月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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「人」の選択

 仙舟「羅浮」を、ひいては仙舟同盟全体を揺るがす事件は、収束へと向かう。だが依然として、民の心に巣食った暗雲は晴れず。それは仙舟に生きる帝弓七天将も例外ではなかった。

 

 帝弓七天将は、会議を行う。今後の仙舟同盟の方向性を定める、数千年以来の重要な会議を。ホログラムを使ったものでも、全ての将軍が一堂に会するのは、第三次豊穣戦争前に行われたものが最後だ。航行する場所を決めるのも、各仙舟に決定権が殆ど委ねられている自由さだが、今回ばかりは航行すら慎重に決定せざるを得ない。

 

 現在、朱明、曜青の将軍が、帝弓の光矢が放たれるという事件の起こった羅浮に滞在している。そしてその二艘における将軍たちは羅浮の将軍同様、ある決断を下した。それは、光矢から民を守るため、由来が豊穣勢力であるヒスイノと交易だけでなく軍事的な協力関係を結ぶこと。実際協力関係を結び「神秘の壁」を建設してもらったことで、嵐の「豊穣」を殺そうとする視線から逃れることが出来ている。

 

 雲騎元帥がいる、仙舟「虚陵」に光矢が二回降り注いだのがその証だ。元帥の彼女が「虚陵」の将軍、塵冥将軍の異名を持つ有無と協力して弾かなければ、虚陵の十王司は勿論のこと、仙舟の民は無事では済まなかっただろう。

 交易を行っていなかった仙舟「虚陵」「玉殿」については、ヒスイノの方舟が辿り着くのが他四艘より遅かった。だからこそ、景元と懐炎の判断は間違っていなかったと、寧ろ許容されることとなった。

 

 

 現在の星海において「神秘の壁」に守られていない豊穣勢力は、ほとんど存在しない。戦争を望まない種族はヒスイノに守られ、帰属している。そして欠け月を得ることで、豊穣の民ではなくなり、星海に出ても「巡狩」の矢に射られることが無くなっているのだ。

 

 虚陵の一件もあり、仙舟同盟は、薬師の力が代償ありきのものだと分かった頃と同じくらい、未曽有の信仰危機に陥っていた。

 日を追うごとに、「巡狩」の星神に対して懐疑的な人間が増え始めている。だからといって「豊穣」の星神、薬師こそが信じられる存在だという意見も増えてはいない。

 帝弓は、仙舟の民を守ってくれない。寧ろ復讐の対象であったのだと絶望しているのだ。

 

 人々の中で名があがり始めたのは、「存護」の星神、クリフォトだ。補天司命と仙舟同盟は呼称しており、薬師から嵐に信仰が移り変わる際、迷った民が一時的に縋った星神である。だが今回は一時的なものではなく、爆発的にクリフォト信仰が伸び始めている。

 何故なら、羅浮の人間の一部は、空を見ていたからだ。豊穣戦争に二度も介入し、仙舟の民さえも守ってくれ、戦争の終結へと導いた「深緑の騎士」。その騎士たちの長、狼の狂风が琥珀色の壁で仙舟を覆った。そしてその後無色半透明に変わった壁の向こう側で、嵐の矢を食い止めたところを見たのだ。

 

 ヒスイノの主は強大な力を以て、琥珀の壁を作り上げ、仙舟を「存護」した。ただ仙舟内部で暮らす、戦いに縁のない民にとっては復讐のため星海を飛ぶ神より、民に寄り添う人間の方が信じられる。「存護」の精神を掲げるヒスイノから、「守り」という概念そのものにも畏敬の念を持つことは自然な事だと言えた。

 

 

 羅浮の神策府、四人の将軍が集まる場において、彼らは顔を見合わせる。そして景元は、元帥に提言した。「巡狩」が掲げる最終目標、忌み物を全て駆逐し、薬師さえ打倒することについては早まるべきではないと。

 

 

「――我々が持っている認識。帝弓の司命が全ての忌み物を殺し終えた後、何を行うのか…それさえも想像の範疇でしかありません。そのため我々は守りを盤石にした後、燼滅禍祖に狙いを定めるべきです。巡狩への信仰が揺らぐような、決定的な出来事が起こってしまえば、仙舟同盟は瓦解します。」

『―――光矢における二次被害の復興を急がせよ。我ら雲騎の目指す先は変わらぬ。…滅びの大難を招く、禍祖の駒を退ける。そこに帝弓が加わることになろうと、巡狩は止まぬ。』

 

 

 雲騎元帥、華はその後。帝弓七天将の考えの元、仙舟同盟の進む方向を決断する。直近で定めていた目標は変えず、嵐の動向については「玉殿」並びに、仙舟全ての太卜司が今まで以上に、観測を徹底する。禍福を占うのではなく、ただどう動くのかを観測し続け、今後の仙舟同盟の信仰を考えるのだ。

 

 帝弓が、司命でなくなってしまうのか。そして、かつての豊穣勢力が呼んだように「妖弓」とその呼び名を変えるのか。それは時が経てば分かることだ。

 緊張の時間は終わる。仙舟の将軍たちは、ある天才との協力の元、壊滅勢力を叩く。進軍は、星核を持ち込んだ運び屋、長い金髪の男、羅刹の一時的な釈放を以て始まることだろう。

 

 刻一刻と契約の日は近づく。巡狩は既に射られた矢。「巡狩」の星神がどうあれ、攻撃的な「豊穣」が居なくなったところで、仙舟同盟の在り方は変わらない。人に終わりなど、ありはしない。災禍を撒き散らす存在がいなくなるそのときまで、止まることはない。

 

 

―――――

 

 戦首、呼雷の「紅月」を取り込み、しばらく経った。紅月は完全に、私の胸の欠け月に取り込まれたようで、違和感を覚えない。

 だが私の心には、熱き闘志が灯った。彼が最期にくれた贈り物、何にも代えることはできない。

 

 

 精神世界から戻ってきた後。私は星、飛霄、鏡流の三人に耳元で大声を上げられていた。私は、僅かに外側と繋がった意識で三人と戦っていたのを、脳が理解する。呼雷が師匠の似姿を見せてくれた時、あんなにも楽しかった理由。その一要因を彼女らが作ってくれていたのだということも。

 身勝手に付き合わせてしまったことを詫びながらも、私は感謝した。また鏡流と飛霄が、私に持っていた不満を心のままにぶつけていたことも脳が覚えており、それにも感謝する。

 

 鏡流はそのとき、私に向かって呆れたように息をつき、飛霄は念押しをしてきた。私は飛霄に返答した。面影を追うことをせず、しっかり彼女自身を見ることを。私の内に残っていた懐かしい影は、私を快く送り出してくれたのだから。

 

 私は星の要望通り、麺料理を作ることになった。そのとき何故か飛霄や、彼女にお付きとして来た椒丘、影護衛をしているモゼという名の青年、「曜青」から来た兵士も参加してきた。

 久しぶりに会った椒丘は、味の好みが変わらないままであり、麺料理に対して、真っ赤になるまで香辛料をぶちまけるという事件を起こしてくれた。

 その食事会で飛霄はずっと快活な調子で笑っていた。彼女が笑ってくれているだけで、私も嬉しかった。

 

 

 それから私は、競鋒艦の修繕費を出したり、羅浮の復興作業を直接手伝いながら、滞在した。仙舟将軍たちとの話し合いを何度も行った。方舟は無事、仙舟同盟を構成する六艘全てに送ることができ、「神秘の壁」を外装に建てることもできた。

 嵐の光矢は、そのときから仙舟同盟を襲うことはなくなった。だが、誕生してからずっと止まらなかった其の走りは、反応を示す「豊穣」を殺し尽くしたら、一体どうなるのか。

 

 星神の動きを考えたとしても、できることは予想だけ。そしてそれを、限りなく現実に近づけて予想できるのは「天才」だけだ。天才クラブの面々も其の動きには興味を示したらしく、彼らは「模擬宇宙」にて星神の研究を更に推し進めていると、智械黑塔から聞くこととなった。また「透過宇宙」を開発し続けている智械黑塔も、それをシミュレーションし始めている。

 

 

 そんな中、仙舟「羅浮」は、予定通り星天演武典礼を開催すると星海中に発表した。光矢が落ちてからほとんど月日が経っていないというのもあり、辞退する選手はいたが、それでも人は集まってくる。

 血気盛んな命知らずたち。自分に対して絶対の自信がある、強き者たちだ。

 

 また演武典礼のため早く来ていた選手たちはほとんどが辞退せず、修練を始めていた。実際に囚人たちと戦い、昂ったのだと口々に言う。どうせなら、戦意の高まりを発散してやろうと、彼らは息まいているようだった。

 

 

 そして現在。私の宇宙船からは星が、星穹列車のナナシビトからは三月なのかが、それぞれ仙舟の武術の修行を終わらせ、演武典礼へと出場している。私は宇宙船の人員皆と、列車のナナシビトたち、そして仙舟の縁が繋がっている者たちと一緒に、彼女たちの応援のため観戦していた。

 

 私が乗った競鋒艦は修繕が間に合わなかったため、過去、月御と鏡流の親善試合が行われた艦が改造され、演武典礼の会場となった。

 私は、観客の邪魔にならないよう隅の方に陣取り、演武台を眺める。観客席は、羅浮の復興を支援するために集まった人々や、仙舟の民で埋め尽くされており、とても賑やかだ。空元気ではない、逞しく非日常を楽しむ人々。

 

 

 試合の声援とは、何故ここまで心を震わせるのか。私には分かっている。鼓舞とは人へ、自身の前向きな感情を渡すこと。他者を想う心が込められた声であるからだ。

 

 私は強者たちの戦いを見ることを楽しみにしながら、人々の心地よい声に耳を澄ませる。戦の前の一時を心から感じ取るために。

 

 

―――――

 

 星は、無事開催された演武典礼の会場を練り歩き、多くの友人と会う。ヤリーロ-Ⅵから来たクラーラ、スヴァローグ、フック、そしてルカ。仙舟の衣服に身を包んだ星は、四人と話す。

 二人の少女は嬉しそうに星に近づき、ルカは裏表のない笑みを浮かべる。

 

 

「今回の演武典礼は、トーナメントなのが悔しいぜ。あのサイバー忍者、半端ねぇ強さだった…。…銀河打者!オレの分まで頑張ってくれよ!」

「ルカ兄ちゃんも頑張った!あとは、星名誉隊員をずっと応援するからな!」

「星お姉さん…ファイトです…!」

「応援ありがとう。行ってくるね。」

 

 

 星はにっと笑みを浮かべ、クラーラ、フックと掌を合わせてから、演武台へと向かう。

 肩まで伸ばした髪を、頭頂で団子結びにした星は、鏡流と飛霄の髪型へ意識して寄せていた。

 

 星は考える。修行をつけてくれた二人は、演武台で一緒に狼と闘った。なら彼女たちは、星の仲間であると。この特別な繋がりを覚えていたい。これからどのような旅路を歩むにしても、心を通じ合わせた相手と大切にし続けたいと星は思ったのだ。

 

 星が演武台に上がる。その先で、同じく仙舟の衣装に身を包み、髪型を変えた三月なのかが待っていた。

 三月なのかは歯を見せて笑い、双剣を持ち上げた。

 

 

「星!ウチの師匠仕込みの技を見せてあげる!本当に頑張ったんだからー!」

「私もだよ。なの、今回私が勝ったら仙人爽快茶、十杯奢ってね。」

「こんなときに賭け!?…じゃあ、ウチが勝ったら…お菓子とお茶とカメラ雑誌、全部買ってもらうからね~!」

「望むところ…!」

 

 

 星と三月なのかは、それぞれ得物を構え、試合開始の合図を待つ。仙舟と外部の関係をより強固にするための二人は、そんな策など気にせず、笑いあった。何故なら彼女たちは、仲間だから。乗っている船が違くとも、道は交差し、再び出会える。まるで、それが運命かのように。

 

 アナウンサーが試合開始を、少しばかりコミカルな調子で宣言する。星は、友と手合わせできることに喜びながら床を蹴った。

 

 

―――――

 

 演武典礼は大盛況のまま、幕を閉じた。星海中の実力者が集まった式典は、確かに仙舟同盟の活気を取り戻させ、次の戦いに向かうための狼煙を上げることが出来た。

 

 

 そして演武典礼が終わり、しばらく。星海を揺るがす出来事が起こる。

 

 嵐が星海を一直線に飛び、「豊穣」の星神、薬師に対し攻撃を始めたというのだ。星海において、薬師の場所は分からなかった。稀に長命を求めた者が巡り合ったとしても、狙って再び遭遇することなどできないほどに。

 

 「巡狩」と「豊穣」。何千年にも渡る代理戦争を人間にさせてきた星神同士の衝突が始まったのだ。

 

 

 これは、私が持つ終焉の描写にはない出来事。決定的な違い。私は理解する。私の終焉の描写と、この星海が辿る道が違うということを。

 

 だが私はこうも思う。辿る未来が変えられたのなら、神々の戦いによる終焉も絶対に変えられる。いや変えてみせる。

 

 私は決意する。私の持てる全ての力を使い、終焉を越えた先にある未来を必ず掴み取る。先に逝った者、今私と共に歩んでくれている者、まだ見ぬ未来を生きる者のために。

 選んだ道を悲観することはなく。狼として、血肉沸き立つ戦いを最後まで。

 

 私は戦い抜く。

 

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