月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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生命の本質へと

 幻朧の拘束が完了した後。ヒスイノから超大型輸送船を星系へと持ち出し、封印した幻朧を運び込んだ。宇宙船には仙舟同盟の内、封印術に精通した人員と、朱明の歳陽と融合した戦士が乗ることになった。

 

 ルアン・メェイと仙舟同盟間の契約は、仙舟同盟側が寿瘟禍祖と呼称している薬師、燼滅禍祖と呼ぶナヌークを打ち倒すための手段を渡すこと。

 今回の幻朧の調査によって、ルアン・メェイの使令に関する研究は大幅に進むと彼女自身が考えている。どのような研究成果であろうと、星神から直接力を与えられた存在について分かれば、それだけで武器になるのだ。

 

 この輸送船を護衛する形で、私たちの宇宙船はついていくことになる。だがその前に、私の宇宙船から一人の少女が故郷に帰る。幻朧本体を封印するために最も貢献した、狐族の停雲。

 彼女は元々商人であるのに、危険を冒してまで仲間の仇を取るため、仙舟同盟の「巡狩」を担うために奮闘した。停雲はもうゆっくりと休むべきだ。戦場ではなく市井の人の中、仙舟「羅浮」の民として。

 

 私たちは、停雲の送迎を行うことにした。

 

 

―――――

 

 星たちが戦闘から戻ると、元気を取り戻した停雲に出迎えられる。幻朧から離れた場所で療養していたことで、「壊滅」の影響を受けなくなった。星は、停雲の全身を見てから、ほっとしたように緩んだ表情を作った。

 

 

「…これで、停雲の目的は果たせたね。」

「はい。」

 

 

 星は嬉しそうに、停雲は寂しそうに微笑む。

 サマンサ、サユは彼女の傍に集まった後、停雲に対してこれまでのことを話した。一時の別れの言葉であり、羅浮での観光の際、商談のため出立していなければまた会えるかもしれないと。または大戦後、旅の中で商談のため訪れている惑星で、ばったり会うかもしれないと。

 広い星海において、縁は重要な役割を果たす。停雲は三人の言葉に逐一頷き、別れを惜しむ言葉を返した。

 

 狼は、停雲の戸籍について手続きしたことを話す。公的には死亡扱いであったが、仙舟同盟の組織における上層部は停雲の生存を知っているし、作戦にも組み込んでいる。すぐに、失踪宣告が取り消される運びになった。

 

 

 そして、幻朧が封印された星系付近にまだ留まっている仙舟「羅浮」へと、狼の宇宙船は飛ぶ。玉界門では軍事的な協力関係を加味され、すぐに通された。

 そして停雲は、星槎海中枢にまで送迎され、司辰宮から天舶司の人間が迎えに来るのを待つ。

 

 星たちはその間、停雲と雑談しながら、現在の羅浮内部を見る。行きかう人々は、仙舟同盟が絶滅大君の一体を打倒したことで盛り上がり、羅浮を襲った脅威が一つなくなったことを喜んでいた。

 

 停雲は土産品を大量に荷物として持ちながらも、何かを思い出したように口元へ手を当て、白くなった尻尾からあるものを取り出した。それは停雲が一時的につけていた仮面であった。停雲はそれを、星の掌を包み込むようにして渡した。

 

 

「星様、これを。私は仮面の愚者ではございませんが、停雲ではなく帰忘として過ごした時間は、星様と私の心の内に残していきたいのです。」

「うん。大切に持っておくよ…帰忘。」

「お願いいたします。」

 

 

 星は停雲の仮面と、花火から受け取った仮面を見比べ、懐にしまった。停雲が再び帰忘として、星たちに会いたくなったときが来るまで大切に持っておこうと、星は思った。

 

 星槎海中枢の奥から、狐族の女性が駆け寄ってくる。

 

 

「停雲!」

「御空様…!皆様方、どうやら迎えが来てくださったようです。」

 

 

 近付いた狐族の女性、御空は、停雲を抱き留める前に、狼たちに頭を下げた。御空の後ろから、天舶司の人間がやってくる。停雲の生存を知っていた者と、そうでない者に二分されていたが、どちらも彼女が無事帰還したことを言葉に出した。そして御空たちは、天舶司一同感謝する旨を伝える。

 

 

「…皆様方と過ごせた一時は…穏やかでとても温かな時間でした。羅浮に着いた後も、メッセージや手紙を送らせてください。皆様の旅路の無事を祈り続けております。」

 

 

 最後に停雲は深くお辞儀をする。星たちは既に別れの前の話を多く話し終えた。また会おうと約束し、星たちは仙舟「羅浮」を離れた。

 狼には護衛の任がある。星神同士の戦いに猶予はもう無いのだ。

 

 

―――――

 

 私は停雲を送り届けた後、ヒスイノの超大型輸送船と共に、星海の移動を開始した。停雲は一時的な搭乗ではあったが、寂しい気持ちもわいてくる。彼女が再び商人として星間旅行ができるようにするためにも、必ず災いを除かなくては。

 宇宙船は、ルアン・メェイの新しい実験場へ向かう輸送船のペースに合わせて飛ぶ。私は窓の外に目を配りながらも、幻朧の輸送が無事行われるように時間を過ごした。

 

 

 そして宇宙船のシステム時間で約十日。静寂に満ちた星系へと辿り着く。スクリューガムから連絡が来たが、専用の機材の製作などを含め、丁度二日前に終わったようだ。現在はオムニックたちに撤退準備をさせている途中であるという。

 

 通りかかる輸送船の数からして、かなり大がかりな建築作業であったようだ。「壊滅」の使令を押さえ込み続けるための施設ともなれば、建造するにあたって少しのミスも許されない。その分人員が割かれるのは当然といえる。

 それにスクリューガムも見たいのだろう。今回の研究を経て、使令を完全に理解したルアン・メェイが、この先星神さえも理解し、究極の題目「生命の本質」の答えに辿り着けるのかを。

 

 私は輸送船が惑星内に入った瞬間、艦より早く回り込み、降りる座標まで誘導する。そして重く低い、ブースターの出力が少しずつ絞られていく音がして、輸送船は無事着陸した。

 

 

 私は、仙舟同盟の専門家たちと護衛役と意思疎通を行い、ルアン・メェイの研究施設に運び込む流れとなった。ルアン・メェイは新造された研究施設から外へ出てきており、白衣を着た状態で我々を迎える。

 

 

「助手さん、仙舟同盟の方々ご協力ありがとうございました。こちらの施設に運搬してください。」

 

 

 ルアン・メェイは作られた微笑を以て、仙舟同盟の人々を労う言葉を使った。ゆっくりと幻朧が運ばれていく。幻朧は封印されている状態のままであり、言葉を発さなかった。外の様子が見えていないのだろう。

 

 研究施設はとにかく巨大の一言であり、あらゆる機器が四方八方から大歳陽を拘束できるように取り付けられている。カルデロン・チャドウィックが開発し、ヒスイノにも技術提供された、虚数拘束装置が強化されたものまである。スクリューガムが施設建造を主導したはずなので、カンパニー経由で原型を入手し改造したのだろう。

 

 

「では、これから私は研究を進めていきます。改めて、ご協力ありがとうございました。成果の一部については後程共有しますね。」

 

 

 仙舟同盟の人共々、私たちが研究施設から出ると、爆発的な音が研究施設から響いた。間違いなくこれは、虚数拘束装置の音であった。そして、この世のものではないような絶叫が聞こえてくる。私は皆に耳元を押さえるように言い、その場を離れた。あとは彼女の頭脳次第だ。

 そういえば、と私は星を見る。星はおそらく「愉悦」の力を急速に伸ばしている。その力の源についても、ルアン・メェイは好奇心の対象になるのではないかと。

 

 

「…星、君も幻朧の絶叫を聞いてしまった身ではあるが、一つ提案させてくれ。…ルアン・メェイさんの研究に参加してみる気はないか?」

「まだ私、死にたくない…。」

「そうだな、ただの思い付きでしかない。すまなかった。気にしないでくれ。」

 

 

 しばらく歩き、仙舟同盟の人員と別れる。

 私たちも拘束できなくなった場合のことを考え、待機するために宇宙船に入ろうとする。だが星は、研究施設の方を向いて動かない。

 

 

「ルアン・メェイって使令の研究をした後、何をして答えに辿り着くつもりなのかな…。」

「使令については過程だが、それさえ彼女が理解できれば、芋づる式に分かるのではないか?生命の本質といった抽象的なものが分かるかどうか…天才ならば行えるか。」

「…ねえ狂风。穹から聞いた話で、あえてぼかしたらしいんだけど――」

 

 

 星は端末を開き、私に話し始める。天才クラブの四人、ヘルタ、スクリューガム、ルアン・メェイ、スティーブン・ロイドが作り上げた「模擬宇宙」の新しい空間、「不可知域」で起こった出来事について。

 

 その人物は、名前を出したりその名前を意識した時点で出現し、その対象が「天才」であったら、場合によっては殺害しにかかるらしい。その法則については、星から更に詳細に聞かされる。ヌースの演算通りに事を運ばせるため、天才が「知識の特異点」を越えようとした時に留めるのだそうだ。

 ヘルタは、そんな危険人物さえ気に入っており、模擬宇宙の開発メンバーに招き入れたいとまで思っていたそうだ。あまりの豪胆さに、称賛したくなった。

 

 問題は二つだ。一つは、ルアン・メェイがその人物の殺害対象に入っているのではないかということ。そして、もう一つは、星自身が「不可知域」で起こった出来事の結末によく似た状況を、「透過宇宙」の中で体験したということだ。

 

 

「なるほど。君は「愉悦」のアッハに出会ったのか。それに、ルアン・メェイさんが…。」

「狂风はどう思う?」

「君が透過宇宙から戻ってきた時、途轍もない変化があった。其についてはデータ上の存在だとは思えんな。そしてルアン・メェイさんについては…どうだろうな。ここまで星海が揺れ動いていて、「終焉」に近づいている可能性が高いのに、その人物は殺すのか?「終焉」を乗り越えられる可能性を?」

 

 

 星と私は首を傾げる。星はそういった経緯から、宇宙船に入らないで止まっていたのだ。

 

 

「だから、心配なんだよね。近くにいた方がいいかなって。」

「それを知ると、居ても立っても居られない気分だ。…よし、智械黑塔もつれて戻ろう。その化物じみた人間が出てきたとしたら、強き者の数は多い方がいい。」

 

 

 智械黑塔もまた、一瞥されただけとは違うほどに、膨大な虚数エネルギーを内包している。

 

 私と星は、智械黑塔を連れ、ついでに義体もいくつか持っていき、ルアン・メェイの研究施設に戻ることにした。

 

 

―――――

 

 幻朧の絶叫を聞いても平然とした状態で、ルアン・メェイは実験レポートを取り出す。豊穣、繁殖の疑似的な使令は再現することが出来た。あとは、実際の生体サンプルから調査するだけだ。

 

 

『力が…。貴様…妾に「壊滅」を仕掛けるつもりか…。ほほほ、やるものだ…!』

「苦しいですか?少し我慢してくださいね。」

 

 

 再び絶叫が響く。解放すれば、研究施設を破壊しつくし、逃げ出すことは分かりきっていることだ。

 ルアン・メェイは、幻朧の内包する虚数エネルギーから調べ始める。「壊滅」の使令は、星神共々誕生も新しい。幻朧に至っては、初めて観測された記録は千年以内である。人間種の一生を見れば長いが、星海の歴史からすれば一瞬の出来事。だからこそ、使令になったときのことは、鮮明に思い出せることだろう。

 ルアン・メェイは状況判断から始める。既にシミュレーションで仮定しているが、本来の流れは少し違う可能背もある。幻朧が抵抗する中、一つずつ状況を擦り合わせていく。

 

 

 幻朧は次第に、久しく感じていなかった恐怖を覚え始めた。目の前の人間は「壊滅」の力を全く恐れず、ただの研究材料としか見ていない。絶滅大君になった後は、圧倒的な強者であった彼女は、力も体躯も劣る人間に無味乾燥な視線を向けられ続けるなど、初めてのことだった。

 幻朧は、絶滅大君になる前の絶望に近い感情をも抱く。このまま己の内の「壊滅」の炎は吹き消されるのかと大歳陽は考えていた。

 

 そのときだった。ルアン・メェイの背後にいきなり、音もなく気配すらなく女性が現れたのは。その女性の顔は認知フィルターで隠されており、見ることができない。これが普段通りの出現なのか、それともあえて認知フィルターがつけられているのか。それをうかがい知ることは出来ない。

 何故なら、現実で彼女に出会った「天才」はもうこの世にいないからだ。

 

 

「…邪魔はやめてください。もう少しで辿り着けるんです。」

「もう研究が続けられることはないわ。私がメスを引けば、あなたは物言わぬ屍に成り果てるんですから。」

「本当にそうでしょうか?」

 

 

 その女性「静寂の主」の異名を持つ天才クラブ#4の彼女は、ルアン・メェイの首元を切り裂く。だが、ルアン・メェイは平然として、その深く抉られた傷に手で触れた。彼女の首元からは一瞬で傷が無くなり、女性、ポルカ・カカムと相対する。

 

 そしてバンと音がして、研究施設の扉が開かれる。扉の先には純白の狼に、智械黑塔、ベクターの星がいた。ポルカ・カカムは確率操作で研究施設を爆破すると、現れた人間たちを見る。

 

 ポルカ・カカムの視界には、二人だけしか見えない。灰色髪の少女とヘルタそっくりの人形である。ポルカ・カカムの全身に衝撃が与えられる。それは純白の狼からの渾身の拳撃だった。

 ポルカ・カカムは周囲を見渡す。それでもやはり、二人だけしか見えない。実験室の中にいるのはルアン・メェイと幻朧のみ。

 

 

「…?ヘルタの人形?」

「…なんだ、避けることもしないぞ?ルアン・メェイさん、大丈夫か!」

「はい。攻撃は受けましたが、想定内です。」

 

 

 ポルカ・カカムは気づく。この場にはもう一つ何かがいて、ルアン・メェイはそれと話していると。ポルカ・カカムはルアン・メェイの視界の先に確率操作を使って研究施設から鉄柱を墜とす。加えて、メスが都合よく急所である目に当たるようにする。

 狼は女性の分かりやすい攻撃を受け止め、突き刺さった、神経全てを破壊して生命体を殺すメスさえも引き抜き、ぽいと投げ捨てる。

 

 

「遊んでいるのか?」

「そこに何かがいる。あなた、何を隠しているの?」

「私がやったの。天才クラブ#4のポルカ・カカム。ほら、これでもっと見えなくなったでしょ?」

 

 

 智械黑塔がパチンと球体関節の指を鳴らすと、ベクター星が、ルアン・メェイが、幻朧さえもが見えなくなる。最後に残った人形はにっと、挑戦的に笑う。

 

 

「あなた、ヘルタじゃないわね…どこに隠れてたの?」

「私はオムニックのヘルタ、そう名付けられた。「神秘」は全てを覆い隠すの。」

 

 

 ポルカ・カカムは確率操作で人形の義体を破壊すると、別の場所から義体が現れる。するとポルカ・カカムはこの惑星にある全ての義体を破壊した。だが壊れた人形から声がする。

 

 

「この星海のヌースの演算はもう狂ってる。だって「終焉」がこんなに近いんだから。…そんなに天才を殺したいなら、案内してあげる。私の中にね。」

 

 

 智械黑塔は、ショートしており破壊されている義体の指を鳴らす。完全に壊れた機械が何故動けるのか。それは「神秘」の不確かさで覆われている。

 次の瞬間、ポルカ・カカムは少女の「神秘」の空間に誘い込まれる。ポルカ・カカムは、灰白色の空間から自由に出ることができない。ここに誘い込まれた時点で、智械黑塔の一部になることはほとんど決まっているからだ。

 

 メスを振るっても切れず、確率操作を起こしてもその対象がない。純エネルギーの智械黑塔に変わった人たちに囲まれる女性。ポルカ・カカムはいつか解放されるかもしれない。だがそれは今すぐではない。

 ルアン・メェイが命題に辿り着くまでは。

 

 

―――――

 

 私は目の前で壊れてしまった智械黑塔を見て、眉間に皺を寄せた。だが天才の研究における最大の障害も、いなくなったところだ。またルアン・メェイには傷一つない。不幸中の幸いと言えるだろう。

 問題は目の前の絶滅大君だ。爆破されてしまい機器類が壊れた場所から、解放された幻朧が姿を現す。

 

 

「また倒す必要があるか…。厄介なことを。」

「助手さん、その必要はありませんよ。私の研究はほとんど終わりましたから。」

 

 

 ルアン・メェイは実験レポートを表示させ、悠長に幻朧の前で見ている。そこには「壊滅」の使令についての詳細が事細やかにびっしり書かれている。私たちが離れてすぐこんなにも早く、研究を終わらせたのか。

 幻朧は怒り心頭であり、ルアン・メェイの体を乗っ取ろうとする。

 

 

『おのれ…!妾が全て「壊滅」させてくれる!な…!?』

「あなたは、こちらへ。きっと気に入ると思いますよ。歳陽は宿主を求めています。」

 

 

 ルアン・メェイが端末を操作すると、倒壊した施設の地面から、巨大な女性の肉体が飛び出る。勢い余った幻朧はそれに入り込み、肉体を動かして目をぱちぱちと瞬かせる。

 ルアン・メェイは倒壊した施設に背を向け、私たちに言った。今回の研究は、今までの研究の証明に近いものであったと。そしてこれの成果を基に、彼女は「生命の本質」にもう少しで手が伸びる。

 

 

「助手さんに、星――壊れてしまった智械黑塔にも感謝を伝えていただけますか。私はこのまま「知識の特異点」に、生命の本質へと辿り着きます。」

 

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