仙舟「羅浮」に光が落ちた。いや、厳密にはそうではない。
私は、屋外で星が修行している姿を見て、変装用の機械装甲を少しずらしていた。その時、いきなり眩いほどの光が辺りを覆ったのだ。
私は、一瞬だけ光ったその方向を見る。私はその光をよく知っている。あの威力、あの速さ。
間違いない。過去、莫大な「豊穣」の指向性を持った力を得てから「存護」を得るまでの私をつけ狙い続けた其。「巡狩」の星神、嵐が仙舟に矢を放ったのだ。
私の横を、半狂乱になりながら通っていく人間、何か分からず呆然と立ち尽くしている人間、そして光が放たれた先に向かって進み状況を確認しようとする兵士。
私は、それらどれとも違う行動を取る。
「三人とも、あれは嵐の放った矢だ…!私は宇宙船へ行く!剣豪、私は嵐の矢を止めながら「壁」を作る!飛霄君、後は頼んだぞ!」
「…ああ。」
「分かったわ!鏡流、それに星、急ぐわよ!」
私が脚のバネを使って跳躍する前、鏡流の口元は小さく開いていた。目の前の事実を認識できないとでも言うように。
飛霄の言葉通り、まだ矢じりが仙舟の民に向けられたとは限らない。だが放たれた事実は変わらない。
何を狙って、嵐が矢を放ったのか。それを知る前に、私にはやらねばならないことがある。二射目の矢から皆を守るため、私は跳んだ。
琥珀の壁を至るところに出現させて足場とし、星槎を跳び越え、宙を舞う。私の視界には仙舟の人々が恐れ、怯える姿が見える。仙舟外から来た者も、私の民も。光矢を戦場で見て、知っている兵士なら尚のこと。
「巡狩」においては、皆が最も安全だと思っていた場所。その認識が崩れ、一気に爆発している。この恐れをすぐさま除かなくてはならない。
私は外界からの宇宙船が停泊している場所にまで急降下し、地面のことなど気にせず着地する。重く低い音が響き、洞天の床にクレーターが出来た。
私たちの宇宙船にまで走り抜け、ハッチをめきめきとめくり強引に開く。中に入ると、智械黑塔が既に義体を大量に準備し、並んでいた。奥の方では、外の光景を見たまま体を縮め、固まっている停雲がいる。
気持ちが急いて引っかかりかける言葉を、智械黑塔へと放つ。
「智械黑塔。…胸騒ぎが、最悪の方向で的中した。」
「今、この船に積んだ予測演算装置を動かしてる。それと拘束装置も。」
「ヒスイノの方舟は…!」
「それも、ここを含めた仙舟の四艘に向けて航行中。簡易型の予測演算装置は全部に積ませた。」
私は状況確認をした後、空を見る。まだ二射目は放たれていない。だが、別の仙舟に向かっているのであれば、そちらも急がねば。
焦りを露にしている。こういった状況ほど冷静にならねば、更に取りこぼすことになる。
「ふうう…。智械黑塔、演算結果を共感覚ビーコンで共有してくれ。どれだけ量があっても構わない。」
「分かった。じっとしてて。」
智械黑塔はビーコンで、圧縮した記録データを私の頭にそのまま送り込む。私はそれらの情報を、脳細胞を「豊穣」の指向性を持たせた力で全て噛み砕き、簡潔に汲み取る。
四艘、レーダー予測確認中。
四艘というのは、ヒスイノと交易をしている仙舟のことだ。中立と言いながら警戒されている場所に向かうことは仙舟側の判断を待つ必要があると、オムニックたちは判断したのだろう。これが終われば、早くこの船にいる将軍に話に行かねばならない。
巡狩の性質を持った虚数エネルギー。朱明なし、方壺なし、曜青なし、羅浮561秒後出現予測。
羅浮555秒後出現予測。羅浮1562秒後出現予測。
私は次々に更新される出現予測を見ることを止め、智械黑塔の義体の一つに触れた。
私の鼻頭に皺が寄る。
「何故こんなにも羅浮が狙われるのだ…!?いや、それを考えるのは後回しだ。智械黑塔、方舟が来るまで拘束装置では庇いきれん!最終手段を使うぞ!」
私は智械黑塔との意思疎通を早めるため、義体の一体をひょいとつまんで肩に乗せる。停雲に対しては申し訳なく思うが、今は放置だ。私は宇宙船の外を駆け、羅浮の最も高いところにある建造物にまで跳躍した。智械黑塔の義体たちは外付けバーニアを吹かせ、私の跳躍についてくる。
建造物の屋根に小さな琥珀の板を形成し、建造物の支柱をぼきりと折って、体の勢いを殺す。
再び空を見る。次の出現予測時間まで残り僅か。私は両手を掲げ、思い切り「存護」の力を放出する。
惑星を包み込むほど広く、そして分厚い琥珀の壁で、仙舟「羅浮」を覆った。
―――――
市井の人が混乱に包まれる中、三月なのかの修行のため、共に行動していた星穹列車のナナシビトたちと、雲璃、彦卿は光矢の放たれた方向を見ていた。そしていち早く彦卿が叫ぶように言う。
「あっちは、十王司が管理している幽囚獄の方向だ!まさか、仙舟に帝弓の光矢が放たれるなんて…!」
「うそっ…!彦卿師匠、それって嵐が悪い人を倒してくれる時に、放つやつでしょ!?どうして仙舟に!」
「…彦卿は戦場に出てるんだもんね。嘘じゃないっていうのは分かる。」
仙舟の衣装に身を包んだ三月なのかは、双剣を持ったまま慌てる。雲璃は冷静に彦卿の言葉を聞き、ナナシビトたちも、仙舟「羅浮」にこの中で一番詳しい彦卿の言葉を待った。
「雲璃、三月さん、それにナナシビトの皆さん。矢が次、どこに射たれるか分からないけど、どうか落ち着いて聞いて。幽囚獄は仙舟で重罪を犯した者や、豊穣の忌み物の中でも特に強いものが収監されてる。あの光矢が中途半端に幽囚獄を破壊していた場合――羅浮は星海で最も危険な場所になる。」
彦卿は額から滝のような汗を垂らし、長剣を持つ手を微かに振るわせる。光矢と、収監された忌み物たち。羅浮にいる人は絶体絶命の状況に追い込まれたのだと、彦卿は最悪の状況を考える。
三月なのかは心の底からの悲鳴を上げ、開拓者である穹も冷や汗を垂らす。
「彦卿、師匠!何とかならないのー!?…ウチ、まだやりたいこと沢山あるのに!」
「俺もまだ、ゴミ箱を漁りたかった…。ゴミ箱がない地で死ぬなんて…。」
「アンタって、こんな時に!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
三月なのかが大きな声で穹に怒る。穹は場を落ち着かせるつもりだったのが半分、本心が半分であった。
「とにかく、私たちができることを探すしかないわね。」
「だが、質量で押し返せるだろうか。使令ではなく、星神の力を…。」
「…嵐の光矢については、おそらくこれ以上は大丈夫だ。」
姫子とヴェルトを中心に話し合う中、丹恒が一言意見を発する。一同は彼の顔を見て、どういうことだと暗に質問する。槍を握り、丹恒は続けた。
「あの狼の盟主だ。…ヒスイノのことを、持明族の知り合いを伝手に詳しく聞いたことがある。帝弓の一撃を留めることができる装置が、俺の生まれるずっと前から開発されていると。狼の盟主が、それを自分の宇宙船に積まない訳がない。…この場にいれば、蔡楓も俺の意見に同意するはずだ。」
「丹恒の双子も知っているんだな。」
「持明族の現在の事情については、あいつの方が明るい。仙舟の外に出た持明族についてもな。」
かつて丹楓が、分裂球体をある龍師の謀で使われ生まれた双子。丹恒は、双子の姉、蔡楓について言及する。丹恒とよく似た髪色と顔だが、女性的な容姿である現在の龍尊。蔡楓と丹恒の仲は、仙舟「羅浮」での騒動の際共闘したことで少し改善したが、ギクシャクしたままだ。
ヴェルトが顎に拳を近づけ、過去のことを思い浮かべる。
「拘束装置か。確かに…狂风さんに宇宙船を見せてもらったとき、説明してもらったな。」
「え?そんな機会あったっけ?」
「ああ、なのかも丹恒も列車の乗員じゃなかったときの話だ。」
「ええー!あの大きい、犬っぽい人って、そんなに列車組と付き合い長いの!?」
三月なのかが驚くと、ヴェルトは小さく頷く。そしてヴェルトは、この場の全員の緊張が、少しずつほぐれてきたのを認識した。
彦卿は深く息をつくと、眉を怒らせ真剣な表情を作った。
「とりあえず、将軍のところに急ぎましょう。こういう時、一度作戦を練った方がいいはず。」
「…ねえ彦卿。あれ、見て。」
「何だい?」
雲璃は空を見ており、彦卿は彼女が指さす方に視線を向ける。そして彦卿の目はゆっくりと大きく開かれていった。羅浮の上空を、ごつごつした巨大な石のようなものが、見る見るうちに覆っていく。
「琥珀色の壁…。早速対処しはじめてくれたみたいね。」
「ピノコニーで見たのより迫力あるな…。なあ丹恒、でもこれ装置じゃなくないか?」
「…防護壁を作ってくれているのだろう。あれだけの壁を一瞬で作れる人のことを、部外者の俺が全て理解できると思うか?」
姫子は壁を見ながら準備を始め、穹と丹恒は悠長に話している。そのとき、彼らの近くに突風がやってきた。仙舟「曜青」の将軍、飛霄と脇に抱えられた少女、星であった。
星は飛霄に抱えられた体勢のまま、大きな声で皆に言う。
「皆、壁を見ないで!狂风たちは「虚構の砦」を作るみたい!」
「星ちゃん、それは何かしら?」
「ちょっと頭が痛くなるみたい。直視したら、もっと痛くなるんだそうよ!…それじゃあたしたちは、街の人の避難誘導をするわ。また合流しましょう!」
突然現れた二人に、姫子は驚きながらも質問する。星が話す前に飛霄が簡潔に答え、また突風となってその場から消えた。ナナシビトの面々と、剣術の達人である少年少女は顔を見合わせた後、神策府へと向かうことにした。
しばらくして、琥珀色の壁はぐちゃりと認識が歪み、半透明の「虚構の砦」となる。それは羅浮の内側を、不確かさの砦で覆い隠す。出来上がった瞬間、仙舟にいる全ての人間は頭を押さえて蹲り、直近の記憶の一部が不確かさに乱された。
だが人々の痛みはそれだけだ。虚構の砦は、星神でさえも騙しとおす強力な「神秘」の元、「巡狩」の星神の恐ろしい力から、羅浮を守った。
―――――
私はずきずきと「神秘」で掻き乱される脳を、頭蓋骨を手刀でぶち抜くことで正気へと戻しながら、義体であるのにぐったりとした様子の智械黑塔を連れていき、宇宙船を操作する。
神秘で覆い隠した後は、既に番えられた矢を拘束しなければ。私は既に起動している拘束装置を最大出力にし、予測地点に宇宙船をぴたりと停止させる。そして星海が一瞬光り、矢が飛んでくる。
宇宙船を中心に広がっていく、球状のバリアが光矢を押さえ込む。私は先ほど予測されていた、第三射目の時間までじっと待つ。
それからいつまで待っても、其の矢は羅浮を穿つことはなかった。
私は「虚構の砦」に少しずつ慣れてきた仙舟の人々を、上空から眺めながら、頭を押さえるジェスチャーをする智械黑塔に質問する。何故羅浮にばかり「巡狩」の矢が集中していたのかと。
智械黑塔は無念そうに呟いた後、私に話す。
「はあ…354秒分も演算したことがパーになっちゃった…。…私の演算だと、羅浮が特別狙われているわけじゃないよ。薬師の力で生まれた豊穣の民が、その瞬間に嵐に殺され続けているだけ。豊穣の民はもうほとんどいないし。あとは嵐が近くにいたのもあるかも。とにかく、このままなら他の仙舟も嵐に狙われるだろうね。」
「説明してくれてありがとう。変わらず、仙舟には猶予はないということか。」
智械黑塔は、表情を動かさず頷く。彼女の答えによって、私が次に行うことが決まった。景元や飛霄、懐炎を通して、全仙舟に神秘の壁を作ることを、元帥に決断させるのだ。
二射目を通せば、確実に仙舟の民の多くを消し炭にしていた。誤射などではなく、仙舟の人を殺すことを目的とした一撃だ。「忌み物」という人間基準の曖昧な区分ではなく、嵐は露になっている「豊穣」を殺す。
嵐の矢で無辜の民が死なぬように、最善を尽くさねばならない。何故なら私は、嵐の冷酷さ、非情さを良く知っているからだ。嵐は今この時、「巡狩」に殉じてきた者たちの想いを踏みにじった。星神に意思が無かろうと、奴は裏切ったのだ。
ならば、嵐はただの暴力装置だ。復讐以外を忘れた星神ほど、危険なものはない。
宇宙船を動かしている間、智械黑塔は光矢の着弾地点についても話してくれる。そこは幽囚獄。十王司が管理する薄暗い牢獄であった。光矢は幽囚獄の中心を射抜いているが、全てを破壊してはいない。何とも雑な「復讐」だ。
私は思い出す。彼はまだあそこにいることを。700年以上に渡る幽閉の中、彼は何を思っていたのか。
思い浮かんだそれについて、私の推測できる事柄は哀しいものしか存在しない。それに彼については、生存を知ったときから結論を出した。同じく700年以上前に。
目的以外の、別のことを考える時間はない。私は将軍の元へ急いだ。
―――――
帝弓の光矢は、幽囚獄へと放たれた。其の矢は幽囚獄の中心を貫き進み、そして最下層の床を、扉を瓦礫の山と呼べるほどまで破壊する。
だが嵐は強大なる力を、周囲にいる人間のことなど気にもせず行使する星神である。厳重に作られた扉の数々は破壊され、光矢に巻き込まれ消し炭になった判官や幽府武弁、冥差もいれば、反対に生き残った囚人、「豊穣」の忌み物もいた。
扉が砕け、拘束も解かれたことで、そろりと抜け出す罪人たち。生き残った彼らの中には、かつて豊穣勢力における英雄であったり、長生を渇望した者たちも含まれていた。
数々の侵略戦争を駆けた「慧駿」の執綱者、造父。長生の秘密を盗まんとした「歌民」一族「盲目の王酋」。仙舟人3120名を殺害し、その血を啜り長生を得た「無生候」。
そして豊穣の民、歩離人の戦首、呼雷。
罪人たちは解放された歓びの元、吠え、叫び、倒壊した幽囚獄を昇っていく。
並の戦士では食い止められず、もう封じ込めるための牢もない。仙舟「羅浮」に恐ろしい者たちが再び姿を現す。