月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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再会

 仙舟「羅浮」に近づくと、吸い込まれるほどに巨大な、水色の結界が張られた門が見えてくる。門の前には入港する異邦の船や、反対に出港する星槎、様々な意匠の船がごった返している。そしてそれらの船全体に向けた音声が、絶えず発せられている。

 

 

『ようこそ。羅浮空港、星槎海へ。遠方からのお客様を、「仙舟同盟・羅浮」一同は歓迎いたします。出港なさるお客様は、またのお越しをお待ちしております。』

「何と複雑な制御機構…。ここまでの技術力を、豊穣の民を狩るために使うとは…。狂风様、流石のご慧眼です。敵を知るには、内部から。目測だけでも、情報を持ち帰ってみせます。」

「ああ、よろしく頼む。…私たちは今、豊穣と巡狩の対立とは無関係の、異邦の旅人としている。体躯は目立つが、悪目立ちが過ぎないようにしよう。」

 

 

 同行してくれた歩離の女性が、こちらに言葉をかけてくる。私の返答に、彼女以外の一同も静かに頷いた。

 彼女は後から群れに加わり、戦闘以外の才能に目覚めた研究員だ。群れに加わる前は戦闘を行っていたため、護衛の役割もこなせる。

 今回は人数を絞り、少ない情報でも精査できる理知的な人員を集めた。

 

 既に同行者は皆白いローブを纏っており、頭部以外の装甲を隠し、並びに戦いの空気も隠している。狼の装甲には加えて、フェロモンの類を厳重に遮断する機構が加えられているため、一般の人間に対しては隠すことができるだろう。背中には、亀の甲羅のごとき鏡面盾が仕込まれているため、尚更歩離の民だとは分からないようになっている。

 つまり私たちは歩離の民ではなく、「鎧人」としてこの船にやってきたのだ。そして知る者は知る、翡翠、深緑の騎士として。

 

 だが問題もある。白珠は雲上の五騎士に会わせたいと言っていたが、直接相対した鏡流には気づかれる可能性が高い。また白珠のように星槎越しの戦いではなく、近接戦を行っていた残りの三人についてもだ。戦いに従事する者には注意せねばならない。

 今回が最初の訪問だ。これから何度も訪問して情報網を得たいと考えているのだから、何とか理由を付けて、鉢合わないようにすべきだろう。

 

 まず白珠の星槎が通され、次に私たちの乗る器獣にも着陸の許可が出る。この器獣は、石のようで脈動しない外壁を持っている。ただの星間旅用の船だと判断されたと考えられる。怪しまれなかったため、第一関門は無事抜けられた。綱渡りの状況に冷や汗をかきながらも、白珠の星槎についていく。

 

 

 玉界門が開けられ、旅人用の停泊場に誘導された。私は器獣から降り、合成肉を外壁に押し付けるようにして満腹になるまで食わせ、器獣にじっと待っていることを指示した。器獣は、擬態した船の表面から一瞬だけ口を見せることで、それに従った。

 

 白珠が遠くに停船させた星槎から降りると、こちらへ向かってくる。私は同行する仲間に対して小さく頷くと、白珠と合流した。

 

 

「狂风に、一緒に来られたヨロイビトの皆さん。長旅お疲れさまでした!ここからは楽しいですよ!」

「案内していただいてありがとう、白珠さん。貴女の方がお疲れだろう?仙舟は長らく、信用ポイントを扱われているとカンパニーの方から聞いた。白珠さんへの感謝も込めて、一食奢らせてくれ。」

「いえいえ、お客人に対してそんなことはさせられませんよ!あたしが、おすすめのお料理屋さんまで案内しますから。さあ、行きましょう!」

 

 

 同行者の面々もそれぞれ、白珠に先導に対して礼を言い、白珠は笑顔で顔の前に持ってきた手を振る。白珠はこの船出身ではないと聞いたが、それでも店舗のことは良く知っているようだ。白珠は軽やかな足取りで、もう一度彼女の星槎に向かっていった。船の中で小さな船に乗って移動するのが、仙舟の常識のようだ。異邦の船は使えないらしい。こういった些細なことでさえ、驚きの連続である。

 

 

 羅浮の中は、輸送用の星槎であったり、個人用の星槎だったりが空を規則正しく飛んでいる。その交通網を構成する船の一つに、白珠を含めた私たちがぎゅうぎゅう詰めになって入っていた。戦闘用の星槎は、いわば仕事用であるため、役割に合わせコンパクトに作られているのだ。私たちが入るのでぎりぎりだ。大斧は置いてきたため、星槎の底を踏み抜くことはなかった。

 白珠が言うには、その店に行くために「星槎海中枢」から「長楽天」という居住洞天、仙舟の民が住まう地区へ飛び、仙舟の様々な料理が集まる「金人港」まで向かうそうだ。

 

 

「私の体が大きいばかりに、申し訳ない。」

「大丈夫ですよ。でも、狂风がローブを着てくれていて助かりました…。」

 

 

 白珠は後頭部に当たった私のローブに対して、息をつく。固い装甲を剝き出しにしたままで体に当たっているのは、痛みを伴うだろう。

 しばらく飛ぶと、星槎海中枢が見えた。ここを基点として、長楽天へ星槎は飛んでいくようだ。

 

 星槎の下を見れば、雲のごとき白があり、その上に作られた足場があって行きかう人々が見える。顔までは見えないが、耳のとがった者や狐族、人間種が入り混じっているのが分かる。人間種と見分けがつかないが、長命を授かった仙舟人も中には含まれているのだろう。文明の躍動、活気が、街からは感じられる。その光景からは、とても滅びを受け入れているようには見えない。

 

 

 長楽天へ到着した。星槎海中枢よりも少し人通りが少ない居住区は、穏やかな時が流れているように思える。

 人通りが少ないと言っても、観光客や現地住民はおり活気がある。私たち、特に巨躯な私は、通りすがる人間に視認されることが多かった。だが特に疑われることがなかったのは、白珠のおかげだろう。白珠は雲上の五騎士として活躍している、時の人だ。その人格も知れ渡っているようで、ひっきりなしに人に挨拶されていた。

 

 そして金人港に入ろうとするところで、観光客らしき老けた女性に私たちが声をかけられる。白珠の方を私は示すが、彼女は首を振った。

 

 

「間違っていなければいいんですけど…深緑の騎士の方々ですか?」

 

 

 深緑の騎士。翡翠や緑といった言葉で装飾されていたが、現在はこの名が知れ渡っていると、カンパニーの情報網から知った。仙舟は広く、私たちを知っている人間が現れることは不思議ではない。

 同行した仲間は口をつぐみ、私に判断を任せた。私は彼女の疑問に答える。

 

 

「…その通りだ。貴女はどこでその名を?」

「はい。貴方方に助けていただいた者の一人です。歩離人に侵略されていた星から、わたしたちを救い出してくださった姿は、今も脳裏に浮かびます。ああ、また会えるなんて…。」

「そうだったか。貴女の命が潰えなくてよかった。」

 

 

 私は、深緑の手甲ごしに彼女と握手をする。

 彼女との長い握手を通して思い出す。侵略が狼の未来を潰す。それをはっきりと理解し、行動を変えた転換点であったあの星での争いを。

 十数年の時は、人間を大きく変える。あの少年は、狼を狩れるほどまで成長しただろうか。そういえば、その少年の名と同じ響きである男性が、雲上の五騎士にいると白珠から聞いた。少年がその五騎士の一人になっていたらと思うと、寂寥が胸を通り過ぎた。

 

 

 仙舟独特の建造物が立ち並ぶ家々を抜け、金人港へと入ったようだ。白珠がある店を示し、突き進んでいく。

 白珠は笑いながら言う。

 

 

「ごめんなさい、細かい案内ができなくて。…狂风たちも、お名前を知られているんですね?後ろにいるのは深緑の騎士の方かって、一部の方からあたしも聞かれました。」

「…ありがたいことだ。それで白珠さんは、どちらの店に向かわれているんだ?」

 

 

 白いローブはあまり役に立っていなかったようだ。知っている者からしたら、この兜だけでも一目瞭然なのだろう。ますます、軍の人間や戦う者には近づくのは危険だという考えが深まった。

 私は白珠の向かう先を尋ねる。

 

 

「ああ、お話ししていませんでしたね。料理店に行く前に、一人待ち合わせている人がいるんです。狂风も気になっていた子ですよ!応星です!」

「…彼か。私も丁度、その人の名前を思い浮かべていたところだ。」

「白珠さん、私たちは金人港の料理をより調査したいと考えています。30分ほど別行動の時間をいただけませんか。」

 

 

 対話型のオムニックが私に助け舟を出してくれた。白珠は別行動を許したが、それは私以外の人員であった。

 

 

「そうですよね。皆さんは仙舟を観光したいでしょうし、少しだけ別行動しましょう。端末に許可証を送りますね。」

「では一旦、私も。」

「狂风には応星の話をしてきたじゃないですか。あたしも会わせたいとは思っていましたが、前々から彼に会いたいと熱心に言っていたのは狂风ですよ?」

 

 

 白珠は不思議そうに首をかしげる。私は心を落ち着けながら、返答する。幾らゆったりとした雰囲気が流れていても、ここは敵地だ。疑われないようにしなくては。

 白珠の押しがここまで強いと思っていなかった。私は小さく首を縦に振る。そして仲間に目配せした。必ずここから帰ることができるようにすると。

 

 

 白珠は仲間との交流を楽しみにしているようで、鼻歌を歌いながら店に向かっている。私は、緊張が鎧の下を伝うが、それを悟らせないようにする。

 軽い雑談の末、ある店の前までやってきた。そして白珠が、ある二人組の男性の元へ歩いていく。一人は灰色の髪を垂らした人物で、もう一人は遠目だったが戦場で見かけた男性のようだ。

 

 

「応星!ご飯を食べに行きましょう!」

「よう白珠。それでそっちは…。」

 

 

 彼は砕けた口調で白珠に挨拶すると、私を見上げた。額のところで分けられた髪が、彼の顔をしっかりと視認させる。彼の紫色の瞳が大きく揺れた。

 

 

「あんた…もしかして。」

「…お互い、はじめましてではなさそうだ。」

 

 

 私が先ほど思い浮かべていたことは、空想で止まらなかった。彼は応星。私が出会った、あのときの少年だ。

 対面してみると、不思議と笑みがこぼれる。敵同士の立場であろうと、彼が大きくなった姿には喜びを感じたのだ。

 私はローブから手を出し、手甲を見せる。応星はそれで確信したようだ。

 

 

「あの時、私の名を伝えていなかったな。私は狂风。君との、再びの巡り合わせに感謝を、応星君。」

 

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