不思議な旅行家
戦いから、一年がたった。呼雷の死によって大猟群は崩壊し、内戦が繰り広げられている最中である。私や深緑の鎧を着た戦士たちは、自分たちに死者が出ない程度に立ち回り、負傷者を猟群に取り入れることを続けていた。
あの時から私は、志願してくれた戦士たちに師匠、そして呼雷の死によって、追い詰められている。確かにあの戦場にいた狼や狐族を多く救うことは出来た。船に乗せて連れ帰った者たちは、療養の末無事完治している。狼たちにもここのルールを叩きこみ、徐々に馴染んできている。人は環境こそが物を言う部分もあるのだろう。
だが私は、結果と私情を分け切ることのできない未熟者だ。自身にもっと力があればと、鍛錬と遠征を日中日夜行って気持ちを誤魔化す日々である。私の肉体は以前より強くなっている。そして比例するように精神はどんどんと疲弊していた。
午後の食事を修理されたストリボーグが運んできてくれる。以前は美味いと思っていた狼用の合成肉も、塩気を感じさせない。ストリボーグは製造当初に比べて、有機生命体の情動が理解できるようになってきていた。彼からかけられる言葉も、高度な演算の結果、本当にそう考えて発せられたものなのだろう。
「マスター。白狼や戦士たちについては、私も本当に残念だと考えています。しかし亡くなった戦士たちは、こうも考えていたでしょう。多くの同族を救助出来て、本望だと。」
「ストリボーグ…貴方はすごいオムニックだ…。そんなにも理解を進められるなんて…。まだまだ私は弱い。食事をありがとう。」
「マスター。有機生命体には、休息も必要です。」
私はストリボーグに礼を言うと、手早く栄養補給を済ませた。そして大斧を手に取る。あの戦場で振るったこれと同じ形の大斧は、ひしゃげ使い物にならなくなっていた。だから新調してもらい、金属もより硬いものに変えてもらった。
大斧を振るい、腕っぷしばかりを強くした先に何があるのか。私の鍛錬に付き合えるほどの同格は、この猟群にいない。実戦に沿った訓練をせずに、体ばかり密度が増していく。武具を振っている間、師匠がすぐ近くで眠っている気がして、今すぐ起こして共に修行をしたい気分に囚われそうになる。
結局これ以降の鍛錬には身が入らず、テントの中で心を落ち着けようと足を踏み入れた。そのとき、私の耳に空を切る音が聞こえた。その音は大空からしていたため、何気なく見上げるとそれは、私にとって見覚えのある船であった。思わず言葉が漏れる。
「戦闘用の星槎。…ついに目を付けたということか。」
攻め込んできたならば、私が皆を守らなくては。深緑の鎧を付け、震える手で大斧を再び握る。
しかし、妙である。星槎は一隻だけであり、発砲も行われない。そして何だか、ふらふらと飛んでいるようにも思える。空の様子を見るため近くに来た、狐族や人間種のいくらかも怪訝な顔つきで星槎を見ている。
しばらく見ていると、星槎の動力部分が火を噴いた。そのまま不時着しそうだ。私は被害を増やさないように皆に呼びかけて引いてもらい、星槎の着陸する場所へ走った。
私は大斧を背に担ぎ、猛スピードで降りてくる星槎を、両手で下から何とか支える。筋繊維がみしりと音を立てるが、外骨格のアシストや鍛えた肉体のおかげで潰れることはない。ゆっくりと星槎を降ろし、中の操縦者がどんな人物か、出てくるのを身構えて待つ。
煙を上げる船から出てきた人影は、なんと狐族の女性であった。その女性は頭を擦りながら、顔を緩めて呟く。彼女のその姿に、師匠の姿がぶれて重なる。声を上げようとするが、すんでのところで留まり、冷静に受け答えをした。
「危ないところでした…。ありがとうございます…すごく大きな方!」
「…無事で何よりです。貴女は、仙舟同盟の方ですか?私はまだ、この広い宇宙について詳しくなく…間違っていなければいいのですが。」
警戒をしながらも、目の前の彼女をしかと見た。似ているようで全く違う。ぱっちりと開いた瞳に、空に浮かぶ雲のごとき白色の髪。快活な印象を与える女性だ。こちらを騙しているようには見えない。
「ええ、そうです!そして、あたしは白珠と言いまして、色々な星を巡るのが好きな旅行家なんです。」
「白珠…さんですか。…私は狂风と申します。この星を仕切っている者です。白珠さん、よろしければご案内いたしますよ。」
仙舟同盟の人間だと同意したところで、私は自らの正体を隠すことにした。あちらにとっての大敵だと知られれば、どう動くか分からない。私は二度と、自身の行動で仲間を失いたくはないのだ。
私は白珠を連れ、外部から来た人間に向けた施設へと案内する。彼女は、自然環境を残した風景と、施設の数々に目をやっていた。何事もなく終わってほしいと、私は望んでいた。
道中私は、白珠がここに来たわけを尋ねた。仙舟同盟と表向きは全く関係のない星だ。どうやってここを知ったのか。白珠は言った。
「確かに、同盟の勢力圏ではありませんけれど…ある方に教えていただいたんですよ。ここが故郷である狐族の女性にです。」
「…白珠さん、それはもしや貴女と同じように白髪の方ですか?彼女は生きているのですか!?」
「ああ…。やっぱりお知り合いだったのですね。その方が握り締められていた…このお手紙に書かれていました。」
「…師匠。」
白珠から渡されたぼろぼろの紙。そこに書かれた文を読み、感情のままに握りしめようとして白珠に訊く。
「白珠さん、これをいただいてもよろしいですか。大事な人の物なのです。」
「はい。お返しすることも考えて、ここに来ましたから。」
私は鎧の隙間にしっかりとそれを収納し、案内を続ける。重苦しい雰囲気になってしまったが、白珠はとても場を盛り上げることに長けているようで、旅の話を面白おかしく話してくれた。
まだ見たことのない豊かな星の文化、そこに生きる人。私が思い描く群れの理想の姿は、宇宙中に広がっているのだと知ることができた。彼女は一息つく。
「ふー…。狂风さんは聞き上手ですね。お顔は見えないのに、話しやすいです。」
「白珠さんの話が面白いからですよ。この星について、私からもお話ししましょうか。」
私からも情報交換として、歩離の民であることを判断できるような情報は避けた上で話す。すると、白珠は輝くような笑顔を浮かべた。
「この星で生きる人たちは、そういった経緯で、鎧を身に着けられているのですね!見識が深まりました!」
「喜んでいただけて何よりです。白珠さん、こちらの食べ物はどうでしょう。狐族の方に合わせた食材で作られたものです。」
私は施設にいる狼たちに目配せした。彼女はただの客人であり、敵ではないと。仙舟同盟の船を知っている狼も、私に対して頷き従ってくれた。
白珠は、私たち狼には味が感じられないパンケーキのような食べ物を美味しそうに食べていく。カンパニーの社員と狐族が協力して作り出した料理だ。私たちと同じ環境で過ごしていたため、肉の塩味ばかりを摂取していた狐族は、こういった別の味覚が刺激される食材を望んだ。純粋な刺激であるため、味の粗さはあるだろう。
「なかなかパンチのきいた料理ですね。あたしは好きです!鏡流にも持っていこうかな…。あっ、あたしの友達の名前です!」
「…それは良かった。白珠さん、そちらの鏡流さんについてお聞きしても?」
鏡流という名前が、私の耳を貫いた。私が、この星以外に詳しくないというスタンスを取り続けているためか、白珠は言葉を留めることなく、その「友達」について話してくれた。
彼女の話における鏡流は、戦場での冷たさとは全く違う印象を受けた。彼女の剣の鋭さだけでなく、情が話の中には確かにあった。白珠と鏡流の交流は、仙舟同盟の者と一括りできないほどに和やかで、そこに生きる人間の温度を感じさせる。
「それでですね、鏡流はお酒を持っていくと、とても喜ぶんですよ。月を肴にして彼女と飲んだお酒はとっても美味しかったな…。」
「…良きご友人ですね。私もそのような友人と巡り合いたいものです。この星にいるのは仲間であって、友人ではありませんから。」
「それなら、あたしとお友達になりましょうよ!狂风さんは他の星に興味を持っていらっしゃいますし、あたしが行って良かった星を紹介するのはいかがですか?」
「ははっ、それではお願いしてもよろしいですか。旅の専門家に教えていただけるのは、とても心強いです。」
姿を隠したままの交流は続き、そして最後を迎えた。白珠が取っていた休暇がもう少しで終わるからだ。白珠の乗ってきた船は、未だ煙を上げているが彼女は応急措置を施し、船を浮かばせた。
白珠は狐族用に研究された食べ物や酒、飲み物を土産にし、私に向かって手を振る。
「狂风さん、また来ますね!見ず知らずだった旅人相手に、こんなにも手厚く対応いただいて…ありがとうございました!」
「こちらからも、ありがとうございました。またお話を聞かせてください。」
そうして彼女は流星のごとく星槎を飛ばし、そのまま空から消えた。彼女が戦場で見た流星だったのだと、深く理解しながら、私は船を見送った。
白珠のおかげで分かった。仙舟同盟の中にも絆があり、守りたいものがある。私たちの猟群と彼らは、個人として見れば同じ方を向けるはずなのだ。
突然現れ、強い印象を私に残していった、星のような彼女。白珠は図らずも、私の鬱屈とした調子を吹き飛ばしてくれた。
これは、師匠が残してくれた最後の絆だ。私は紙片を取り出し、師匠の言葉を噛み締め思った。戦場で命を落とした仲間たちのためにも前を向き、必ずや豊かさを永遠にと。