足から胴、そして手と兜に鎧を着用し、地平線に見える陽を眺める。そして白珠との会合の時間になるまで鍛錬を行うことにした。
私は長い鍛錬と戦いの中で、筋力に物を言わす武器の振り方では敵わない存在がいると思い直した。今の筋力なら、どんな重さの武器であっても空気を掴んでいるようなもので、硬さと鋭さを求めるようになったのだ。
切り払い、十字に薙ぐ。そして連続で突き、最後にはホログラムの人型の腕に渾身の一撃を放つ。私が使う武器は、斧槍。取り回しの良い短めの柄だが、以前呼雷と最後に会ったとき使っていた大斧よりは長い。敵を貫き、四肢を削るための鋭い槍が、柄の延長線上に追加された得物だ。
「はああ…!」
踊るように斧槍を振り、敵の無力化に有効な動きを試行錯誤していく。
私の師匠だった女性、白狼は今際の際で槍を用いて奮闘していた。何故か。陥落地からこの猟群に加わった戦奴に訊いた。
戦奴には上等な武器など与えられない。そのため地面に落ちた枝や、戦場で転がる武器を使わなければ、生き残ることは出来なかったと。よく使われたのは、自身の攻撃の範囲が広がる武器だ。爪が修練や狼の模倣のためのものなら、槍は彼女が出せる全力、生きるための力だったのだ。
他の死んでいった混血の狐族たちも、死地には槍を持っていっていた。狼の爪を私は元々持っている。だから命を燃やして、猟群に貢献した彼女らの意志を少しでも受け継ぐため、私は斧槍を持つ。
陽は昇り、彼方から星槎がやってくる。仙舟同盟からヒスイノへ来る船は、未だ一つしか知らない。私は白珠の元へ向かった。
白珠は初めて会ったときから十数年たっても、容姿が変わらない。狼は寿命が近づくと急速に老いるものだが、ルーツが同じなら彼女たちもそうなのだろうか。
白珠は両手を振りながら言う。
「迎えに来ましたよー!ここでゆったりしたいんですが、応星が狂风のことを待っているので、すぐに出発しましょう!」
「来てくれてありがとう。白珠さんにこれを。船の中で飲み食いしてくれ。」
「どうも!ふふ…きっとびっくりすると思いますよ!」
いたずらっぽく白珠は笑う。ここまで白珠と応星に気を許されたことに、私は喜びを感じていた。
仙舟同盟で情報収集や貿易を行っている人員は、それぞれ通行証を獲得している。星内外の取引の構図は出来上がったため、個々で仙舟同盟へ向かうようになり、私に付いて動く人員は少数になっていた。私個人が単独で仙舟に入り込めば、この巨体のせいで目立ってしまう。そのため、情報収集は人混みに紛れる背丈の仲間が、率先して行ってくれている。
そして今回、白珠に同行するのは私だけだ。仙舟「羅浮」の信号は掴めている。私は、白珠の星槎と器獣を並走させた。
航海の末「羅浮」に入った。白珠の星槎に乗って、応星が待つという工造司へと向かう。職人が私を見上げて、訝しんでいるように見える。だが隣を歩く白珠の姿を確認して、その視線はなくなった。仙舟の機関に入る許可についても、意匠の凝った服装に身を包んだ男性に白珠が聞かれていたが、応星の名前を出した時点で、苦虫を噛んだような表情で離れていった。
「あんな、あからさまに嫌がらなくてもいいのに…!」
「応星君のことか。まだ一員として認めようとしないとは…仙舟人は頑固だな。」
「そうみたいです。一応仙舟の人以外には、生ける伝説みたいに扱われているんですが…。いくら殊勝に振舞っていても、あんな対応をされていたら、疲れは溜まる一方ですよ…きっと!」
「白珠さんと会えば、応星君も疲れなど吹き飛ぶだろう。…あそこに座っているのは、彼じゃないか。」
「そうです!おーい、応星ー!」
応星は私たちの方を向き、手を挙げる。彼は立ち上がると、私たちに言った。
「久しぶりだな、狂风さん。白珠も…そういえば一月ぶりくらいか!時間を取れなくてすまねえな、ちょっと立て込んでいてよ!丁度、終わったところなんだ。」
「久しぶりだ。応星と会える日を楽しみにしていた。体は大事ないか?」
「お疲れ様です、応星。お仕事も良いですけど、体をしっかり休めてくださいね。」
「おう、ぴんぴんしてるぜ!だから二人とも、会うたびに体調のことなんて気にしなくていいからな!」
応星は朱明の工造司で鍛造していたが、羅浮で活動することが多くなったため、こちらにも席を置いたと話には聞いていた。会合は数えきれないほどしたが、実際にここへ入るのは初めてだ。応星は、工造司内部にある自分の席までを案内してくれるようだ。だが、白珠はここで待つという。
白珠は後ろ手を組んで、にっこりと笑う。
「何か用事があるのか?」
「いいえ。でも…あたしのことは良いですから、応星と二人で行ってきてください!」
「そういうことだ。狂风さん、ついてきてくれ。」
白珠に軽く手を振り、応星と並んで歩く。応星は強い瞳でこちらを見た後、いつものような雑談をせず、彼の持ち場に着くまで一言も口を開かなかった。
工造司内部は、積み荷や機巧が道の隅に置かれており、窮屈な印象を受ける。応星はある建物の中に入ると、酸欠であったかのように大きく息を吸い込んだ。
「…ようやくまともに息が吸える。あんたの巨体に視線が吸われていたけど、いつもは最悪の雰囲気なんだよ。」
「…仙舟人ばかりの職場は大変だな。気分転換に、私たちの星へ白珠さんと来るのはどうだ?疲れが休まるぞ。」
「ばか言え!豊穣の民がわんさかいる場所には行けねえよ。あんたと、ここに来ているお仲間は信用している。それでもあんたたち全てを信用できるほどじゃない。」
「冗談だ。だが疲れを取りたいなら、ぜひとも協力しよう。」
「ははっ、ありがとうよ。」
応星はがっくりと肩を落とすと、軽く笑った。そして彼一人しかいない鍛造場の奥へ、ついてくるように手で示される。
彼が作ったであろう武器の並べられている部屋に一つ、極めて目を引く武器があった。私が携帯している武器と同じ種類、斧槍である。応星はその斧槍を手に取ると、私の前に持ってきた。
「前話した…あんたに渡したい物だ。」
「私にこれを…?」
「ああ、そうだ。俺はずっとあんたに、自分が作った武器を使ってもらいたいと思っていた。あの時…再び会えた時が衝撃的過ぎたせいで、迷っちまったがな。」
応星は私の兜を見て、力強く続ける。斧槍の矛先が光に反射して、美しく光る。
「だがあんたは武器を、仲間を守るために使う。理由なく人を殺めたりしない。だから渡すんだ。自分の目が信じられないなら、百治だけでなく鍛冶師失格だぜ。」
「…私を信頼してくれてありがとう。応星君。」
私はそれ以外の言葉を発することができなかった。応星から斧槍を受け取り、柄を握り締める。斧槍の刃には、巡狩の光矢の力が迸っているのを感じる。
応星は腕を組んで、口の端を上げながら言う。朗々と歌い上げるように。
「不思議なもんだ。豊穣の民が…巡狩の武器を持って、存護の道を行くなんて。…銘は、不落。この斧槍の硬さは、どのような大敵の攻撃も防ぎ、断ち切ることができる。俺の心血を注いだ自信作だ。武器に振り回されないようにな。」
私は応星と共に工造司を出て、白珠と合流した上で仙舟を回り、訪問を終えた。彼が渡してくれた「不落」をすぐさま仲間のために使っていきたいからだ。
そして私は、遠征人員と共に、歩離の民の内戦が行われている場所へとやってきていた。私は斧槍を背から外して眺め、陥落地の惨状を見る。狼と狐族の遺体が転がる、地獄絵図だ。
呼雷がいなくなって、猟群の混乱は未だ続いている。それぞれの群れの巣父が台頭した後も、秩序を取り戻すのには時間がかかることだろう。
私はそれぞれ器獣に乗った仲間たちに宣言する。
「我ら緑翠猟群は、同族の殺し合いを止め、新しい狼の未来を作り出す。重い怪我を負った狐は治療し、争いを続ける狼は武を持って仲裁する。その上で、我らの理想に加わる同族を見つけ出そう!さあ騎士たちよ、進め!」
器獣から、遠吠えと私たちを鼓舞する声が上げられる。私たちは地獄から命を救い出す戦いへと突き進んだ。
狐族や戦いを拒む狼を救助していると、巣父候補になれるであろう狼が私を見つけ出したようで、唸り声を上げる。私は担いでいた彼らを仲間に任せると、巨躯を誇る狼に向き直った。
「緑翠猟群の亀ども…。そして貴様の力は良く知っている。貴様を倒せば、俺こそが最強だ!」
「古き狼は敗れ、衰退していくばかりだ。私たちの元に来い。」
巣父候補の狼は吠え声で返すと、私に向かって爪を振るってくる。身長が少しずつ伸びている私にとっては、巣父候補程度の攻撃は脅威にならなくなっていた。回避を最小限にして、足を斧槍で断つ。狼は目を見開き、大きく叫ぶ。
「なんだ…その刃は!?治りが遅く…!くそっ!」
「戦いを止め、共に行こう。同族同士で争って何になる。」
巡狩の力の一端は、豊穣の民によく効くようだ。巣父候補は脚が治らないままに攻撃をしてきたが、二振りを受けた時点で戦意を失っていた。
「畜生…つええ…。」
「ゆっくりと治せ。器獣でおとなしくしているんだ。」
巣父候補の狼は耳をぺたりと垂らし、私が肩を貸すとそれに従った。他の実力者たちも、実戦を数多く経験してきた深緑の騎士には敵わず、戦いは仲裁されていく。遺体の山は弔い、争っていた同族と狐の半数以上が生き残ることができた。
陥落地での内戦は、私が無力化する速さが上がったことで、これまで以上の効率で止めることができるようになったと言える。猟群の勢力は、内戦の仲裁によって更に規模を増し、陥落地の開拓はどんどんと進んでいく。
人員を増やし同志が集まれば、これから起こると予想される、仙舟同盟と豊穣の民との大規模な戦いで出る死人を減らせるはずだ。
そうすれば、私たちの道はもっと広がる。