約束の二十年が来た。しばらく遠征は控え、ヒスイノ-Ⅱで鍛錬の日々を送っていると、オムニックたちが私の修行場へとやってきた。彼らの報告によれば、私たちが復旧させた星間レーダーが、猟群の所属ではない器獣を観測したようだ。その器獣を港に連れてくるように、私は伝えた。
まだ洗練されておらず、輸送用の器獣のために造られた港では、狼の吠え声が聞こえてくる。そこには、私の仲間たちを睨みつけている歩離の民がいた。見たところ、一人のようだ。
「餌ごときが…オレに指図するな。狂风を出せ。」
「…私が狂风だ。あなたが案内人か?」
その狼は、私を見上げると好戦的な笑みを浮かべた。そして首を縦に振る。
「だいぶでかいな…。ああそうだ。オレは、蝕月猟群からの使者である。各猟群の巣父が招集された。貴様も来い。」
「来てくれてありがとう、同郷の狼。準備は済ませてある。すぐにでも向かおう。」
「ふん…呼雷様からの頼みだからな。同じ猟群だったよしみだ…早々に食い殺されないことを祈っておいてやるよ。」
蝕月猟群からの使者は、自身の器獣に乗ってついてくるように指示した。戦首を決めるための儀式では、付き人を一人だけ連れていくことが許可されるらしい。何でも、巣父が集まる場所は一部にしか知らされていないらしい。大勢を引き連れると、仙舟同盟や他の豊穣の民などに観測されて弱みを見せることになるため、一つの器獣で収まる人数でなければならないという。
私は迷うことなく、師匠である白狼についてきてもらうことにした。白狼は戦うたびに強くなっていき、今となっては小さな猟群の巣父を倒せるほどの実力を身に着けているためだ。私が真の意味で信頼できる人は、師匠だけだろう。戦闘面以外でも、私は彼女を頼りにしている。
不在の間、カンパニーとの交渉や遠征隊の活動などは控えめにしてもらい、私と白狼が乗る器獣は、使者の駆る艦についていった。
器獣の中で、私は大斧や鎧の整備を行ったり、白狼と今後のことを話したりした。白狼はリラックスした状態で、儀式の地に着くのを待っていた。
「狂风様も、ずいぶん大きくなりましたね。体も皆をまとめる力も、巣父の貫禄がありますよ。狐やそれ以外もどんどん群れに加えて、良い暮らしをさせてくださいますし、本当に立派になりました。」
「師匠たちのおかげだよ。私についてきてくれたから、ここまで群れも広げられたし、私も順当に強くなれた。…これからも、共に歩離の未来を作っていきたい。頼めるか、師匠。」
「…ふふ。野心があって結構!あたしも…頑張りますよ。狂风様の行く道をまだ見たいですからね。」
白狼は大きく伸びをすると、肩を鳴らして立ち上がった。有事の時以外気を抜いた様子の彼女だが、今日はどこか不思議な感じがした。特徴的な銀髪がじんわりと膨らんでいるようであった。
そのあとは、日常における雑談をして過ごした。戦いの技能も私たちにとっては日常に根付いたもの。儀式の前に彼女なりの立ち回りを学ぶことができた。
この首長選挙の儀式は、理不尽に多くの狼の命を奪うことはない。私がただ力を示すだけだ。新たな強さを主要猟群の巣父たちに認めさせるため、私は気合いを入れた。
儀式の行われる地は、酷く暗い寒空の星であった。雪が降り積もり、歩けばしゃくしゃくと音が鳴る。鎧の隙間に冷気が差し込むため、白狼はぶるりと震えた。
空は黒く、星々が辺りを照らす。狼の冬、歩離の民のルーツに近しい環境だろう。古い歌だ。かつて狼は犬人といって、狐の氏族と同一の場所で暮らし、厳しい自然環境を乗り越えるために生きていた。狐の夏と、狼の冬。狼の冬では雪が地を覆い尽くし、飢餓から逃れようとして互いに争った。
この飢えこそが、歩離の民の略奪への道を進ませた起源。それを意図的に感じるためにこの星が選ばれたのなら、伝統を重んじる歩離の民らしいと私は思った。
案内を行ってくれる使者が雪道の先を行き、私たちは彼についていく。白狼が寒そうであったので、私の鎧の一部を外し、毛皮で温める。同じルーツを持っていても、狐族は寒さに弱い。白狼はしばらく暖を取ると、鎧をきつく締め、寒さを遮断した。
しばらく進むと、神殿のごとき建造物が見えてきた。随分と古く、ところどころの柱が崩れている。私は神殿の奥に、巨大な人影がいくつもあることに気が付いた。
使者が声をおさえて私に言う。
「オレはここまでだ。奥へは貴様らだけで進め。」
「ここまで案内ありがとう。また会うことがあるか分からないが、達者でな。」
「ふん。…力を見せてみろ、若い狼。」
使者は暗闇に姿を隠し、去っていった。奥から発せられる複数の威圧感に怯むことなく、建物を進んでいく。
円状の祭壇らしき場所では、四人の巨大な狼とその付き人らしき狼が座り込んでいた。巨躯だが細身の狼。鋭利な刃のようで暗闇に溶け込む黒き狼。奇異な形をした器獣を横に連れた狼。戦首である呼雷。
私が足を踏み入れると、彼らはこちらに気づき、途方もない威圧感を飛ばしてくる。巣父の中でも彼らは格別だ。それをよく理解できた。細身の狼が口を開く。
「ほう…随分と若い。肉体は鍛えられているようですね。奇妙な装甲越しでもよく分かる。だがそれだけ。戦首、あなたが見込んだ狼がどの程度なのか、それを知りたい。」
「鑿歯の巣父よ、待て。儀式は、月が頂に達したとき行う。そこで全てが分かるだろう。」
呼雷が、身を乗り出す細身の狼に対して諫める。この狼は鑿歯猟群、歩離の技術を持つ猟群の巣父であるようだ。私は月を眺める面々に対し尋ねる。
「…私は狂风と申します。ここに集まられる巣父は、これで全てでしょうか?」
「…そうだ。弱き狼は戦首になりえない。例え、巣父を名乗ることを許されていてもだ。」
私は黒い狼からその低い声での返答を受け取り、呼雷を見つめる。呼雷は私をじっと見ると言う。巨剣を掴み、闘気を放ちながら。
「狂风、貴様は真に巣父を名乗る力を得た。だからこそ、約束を守ったのだ。本当に驚いたぞ…ここまで頭角を現すとはな。」
「呼雷様。この力は、貴方のおかげで得られたものでもあります。今、恩をお返ししましょう。私の力を、ここにいる面々に叩きこむことで…!」
「…面白いやつだな、狂风ってのは。殺しがいがある。」
器獣を撫でながら、獣使いの狼は目を血走らせて言った。
言葉は少なく、私たちは互いを牽制し、時が流れるのを待った。そして月が完全に昇りきる直前に、付き人が猟群の名乗りを上げる。腥風、玄爪、鑿歯、そして蝕月。白狼は彼ら付き人に倣って、私たちの猟群の名を唱えた。
「緑翠猟群!翡翠の輝きの元にあり!」
そして月は昇る。五つの影が、暗闇の中で力を示すため動いた。
まず動いたのは、腥風猟群の巣父だ。彼の器獣は選りすぐりのようで、素早く固い。おまけには、更に小型の器獣を使い捨てのように生み出し、攻撃してくる。大きな器獣であれば、子を短期間で作り出す器官のある個体は知っている。しかし、このような特殊個体は初めて見るものだ。
私は飛んでくる小さなそれを大斧で両断し、跳躍して腥風の巣父に切りかかる。
「いいねえ、若いのは!ちっ、固えな…!」
「器獣を乗りこなすだけで、戦首になれるか?断ち切る!」
巨大な猟群といえど、腥風猟群は器獣の機動力に長けた集団だ。接近戦は得意ではないのだろう。私は腥風の巣父の腕を燃え上がる大斧で断ち、彼が手に持っている鞭を放させる。
近距離に持ち込めば、私の攻撃が届く。私は器獣の内部で、疑似的な嵐を発生させ内壁を破壊する。
「くくく…この距離から降りて、無事で済むかな。あばよ!」
腥風の巣父は器獣の小さいものに乗って離脱していった。燃える艦は彼の指示によるものか、大気を越えとてつもなく高い位置まで飛んできていた。私は地面を見下ろすと、そのまま下降する。
鎧でも殺せない衝撃が私の体を貫き、全身を砕くが、すぐさま再生させ巣父たちを探す。この程度の損傷は、多少の痛みを感じるだけで治るようになっていた。
集団が争っているのが見える。私は木々を掻き分け、彼らに切りかかった。
その場所での戦いは、玄爪、鑿歯、蝕月の三つ巴であった。鑿歯の巣父がやや押されている。戦闘より術に長けているためか、近距離での戦いは分が悪いようだ。腥風も戦いに加わろうとするが、おそらく鑿歯と同等の戦闘力であり、更には私によって消耗させられているので、更に攻撃を受け腹を押さえている。
「バカな、あの高度で生きているだと…!?」
「来たか狂风。貴様の力を、今見せてみろ!」
私は鑿歯の巣父が放つ爪をいなし、すれ違いざまに胴体を切り結ぶ。鑿歯の巣父の攻撃は、並みの巣父では立ち行かない速さだ。加速するそれに、私は冷静な月狂いを発揮した。獣というよりも人の格闘を以て重い拳を当てていき、脳天をかち割る。この程度で狼は死なない。動きを鈍らせた彼を地面に叩きつけ、玄爪の巣父と呼雷の方を向く。
巣父同士の共闘はない。ここからは粘り合いが勝敗を決める。私は機動性を活かしてヒットアンドアウェイで立ち回り、玄爪の巣父は鋭く伸ばされた暗器のごとき爪で、回避や奇襲といった技で私や呼雷を狙い撃つ。呼雷は、圧倒的な肉体の強度で攻撃の一切を受け止め、巨剣や地の振動で揺さぶりをかける。
私たちの中で見ると打たれ弱かった玄爪の巣父が、一度回避をし損ねる。そこから、玄爪の巣父は被弾を多くしていき、呼雷の巨剣による斬撃の残滓によって倒れた。
この場で戦えるのは、呼雷と私だけだ。
呼雷は唸り、そして宣言した。私は大斧を再び構え、火を点ける。壊れかけた外骨格から風を吹き荒らし、炎の嵐を巻き起こす。
「紅月が昇る!」
「…炎嵐よ、我が鎧となれ!」
呼雷の背後に二つ目の、紅い月の幻影が見えた。それから彼の姿は赤黒く染まり、動きも苛烈になる。私は炎の嵐を潜り抜けてくる呼雷に対して大斧を横に薙ぎ、武器同士を噛み合わせる。その巨剣は硬く、私の斧の刃は欠ける。だが、この質量は切れ味よりも致命的になる。呼雷の攻撃が私の体を切り裂き、私の斧が呼雷の肩鎧を砕く。
再生能力が著しく上がっていても、体力が削られていくのが分かる。これが尽きたとき、私は戦闘不能となるだろう。血みどろの戦いは、我慢比べとなっていた。
私の毛皮が切られ、はらりと体毛が月夜に散らばる。炎で燃え尽きる前、視界に入ってくるそれは、徐々に緑がかってきているように見えた。
我慢比べは長らく続き、月は陰りを見せる頃。呼雷が私の胴を貫き、私もそれに応えるように爪で喉元を切り裂いた。呼雷は血を吐き、しかし笑みを見せる。朦朧とした意識の中で、私は彼の疲労を見た。この疲労を治癒させるには、多くの時間を費やす事だろう。
「狂风…戦首として、力を増した俺に追いつけるか。…喰らえ、俺の心臓を…!」
「…呼雷様。それは、どういうおつもりで…。」
「戦首は、先代の心臓を喰らって継承される…!紅月、神の肉を喰らうことが我々をさらに強くするのだ!ごぼっ…貴様が継承すれば、強い戦首が生まれる…。さあ…喰らうのだ…!」
私は爪を呼雷から離し、巨剣を体から引き抜いた。傷口をぐちゃぐちゃにし、再生させる。倒れ込みそうな状態のまま、私は呼雷に言う。
「は…は…。呼雷様…私は戦首には、なりません。貴方がいなくなれば、歩離の強さは無くなってしまう…。私はただ貴方方に、私の思う強さを認めてほしかった。この儀式には…そのために来たのです。」
「狂风…貴様は、大馬鹿者だ…。」
呼雷は膝を立て、大きく息をつく。息は荒いが、呼雷の傷はどんどんと回復していく。私の体も表面上は回復していた。氷が融け、水たまりとなったそこに私の像が映る。私の体毛は、薄い緑色へと変わっていた。
倒れ込み戦闘を続行できなくなった巣父たちを運び、それに対しても呼雷に唸り声を上げられる。
しばらくして呼雷は、付き人から丸められた紙片を受け取り、私に手渡した。
「…戦首にだけ伝えられる場所が書かれている。貴様は紅月を持たずとも、ここへ向かうのだ。貴様の望む歩離の道を進みたいのならな。」
私は紙を広げ、右上に比較的新しく付け足された座標を見た。その紙には山が描かれ、頂が赤く染められている。私は呼雷を見つめた。
「これは…。」
「…我ら狼の故郷。青丘の星だ。」
強い意思が込められた呼雷の瞳に、私は頷く。私たちの起源はまだ存在していた。その場所は秘密裏に伝えられてきたのだ。
ここには我らの力の源がある。そう彼は訴えかけていた。