月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

19 / 128
影となる

 白珠は、随分とこの星の環境を気に入ったようで、あれから何度も星槎でここへ訪問してきた。私はその度荒波を立てないように接待し、仙舟へと返した。

 

 だがその訪問は、この星で生きる者の、狼たちや仲間を殺した仇敵に対しての憤りを高めていた。何故仲間を殺しておいて、そのような笑顔を浮かべられるのか。

 感情を見せずに応対している私に対して、考えを求められることも多くなった。そのため、私は皆を集め、陥落地を農地にするため向かっているヒスイノの民にもオムニック経由でホログラムを投影してもらい、考えを表明する。

 

 

「猟群の皆よ。最近外部から、カンパニー以外の訪問者が来ていることを知っているな。仙舟同盟の星槎だ。そして皆がそれに対して鬱憤が溜まっていることも重々承知だ。」

「狂风さん、そうですよ!いくら狐の同族だろうと、奴らはわたしたちを殺しに来る敵だ!ご説明ください!」

「今から話そう。その前に、私の考えは全く変わっていないことを言っておく。猟群にいる皆が、自由に宇宙を駆けることのできる未来を作る。それを覆すつもりはない。」

 

 

 声を上げた狐族の一人や、それ以外もなだめ私は言葉を続ける。

 

 

「この猟群は、狼と狐両方があり、その上に多くの協力者で成り立っている。別の種族と交わり、略奪以外の可能性を育む。これこそ、狼と狐が自由に生きるための在り方だと、私は考えている。」

「それは頭に叩き込まれたから知っています。…もしや仇敵との交渉も、巣父が言う交わりだというのですか。」

「そこの同族よ。その通りだ。だが!」

 

 

 ざわつきそうになる集団に、私は声を張り上げる。

 

 仙舟同盟の人間にも、豊穣の民憎し以外の感情があることを、私は知った。ここまで不透明であったのは、カンパニーの人々は中立を保つため、仙舟同盟について多くを語らなかったからだ。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。

 しかし、依然として私は考えている。仙舟同盟という「派閥」との協力は、到底無理な話だと。白珠のような快活かつ人に良い影響を与える者がいても、向く運命は互いを貫き合っている。

 

 ならば、内部から個人としての繋がりを持つことこそ、私が行うべきことだ。仙舟同盟の内部にいる人間が全て敵なのであれば、豊穣の民は妖弓の矢に怯えることになる。

 私の手が届く距離まででも、狼と狐族の可能性を広げたい。私は猟群の皆に改めて、己の考えを伝えた。

 

 

「皆の考えは痛いほどに分かる。何も、お手手を繋いで仲良くしようなどと考えていない。そんなことをしようにも、ただ討たれるだけだ。…だから再び私は姿を隠し、群れの影となる。そして、あの狐族の女性が、私たちの正体を知らず友好的であるうちに、仙舟同盟の内部を知るのだ。」

「それは何れ敵地に、狂风様が入り込まれるということですか…?」

「そうだ。敵情を知ることこそ、狼の存続に関わる。呼雷様が死んで、他の猟群はめちゃくちゃだ。呼雷様以外にも、猟群の巣父に、巣父候補は多くが死んだと聞いている。このような状態で、仙舟同盟に再び攻撃を受ければ、本当の意味で滅亡だ。それを避ける目的もあるのだ。」

 

 

 私は、集まった中で探究者の集団に焦点を当てる。私は更に目的を話した。これこそ私が行っておきたいことだ。

 

 

「老爺の後継者たちよ。」

「はい!わたしどもですか!?」

「ああ貴方たちだ。星神の探究は進めているだろう。だが…仇敵につく星神、嵐については情報が集まっているか?」

「いえ…。やはり妖弓の信者たちが情報を止めているようで、表面的な情報しか…。お役に立てず申し訳ございません…。」

 

 

 探究者の狼の一人が小さく言う。老狼は薬師の痕跡を追い求め、寿命を迎えた。生涯における探究の成果を若い狼に託したのだ。

 

 

「巡狩の星神は、その強力な矢こそが厄介だ。自身を信仰する信者たちも、豊穣の恩恵を受けているのに直接撃ちはしないだろう。私がどんどんと入り込めば、豊穣の民をどのような条件で貫こうとするのかも、情報が得られる可能性がある。」

 

 

 納得がいった様子で、猟群の皆はそれぞれ話し合う。仙舟同盟の内部と繋がりを持って、その結果交流が生まれたとしても、それは副産物だ。ただ何もできず、仙舟同盟の実力者や妖弓の力に殺される同族を減らしたいという思いが第一だ。そして、皆が自由に駆けることのできる道を作りたいという根底の考えこそ、私の原動力であるのだ。

 強者は自らの手で道を切り拓くと古訓がある。だがそれは狭き路であり、単一でしかない。私が目指すのは、道を皆で舗装し、樹の枝のごとく様々な可能性に向かえる道を作ることだ。

 遠征人員である狼が手を挙げる。人間種やオムニックも協力を申し出てくれる。この場にいる四種族は群れの一員だ。豊穣の民である歩離が原因だからと言って、排除するつもりもない。

 

 

「…敵を知ることが、群れの存続に繋がる…。狂风様、俺もついていく。姿を隠しても、名誉は消えないとあんたから教えてもらった。名誉は一つじゃないこともな!」

「ヒスイノを守るためなら、危険なんて顧みませんよ!情報を持ち帰って見せます!」

「こういった交渉事は、私共にインプットされた機能も役立ちます。統一感を出すために、対話型オムニック用の鎧の生産を、承諾お願いいたします。」

 

 

 地道な積み重ねが、白珠の繋がりから更に道を作るはずだ。猟群の皆が協力的になってくれたことに、私は感謝した。何千年に渡る憎しみ合いを一度吞み込める彼らは、正しく緑翠猟群の一員だ。

 

 

――――――――――

 

 探究者として活動するある狼が、思いのままに書き連ねたメモ。それが、はらりと床に落ちる。そこにはこう書かれている。

 

 

 我らが猟群の主、狂风は常人では辿り着けない精神性に達している。

 狼の仇敵の懐にさえ潜り込み、懐柔する手腕を持っている。だからといって羊を食い殺しもしなければ、見る限り憎んですらいないようだ。知性を持つ生命が潰える悲しみだけを持っておられる。

 かの御仁は、人間やオムニックを対等な存在と見ながら、狼と狐族がどのように宇宙を闊歩できるかを常に考えておられる。種族単位での略奪行為で狭められた道を開き、人間と同じように多種多様な選択肢を与えると彼は言う。

 その在り方は、薬師様によく似ている。生命を絶滅させることなく繁栄させようと動かれる薬師様と、狼だけでない巨大な猟群を繁栄させるためにあらゆる策を練り実行し続けられる主。緑がかった毛並みが、その象徴なのではないかと噂する者もいるくらいだ。憎しみさえ無価値と切り捨てる主は、やはり常人ではない。

 

 彼から受け取ったもの。狼の本能は略奪ではないことを、我らはこの猟群において理解した。美味い肉を食い、全力で駆けることが我らの求めるもの、本質なのだと。

 

 

 メモは拾われ、棚にしまわれる。

 

――――――――――

 

 何度目の訪問だろう。また一年経ち、その間に数えきれないほどの訪問があった。一隻だけ空から港に降りてくる星槎を、鎧を着た私たちは出迎える。最初に出会った時の大破は、不運であったようだ。

 私個人の考えとして、船から降りて来た女性、白珠は快活かつ人好きな性格であり、あらゆる希望を幻視させるようなオーラがある。彼女は他の、鎧で体を覆った狼とも交流を行っている。狐族を対等だとみなしていても仙舟同盟を大敵だと認識する狼が全てだが、そんな彼らが対話をすると、白珠だけは認めてもいいと思ってしまうほどだ。

 話に聞く彼女の友人、雲上の五騎士についてもそうだ。まるで彼女を構成する人間が、彼女を中心に回っているようである。

 

 今回の訪問では約束していた事柄があった。白珠は私に手を振ると、近くにある偽装された器獣を示した。交流の内に、いつの間にかタメになった呼び方で私に言う。私も、仙舟同盟内部に入り込むためにはと思い、あえて砕けた言葉遣いで彼女に応えるようになった。

 

 

「狂风!また来ましたよー!これ、お土産です。どうぞ、どうぞ!」

「白珠さん、来てくれてありがとう。…ついに、入ってもいいんだな?」

「はい。ようやく、狂风用の通行許可証がもらえました!狂风にずっと付いているなら、数人は一緒に来ても大丈夫です!」

「本当にありがとう。これで白珠さんの話にあった施設を見れると思うと、とても楽しみだ。」

「あたしが付き添うので、見れる範囲は広いと思いますよー!あと、狂风に紹介したい友達もいますし、あたしも今から楽しみになってきました。」

 

 

 白珠は端末を取り出し、すさまじい量の誓約文が書かれた書類を見せた。一文字一文字が小さすぎて、目を細めても読み取れないほどだ。同盟と協力関係に無い場合は、厳重な審査が必要になる。今は私たち豊穣の民と戦っている最中であるため、尚更厳しいのだろう。私が何となく白珠に、仙舟を訪問してみたい旨を伝え続け、彼女が許可を取ってきてくれたのだ。

 

 私は、準備してもらっていた人員を手招く。またの機会があるかは分からないが、最初の訪問だ。狐族と人間種、狼がそれぞれ一人ずつ。対話型のオムニックを三人。合計六人が共に行く。オムニックは鎧こそ身に着けているが、戦闘はできない。万が一もある。戦える三人とペアになって動いてもらうことにしていた。

 

 

「白珠さんが疲れていなければで良いが…早速向かいたい。差し入れは用意してある。これをどうぞ。」

「飲み物ありがとうございます!この味好きなんですよー!…ぷは。それでは行きましょうか。」

 

 

 食物研究の末作られた狐族用の飲料を一気に飲み干し、白珠は星槎に乗り直した。この飲み物はとても甘いらしく、私も薄っすらと赤泉を飲んだ時のような味を感じられるほどだ。

 私は、内外壁を偽装できるようにされた特殊な器獣に乗り込み、同行する六人も続く。器獣は、同じく有機的に作られる星槎を参考にしてある。元々星間の輸送に使う予定だったものだが、こういった形でも応用できた。

 器獣の中で、私は大きな白いローブを頭から羽織る。緑翠の鎧をやたらに見せないように。

 狼や猟群のための影。ついに私は、今からそれになるのだ。

 

 白珠が出発の合図を、星槎の隙間から指で示す。

 

 

「それでは出発します!安全第一に行きましょう!」

「案内をよろしく頼む、白珠さん。」

 

 

 私の言葉は届いたようで、それに応じるかのように星槎はゆっくりと発進する。私は器獣に呼びかけ、白珠の後を追った。

 

 そして数日が経ち、目の前に巨大な一艘の船が見えてくる。それは、同盟を形作る旗艦六艘の内一つ。仙舟「羅浮」。現在、雲上の五騎士が集められることの多い艦の名だ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。