月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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カンパニーからの訪問者

 スターピースカンパニー。この超巨大組織の功績は、銀河に知れ渡っている。現在大きな部署が七つあり、そのうちの一つである戦略投資部は、ビジネスを再度繋ぐ役割を持つ部署だ。「不良資産精算エキスパート」と呼ばれるほどであり、現在この部署の価値はカンパニー内で非常に高い位置を占めていると言える。

 

 その戦略投資部で、P40級に上がったばかりの女性社員クネーテが、ある一つの案件が書かれた情報ページを眺めていた。それは、ヒスイノと現地住民が名付けていた辺境の惑星が連絡できなくなり、原因を究明するというものだった。外部からの調査では、それは宇宙の航路を乱す「星核」が原因ではないとされていた。また新たなビジネスの展開が期待されるほどではない星だったためか、案件は塩漬けにされたままだった。

 しかし近年、その星系から信号が届くようになる。そのため、クネーテの耳にもその情報が入ってくるようになったというわけだ。

 

 スターピースカンパニーには、評価制度に等級が存在し、P1からP50級まである。そしてP40級以上とそれ以下では、企業の中での地位が隔絶している。P36級からだと宣う社員もいるが、いつまで経っても上がれない半端者の戯言だ。P40級からは信仰債券、存護の偉業の中に自身が含まれる券を買うことができるのだから。

 

 クネーテは、粒揃いなプロジェクトを一つ一つ完遂することに長けていた。時にリスクを取り、それさえ成功に導いてきたのだ。そして今までの経験と直感から、この案件には多額の信用ポイントが眠っていると感じ取った。残り物には福があるを地で行く彼女は、案件の受諾を選択し、小さな脚を伸ばして立ちあがった。

 これはクネーテにおける、最も大きなリスクである。時間は有限で、得られる利は少なく見える。

 その時はその時だ。無人の土地を買って、リゾートにでもしてしまえばいいと、彼女は打算する。昇級したばかりの彼女は、頭部から伸びる綿毛をいつも以上に動かしていた。

 

 こうしてクネーテは平社員たちを引き連れ、高速船にて星海を横断した。

 

 

――――――――――

 

 緑翠猟群。私たちが名付けた猟群の名は蝕月猟群の大勢に届き、その後他の猟群にも広められたようだ。歩離の民は、有事の際以外はあまり干渉し合わない。

 こちらの星に攻め入ろうとして来ていないため、力を認められたか、ただ叩く必要がないと考えているかだろう。仙舟同盟との小競り合い中では、同士討ちなど持ち込まれても敗北が近づくだけだ。私は緑翠猟群の拡大に着手し、自身の力を磨くことも同様に行っていた。

 

 私は自身のテントの周囲にあるスペースで、大斧を振るっていた。実戦を通して、武器を扱う際の技量は高まってきたが、空いた時間での鍛錬は欠かさず行っている。狼でも、筋繊維が完全に千切れる重さだ。

 これをもっと軽やかに振るうことができれば、破壊力と機動性を兼ね備えることができる。呼雷や、他の猟群の巣父に打ち勝つためにも、通過しなければならない段階であり、熱を入れて取り組んでいる。

 

 

「…これで十万!師匠、次組み手をお願いします。」

「狂风様お疲れ様です。あたしが休憩している間にこんなに振れるなんて、中々極まってきたんじゃないですか。…それでは、始めましょうか。」

 

 

 私は白狼と向き合い、彼女が鎧を着用した上で組手を行った。私の成長した体躯ならば、鎧を壊すことは出来るだろうが、完全に爪を届かせることは難しい。それでいて戦闘のアシストが行われ、白狼が持つ熟練の技能が底上げされている。義兄姉らが構想していた外骨格は、彼らの想像以上に強力なもので、更に進歩を続けているのだ。

 

 

「狂风!筋力だけでは、敵わない相手も出てくる。気を引き締めなさい!」

「はい師匠…!やはり速い…。」

 

 

 白狼の激励に答えながらも、視線を絶えず彼女の動きに合わせる。巨躯になればなるほど、動きは重くなる。素早い拳が出せても、体の軸を変えるのは遅くなってしまう。大きく後退し、曲剣を紙一重で避ける。白狼の踏み込みは早く、深い。足がもつれないようにヒットアンドアウェイを心掛け、重い一撃を喰らわずに白狼の腕を掴むことに成功した。

 掴めば歩離の民の独壇場だ。白狼は体の力を抜き、組手の終わりを合図する。私は白狼に頭を下げた。

 合成肉を食いちぎった後、もう一度大斧に手を伸ばす。私は、どんどんと白狼の行動に追いついていける感覚を、半ば楽しみにしていた。鎧があれば、彼女の本気と向かい合えるからだ。

 

 

「狂风様、また鍛錬ですか?またあたしと訓練したかったら声をかけてください。水浴びして待ってます。」

「ありがとう、師匠。…あれはなんだ。」

「何かこちらに降りてきますね。器獣ではない…カンパニー製…?」

 

 

 白狼はぎゅっと目の焦点を絞り、少し遠くに降りる船のようなものを観測した。器獣に乗っていないなら、歩離の民ではない。私は警戒を怠らず、鎧を身に着けた上でその船へと近づくことにした。白狼も私についてきてくれるようだ。

 そしていくらかの狐族と、ストリボーグを含むオムニックたちが私に同行した。オムニックたちは言った。定期的に送信していたシグナルが、ようやくカンパニーに届いたのではないかと。彼らの予想は中らずと雖も遠からずであった。

 

 

 着陸した船からは、背丈の小さい幼子と特徴的な面をした人間たちが降りて来た。先頭に立つ幼子が、私たちに向かって言う。

 

 

「こんにちは、皆さん。わたしはスターピースカンパニー、戦略投資部のクネーテと申します。以後お見知りおきを。」

「ご紹介ありがとう、クネーテさん。私は狂风、この群れを率いる者だ。こちらこそよろしくお願いします。」

「第一印象で、子どもと見くびらないのは流石ですね。…群れ、群れ…この星についてのデータベースには、そのような原始的な文化は記録されていませんが…。」

 

 

 私は、今の会話でクネーテと名乗る幼子が、集団をまとめる者だと判断する。確かに幼子らしさはなく、非常に理知的だ。彼女の頭を見ると、綿毛のようなものが一本の黒い触角の先端に付いている。父の狩りに同行していた者から、武勇伝をよく聞かされたものだが、それによれば彼女はピピシ人という種族ではないだろうか。

 対話型のオムニックが、私の耳元に、音量を下げた機械音声を発した。

 

 

「あの方はピピシ人です。ピピシ人は外見が幼いまま、変化しません。周りにいる方は、スターピースカンパニーの社員の方々。つまり彼女が責任者のようです。」

「ありがとう。やはりそうか。幼子にしてはませすぎだ。…ここに来た目的を聞きださなくてはな…。」

 

 

 私はこれ以上疑いを持たれないよう、慎重に言葉を選ぶことにした。しかしクネーテは、現状の建築物の少なさに疑念を持ったようで、周りにいる黄色の鉱石を削ったような仮面を付けた社員たちに、指示していた。

 クネーテは私に向き直り、質問してきた。

 

 

「失礼いたしました。クゥアンさんの言葉に少し気になるところがございまして。ああ、フェンさんとお呼びした方が?」

「どちらでも構わない、好きに呼んでくだされば。クネーテさんが疑われたのもおかしくない。この星は一度滅びてしまっていて、私たちが立て直している最中なのだ。だからこそ、人手が足りず苦心していてな。」

「では、クゥアンさんと。なるほど、それで通信が途切れていたのですね。そちらのオムニックの方々も、共に開拓を?」

 

 

 オムニックと目配せし、歩離の民であることを隠してもらうようにする。対話型のオムニックは、人の表層の機敏を読み取ることに長けている。彼らは小さく頷くと、上手くクネーテに返答した。

 狐族やオムニックから話を聞き、クネーテはその小さな体を愛らしく動かす。表面上は納得したようだ。

 

 

「皆さん、ありがとうございました。早速ですが、わたしどもがヒスイノに来たわけをお話しさせていただきますと…ずばりこの星が機能しているかの確認です。そしてわたし個人はこれに加え、皆さまとカンパニーのビジネスを繋ぎたいと考えております。クゥアンさんは、カンパニーにご興味はございますか?」

「もちろんです。特に、私と共に開拓を行っている仲間が、興味を持っている。可能であれば、契約を結びたいと思っています。」

「それはそれは、話がお早い!契約書については、これから詳しくお話しさせていただきたいと…。」

 

 

 手をこねくり回しながらクネーテは言う。

 それからしばらくクネーテと本心を見せない雑談をしていると、男の悲鳴が聞こえてくる。クネーテが指示して偵察していたカンパニーの社員の一人だ。彼の目の前には、歩離の仲間が立っている。オムニックや狐族の一部に離れてもらい、話を付けて回ってもらったが、それも効果は弱かったらしい。

 

 

 

「ひ、歩離人!皆、警戒を!」

「なんだぁ?狂风さん、こいつ銃を向けてきやがる。敵対者だよな。殺していいか?」

「やめておいてくれ。カンパニーの皆さんも落ち着いてくださると。」

 

 

 加わって一年程度の狼であったため、私はやんわりと彼の腕をおさえる。クネーテは、眉を寄せ顔を青ざめさせている。おそらく戦闘能力のない人間なのだろう。

 クネーテが声を震わせながら言う。

 

 

「クゥアンさん…歩離人が何故、あなたを呼ぶのですか…!?」

「危害を与えるつもりはない。先ほどの会話も本気だ。それを念頭に置いてくれ。」

「あ、あ…あなたも…。」

「クネーテさん、離れてください!危険です!」

 

 

 言い訳も考え付いたが、仲間を貶めるつもりはない。私は兜を脱ぎ、カンパニーの社員たちに正体を表した。

 カンパニーの社員たちが、こちらに向かって銃を向ける。私は腕を振るわず、再びクネーテに言葉を投げた。

 

 

「クネーテさん、取引だ。実はオムニックたちから、この星をカンパニーは重要視していないという推測を聞いた。あなた方にとって、歩離の技術はほとんど未知。契約をするのも、悪い話ではないと思うが。」

「…一人、彼の近くに行きなさい。行った者はボーナスをあげましょう。」

「クネーテさん、そんな!」

「静かに。」

 

 

 しばらくするとカンパニーの社員が一人、足を震わせながら近づき目の前に立った。何か危険性がないことをアピールすることが必要だろう。私は爪を引っ込め、左手をゆっくりと出して止めた。

 

 

「握手だ。カンパニーの方。」

「…はは。」

 

 

 カンパニーの社員は手を出し、私の手を握る。軽く振られた握手は、引き攣ったような笑いを彼にもたらした。張りつめた空気は次第に和らいだ。

 

 

 ピピシ人の彼女は、出世欲に熱の入った女性だった。クネーテはその握手を皮切りに、新たなビジネスを模索し始めたらしく、歩離の技術を見るために施設を回りたがった。

 私は、狐族やオムニック、カンパニーの社員と共に彼女の訪問を手伝った。

 

 クネーテは、見るもの全てに価値を見出しメモをしていた。食物の研究を行う施設では、狼と狐族、そして人間用の食べ物を見せた。

 

 

「クネーテさん、これが狼用だ。試しに食べてみますか。人間が食べても死にはしませんでした。毒素もありません。」

「それでは一ついただきますね、クゥアンさん。」

「分かりました。義姉、一つ頼む!」

「腹が減ったか、狂风!ああ、そこのお嬢さん用か。そらよ!」

 

 

 投げ渡される合成肉の包装をつかみ取り、クネーテに手渡す。クネーテは小さい口で肉を含むと、顔を皺皺にした。塩味が強い肉は、ピピシ人には合わないようだ。

 

 

「うう…本当に、食べ物ですか…?しょっぱすぎます…。」

「口に合わなかったか。歩離の味覚とは、大きく違うようだな。」

「文化の調査にはなりました…。これを美味しく思うんですね。誰か、これを食べきってください!特別手当は出します!」

 

 

 カンパニーの社員に肉を手渡し、他の食べ物も彼女は試した。そのどれも口に合わなかったようで、全て部下に押し付けていた。食べきった社員の、琥珀のヘルメットの内から、悶えるような唸り声が聞こえる。

 

 次は、製造についての施設を巡る。器獣を作るための技術は、目にかかることが無かったようで、クネーテは喜んでいた。

 

 

「これは興味深い…!歩離人の技術力は、こんなにまで発展しているのですね…。」

「カンパニー側に契約の利はありそうですか。」

「ここだけでも、価値ありです!それに、外骨格の製造は素晴らしい。すぐにでも取り掛かりたいのですが、いかがでしょうか?」

「ああ、書類を見せて下さればすぐに。」

 

 

 私は商売を行いたいと願っていた仲間と合流し、クネーテとの契約を共に行った。クネーテが提示するそれは、見る限り無理のないもので、要約すれば製品の提供をする際にカンパニーを通し、価格の5%をカンパニー側が受け取るという契約だった。また経済的にカンパニーとヒスイノが協力関係になることを契約した。立場は違えど、ビジネスを行うときは敵対行動をとらないようになっている。

 オムニックが情報データをすかしてみて、特に付け足された文面はなかった。仲間たちも問題なしとして、クネーテに同意した。

 

 

「クネーテさん、このような緩い契約で貴女はいいのか?」

「問題ありません。友好的に接する歩離人の方々というだけでも価値がありますから。」

 

 

 クネーテとカンパニーの社員は、私たちと共に施設を回るにつれ、緊張がほぐれていたようで、最後はおっかなびっくりではあったが、友好の握手をしてくれた。

 私はクネーテにサンプルとして、食べ物などの一部を渡した。

 

 

「また良い知らせを持って来ます。突然の訪問でしたが、ご対応いただきありがとうございました。」

「私たちとしても、とても有意義な時間だった。これからもよろしくお願いします。」

 

 

 カンパニー製の船が飛び立つのを見送り、私たちはそれぞれすることに戻った。商売を望む狼は喜び、我々の技術の躍動を心待ちにしている。

 この訪問も、新たな芽吹きとなった。どんどん豊かになっていくヒスイノに私も喜びを感じながら、鍛錬と遠征、たまに技術報告を受ける日々に戻った。

 

 

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