遠征中、星を侵略する歩離の民に遭遇することは多々ある。その時相手側の反応はまちまちだ。静観されることもあるし、襲いかかられることもある。歩離の民は群れごとに様々な考えを持っているため、こちらへの対応を決めかねているのだろう。
だが私たちも、緑翠猟群を名乗る以前とはまた違った行動を取るようになった。他の猟群の巣父に挑むなら、儀式が行われる前に力を示し続けなくてはならないと考え、敵対する狼の群れは倒すようになったのだ。
これには、私の傲慢さも含まれている。略奪するための力が、どれだけの悲しみを生んでいるのかを痛感させられてきたのだ。
倒すと言えど、殺すまではいかない。器獣を放棄させ、戦意を完全に喪失させたうえで、私たちの猟群に加える。彼らは略奪できず人を喰らえない代わりに、力を高めていける環境と人間の肉よりも美味な食事が得られる。猟群に加わった直後は抵抗する者もいるが、私たちの作る環境が次第に心地よくなり、私の「守り」に賛同するのだ。
身をもって体験しなければ、私が考える新しき歩離の良さを理解することは出来ない。こうやって群れは拡大されていき、集団の力も上がっていった。
私は数十名の遠征人員をつれて、ある目標地点へと五体の器獣を進めていた。この器獣は、私が最初に従えた器獣が配合され、また更に配合されて生まれた第三世代だ。これは、武器研究の一環で作られたものである。器獣を管理したいと、人間たちや混血でない狐族から要望が入ったことが、きっかけであった。
器獣は人間を食すため、狼や混血の狐族を同伴させず不用意に近づくと丸呑みにされてしまう。今までの管理方法でいいのではないかと意見が出たが、彼らは首を振った。
彼らが言うには、私たちが行う遠征こそが、星を豊かにする術の中で最も重要であると考えており、それを満足に助けられないのは歯がゆいそうだ。また論理的な意見もあり、器獣はこれから他の星の輸送にも扱われると想定されるため、管理に人手が足りなくなってくるだろうと話していた。
人間たちだけでなく商売を行う狼も、器獣の研究を推し進めることに賛同した。カンパニーの社員と少しずつ個人的な接点を持ち始めた彼らは、器獣の機動性に着目したようだった。輸送業であったり、器獣そのものを船の共同研究に持ち込めれば、ビジネスは広がると彼らは言った。
こうした経緯から、この器獣は従来より食べ物を摂らなくても活動でき、更に悪食という特徴を持っている。タンパク質であれば、塩味がほぼしなくても良いとばかりに食らう。現在はカンパニーから得た信用ポイントを使って、安価な食物を大量に仕入れ、器獣の餌にしている。
今回の目標地点は、スウォームが少しばかり繁殖し始めた荒地だった。大量に増えた後では対処が難しいが、数百匹なら倒しきれる。スウォームは、一匹はぐれただけでもどんどんと増殖する。データベースによれば、それはクローン、自身の複製であるようで、つがいを必要としないようだ。
増えすぎない内に急ごうとしていた矢先であった。通りかかった星から攻撃を受けたのだ。
オムニックによる警告を耳に入れ、器獣を回避させたため大事は無かった。確認すれば、攻撃してきたのは同じ器獣である。
星の外からでも建物が破壊されていくのが見えた。狼の群れが、この星から略奪しようとしているのは明白であった。
狐族の一人が好戦的な姿勢を見せて、私に訊く。その隣にいた狼の一人も外の器獣を見て、爪を尖らせ笑っている。
「狂风さん、やりますか?おれはもう、準備万端ですよ…!」
「兄貴、俺もやりたいぜ!蟲狩りはまあ良いとして、燃える戦いをよ!」
「同族だと分かっても、殺しにくるか。…皆行くぞ、狼の群れを叩く!」
私たちは器獣を星に突き進ませた。建造物が破壊されて煙が立ち込めた都市で、狼たちが悦楽の遠吠えを発していた。器獣にはその場を旋回するように指示し、遠征人員が降り立つ。
結局、略奪の積み重ねが憎しみを生み、我らが滅びる要因を作り出すのだ。敵対した群れだけでなく、侵略されている星を見かけたら、それを鎮圧したいと私は思い始めている。
数十の歩離の民が私たちの方を向き、鼻面に皺を寄せて唸る。彼らは口々に私たちを罵り、爪を振るってきた。この群れは特に、私たちに対して攻撃的な集団らしい。
「艦も、見た目もおかしな群れ…。聞いているぞ、緑翠猟群の名はな!ここで殺してやるよ…!」
「私たちの猟群を覚えていてくれて光栄だ、名も知らぬ狼。あなた達も、私の理想に加えよう。賛同するはずだ。」
「ぐあああ!くそ亀が!」
四肢を千切り、再生に回させる。器獣や戦獣は、全部始末する。器獣たちはだいぶ食べた後のようで、人間の首が器獣の表面に浮き上がっていた。狼が乗るそれを、外膜だけオムニックの光線で焼く。脱出してきた狼を跳躍して捕え、地面に叩きつけて大きなダメージを与える。この基本的な戦法で、この歩離の民たちはどんどんと動ける数を減らしていく。
そして私は、襲われている人間を率先して見つけ、狼を無力化していく。恐れをなして腰を抜かしている人間たちに、私は口調を強めて言った。
「あちらのルートに逃げろ!騙しはしない、急げ!」
「は、はい…!」
足を強張らせながら逃げていく母子を、オムニックたちが護衛する。一旦私たちの乗ってきた器獣の近くに集まっておけば、遠征人員が守り抜くだろう。私は、この地に降り立った狼を叩いて回る。群れは大きく、三百名ほどで構成されていた。中には、私と同じくらいの体躯を持つ狼も混ざっていた。
その狼は、向かい合った私に荒々しい口調で言葉を投げる。
「俺様が、この群れの頂点だ。よくもまあ、俺様の群れをめちゃくちゃにしてくれたな…。」
「仕掛けたのはそちらだ。文句は言わせない。」
「…俺様は負けない。必ずやお前の首を取り、血を酒にしてやろう!」
目の前の狼は月狂いを発揮し、私の鎧を引き裂こうとする。この巨躯と破壊力であれば、猟群の巣父候補でもあるのだろう。少し表面が削られる鎧を気にせず、私は歩離の戦士の懐に潜り込んだ。拳をめり込ませ、二段目の鎧のアシストで更に深く拳を叩きこむ。彼は血を吐くが、月狂いで痛覚が鈍っているため、そのまま私の鎧を剥がそうと爪をめり込ませた。
「装甲が無ければ、何ができる?狂风!」
「ただの補助器具だ。これを喰らってみろ!」
鏡面盾の裏に装着していた大斧を抜き、狼の両腕を切断する。そしてもうひと振りで、両足を胴体から切り離した。一瞬で体の支えが無くなった狼を踏み、大斧の柄を肩に突き刺す。戦闘の技量が無く、筋力のみでのし上がってきた狼ならば、張り付くことしかしない。武器を持たず接近戦を行うか、戦獣と奴隷を走らせることしかやってこなかった狼は簡単に地へ転がる。狼の戦い以外から学びを得ることは、勝敗を決める重要な構成要素だ。
「ぐ、ううう!屈するものか…まだ俺様は強くなる!負け犬に成り下がってたまるか!」
「…その日を生き、略奪を愉しむだけの歩離の民は、ただの野良犬、狂犬だ。秩序を持たない歩離に、未来はない。あなたも共に来れば、きっと分かる。」
力に自信があった歩離の民ほど、内なる獣が死ぬのは早い。遠征の人員が全ての狼を無力化させるまでに、群れの長は脱力して抵抗をしなくなっていた。
ぐったりとした狼たちを担ぎ、器獣へと詰め込む。大きめの艦であるので、問題なく飛行できる。遠征人員と共に作業をしていると、避難した人間たちが話しかけてきた。避難できた数は、千人と少し程だろうか。都市の大きさからすれば、ごく僅かだろう。
多くは命を助けられたことにおける感謝の言葉であった。私たちは目的のために行っているに過ぎないため、誤解だと訂正する。それでも人間たちは言葉を紡いだ。
「いいえ、噂はお聞きしています。翡翠の鎧を纏った騎士が、歩離人から人々を救っていると!私たちは、何とお礼を言ったらいいか…。」
「…な、なんで、父を助けてくれなかった!もっと早く来てくれさえすれば、死なずに済んだ。皆だって!」
避難した人々の中から、少年がこちらに走ってくる。大きな声を出すことに慣れていないようで、上ずらせた調子で私の足元で拳を握る。母親が、少年を抱き留め小さく縦に首を振る。
私は再び、彼らに言う。
「私たちにも目的がある。あなた方と私たちは、偶然道が重なっただけだ。だが…略奪のための力は、悲劇を生む。それは、私としても止めたいことの一つだ。」
「歩離人を倒す…!大きくなったら、絶対に殺してやる!」
「ごめんなさい、翡翠の騎士様。助けて下さった方々に、ご迷惑をおかけするなんて。」
彼の母親が少年をなだめながら、私に言う。憎しみの火種は、生き残った者に燃える。私が歩離の民の守りとして戦力を広げ、その連鎖を変えていけるか。まだ戦首より弱く未知数であるが、私は座り込みその少年と目線を合わせた。彼に約束をするために。
「少年。君の憎しみが解けるように、歩離人の所業を解決できるよう努力していこう。」
「…ほ、本当?他の星にいる人も、助ける?」
「約束しよう。歩離人を変えるまで、私たちは彼らの略奪を止めていく。そして覚えておこう、略奪に負けない君のことを。君はなんていう名だ?」
少年は口を結んでしばらく黙った後、決意に満ちた瞳で私を射抜いた。
「…父はすごい人だった。皆を殺した歩離人を、私は殺す。そして刻み付けるんだ、応星の名を。」
「応星。私も君の名を心に刻み付けよう。」
私たちは、避難した人々を彼らが保有する船まで護衛し、飛び立たせた。彼らは仙舟同盟と関わりがあることから、近辺を飛んでいるらしい一艘に助けを求めるそうだ。仙舟同盟は大敵だ。あの少年、応星は、育ったら私たちを殺しに来るだろうか。
呼雷に啖呵を切ったが、仙舟同盟との戦いは止まらないだろう。私がもし戦首になれたとしても、和平などなく劣勢に追い込まれ、滅亡するのみだ。憎しみは言葉では落ち着けられないのだから。
ならば私は、多くの狼を略奪以外の道に導くだけだ。それを歩離の社会において認めさせるために、私は力を付ける。
スウォーム狩りのための出航を止め、私たちは回収した狼を星へと運んだ。
枝が綻びを見せた。宇宙にとっては些細な出来事。しかしこの微細なほつれが積み重なり、枝は分かたれる。宇宙、そして星神は変わらず、それぞれの役目を果たし続ける。沈黙は続く。
一つの綻び
涯海星槎勝覧・仙舟朱明(其のニ)における記述が変化