月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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小さな群れ

 私は今、途方もなく巨大な星海を横断している。暗き影は姿を消し、ただ無惨な骸の山を残していった。何故私だけを生き残らせたのか。その答えを影は教えることはなかった。

 

 私たちの艦隊は元の群れから、二つ月が瞬く時間離れていた。機械仕掛けのオムニックたちや、惑星を拠点とする進んだ文明が使う単位で言えば、50システム時間ほどだろう。万全の状態で動いていた大きな器獣に乗ってこの時間であるため、戻るまでにはより多くの時間がかかることが予想される。

 通ってきた星を目印にし、私の搭乗する小さい器獣を動かす。長くは持たない設計であるが、辿り着くまでは生きていてもらわなくてはならない。私は器獣に、己の血肉を喰らわせる。

 

 

 私たち歩離の民には、理性を手放し力と再生能力を上昇させる「月狂い」という能力がある。千切った四肢も再生する、我らの象徴となる力だ。中でも私の生まれた猟群、「蝕月猟群」は、この月狂いの祝福を最も強く受けている。つまり月狂いを発揮すると、目の前の獲物を殺すことしか考えられなくなるのだ。

 

 だが、それはただの獣になるのと同義だ。本能のままに爪を振るうことは、守るための力になりえない。私はこの短い生涯において、半数以上の期間、その性質を抑えることに尽力した。

 手本としたのは、歩離の民と狐族の混血たちだ。彼らの中には、狐族の外見をしているが先祖返りを起こして、月狂いを身に秘める者が生まれることがある。狐族であるがゆえに治癒能力が低く、一度月狂いを発揮したら死してしまう。その多くは戦奴として、戦いの弾除けに駆り出され死ぬこととなるが、戦場を生き延びる者もまた存在する。

 父の影響力を笠に着ることとなったが、持てる力を最大限活かして彼らに近づき、その獣性の抑え方を見出した。

 

 戦いのために用いられる力が、今こうして自らの延命のためだけに使用されるなど、信じられないことだろう。私は同族が言う異端だ。肉体の優位によるプライドなど、何の役にも立たないと考えている。相手を問わず師にし、個の生存能力、群れが生き延びるための術を特に磨いてきた。だからこそ、こうして指示を仰がずとも生きている。

 

 私は折った左腕を器獣に明け渡し、じんわりと滲む鈍痛に耐える。興奮状態を抑えたこの月狂いでは、痛みを無視することが出来ない。

 

 

「ふうう…。これでもっとペースを上げられるだろう。急いでくれ。」

 

 

 器獣が、何とも形容しがたい鳴き声を内壁に響かせ、流れ落ちる彗星のごとき速さで星海を駆ける。私は常に気を配り、目標地点に至るまでの惑星の位置取りを確認し続けた。

 

 

 時間の計測はできず、永遠に続くとも思われた航海は、ようやく終わりを迎えた。私たちの元の群れに加え、惑星より一回り小さいほどの獣艦が見えてきたからだ。巨大な獣艦は、武器牧場となった惑星の一つに停船している。この大きさは見覚えがある。巣父と呼ばれる、猟群の長が入っている獣艦である。

 

 少ない餌で速さを出し続けた器獣は、動ける限界日数が近づいており、ぼろぼろだ。少しずつ機能が削られており、装甲も随分薄くなってきていた。もう少し遠くの惑星であれば、資源も何もない惑星で朽ちることとなっただろう。不幸中の幸いだった。

 私が巨大な獣艦に着艦するように指示すると、器獣は弱弱しく唸り返事をした。

 

 私がよく知る獣艦の前で停止する。肉親の乗る艦だ。小さな獣艦一隻だけが近づいてきたため、判断に迷いが生じているらしく、しばらく壁は閉じたままだった。待機していると壁が開けられ、爪を尖らせた歩離の傭兵たちが艦内に私を迎え入れる。

 

 器獣から降りると、傭兵部隊は爪を縮ませた。そして彼らの背後には、母と兄がおり、私だと分かると近付いてくる。兄が私に訊ねる。

 

 

「狂风、お前なのか。父上たちはどうされた。狩りの最中に戻ってくるなら、余程のことがあったのか。」

「…兄上、母上。人がいないところでお話ししたい。余っている部屋はございますか。」

「…ああ、ついてきなさい。」

 

 

 私の口ぶりに、母は話の重大さを察してくれたようだ。母は傭兵たちに待機するよう指示すると、兄と私を連れて、内壁が分厚い部屋へと入った。

 

 私は部屋に入り、開口一番に起こったことを伝える。兄のごわごわとした毛並みが逆立った。

 

 

「群れが皆、全滅だと…!?狩りを行う予定の星は、宙に出られるほど文明が進んでいないという分析だったはずだ!狂风、言動を狂わせるのもほどほどにしておけ!」

「冗談ではないのです、兄上。器獣の群れが、一斉に破壊された。あれは人が作った兵器で片付けられるものではありませんでした。」

「何故そんなものが、獣艦を狙い打つ!」

 

 

 見せられた宇宙の終わりについては、伝えなかった。私一人を残して全てを殺されたことが問題なのだ。

 兄が爪を、私の下顎に突き立てた。私の言葉を信じられるはずもない。憤るままに言葉を封じようとする兄に対して、母が制止する。

 

 

「穿空、やめなさい。狂风は道理が分かる子だ。…最後まで話しなさい。」

「母上たちは、こいつに甘すぎる…!力か…いくら力があるからといって、使わないならただの木偶の坊だというのに…。」

 

 

 顎で促され、私は報告を続ける。兄の溜まった鬱憤が、呪詛のように呟かれるのを耳に入れながら。

 

 

「目標の惑星近くに、器獣と同胞の骸があります。しかしそれを確認すれば、この群れが力を失ったことを浮き彫りにしてしまう。今は隠し通す必要があります。」

「群れの存続は、主あってのもの。それが真実であって欲しくはないが…。早くも、穿空、狂风どちらかが群れを率いることになるか。」

「母上っ!何を仰るのですか!」

「静かにしろ。強さは狂风が上を行っている。呼雷様のような天性の才があるのだ。」

 

 

 兄が叫ぶように言う。すると母は声を低め、彼を威圧した。

 物証がないのに、ここまで真剣に考えてもらえるとは思っていなかったため驚きだ。母は続けて己の考えを話した。

 

 

「レーダーが一斉に反応しなくなった時点で、最悪の事態は想定していた。私と、信頼できる者のみで向かう。狂风、成人の儀を済ませておきなさい。」

「かしこまりました、母上。」

「…母上が外に出られるのであれば、それまで群れをまとめあげてみせましょう。父上は、必ず帰ってくる…。」

 

 

 冷静沈着に母は言い、それから細かい指示を私たちに出した。兄は成人の儀を既に終えている。父の功績から将来を見据えられ、一人前の歩離の戦士「索牙」から百人規模の隊長である「昂達」へ一気に押し上げられた。

 

 成人の儀を見るため、巣父である呼雷は、惑星近くに停船させたのだろう。命の安全を確保したことと、儀式が近付いていることが、父と幼い頃から知っていた者たちの死に現実味を感じさせる。

 歩離の民は、死に対して必要以上の感傷を抱かない。だが私は、父を想った。歩離らしい強さを貫いた父。私が厭う略奪の術に長けており、それだけでは勝てないものがあると思い知った後でも、私は父を尊敬していた。一本筋を通した生き方は、私の原初の憧れだったからだ。

 肉親に対する私の感情と、私の考えは相反し、母や兄と別れた後でも、それは尾を引いた。

 

 

  帰還までに使った体力を回復するため、合成肉を大量に食らった。その後獣艦を渡り歩き、奴隷が多くいる艦にやってきた。家族の他に私の心の拠り所は、師である。一人の狐族が私に向かって手を振る。

 白銀のような髪を無造作に束ねる彼女は、戦奴の中でも強者だ。私とそう年が離れていないというのに、今まで潜った大きな戦場は、両手両足で収まらないほどである。だから、私は彼女を白狼と呼んでいる。

 

 

「お早いご帰還ですね。狂风様には、狩りなんて朝飯前というわけでしょうか。」

「白狼、貴女にも話しておきたい…今後の身の振り方も変わる話だ。」

「おふざけで言いましたが、そんなにまずい事態なのですか…。ついていきましょう。」

 

 

 私たちの群れで、狐族を監視する役割の者に話を通し、白狼を連れ出す。白狼は、私が師と仰いだ混血の狐族の中でも、たった一人生き残っている人だ。個として強く、戦奴を一時的にでも団結させる手腕をも持つ彼女を、私は高く評価しており、今は私の下についてもらっている。

 まだ成人していない私は、影響力を持っていないため、下につけてもらっているのも温情だ。猟群内での勝負が得意でも、実際の成果がなければ軽く見られる。

 

 白狼に対し、ことのあらましを伝える。家族に向けたものに比べ、より詳細にだ。父の死は、この群れの一員に大きな衝撃を与える。白狼は、震える声で聞き返してきた。

 

 

「狂风様、それは本当ですか…。そんなバカげたやつが…。」

「間違いない。影は父たちを戯れに殺し、歩離の終わりを伝えてきた。白狼師匠も会ったことがあるだろう?星神の探求をされている歩離の方々に。彼らの言っていた、終焉を伝える神か、それに近しいものだ。」

「ああ…あのご老人たちですね。」

 

 

 白狼は思い出したようで、首を振る。そして気だるげな様子をぴんと張り詰め、私に言葉を投げかける。

 

 

「狂风様、貴方がお許しになられるので話します。あたしたちは生き残るのさえ難しい身です。歩離のご主人方だって目の前の狩りを楽しむだけ。滅びてもおかしくない。狂风様も前々から考えていらっしゃったことが、裏付けされたということでしょう。」

 

 

 立場が違えど、私たちは対等だ。そのため白狼には、誰も聞いていないとき正直な言葉を求めている。

 白狼は言外に、私がこれからどうしていくのかを訊ねている。私は彼女の疑問に答えた。

 

 

「その通りだ、師匠。だからこそ変えたい。まだ私の言葉に力はないが、それも儀式までだ。すぐさま台頭し、存続の道を作り出す。そのとき貴女に狐族を導いて欲しいのだ。」

 

 

 白狼は気持ちの良いほどに笑い、手をひらひらと揺らす。不安げだった表情が一変したことから、彼女のお気に召したようだ。

 

 

「ははは!それでこそ、旦那ですよ!ああでも、そんな大層なことあたしは出来ません。あたしがなれるのは、使い捨ての矢じりですから。」

「いや、師匠は希望になれる人だ。…それで、一つ行いたい事が。」

「ええ分かってますよ。狂风様、儀式の日まで力を高めるとしましょうか。」

 

 

 この獣艦に来た二つ目の目的を、白狼は簡単に見抜いた。そして彼女は私の後ろに立ち、内部が広く動きやすい獣艦へと共に向かう。

 信頼のおける人に気持ちを話せたことで、少し気が休まった。私の目指す歩離は、堅牢。星神にも揺るがせない、種族を護る鎧だ。

 

――――――――――――

 戦いの中で、敵味方関係無しに最も軽い命は、狐族である。生まれてから名も付けられず、成長しきらない内に戦場に連れていかれ、ほとんどがそこで一生を終える。

 ある白銀の髪の少女も、そうなるはずだった。しかし、彼女は悪運が強かった。初陣は弾が逸れ、次の戦場は仲間に庇われた。そして経験が積み重なっていき、重い怪我をしなくなっていった。

 

 生きていても、精神は磨り減る。数えきれない仲間の死を見て、白銀の彼女は、自らの死を望んでいた。

 だが歩離人が憎い。こんな目に合わせる歩離人を殺すまでは、死にきれない。戦場における苦しみから逃れたい心と、その原因を作り出す歩離人への憎悪で満ち溢れながら、少女は年を重ねた。

 

 出会いは突然だった。奴隷によく話しかける歩離人がいる。そういった噂が狐族の中で広まってからすぐのことだ。彼女の前に、狐族を師として教えを乞う、幼い歩離人が現れたのである。

 白銀の女性は、その歩離人を嘲りながらも近付いた。絶対に揺るがすことの出来ない主従関係を、擬似的にでも崩せるのであればこれほど愉快なことはない。

 

 だが彼女は絆されてしまった。あまりに耳障りの良い理想論と、狐族を蔑まない態度は、心地が良かったのだ。接するたびに、その歩離人の無垢な瞳に心を奪われる。狂风という名の歩離人を、彼女は子犬のごとく可愛がるようになった。

 この歩離人は、教えれば教えるほど吸収する。狂风には、戦場や懲罰で命を落とした狐族の魂が受け継がれているのだ。そして技や知略に加えて、肉体という武器もどんどん大きく引き締まり、見上げるほどに成長した。

 今、白銀の女性、白狼は強く思っている。歩離、狐族の垣根を越えて育て上げた子だ。狂风の理想は、絵空事で終わらないと。

 

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