智械黑塔に対して策を聞いてから、数日後のことだった。透過宇宙による研究が大幅に進んだとの報告が、彼女自身からあった。智械黑塔は、透過宇宙内に入り込んでいた星核ハンターの銀狼をわざと見逃していたらしい。そして私はテストを行っていた少女、星の内包する力が劇的に上昇していることを感じ取った。
鍛錬を積んだり、其に一瞥されるという特別な行程を踏んだとしても、辿り着くことが出来ない境地。これは特殊性などという言葉では言い表せない。私は星の才覚に畏敬の念を抱いた。
私は星にどのようにしてその強大な力を得たのかを聞こうと思ったが、星は自信に満ちた表情を私に返すだけだった。ピノコニーにて星が友となった、「仮面の愚者」の花火に理由があるのは明白だろう。私は彼女の持つ仮面を見て、星の新しい選択を祝福した。
新しい時代を生きる者は、己の道を定め、成長を繰り返していく。そしてこの広い星海に向かって、私の宇宙船から旅立つのだ。それはサマンサやサユ、一時的に搭乗している停雲も例外ではない。
サマンサは星神同士の戦いが人間に向けられたとき、鉄騎と友人のため、ヒスイノと友好的な星系群を守るために「深緑の騎士」に加入する。そして終戦まで奮闘するとのことだった。サユは智械黑塔と、研究者集団「演繹する脳」と共に、その頭脳を活かして終戦を早めるための解決策を考え抜くと私に話した。私の終焉の描写と現状が違うことから「崩壊」についても視野に入れ、それが起こったとき「壊滅」の勢力はどう動くのかまでシミュレーションしているという。
白珠は白露の「巡る医士」としての任務を優先し、演武典礼を私たちと見終わった後は、二人で星間を目まぐるしく飛び回っている。
私の親しき者たちは、今己が出来ることを全力で行っている。ならば私は、他の星神たちが戦いに加わり始めるまで人を円滑に動かし続けるべきだ。
そして時が経ち、私の頼みの綱の一つである、「天才」の研究の準備が始まろうとしていた。それに伴い、停雲も、己のできることのために動き始める。
星神同士の戦いが始まって一月ほど経った。ルアン・メェイと仙舟同盟から、ほぼ同時に連絡が入ったのだ。
ルアン・メェイはスクリューガムやヘルタの助けを借りて、その研究専用の実験場を作り出したようだ。この惑星は、普段ルアン・メェイが研究生活を送っている地と同じように、周囲に文明がなく、恐ろしいほどに静かな場所である。
ヘルタは、彼女の知的好奇心を刺激した惑星の調査に集中したがっていたようだが、同時並行で進めれば問題ないとしたようだ。星穹列車がピノコニーの次に向かったという惑星らしい。その惑星の「開拓」が終わった暁には、ナナシビトも協力してくれることを望んでいる。
仙舟同盟から来た連絡は、ルアン・メェイとの協力についての文言であった。現在の星海の混乱を利用し、仙舟同盟の二艘を襲った絶滅大君、幻朧を捕える。仙舟同盟が、星神の庇護無しで大敵へ勝利出来ることを見せ、先の大戦に参加する意思を示すために。
私たちが停雲を保護していることをルアン・メェイ経由で知り、捕縛の協力もしてもらいたいとのことであった。元々ルアン・メェイの研究に協力するつもりであった私は、その協力要請を受け、「深緑の騎士」たちにその作戦を伝える。ヒスイノにおける攻撃に特化した少数精鋭と、仙舟同盟が手を組み、幻朧へ勝負を挑む。
―――――
星は花火、銀狼と別れてから、自分の体に宿る力が日々強まっていくのを感じていた。身体能力の増強、「神秘」の力の拡大は勿論のこと、髪の状態や肌の調子がずっとよく、星にとって少し嬉しい状態であった。サマンサや停雲に美容品の類を勧められるため、美容を意識することも多くなったからだ。
そして、以前は持ち合わせていなかった摩訶不思議な能力も、星には芽生えた。花火がピノコニーで変装をした際、巨大な金魚を宙に泳がせたように、星も実体のある幻影を生み出すことが出来るようになったのだ。
パチンと指を鳴らせば、星の心の中にある「好きなもの」が現れる。ゴミケーキの同族、ルアン・メェイの創造物たち。ピノコニーの夢境で出会った、手足の生えたゴミ箱。それらは触れることができ、感触もゴミ箱は硬質で、創造物たちは少し柔らかい。
また人間の幻も生み出せることが分かった。日常会話などコミュニケーションは取れないが、星が念じることで戦闘行為を自動で行うことが出来る。トレーニングルームにて実践した際、幻同士で戦わせることもできた。
その過程で鉄騎の装甲シリーズを幻で作り、並べて悦に浸っていたところ、サマンサに発見されるという事件もあった。
星は一度自室のベッドで休憩し、ゴミケーキの外殻を撫でながら端末のメッセージを見る。連絡手段を消さず残したままにした花火との会話履歴だ。花火が実体を持った幻で出来ることは星よりも多くあり、彼女からの愚者としてのアドバイスが簡潔に書かれていた。
「発想力が大事か…。やっぱり色んなものを見るのが一番だね。」
星はゴミケーキに話しかけた後、ベッドから立ち上がる。彼女は、宇宙船の仲間の部屋へと向かうことにしたのだ。
ただ雑談したいからではなく、これから戦場に向かう少女のことを案じた結果であった。星は停雲の部屋をノックした。
いつも通りの温和な調子で、停雲が返事をする。扉のロックが外され、黒髪の狐族、少し前までは商人として戦いとは無縁であった少女が、星を招き入れた。
停雲が一時的に使っている部屋の内部は、とても質素であった。必要な物以外が置かれておらず、机には戦いが終わった後、停雲と親しい人に渡す品々が並べられている。星は少し寂しい気持ちになったが、穏やかに微笑み、停雲に尋ねる。
「狂风が言ってたね。そろそろ帰忘の出番か…。帰忘、体調は大丈夫?」
「星様。はい、そろそろでございますね。体調の方は問題ございません。少し、怖い気持ちはありますが…。」
星は停雲の手を見た。小刻みに震え続けている。表情はいつも通りであるが、体の震えまでは止められない。
何故なら、停雲は戦う人ではないからだ。幾ら仙舟同盟全体が絶滅大君を追い込むからと言って、人死にが当たり前の戦場に向かうことは、停雲にとって恐怖でしかない。
星は停雲の手を取る。そして彼女の手を持ち上げ、もう片方の手でも包み込んだ。
「大丈夫。私たちがついてるよ。この船に乗ってる皆は強いし、私も直近でもっと強くなった。」
「…これは、私と…羅浮の天舶司の皆様…?」
「演武典礼前に、顔を合わせてきたんだよね。こんなことが出来るようになったのは最近だけど、顔は覚えてるから、帰忘に…停雲に見せたいと思って。」
星は自らの術で、仙舟同盟の天舶司に所属している人の顔を作り出す。星は強調して言った。皆、戦いの後停雲と再会するのを待っているということを。
「停雲が帰ってきたら…生きてるのを知らない人は少し驚くだろうけど、絶対に涙を流して喜ぶよ。だから、最後まで頑張ろう。戦いを忘れて商人に戻れるように、私たちと一緒に!」
「…星様。」
停雲は星の瞳をじっと見つめ、彼女の掌を強く握る。そしてきりと顔を引き締め、力強く頷く。
「激励の言葉と、皆様の顔を見せてくださり、ありがとうございます。知人の顔を見たら、気持ちが落ち着きました。考え込んではいられませんね。」
「停雲は、宇宙船にいれば安全だから。皆を案内したら、終わるまで待ってて。」
「はい。星様、どうかご無事で。」
その後星は真剣な表情を崩し、時には冗談交じりの文言で、停雲との雑談を行うことにした。ずっと張りつめていればいつか参ってしまう。それにそんな空気は、楽しくない。星はそう思ったのだ。
―――――
宇宙船の人員とのゆったりとした時間は瞬く間に過ぎていき、仙舟同盟と合流した時点で空気を切り替えた。私は懐炎から受け取った巨大な槍「奔雲」の手入れを行い、己の中の士気を高めていた。
作戦が始まると、停雲は仙舟同盟に、絶滅大君幻朧の位置を伝え続け、戦いの場所へと案内する。私たちの宇宙船は仙舟同盟の二艘に追従する形で同行した。
仙舟同盟側は「羅浮」「曜青」「朱明」の雲騎軍を向かわせ、帝弓七天将の内、飛霄と景元、懐炎、特殊な立ち位置にある鏡流を大将とする。嵐から威霊を受け取った帝弓七天将は、単体で絶滅大君と渡り合えるほどの実力者だ。元帥であれば、使令一人相手であれば有利に立ち回れるほどだろう。また将軍でなくとも、朱明の融合戦士は他の歳陽に体を乗っ取られることがない。融合戦士たちで壁を作り、他の雲騎軍が矢を撃ちこむのだ。
これだけの戦力が、幻朧一人にあてがわれる。奴に勝ち目はなく、逃げようとしても停雲に捕捉され、すぐに追いつかれることになる。
そして神秘の壁で覆われた仙舟同盟と、神秘のヴェールで一時的に船を囲んだ狼の宇宙船は、幻朧に気づかれることなく、本体近くの星系へ接近することが出来た。
絶滅大君の内一人は、もう少しでその「壊滅」を愉しむ生涯を終える。杜撰な己の行動によって、歳陽には無い首を絞められて。封印を施され、天才の研究材料として第二の生を送ることになるのである。
私は宇宙船から神秘のヴェールを外すことなく、雲騎軍と共に幻朧がいる地点を包囲していく。雲騎軍の戦闘用星槎には、私たちヒスイノから提供した、小型の神秘の壁が内蔵されている。これを取りつけることによって仙舟人は欠け月が無くとも、嵐の光矢から逃れる術を持った。「神秘」によって姿を隠すこともできる優れものだ。
今回の戦場となる星系にも神秘のヴェールがドーム状に設置される。
私は無線で、私たちと共にやってきた「深緑の騎士」たちに通達する。雲騎軍が動き始めたとき、こちらも拘束装置を最大出力で照射することを。
幻朧は歳陽であるため、純エネルギー生命体はどれだけ痛めつけても死ぬことはない。であれば、封印術を判官たちが使っている最中、少しでも動きを止められる拘束装置を使うのが無難だ。私たちが攻撃すればするほどに、幻朧は力を失っていく。封印にかかってしまえば、無力化はすぐだ。
戦いに入る前、最後に私は星たちに言葉をかける。今回の作戦では、戦うことのない停雲以外、全ての人員が捕縛するための戦闘に参加する。緊張はしていないか、怖ければ船を守るだけでも大丈夫だという旨を、私は伝えた。
「問題ありません、狂风様。拙はヤエと共に、壊滅の大歳陽の勢いを弱めてみせます。」
『父上。新しく生産された装甲の威力を、存分に発揮しましょう。』
「もう包囲してるんだし、あの歳陽は逃げられないよ。レギオンの軍勢は出すだろうし、それにあなたと、星の力を試すのに使ったら?」
「狂风も更に強くなったんだよね。お互い、腕試しといこう。」
「皆、気合いに満ちているな。…なら、私も全力で行こう。」
私は何も心配はいらないのだと、小さく笑った。彼女たちは自ら選択して、ここにいる。己の特徴を生かして、間接的に終焉を回避する貢献をしたいがために。
私はハッチにまで向かい、立てかけていた「奔雲」を持つ。私の背丈より長く、私の手に収まりきらないほど分厚い槍。こんな武器を製造できるのは、仙舟「朱明」の腕の立つ職人くらいだ。私はこれを振るえる時を心待ちにし、にやりと口元を歪ませる。
「狂风もそんなギラギラした目するんだね。」
「…私は思いだしたんだ。いや、恩人が思い出させてくれた。この、狼の…強さの高みを目指し、戦場を駆ける歓びをな。」
星に私は心の在り方を伝える。私はずっと、戦う相手の生死にも囚われていた。戦争は、基本的には知的生命体間で行われるもの。豊穣戦争だって、血の通った豊穣の民と、戦意喪失させるために戦ってきた。言葉を交わせば通じ合えるからだ。
だが私がこれから、星神同士の戦いにおいて相手取っていくのは、反物質レギオン、もしくは「崩壊」とやらの眷属だ。ヴォイドレンジャーに意思はなく、「壊滅」の衝動だけがある。倏忽が、死人を無理矢理操っていたのと同じようなものだ。
ならば、全力をぶつけられる。実のところ、意思の無いヴォイドレンジャーで歯ごたえのある個体は存在しなかった。戦いの歓びなど感じられぬほどに弱く、それでいてしつこい。必死で生きている人たちの命をかすめ取り死肉を漁る、意思無き死人ども。そんな者に本気でぶつかりに行くなど、できはしない。
だがこれからは、うんざりしなくても使令相手に命のやり取りができるのだ。
ここまで考えて私は熱くなり過ぎていたことを感じ、頭を少し振って熱気を冷ます。智械黑塔は私に対して呆れた表情を作り、息を深く吐いた。サユやサマンサの鉄騎も私に対し、不思議そうに小首を傾げている。
「はあ…。」
「印象が変わったか?だが、これが私だ。血に酔わずとも吹き荒れる風のごとく、狩りを行う。行ってみせよう。」
『父上、貴方が楽しそうで何よりです。ですが、必ず無事で戻ってきてください。皆もです。』
鉄騎が低い男性の声で、皆に向かって穏やかに伝える。少女たちは各々同意し、仙舟同盟からの合図が為されるのを待った。
絶えず指示を出している停雲は、幻朧に近づいていくにつれ苦しそうに体を押さえる。受けた「壊滅」が共鳴しているのだろうか。
私は「奔雲」を置いてハッチから離れ、停雲に治癒の力を使った。そして指の腹で彼女を支える。
停雲と積極的に言葉を交わしていた星も、停雲に駆け寄った。
「はあっ…はっ…!少し、落ち着きました…。狂风様、ありがとうございます。」
「ソファで安静にしていてくれ。智械黑塔。これ以上、宇宙船を進めるのはやめだ。私たちはここから跳ぶことにしよう。それと停雲さんの状態が悪くなったら、すぐ私に知らせるんだ。頼んだぞ。」
「欠け月では…駄目か。幻朧の「壊滅」は、強力だな…。」
サユも駆け寄り、自身の欠け月を使うが、停雲の調子はそれでは良くならない。使令から受けたダメージは、それに対抗できるほど強い治癒の力を使わなくてはならないようだ。
智械黑塔は私の言葉に頷いてくれた。戦闘には支援を行うくらいにし、大部分の義体を宇宙船の防護にあてるとも彼女は話してくれた。
「でも、そうなったら戦いに熱くなりすぎないで、すぐ戻ってきて。」
「もちろんだ。人命より大切なものはない。仲間なら尚更だ。」
「狂风様…私のことを…。」
「ここで一緒に卓を囲み、食事を共にした。その時点で貴女は、仲間なんだ。…老いた狼の戯言だと、聞き逃してもらって構わない。」
私は治癒を最大限に使った後、ハッチ前へ再び向かう。
しばらくして仙舟同盟が捕縛作戦の決行を全軍に合図した。私は跳躍で、サマンサは自力での飛行で、星たちはそれぞれ小型船に乗り込む。これより私たちの作戦は開始された。
幻朧本体は、巨大な歳陽であった。依り代に対して、全身を覆い被せるようにしている。仙舟「朱明」の動力になっている火皇と比較すれば小さいが、それでも私を呑み込んでしまえるほど巨大な灯火である。
幻朧は、突如自身の近くに現れた軍勢に驚愕していた。そして軍勢の正体が仙舟同盟だと分かると、更に何故だと大きな声で困惑する。
『妾の場所をこうも正確に…!な、まさか…貴様…!また、この妾の「壊滅」を妨げようというのか!』
「少しは歯ごたえのある軍を持っているじゃないか。「壊滅」の使令!」
『おのれ…!何故だ、何故妾の場所を!』
大敵相手に、馬鹿正直に教えるわけもない。
私は跳躍した後、落下しながら「奔雲」をヴォイドレンジャーにぶつけ、装甲を砕いていく。今回琥珀の壁は攻撃に使えない。ならば、仙舟同盟の守りとならん。
私は片手を向け、雲騎軍の戦闘用星槎たちと仙舟同盟の三艘の間に、琥珀の壁を高く築き上げる。絶滅大君の攻撃にも何度か耐えることが出来るだろう。崩れれば、新たに作ればいい。
私は、幻朧の分け身が一時的に入り込んだヴォイドレンジャーの硬さに驚きながらも、しっかりと器を全壊させていく。「奔雲」の穂先は少し欠けるが、火力としては素晴らしい威力だ。私は地面に勢いよく着地すると、幻朧前に大量にいるヴォイドレンジャーを相手取っていく。
構えた「奔雲」で辺り一帯を薙ぎ払う。小さな琥珀の壁でヴォイドレンジャーを串刺しにし、苦戦している雲騎兵を支援する。
紅鎧や血肉の大樹を使えば、目の前の大歳陽に乗っ取られる可能性が高いため、あくまでも無機物かつ人型でないものだけで攻撃していく。
幻朧は憤る。必ずやこちらを「壊滅」させてやると言わんばかりに、虚空から終末獣やヴォイドレンジャー、自身が持っている戦力を全て出現させ、攻撃してくる。結局、これだけ大きかろうと、幻朧はモノを操ることばかりに長けていて、自身では力を粗雑に振るうことしか出来ないのだ。
これが歳陽という種族の厄介なところであり、弱点でもある。私は戦場の後ろで、巨大な陣が完成しているのを見て、更に歩を進めた。
―――――
幻朧は憤りながらも焦りを露にしていた。己はどこで手を打ち間違えたのか。この策か、それともあの時の策かと思考を巡らせるが、答えは出ない。幻朧に真実を教える者は誰もいない。
人々を弄び、殺し合わせることを愉しんでいたからこそ、この大歳陽は打ち倒されるのだ。
幻朧の元に、強き者たちが集結する。その中には星の姿もあり、一際目立っていた。
星は実体のある幻を生み出し、一人で大軍勢を作り出す。この戦場には来られず、戦いが無事終わり、大切な人が帰ってくるのを待つ仙舟の人々。今まさに戦っている雲騎軍の兵士。そして、火皇の夢の中で、戦い散っていった大昔の英雄たち。火皇が夢の中でずっと待っている、旧友の姿もそこにはあった。
星の作った幻に、雲騎軍の兵士たちは鼓舞されたように勢いを増した。幻であるのは分かっていても、故郷のために戦い抜くには、物が必要だ。目の前に守りたい人や英雄がいるのは兵士たちの活力を生み出した。
星は、花火の万華鏡で見た、この星海には存在しない仙舟由来の戦士の幻も登場させた。星は慣れない出力、それだけ力をほとんど使い、息を大きく立てて、最後に作った幻を見る。
それは濡羽色の髪をした男性だった。長い黒髪を細く後ろで束ね、目は赤く染まっている。
絶対会うことができない存在であり、一度しか見ていない。そして二度と描写を見ることはない。だから星の記憶からは薄れていくだろう。だがその男性は、かつてを知る者からすれば精巧であり、そして懐かしい気持ちにさせてくれる人物だった。
戦場を駆けていた純白の狼と、羅浮の剣鬼、鏡流は彼に目を引かれ、その名を口にする。
「…応星だと!」
「応星君…!」
表情を無にした彼の幻は、レギオンの軍勢を切り刻んでいく。二人はそれが幻であるとすぐに分かった。だがそれに鼓舞されるように、狼と剣鬼の動きは上がり、敵を圧倒していった。
星は笑い、バットを握り締める。そして乗り捨てた船から、幻の仙舟の英雄が乗る星槎に飛び移り、幻朧を持てる全てを使って攻撃する。
サユは、雷風を轟かせながら朱明の戦士と肩を並べて押さえ込み、サマンサは鉄騎や造翼者たちと共に空中戦を行う。そして天撃将軍、飛霄は青丘軍と共に突風で敵の陣形を荒らし、塵へと変えていった。
幻朧は軍勢を打ち倒すために、自身の力を使ってヴォイドレンジャーを強化していたが、だんだんと精神力が疲弊していく。何故こんなにも上手くいかないのだという諦観もそこには含まれていた。
幻朧は、絶滅大君になる前のことを思い浮かべていた。負創神、「壊滅」の星神ナヌークの烈炎に吞まれる世界、自身の姿を。果てしない絶望の中、歳陽は「壊滅」を誓った。
滅びていく世界にこそ、美しさはある。もっと苦しめ。そう思い込んでいれば、やがて本心となった。
まだ次がある。そう彼女は考え、策を練るため場所を移そうとすれば、今まで感じたことのない不自由が純エネルギー全体を押さえ込んだ。体から力が抜けていく感覚も、彼女は味わう。
幻朧を押さえ込んでいるのは、仙舟同盟が何千もの間、邪崇を倒すため開発してきた封印術。そして嵐の光矢に使用される拘束装置であった。依り代から完全に抜け出しても、逃れる術はない。
ならば最期まで「壊滅」を行ってやると、幻朧は壊れた依り代に戻り、ヴォイドレンジャーたちに更なる力を込めた。
それから、しばらく。仙舟同盟における三艘からなる連合軍と、深緑の騎士たちによって、幻朧は完膚なきまでに倒された。仙舟「曜青」の精鋭である青丘軍が、天撃将軍、飛霄を先頭に勝鬨を上げ、前線を張り続けた「朱明」の融合戦士、「羅浮」の雲騎軍も退却しながら、自分たちの貢献を喜ぶ。
ヒスイノの勢力は任務を終えると、判官たちによる幻朧の拘束を手伝いながら、絶滅大君を運び込む準備をする。ルアン・メェイの新しく作られた研究施設、実験場へと。交わした契約を果たすために。