームのように。

 

 振り子は、人々の幸福という感情を重りに、静止し続ける。秩序の双子も同じように、自らの理想を夢の中で描きながら眠り続ける。二人が眠り続けることこそが、ゴフェルの秩序の夢を留めるのだ。

 鴉は鳴く。何百年もファミリーと一定の距離を取り続け、ずっとピノコニーにあった存在、ドリームリーフ。最初は小さかったそれが、どんどんと大きくなっていった。だからこそゴフェルは、元々信奉していた「秩序」へ更に傾倒したのだ。

 

 鴉は秩序の中で動き回り、ピノコニーのオーク家、107336人の命を、意思の無い「秩序」の化身へと移していく。「エナの夢」の主としての役割を移すことで、より強固な「秩序」を。ピノコニー大劇場で抜け殻となる鴉は、まるで樹から抜け落ちた枯れ葉のようであった。

 夢の主は最後まで、秩序の双子のことを支配していた。

 

 

―――――

 

 私は今、宇宙船の中にいる。あと数システム時間もすれば、ピノコニーに到着するだろう。ヒスイノと「抗う者」としての業務を共有スペースで行い続けていると、星が近くへやってきた。

 

 

「ねえ、狂风。あんたってどんなことが好きなの?食べることとか、運動することとか…。」

「好きなことか。」

 

 

 星は表情は動かないながら、好奇心に満ちた瞳を向けてくる。彼女については、宇宙船に来た頃よりも感情が見えやすくなったように感じる。元来の行動力、好奇心旺盛な性格は変わらずとも、私たちと言葉を交わし、更に精神的な距離を縮めているようだ。

 私は考えた後、少し意地の悪い言葉を返す。何度も話したもので、彼女が求める答えではないだろうが、私は伝える。

 

 

「私は、親しき者がしたいことをしている姿を見るのが好きだ。民が生き生きとしているのを間近で見ることも好きだな。」

「それって、あんた個人の趣味はないってこと?」

「そうかもしれないな。だが私がここまでヒスイノを見て来られたのも、君とこうして会話できていることも、他者のおかげだ。私の思いに賛同してくれる人が、縁を繋いでくれたからだ。好きになるのも当たり前だろう?」

「狂风は、楽しいの?」

 

 

 星は頷いた後、じっと私の瞳を覗き込んできた。彼女の琥珀色の瞳には、私の姿が映っている。私は第二次豊穣戦争が終わった直後を思い浮かべた。白珠と星海を巡り、取引を通じて星間の絆を深めたのはとても楽しかった。あのとき私は、狼の未来はより良くできると再び確信したのだ。

 

 そう思い浮かべるたびに私は思う。体は全盛期を更新し続けていても、私は老いたと。親しき人の幸せと、伸ばした手の先の繁栄を願いながらも、私自らが動き回ることはなくなった。強大な力を振るう必要だってほとんどない。何故なら終焉の描写が訪れるまでに、「壊滅」の使令を倒したとしても、すぐに補充されるからだ。

 文明を成長させたヒスイノの民が、星海の平和を守っている。戦術だってより良くできる程度だ。

 

 だから私が出来ることは、描写の終わるとき、先陣を切って戦い抜くこと。終焉の描写が途切れているならば、それ以上の滅びはなく、その時点で万物が滅ぶことにそこならない。

 

 

「…楽しいという感情ではないだろうな。だが、沸々と湧き上がる感情はある。私は止まることはない。民が星海を駆け続けられるように。」

「なるほど…じゃあ狂风は、ここで止まれないね。」

「その通りだ。星――そして花火さん。」

 

 

 私は、作り物のようになった宇宙船の人員と背景を見ながら答える。星の後ろから体を傾け、紅い服を着た「仮面の愚者」花火が顔を出した。

 

 

「気づいてたのに、なんで早く起きなかったの?調和セレモニーが始まっちゃうよ~!…なんて、もう始まってたんだけどね!」

「この夢の外がどうなっているか慎重になる必要があった、とだけ言っておこう。貴女が言っていた、罠に嵌まるとはこういうことか。」

 

 

 花火はわざとらしい調子で慌てた後、それを止め笑う。

 

 私は腕で己の頭をぶち抜くと、更に作り物らしくなった背景を眺めた。何とも粗雑な幻だ。

 私は智械黑塔の幻と会話した時点で気がついていた。何故なら私の理解の範疇にあることを、彼女は研究していないからだ。彼女と話すたびに新しい情報が入ってくるのに、この幻は私が想像しえる範囲のでたらめしか言わなかった。

 

 そして星を見ると、いつの間にか彼女の手にはヴァイオリンが握られており、口の端を上げて自信に満ちた表情を作る。

 

 

「それじゃ行こうか。観客のいない劇なんて面白くないからね。」

「…君の手にある楽器で、「秩序」を乱すのか。」

「うん。まずはあの人から…私の演奏を聞いてもらおうかな。」

「花火は踊るね~!」

 

 

 星は、右手に持ったヴァイオリンを弾くための弓を構え、水彩画のようになった偽りの夢を歩いていく。私も星と花火に続いた。

 

 

 

 私たちは夢境内のホテル・レバリーを出ると不思議な光景を目にする。皆、夢の中で眠っている。ピピシ人もオムニックさえも壁に寄りかかったり、地面に倒れた状態で。

 

 だが私がすることはシンプルだ。この夢を出るため、原因となる全てを打ち崩す。

 

 

 星たちは夢境内のギミックを使い、私は跳躍して「ピノコニー大劇場」へと辿り着く。

 

 星は花火と顔を合わせた後、劇場の中央を見やった。そこには巨大なシペの化身、それによく似た存在が指揮棒を振り、荘厳な「秩序」の曲を音楽隊と奏でていた。

 

 

「あれがロビン…?」

「シペの化身でさえ見る機会は滅多にないというのに、興味深いな。」

 

 

 星は困惑した後、平静に戻り弦楽器を構えた。花火が私の前に出て、狂気的な笑みを浮かべる。私もまた、拳に琥珀と豊穣の力を集めた。

 

 

「狼ちゃん、花火の『圧倒的なラスボス感』についてこれるかな?なんて、花火も言っちゃった~!」

「…夢境の中ではあるが、貴女の力の一端を楽しませてもらおう。」

「イッツショータイム~!あははっ!」

 

 

 私は吠え、大劇場全体に琥珀の力を振るう。惑星を覆い尽くすほどの出力で、目の前の化身に向かって質量を叩きつける。花火は、私の琥珀の壁をひょいと軽く飛び、ふざけた調子で右手を横に広げ、左手を胸元に当てる。

 その瞬間、花火の周囲に巨大な金魚が出現し、巨大なロボットや様々な人の幻が、歪なシペの化身へと総攻撃を仕掛ける。壇上に上がった糸吊り人形たちは、幻影によって吹き飛ばされ、消滅していく。

 

 

 そして私たちの後ろで、星が弦を弓で弾き宣言する。夢に囚われてしまった、生まれ故郷と兄を想う歌姫に再び意思を取り戻させるために。

 

 

「…ロビン!私の演奏を聞いて!」

 

 

 星は、だんと音を鳴らして、私の生成した琥珀の壁の破片を片足で踏みしめ、ヴァイオリンを弾く。作法に乗っ取らず、曲のテーマさえも自由なスタイルで、彼女は奏で始めた。

 

 聞く者を思わず笑わせてしまうようなテンポであり、だが聞く者を勇気づける、情熱的な曲を。

 

 

「秩序は…ルールは、破るためにある!」

 

 

―――――

 

 星たちとは別の場所。何層にも積み重なった夢の中、「夢の主」が作り上げた虚像のシペの化身がある、もう一つの空間にて。突如、ピノコニーの空を穿つような音が鳴り響いた。

 

 そして雪崩のように人々が虚空から出現し、ピノコニーの夢境全体へと散らばった。彼らはドリームリーフのドリームメイカー。夢境の発展を支え続ける技術者たちだ。

 集団の旗印となるように、「純美」を信奉する騎士が、ただピノコニーの歴史が変わる瞬間を記録することを楽しむ「記憶」の収集家が。「知恵」を共有する学者たちが、ピノコニーに興味を持ち外からやってきた運命の行人は皆力を合わせ、眠り込む住民たちを保護していく。

 

 そしてドリームメイカーたちの背後にいるのは、赤茶髪のくたびれた中年の男性らしき存在。彼は夢境内での酒を開け、煙草をくわえる。やる気の無さそうな立ち振る舞いだ。

 だが「典型的な中年独身男性」のような彼の瞳は、強い意思を宿していた。

 

 

「…ミハイル。あんたが居なくなっても、ここは大丈夫だ。俺たちは夢の名を冠した現実の中で、人を繋ぎ続ける。だから…安心してゆっくり休んでくれよ。」

 

 

 男はふっと笑い、ドリームリーフと十二の刻を繋ぐ穴を一時的に作り、ドリームメイカーを支援する。彼の傍には忠犬のように、巨大なミーム生命体が佇み、彼と同じようにドリームメイカーたちを見ていた。

 

 

 場所は変わり「ピノコニー大劇場」には、星穹列車のナナシビトたち、「終焉」の予言に抗うミーム生命体の女性、「巡狩」の元走り抜けるサイボーグがやってきていた。カウボーイサイボーグは、仮初の夢の何層にも重なった膜を「巡狩」の銃撃で揺るがした。

 膜は少しずつ解かれており、集まったメンバーで押さえ込み続ければやがて均衡が崩れることは皆、共通認識として持っていた。

 

 

「この夢が解けたら、すぐさま現実にいるわたくしたちの同盟仲間に現状を伝えに行きますわ。それに、あなた方列車のナナシビトで、一人待っているという方も呼んできましょう。」

「お願いするわ。既にドリームリーフも含めて膜に覆われているとは思わなかったけど…。外側の夢境にいる「秩序」の化身に対抗するには、一人でも多く力が必要よ。」

「あの茶髪のおじさん、今の夢境の構造まで分かるなんてすごすぎだよー!昔列車に乗ってた『時計屋』の…おじいさん?が、切り札っていうだけあったね!」

 

 

 白いフードを被ったミーム生命体、ヘッジングが、劇場を通り抜けるのに邪魔な障害物をどかしていき、彼女の言葉に姫子が願った。三月なのかは、開拓者の青年、穹と、ヴェルトにドリームリーフでの出来事の一部を思い返すように話す。

 ブートヒルは彼らの会話にあまり加わらず、帽子を深く被って笑いながら暴れ回る。彼は師の友人のため、前を見続けた。

 

 ピノコニー大劇場を進んでいく中で、穹たち全員は見る。この夢に囚われている男性の苦悩、ピノコニーが辿ってきた歴史についてを。

 

 

 オーク家の当主サンデーは、ファミリーの人間に引き取られながら、「調和」の子として育てられなかった。また彼は、双子の妹ロビンとは違い幼少期から、養父ゴフェルに次期当主としての指導を受け続けていた。ゴフェルはこの夢を君が統治するのだと言って、決して指導してきたことは他人に詳しく話してはならないとも釘を刺し続けた。例え、最愛の妹相手であっても。

 

 サンデーには自由はなかった。ファミリーの人間として、ピノコニーで育った者として、多くを耳にし目にしてきた。ほとんど外に出ることは出来ず、ピノコニーの歪みを、訪れた人々の苦痛を聞き、少しでも癒そうと努力し続けた。だから彼は、それらを取り除ける「楽園」を作りたいと思ったのだ。

 

 ここはサンデーの見る夢の中であり、ピノコニーの人々を包む膜の一つ。彼が理想としていた世界は「秩序」に属するが、ゴフェルのような信仰や思想に傾倒したものではなく、民を想っていた。

 

 

 穹は大劇場内に散らばるサンデーの思いと記憶を体験し、思った。彼に会ったとき浮かべていた笑みの裏には、これほどの苦悩が隠されていたのかと。

 サンデーはピノコニーの「弱者」を己が太陽となって救おうとした。ゴフェルの意思に塗りつぶされてしまったそれは、「悪」ではないと。

 エナの夢に落とした元凶がサンデーではないことを理解しているからこそ、穹は冷静にサンデーの考えに思いを巡らせることが出来た。

 

 

「サンデーは選択しようとした…。だけどサンデーがこれをやっていたら、ゴフェルの夢と同じことになっていた…。」

「穹、サンデーさんについて気になっているのか。」

「ああ。ミハイルにこれを託されたのもあって、ピノコニーがどうなるのがいいのか考えてたんだ。」

 

 

 ヴェルトが穹に声をかける。穹は頷き、左手に収めた帽子を少し強く握った。

 ミハイルの影は、皆がドリームリーフから離れる前、穹に帽子を手渡したのだ。彼はしわがれた声で穹に言った。

 星穹列車が再び動きだし、ピノコニーに来てくれるのをずっと夢見ていたと。ナナシビトの旅は終わらない。己の肉体が滅び死したとしても、次の世代に思いは受け継がれる。まだ見ぬ地で「開拓」の意思を強く示すためのきっかけになるのだと。

 

 ヴェルトは小さく笑って、穹に答える。それは個人が決めることではない。「開拓」は人に介入することで、新しい可能性を伝えるだけだという旨を。

 

 

「――俺たちに出来ることをしよう。このまま眠り続けることを、ピノコニーの人全てが望んでいるわけじゃない。」

「…ヴェルト。そうだな。一つずつ進もう。」

 

 

 穹たち六名は、ついに大劇場の中心へとやってくる。そこではシペの化身、ドミニクスの虚像が腕を振るっていた。穹たちは知らずとも、サンデーが陥っている状況は双子の妹と同じであった。

 ただ、サンデーの方は、己が「エナの夢」の主だと思い込んでいるのに対し、ロビンには意識がないことだ。「秩序」そのものでありつづける哲学の胎児は、ロビンの体を基にサンデーの体をも取り込み、今も膜の外側で秩序を構成し続けている。

 

 姿を変えたサンデーは何故、ここに来ることが出来たのだと疑念をぶつけながら、六名に向かって人形をけしかけた。彼らは手慣れ揃いであるため、人形たちを協力して倒していき、ドミニクスの虚像にも攻撃していく。だが、虚像とはいってもシペの化身の再現だ。ブートヒルの銃撃や、ヴェルトの力が発揮されることで均衡を保っていたが、少しずつ虚像の方が優勢になっていく。

 

 穹は早く膜が解けることを祈りながらも、諦めずに戦い抜く。ドミニクスの虚像は指揮棒を振るってエネルギーの奔流を飛ばし、皆を押し潰すように上から楽章を奏でる。

 

 

 耐え続けていた時だった。パチパチと、後ろから拍手が聞こえてくる。穹が振り返るとそこには蜂蜜色の髪を整えた青年が立っていた。青年の横には紫のベールを被った女性、ブラックスワンが佇んでいる。彼はメモキーパーの力を借りていち早く目覚めたのだ。

 穹は思わず大きな声で彼の名を呼ぶ。

 

 

「カカ…いやアベンチュリン!」

「楽しそうじゃないか。…今ピノコニーで起こっていることは把握したよ。僕も加勢しよう。」

 

 

 カカワーシャは全く楽しそうではなく真剣な面持ちで話し、「十の石心」としての力を解放する。仮面が出現し、彼の表情が見えないように全て覆い隠される。アベンチュリンは浮遊すると、ピノコニー大劇場ごと金色の奔流をぶつけた。

 

 

 ドミニクスの虚像は楽章で以て対抗するが、装甲が剥がれ落ちていく。「存護」の使令の力を分け与えられた者と、シペの化身そのものではなく、姿を似せただけの虚像。どちらに勝機があるかは明白であった。

 

 

 膜が解けていく。層が薄くなったゴフェルの「エナの夢」は薄く、脆くなり、ぴしりとひびが入る。そのひびは大きく広がっていき、ついに膜は破られた。

 

 

―――――

 

 星の演奏は途切れることなく続き、私と花火が力をぶつけていると、突然歪なシペの化身が苦しむように頭を押さえた。内側からロビンの声が響いてきた。

 歪な化身は、姿をブレさせる。そしてピノコニー大劇場もぶれていき、次の瞬間、私のすぐ近くに見知った人間たちが出現した。

 

 

「クゥアンさん!」

「ヘッジングさん!列車の方々も、それに君たちもいるのか!」

 

 

 私はナナシビトたちとヘッジング、カカワーシャがいるのを確認した。ナナシビトたちが消耗しているのを見ると、彼らも戦っていたようだ。目の前に鎮座する「秩序」に歪められた化身、その虚像と。

 カウボーイハットを被った人物は、ニヤリと笑ってギザギザの歯を見せた。

 

 

「狼の盟友じゃねえか!派手に行こうぜ!」

「なるほど、その呼び方。君は巡海レンジャーか…!」

 

 

 私の口元も上がる。私の生涯において、これまで協力してきた者たちが一同に集まり、化身本体に相対している。これだけの戦力があれば、後は化身の依り代になっているロビンと、もう一人。彼女の兄を目覚めさせるだけだ。

 

 

「わたくしはすぐに増援を呼んできますわ!皆さん、お気をつけて…!」

 

 

 ヘッジングはナナシビトの姫子に向かって言い残し、姿を消す。巨大な二つの白面を抱えているような姿になった化身は、ついに動き始める。青年の声が、「秩序」の再構成を告げる。

 私たちは各々の力で楽章に対抗する。

 

 

―――――

 

 強大な力のぶつけ合いの中、星がやることは変わらない。演奏を続け「秩序」の楽章に「愉悦」の力が剥ぎ取った雑音を混ぜこもうとする。

 その間、サンデーはピノコニーにいる人を照らし、安寧を与えなければ、彼らが救われないと嘆く。星の横まで飛んできた穹が声を張り上げる。

 

 

『この星海において、弱者は誰から安寧を得られるのでしょうか!夢追い時代と変わらない、適者生存のドリームリーフ…皆、ピノコニーの外の者は、隆盛を極める者ばかりを見て、弱者には手を差し伸べないのです!』

「お前だけが苦しむことになる!「秩序」以外にも方法はあるはずだ!」

 

 

 激しい攻防の中、星は策を思いつく。ピノコニーの住民は、皆生を純粋に楽しんでいない。夢境も一種の現実であるというのに、「美しい夢」という言葉に縋り、逃避し続けている。

 なら、この地で生きることを楽しませればいい。そのための一歩について、星はきっかけを作ることが出来ると信じた。

 

 星は、ナナシビトの丹恒や狼の宇宙船の人員、ドリームメイカーさえ加勢してきた舞台を駆け、弦を引いた。

 

 

「…行ってらっしゃ~い!」

「ナイスアシスト!」

 

 

 好き勝手に爆撃をしていた花火は、星を見て笑う。そして星の背後を取り、出現させた巨大なけん玉を振り上げた。星は花火の暴挙に寧ろ感謝し、化身の体に取りつく。

 そして星は、狼の防護を受けながら二つの白面に向かって、曲を奏でる。それはうろ覚えであったが、星がヒスイノや宇宙船のラジオで聞いた、ロビンの歌だ。

 

 

「サンデー!…笑って!」

 

 

 星は、化身に入り込んでいる双子に対して語りかける。

 曲に特別なアレンジはない。だが化身の中にいるサンデーには、あることが思い浮かんでくる。幼い頃ロビンが自分のために歌ってくれたこと。最愛の妹と過ごした日々。

 白面は動かずとも、サンデーは懐かしく温かな気持ちにより心の中で笑みをこぼしていた。

 

 

『ロビン…アナタもここにいるのですね…。』

 

 

 サンデーは化身の片方の手を動かし、もう一方の白面に掌を押し当てる。

 そしてサンデーは思い出す。ゴフェルがロビンを、「協力者」であったはずの彼をも騙し、「エナの夢」の主になったこと。そして己の思想の元に、サンデーに偽りの夢を見させ続けたことを。

 

 ゴフェルは誤っていた。サンデーはゴフェルへ従順であったのではなく、ロビンのことを想い養父から離れさせるため従っていただけだということを。ロビンを夢の主が騙し作られたものが、ピノコニーの人々が望む世界ではない時点で、これからサンデーが取る行動はもう決まっていた。

 

 

 化身は己に張っていたバリアを外し、腕を広げる。星はサンデーから離れ、仲間たちの攻撃を見守る。そして力を持つ者たちの攻撃が「調和」と「秩序」で作られた殻を砕き、解いていった。

 

 

 崩れ落ちた化身から、ピノコニー大劇場から、二つの流れ星が零れていく。青年は、目を開いた少女とお互いをしっかりと見る。少女は、兄の瞳に養父の呪いも苦しみさえもないことを感じ取った。

 流れ星は墜ち、同時に夢境から目覚める。双子は今この時、「秩序」の運命の束縛から逃れたのだ。

 

 

―――――

 

 

 ピノコニーについて、私は考えを巡らせる。ミハイルの切り札、いやミハイルの残滓が送ってきた招待状は、ピノコニー内の危機を解決するためのものであった。私たちは秩序の残党が仕組んだ厄介な罠を、罠ごと破壊した。責任の所在はファミリーにある。

 ファミリーと、ピノコニーで生きる人間、そして抑止力になり得る勢力で、今回の問題について話し合い、あることを取り決めた。

 

 一つは、ピノコニーの十二の刻の管理をファミリーだけではなく、ドリームリーフの者たちが半分受け持つこと。もう一つは、ピノコニーにおけるファミリーが今後も生命に関わる問題を客人に及ぼさないように、カンパニーを中心として株式を持たせ、鎮圧に協力した派閥へ分配することだ。

 

 ファミリーもこれに同意する。調和セレモニーを平和的な手段として使わず、更にはセレモニー前にシペの化身を降臨させたことに怒りを示していた。加えて星核を封印していなかったことに対しても。

 星核が封印されることで、十二の刻は縮小する可能性はあるが、ドリームリーフの夢境開拓は星核の影響無しで行われてきた。「神秘」と「記憶」の運命の行人から転向したドリームメイカーによって、十二の刻は維持されるだろう。

 

 今回の問題においてオーク家の当主サンデーについては「秩序」の被害者であるため、オーク家唯一の生き残りであるが、責任は負わされなかった。

 四大クランの政治的なまとめ役であったオーク家は全滅したも同然であり、政治についても別の惑星にいるファミリーが介入することになる。十二の刻の退廃的な雰囲気は、外的要因でも改善されていくかもしれない。

 

 

 騒動の後、私は集まった他派閥の人間と情報交換をしながら、ドリームリーフで過ごした。星、サマンサ、停雲はしばらく花火とも行動していた。今回花火は、私たちの味方であり続けてくれた。これが彼女の仮面の一つであろうと、星のことは変わらず気に入っている。花火は「愉悦」に関わる人間に対しては、器ではなくなるのだ。仲間意識の高さを、私は彼女の態度から感じ取った。

 

 星は観光中、楽しむ事だけに注力できたらしく、ピノコニー中のゴミ箱を列車の開拓者と一緒に漁っていた。道中で彼女たちが見つけてきた「手足の生えたゴミ箱」については、一瞬理解が及ばなかった。最高のマスコットだと星は言っており、その謎のミームの似姿が、私の宇宙船に持ち込まれる日も近いかもしれない。

 

 

 私はチェックアウトをすませ、智械黑塔からきたメッセージを確認する。彼女が送ってくる専門分野についての文面は、やはり私には考えもよらない事しか書かれていない。

 

 私は深く息をつき、ここが夢でないという事実に安堵した。夢境でさえ摩訶不思議なのに、歪められた秩序の夢のことなど考えたくはない。私にはやらねばならないことがある。何を為せない「幸せ」のみの秩序で飼い殺されてなどいられないのだ。

 

 

―――――

 

 星は、共闘やドリームリーフで仲を深めた他派閥の人間と話し終え、列車の面々と再会の約束を交わし終えた後、最後に黒髪の少女の元に足を運ぶ。

 花火は、ロビーのソファでぷらぷらと足を動かしていた。そして悪戯な笑みを浮かべると、星の腹をついた。

 

 

「なになに~?花火が恋しくなっちゃった?」

 

 

 星は花火について考えた。全ての価値観が合うわけでなくとも、花火は自分のしたいことを妨害しなかった。共に戦った相手となら、言葉以上に通じ合える。そう感じていた。

 星は花火の手をぐいと掴み、握る。花火が自分から握手をするわけがないと理解していたからだ。星は簡潔に伝える。

 

 

「また遊ぼう。」

「えへへ~今度は花火から迎えに行ってあげる~!もし入りたかったから、仮面も用意するから!」

 

 

 花火が星の手を握り返した。人形のようなひんやりとした腕だった。

 

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