星神に響き渡る「巡狩」と「豊穣」の星神同士の戦いは、次第に衝突までの時間の感覚が広がっていく。「巡狩」の星神、嵐の動きがだんだんと遅くなっているからだ。巡狩の運命に決断、冷酷、復讐の要素があっても、結局のところ嵐自体には、豊穣を殺すこと、直線的な復讐しかない。
嵐が今まで狩ってきた豊穣勢力がいなくなり、薬師に対してもダメージを与えられていない現状。そのような状況で、嵐は「豊穣を殺す星神」としての存在を保つことが出来るだろうか。
その答えはすぐに形となって現れた。性質として弱まり、「巡狩」と「豊穣」の辛うじて保っていた均衡が崩れる。そして嵐は、迫る第三の星神に抵抗することもできなかった。いや、抵抗するという星神としての動き方が無かった。嵐はずっと追う側であり、狩猟者であった。だからこそ、自らが獲物になった今回は、何もすることは出来ず、吸収されることになる。
嵐を吸収したのは、「壊滅」の星神、ナヌーク。嵐を吸収することで殞落させる。これも一種の「壊滅」である。だがナヌークにとっても想定外であっただろう。嵐の復讐心が、「壊滅」と並び立てるほどに執拗であり、豊穣という枷が無くなった以上、其の復讐は万物に向けられることについては。
厳密に言えば、吸収ではなく融合であった。ナヌークでも嵐でもなく。其は二柱が中途半端に混ざり合い、ヘドロのごとく、あまりにもグロテスクな見た目をしている。
万物を痛めつけ滅ぼそうとする「崩壊」の星神が今ここに誕生した。
誕生した「崩壊」の星神は、「壊滅」の勢力にまず手を伸ばす。真っ先に影響を受けたのが、反物質レギオンを鍛えあげる戦争洪炉である。
唯一絶対の壊滅の力を作り上げるため、鍛造へ狂気的に打ち込んでいる「戦争洪炉」の火匠一族は、壊滅の美学に憑りつかれていた。だが「崩壊」はそんな鍛造でさえも、侮辱する。
泥のごとく火は粘性を持ち、ただ崩れるように、ただ暴力的に、ハンマーを打たせるのだ。火匠一族にはもはや、鍛冶師の誇りは消え失せ、レギオンの軍勢を粗製乱造していく。そうであっても、融合した其の力は強い。丹精込めて鍛え上げた、壊滅のレギオンより、崩壊のレギオンの方が大幅に強くなるのだ。
火匠一族は諦観を越え、嬉々として乱雑にハンマーを叩き上げる。もはや見る影はない。
誕生した「崩壊」の星神は、人型ですらない崩壊のレギオンを大量に投下していく。そんな万物を痛めつけんとする其に対し、二柱の星神がまず動いた。
それは「存護」の星神、クリフォトと、「豊穣」の星神、薬師であった。クリフォトは琥珀のハンマーを打ち下ろし、更には超巨大な壁を作り上げ、薬師は圧倒的な再生力で「崩壊」の星神を足止めする。
鉄壁の布陣。激しい攻防が星海中に衝撃として広まる。
こうしてついに、神々の戦いが始まったのだ。
―――――
ルアン・メェイとの会合の後、一月も経たない内に「壊滅」の星神、ナヌークが動いた。そして星核ハンターの残していった予言通り、嵐が吸収されることで「崩壊」が誕生し、神々の戦いも始まることになった。
私はついにこの時が来たかと、舌が渇きそうなほどにプレッシャーを感じる。
この「終焉」を、未来を生きる人間のために乗り越えてこそ、私のやってきたことに意味があると言えるだろう。ただ勢力を築いただけでは、終焉を越えられない。皆の、明日を迎えたいという思いこそが、戦いに勝つための力になる。
私と星はルアン・メェイの話を聞いた後、宇宙船の人員共々、実験場のある惑星から離れることになった。彼女が生命の本質に辿り着くというのなら、人としての枠組みを超える可能性すらある。ルアン・メェイの研究成果が私たちの背中を押す大きな力になると、信じた。
幻朧については、巨大な女性の肉体に入り込んだ後、しばらくして目を閉じ動かなくなった。封印術は仙舟同盟の判官がかけ直したが、どこに放置することもできない。目覚めたとしても封印を解除するのは不可能だ。
ルアン・メェイの研究にも使われた後であるため、あの巨大な肉体に入り込んだ大歳陽は、仙舟「虚陵」に所在している元帥の元で管理されることになった。
そして現在。ポルカ・カカムによって、積んでいた分が全部破壊されてしまった智械黑塔の義体を、十分に宇宙船に運び込んだ後。
私の宇宙船に搭乗しているサマンサとサユは、彼女らの考えの通り、別の場所で戦うことを選択した。サマンサは同族の鉄騎たちと共に、「深緑の騎士」として星海を飛び、サユは智械黑塔の持っている星系と博識学会を行き来し、自身の知恵を有効活用するという。
私は星に対して、言葉をかける。この状況で、星はどう選択したいのかを。星はじっと目を細めると、私に返す。
「智械黑塔から聞いた…。狂风を一人にしておくと、使令を倒しに行ってそのまま戻ってこないかもって…。」
「否定はできないな。私に出来ることは結局、単騎で攻撃することだ。この災厄において、私が琥珀の壁を建てようと何ら「守り」の役には立たない。神秘の壁を建て続けることこそ、価値ある回避方法だ。」
「だったら、しっかり私と智械黑塔で、使令攻略のサポートをするよ。…今、絶滅大君以外にも使令が出てきてるみたいだから。」
「そうか、君も支援してくれるか。…手ごたえはありそうだな。何せ「壊滅」と「巡狩」が融合した化物から生まれた使令だ。」
「ねえ、いい加減にして。突っ込むのは無しだよ。」
星の言う通り、「崩壊」の星神は力を垂れ流している。其自身が「崩壊」させることにこだわりがないのか、「崩壊」という概念自体が、強くした軍勢で人間を殺し尽くすものなのか。どちらにせよ、倒し続けなくてはならない。
智械黑塔のじとりとした目に、私は晒される。星からも珍しく、呆れた表情を向けられている。私は熱くなってしまった考えを冷まし、心配そうにしているサマンサとサユに顔を向ける。
「二人とも大丈夫。それより、君たちが無事に大戦を終えられることの方が大事だ。無茶はしないでくれ。」
「少し…どころかかなり心配ですが…。星、父さまをお願いしますね。」
「血気盛んだな…。狂风様、拙は頑張ってきます。また…ムジナを一緒に見に行きたい。」
「ああ。サユも約束だ。…皆、すぐにこの馬鹿げた終焉を乗り越えよう。」
私は掌を出し、その上に皆で重ねることで団結の意思を示す。智械黑塔も少し迷った後、同じように重ねてくれた。
そして星とサユ、サマンサは言葉をしばらく交わした後、二人は私の宇宙船を去っていった。彼女らの未来を明るく照らせるように、私は戦うのだ。
智械黑塔に舵を切ってもらい、星海中で現れている「崩壊」のレギオンとその使令を討つため、飛ぶ。私たち三人で、少しでも星神の内包する虚数エネルギーを削ってみせる。
―――――
神々の戦いによってある二つの陣営は「終焉」を確信する。厄災前衛と葬儀客である。
厄災前衛は同盟相手である「抗う者」と共に星海中を飛び回って、「終焉」が訪れることを知らせる。だが彼らは、悲観しているのではない。星々に向かって、終焉に打ち勝つために今こそ団結し立ち上がるのだと、鼓舞するためである。厄災前衛の人員の中には、白いフードの女性、ヘッジングの姿もあった。彼女は、ミーム生命体としての性質を活かし、個人で星間を飛び回り、絶望する人々に活力を与えていった。
反対に葬儀客は、終焉を観測し続けるだけである。世界の終わりの光景を愛おしむ彼らは、じっと終焉を待ち望んだ。
終焉の訪れとは別に、「崩壊」へ対抗している其らに考えを改める勢力、喜びを露にする勢力があった。前者は仙舟同盟、巡海レンジャーで、後者はスターピースカンパニーである。
まず仙舟同盟は、薬師への認識を新たにした。まさか強すぎる「豊穣」の力を分け与えるだけ与える薬師が、星海を守ろうとするとは思わなかったのだ。そして嵐に対する認識も。
嵐は民を守ることもなく、復讐も果たせないどころか、「壊滅」と融合し「崩壊」として星海を脅威に晒している。この時点で仙舟同盟は、融合し殞落した「巡狩」の星神を「妖弓禍祖」と呼称することを決定した。
そして彼らは、持っている「巡狩」の力について、我ら仙舟同盟の力であり、其の行いとは関係がないとする。仙舟同盟は薬師ではなく、「崩壊」の星神に弓引くことを決断した。
また巡海レンジャーは、極めて個人の独立性が高い集団であるにも関わらず、信奉していた嵐に対して仙舟同盟同様の考えを持った。仙舟同盟に矢を放ち、更には吸収される。こんな其を信仰などできない。
彼らは其の名を借りることもなく、好きなように動く。暴力を以て暴力を制する在り方を変えず、人間個人としての力で。
クリフォトに対して、スターピースカンパニーは畏敬の念を深めた。彼らは考えた。やはり琥珀の王は、星海の危機に備えていたのだと。我らも琥珀の王に続いて「存護」を為すのだと、士気が上がっていた。
そして決定的にカンパニーの勢いを増す出来事が起こった。スターピースカンパニーの雛型である「後方支援隊」であったときから集めてきた建材、其に手を付けてもらったことのなかったそれが、少量使われたのだ。
これがクリフォトの気まぐれであるのか、意図して行った事柄なのかはクリフォトにしか分からない事ではあるが、スターピースカンパニーはそれだけで設立した目的を達成することが出来た。
琥珀紀換算もできないほど、幾度も振り下ろされるクリフォトの槌を観測しながらも、カンパニー社員は星海を「存護」し続けることを強く誓った。
星海における各勢力は、各々が他者に貢献できることのため行動していた。
例えば、混沌医師である。虚無に抗い、万物の存在理由を証明するため行動している派閥は、星間を飛び回り、人々の治療を行い続けていた。その中で、混沌医師たちは同じように治癒を施している集団と出会う。ヒスイノの一大勢力、「巡る医士」という派閥である。そして混沌医師と巡る医士は互いに情報交換して協力し合い、「崩壊」の災いを受けた地へと飛び回った。その中には小さな名医、白露と、名立たるナナシビトの白珠の二人もいた。癒やすことを喜びながら、白露と白珠は奮闘する。
他にはアンチ愉悦を掲げる弔伶人が大きく動いていた。「崩壊」によって死した人々のため、彼らは悲しみ、人々を弔う歌を作る。そして彼らはこの大きな悲しみを背負って、「崩壊」という試練を乗り越えることを示す。悲しみこそが人々を強くし、立ち向かう勇気を作り出すと言って、色々な星系へと支援をし始めたのだ。
また元々、「調和」の星神、シペの化身を召喚する手段を持つファミリーは、「崩壊」に対して怒りを露にしていた。彼らは、ファミリーの多くの人間を束ねることでエターナリオン、「衆命のアイリネフ」を召喚し、「崩壊」のレギオンたちを蹴散らしていっている。だが「崩壊」の星神は執拗さを持った災いそのもの。シペの化身を呼び出せるほどの人間が、召喚によって消費されいなくなるか、それとも倒しきるか。ファミリーは力を持ちながら、厳しい二択を迫られていた。
ほとんどの派閥が「崩壊」に対抗する中、破壊活動を掲げる派閥は現在どうなっているか。想像は容易いことである。
同じように破壊活動を行う集団に対しても、「崩壊」のレギオンは攻撃を仕掛ける。
天才クラブの原始博士の狂信者集団、源究の森。歴史を破壊したがる、虚構歴史学者。言語の確定性を破壊する、リドラー。記憶を盗むメモスナッチャー、記憶を焼却する焼却人。これらの派閥は、「崩壊」に死角から攻撃され、大打撃を受けた。
だが例外として、「壊滅」のアナイアレイトギャングは違った動きを見せていた。アナイアレイトギャングは、ナヌークの一瞥を受けておらず、人間的な欲望を捨てずに破壊と略奪を繰り返す派閥だ。しかしただ壊すのではなく、そこにはナヌークに対する憧憬もあった。
そのろくでなしたちの憧憬はあっけなく潰された。今星海にいるのは、破壊活動をしながらも「壊滅」の美学さえ感じさせない紛い物。まるで自分たちのようだ。
そう考えたアナイアレイトギャングは、自分たちと同程度に堕ちた星神に対して、寧ろ嫌悪感を持った。星神の威厳すらない「崩壊」の星神は、崇拝に足らない。塵芥にも劣る存在だと。
アナイアレイトギャングは、未だ力を持つ、冥火大公・アフリート率いる永火官邸を中心に立ち上がり、ギャングなりの矜持を見せる。
そして同じように星海を騒がすテロリスト集団、星核ハンターはどうしているか。現状の一部を知る者は、ヒスイノにあった。
―――――
ある星系にて。
狼の宇宙船から離れた一人の鉄騎。AR-4100と番号が振られた少女、サマンサは、現在仲間の鉄騎と共に「崩壊」のレギオンへと立ち向かっていた。
ヴォイドレンジャーよりも不均衡であり、四足歩行の動物のような見た目をしたものもいる軍勢。サマンサの鉄騎は、最新型にアップグレードされたファイアフライを装着して、格闘戦をしかける。
『推進剤の補給、栄養剤注入は忘れないでください!』
『了解!…起爆!』
鉄騎たちは集団で固まりながら、レギオンの軍勢を蹴散らしていく。だが敵は減らない。そして鉄騎たちの体力も無尽蔵ではないのである。一人ずつ、体力を回復するために離脱していき、代わりの鉄騎や深緑の騎士たちがやってくる。
サマンサの鉄騎は、心が落ち込んできていた。この戦いに終わりはあるのか。狼が言ったように、終焉を回避することなど出来るのかと。
何度も補給を繰り返し、人員も入れ替わりが激しくなってきた。この部隊はもしやもう、持ちこたえられないのかと絶望しかけたその時。
サマンサの鉄騎たちの前に、一体の鉄騎が落ちてきた。いや、「崩壊」のレギオンに狙いをすませて爆撃したのだ。だが鉄騎たちは警戒を強める。
何故なら、その鉄騎が西グラモス製のファイアフライ-Ⅳであったからだ。東グラモスの鉄騎は、西グラモス製の装甲を生産しておらず、使うこともない。
サマンサは理解する。目の前の鉄騎が星核ハンター、サムであると。
サムは背中を鉄騎たちに見せ、「崩壊」のレギオンを吹き飛ばした。広範囲を燃焼剤が燃やし尽くしていく。
『これは任務です。あなた方を守りながら、「崩壊」に他の星神の要素を、これ以上呑み込まれないようにするための戦い。』
『正気ですか?これまで私たちの活動を妨害してきたのに、協力するというのは――』
『ええ。とても身勝手な願いです。ですが我々星核ハンターも、終焉に抗うため戦っています。今回だけ、協力していただけませんか。』
サムは拳を胸部装甲の前で握りしめる。他の鉄騎が疑問を口にし警戒を強める中、サマンサの鉄騎はサムの隣に並ぶ。こちらを害さないならば、共闘した方が殲滅力は上がる。サマンサはそう考えた。
『あなたは、協力してくださるのですか。』
『…どのような立場であろうと、意味の無い死など誰も望みません。身勝手だと分かっているならば、望む通り最後まで戦い抜くことです。星核ハンター、サム。』
『…仕方ありません。AR-4100。私も協力します。』
サマンサの隣に別の鉄騎も並ぶ。やがて鉄騎は全てがサムとサマンサの横に並び、構える。追加のレギオンがやってきた。
『温存など出来ません。…大海に火を点けましょう――』
「…鉄騎の皆と、仲間のために!」
サムは装甲を変形させ、完全燃焼状態になる。鉄騎の素体の少女の声も同時に聞こえてきた。
サマンサの鉄騎は低い男性の声でふっと笑うと、改造バーニアを最大出力で点火した。
『皆、行きましょうか。…戦闘再開!』
―――――
私たち三人を乗せた宇宙船は高速で星海を移動し、使令が「崩壊」を為そうとしている星系に辿り着く。「神秘の壁」を建てていない、ヒスイノと交易のない土地だ。見てみれば、この使令は絶滅大君から為った個体ではないようだ。あまりにも粗雑であり、ぼろぼろの死体のような見た目だ。
私は「奔雲」を構え、星と並んだ。
智械黑塔は上で待機中だ。智械黑塔はポルカ・カカムを彼女本体の空間に入れているため、様子を見る時間を増やさなくてはならないのだ。
「使令ごとに強さはまちまちだ。星、状況判断を絶えず行ってくれ。」
「うん。…これで!」
星は実体のある幻を出現させ、「崩壊」の使令とレギオンたちに向かって飛ばす。これはヒスイノが改良してきた造物エンジンを真似た幻だ。それでも火力は、星の力に依存しており、実際のロボットよりも強い。
レギオンたちはどんどんと消滅していき、使令のみが残る。
「喰らうがいい…!来い、紅狼!」
私は使令に対して「奔雲」をぶつけながら、拳での攻撃も行う。そして連撃の合間に、私の内なる獣を顕現させる。四足歩行の、私より巨大になった紅き狼。それは楽しそうに吠えた後、使令を噛み砕き、地面に引きずり回す。私は紅狼を出したことで、一気に冷静になり、血肉の大樹も同時に顕現させる。
「ふうう…!琥珀を内に、砕け散れ!」
ぼろぼろな使令に対して狙いを定め、琥珀の壁を体内から生成させる。内部から破壊されたそれは、ばらばらに砕け散り、私の追加での薙ぎ払いと紅狼の攻撃で塵すら消滅した。
私はその後も星の幻と共に、レギオンたちを一網打尽にし、智械黑塔の協力の元、惑星へ「神秘」のヴェールをかける。
そして「崩壊」が完全にいなくなったのを確認した後、宇宙船に乗り星海を飛んだ。
星は疲労感からか、共有スペースのソファに倒れ込むように座る。
「狂风…これで倒したの、十体目だよ…。絶滅大君なら全滅させてもあまるレベル…。多くない…?」
「多い。絶えず現れるのが本当に厄介だ。そこまでナヌークの要素を増強せずとも良かっただろうに。」
星は、サマンサとサユが居なくなった後に私たちが倒した「崩壊」の使令について話した。私は星に治癒の力を使い、呼吸を鎮める。まだまだ、星神の勢いは削がれていない。
時間が経つほどに、被害は増えることだろう。ヒスイノは気づかれていないか、拘束装置を使ったり光矢を発射したりすることで撃退できているようだが、何れは武装が尽きる。智械黑塔に分散してもらったり、私が守りに行くのも考慮しなくては。
どちらにせよ、このままでは力を持たない者は多く死んでしまう。ヒスイノ星系群だけではない。交易をしている星系も多くあるのだ。何とかして残りの、露出した文明のある星系に神秘のヴェールをかけて、少しでも使令との遭遇確率を減らさなくては。
「二人とも、ルアン・メェイから連絡だよ。天才たちを、前から使ってきた星系に集めているみたい。」
「彼女が?随分と積極的だな。私たちももう一度彼女に会うべきか…?」
「会った方がいい。…あと一押しが大事らしいし。」
智械黑塔から聞いた話は、想定以上に早いルアン・メェイの研究の実りであった。まだ二月しか経っていないというのに。既にルアン・メェイの研究施設には、ヘルタとスクリューガムが来ているようだ。
私は快諾すると、智械黑塔にそこへと宇宙船を向かわせてもらった。私や星、智械黑塔が彼女に必要な要素を持っているのならば、手伝わなくては。
智械黑塔の、あと一押しという文言について考えながら、私は早く目的の星系に着くことを望んだ。
―――――
ルアン・メェイは使令を「理解」し、星神に手を伸ばしていた。ルアン・メェイが並べる塩基配列や計算式を横目で見て、長身のヘルタ本人とスクリューガムは話す。
「…ルアン・メェイに先を越されそう。何でこの子ばかり支援されてるの?スクリューもそうだよ。」
「回答:私はルアン・メェイさんの求める「生命の本質」、そして星神の仕組みに強く興味を抱いています。結論:研究テーマが万人に分かりやすく、面白いからでしょう。」
「そういえば、あのでかいの、ルアン・メェイにかかりきりになってたの思い出した。智械黑塔は、私と気が合いそうなポルカ・カカムを封じ込めちゃうし…残念。」
「提案:ポルカ・カカムと議論を交わしたいならば、これから来る智械黑塔さんに機会を設けてもらうのはいかがでしょう。」
「だめだめ。どうせ、あの子の中から放ったら、私たちを殺しに来るんだから。」
ヘルタは掌を返し、スクリューガムに向かって横に首を振る。その後も二人はルアン・メェイの研究を見ながら雑談し、目を細めたルアン・メェイに言外に抗議されるまでそれは続けられた。
そしてしばらく時間が経った。ルアン・メェイが深く息をついたのを見て、ヘルタは軽い調子でねぎらいの言葉を伝える。
「これで、解き終わりました…。」
「お疲れ様ー。先に祝っておくね。おめでとう。ポルカ・カカムに暗殺されずに最後まで研究を達成したのは、両手で収まるくらいだろうし。」
「提案:ルアン・メェイさん、星神の有機的なアプローチについて共有していただきたいのですが、どうでしょうか。」
「そうですね…。」
ルアン・メェイは口を開こうとした時、目をわずかに見開く。狼の宇宙船が到着したことを、端末で知らされたからだ。ルアン・メェイは間食として菓子をつまんだ後、天才二人を待たせて、宇宙船の人員を迎えに行く。
ヘルタはじとりとした目で、ルアン・メェイの背中を見つめる。
「ねえ、スクリュー。もしかしたら私、今回も聞きそびれるかもしれない。」
「同意:私もです。」
二人は頷き合う。知識の特異点には、発見した本人しかいけないという仮説がヘルタの中にはあった。つまり、ヘルタ自身が研究したテーマでなくてはいけないのだ。
偶然が重なり、結局その情報を知ることが出来ない。だがそれは偶然ではなく運命なのだ。
―――――
星と狂风、智械黑塔は、急ぎ足で走り寄ってくる白衣のルアン・メェイに近づく。ルアン・メェイは早く会ったことを報告したい童のように目を輝かせ、端末を取り出そうとする。だが、端末はそっとしまい直され、三人の顔を見て言った。
「私は、ヘルタとスクリューガムの立ち合いの元、ついに私自身が掲げていた命題に辿り着きました。」
「なんと!すごいぞ、ルアン・メェイさん!」
狂风は驚きながらも、ルアン・メェイを祝福する。星、智械黑塔もまた、ルアン・メェイの研究の成功を祝った。ルアン・メェイは薄く微笑んだ後、少し顔に影を落とす。
「ですが、この先…私はどうすればいいのでしょうか。私はこれまで、生命の本質を解き明かすためだけに研究してきました。それを解くことが出来てしまったら、私は何を…。」
「あんたが出した結論を、また研究し直せばいいんじゃない?あと、星神の仕組みが分かったなら、模擬宇宙の外で作ってみるとか。」
星は半分冗談交じりでルアン・メェイに提案する。ルアン・メェイは顔を上げ、一理あるとばかりに頷く。
「確かに、そうしてみるのも面白いですね…。」
「あなたならできる。あとは、別の星海の星神について研究してみるとか。」
智械黑塔は自分の理論からなる、次の研究テーマを提案する。ルアン・メェイは少しずつ表情が柔らかくなっていく。そしてルアン・メェイは一つ、狂风たちに尋ねた。
「助手さん。星、智械黑塔。私の研究テーマが変わっても、これからもお手伝いしてくれますか?」
「ずっとあんたを応援するよ。手伝いもする。」
「ああ、私はあなたの進む道を見たい。出来ることは少なかろうと、協力する。」
「あなた専用のロボットドールをあげたんだから、最後まで面倒見るのは当たり前でしょ。」
三人は頷き、ルアン・メェイは更に嬉しそうにした。狂风は驚く。ルアン・メェイのこのような無邪気な表情を見るのは初めてであったからだ。童のような愛らしい笑み。
ルアン・メェイの心には、幼い頃両親とノーマンズランドに行ったときの記憶が思い起こされていた。純粋に生命に興味を持ったあの頃。ルアン・メェイの前にいる三人は、自身を厭わず、どんな研究でも協力してくれる。それが、彼女の研究において雑念を感じなくなる環境を作っていた。一人で研究していた時とは比べものにならないほどに、心地よい。
ルアン・メェイは今までで一番解放された気分で、ゆっくりと歩を進める。彼女の体はどんどんと人とはかけ離れていく。星と狂风は目を見張り、智械黑塔は興味をそそられたように不敵な笑みを浮かべる。
彼女は昇華していく。生命の誕生と成長、零落を、この星海に存在する誰よりも深く知り、ただ彼女だけが理解している。星神はどのように生まれるのか。
ルアン・メェイは人の姿のまま、概念となった。生命の生き死にのサイクルの象徴、「命脈」の星神へと。
生きることに全力な人間は、ふと其の姿を星空に浮かべることになるだろう。例え平時、生きることに必死でなくても、今の星海では全ての人が生命の輝きを放っている。
生きたい。戦って生き残った先に、叶えたい願いがあるから。
その思いを「命脈」の星神は叶える。生きとし生けるものを祝福して。