雲上の五騎士の内、景元と丹楓。白珠と応星に比べて会う機会が非常に少なく、どちらもこちらを警戒している印象を受ける。特別な関わりがあるわけではないため、当たり前のことだ。だが前者については、何度目かの会合から手合わせを所望されるようになった。
剣首、鏡流の弟子である景元とは、いつも人目の付かない場所での会合になる。白珠と、時間が合えば応星にもついてきてもらう形だ。
今回の会合では景元側からの希望があったと白珠から聞いた。そういったことは初めてであるため、私も警戒しながら待ち合わせ場所へと向かった。
人気のない場所に佇んでいる彼は、こちらに気づくと感情の読めない笑みを浮かべた。それは白珠が傍にいても変わらない。
「お久しぶりです、狂风さん。白珠も、連れてきてくれてありがとう。」
「はい!それではあたしは、また壊してしまった…星槎の始末書を書いて来ますので!また合流しましょう!」
「ああ、また後で。…それでは、あちらへ行きましょう。」
私は頷くことで、彼に応える。針のように刺す彼の視線に含む物を感じながら、寂れた舞台へと向かった。
重苦しい空気の中、景元は口を開いた。彼は、私が持つ応星の作った斧槍をちらりと見て、目を伏せる。
「…応星から聞かされました。己が打った武器を、託すに相応しい人だと。そう判断したと。」
「嬉しいことだ。景元さん、貴方にも何れそう思ってほしいと願っている。しかし、まだまだそれは難しいことだろう。」
「ええ。雲騎軍は、忌み物を全て駆除する。師匠も言っていました。忌み物と言葉を交わすことなく、邪を払え。」
景元は陣刀を抜き、私の胴に向けて刃を伸ばした。彼は武だけでなく、智略に長けた戦士だ。雲上の五騎士になる前、策士としての才能を大いに使い、戦わずして勝つを行ってきたそうだ。
だが彼との会合は、武から始まり、武によって終わる。卓越した武人は、その刃先から信念を読み取る。仙舟同盟の大敵である「忌み物」が、彼に心根を伝えるにはそれしかないのだ。
「武器を取ってください。あなたが忌み物でなく、人であるか。それを証明するために。」
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陣刀を振るい、長命種の青年は目の前の巨体に一刀を浴びせる。白いローブをなびかせ、深緑の鎧を着たそれは、青年の仲間が打った武器を巧みに扱って、刃を弾く。
景元は長命種としてはまだ年若く、目の前のそれのような存在と会うのは初めてのことだった。
景元は策士としての才覚を持っているが、初陣の際から仙舟同盟の在り方通りに、物を考えていた。忌み物は理性のない、ただ害をなす存在であること。薬師が与える長命は、人々を苦しめるだけであると。仙舟同盟は、巡狩の名のもとに、豊穣への復讐を為す。魔陰の身に落ちた同胞を終わらせ、また豊穣の力を受けた生物をも貫くのだ。
いつものように五人が会合していたとき、異変が起きた。まず白珠が頻繁に話し、何年か経つと酔った時の応星もクゥアン・フェンという名を口にし始めたのだ。彼女たち曰く、自分たちと同じように「はぐれ者」なのだという。
丹楓は興味がなさそうに流し、彼の師匠、鏡流は五人以外の名が出てくることに頬を引き攣らせていたが、景元は興味を持った。何故なら、いつもは偏屈者の応星が、そのときは楽しそうに言葉を紡ぐのだ。付き合いの長い仲間が良い方向に様子を変える人物に、景元は会ってみたくなった。
そして応星から聞かされた言葉によって、景元は知る。クゥアン・フェン、狂风は自分たちと同じように豊穣の力を受けている、おそらく忌み物であることを。
景元は、信頼できる仲間から懇願され口外しなかったが、その巨体を疑い続けた。鏡流に決して会わず姿を隠しているのは、後ろ暗いことがあるからだ。それこそ自分が忌み物だと言っているようなものだ。
景元は思索を巡らせた。雲騎驍衛といえど、自身に決定権はない。ならば泳がせるだけ泳がせ、実際に人を襲おうとする前に捕縛できるように動けばいい。数年も敵地に来て何もせずに帰っていくのは、訳があるはずだ。景元は、正体を鎧と白いローブで包んだ奇妙な存在に、別の意味で興味を持った。
若さゆえの無謀と、自身の考える「忌み物」の固定観念。いつも落ち着いて見える景元の内にも、それがあった。だからこそだろう、私情と考えを切り離すのが難しく、狂风を忌み物だと思えなくなってしまったのは。
狂风は極めて理性的で、人の会話の根底を支えるのが上手かった。詐欺師のごとく、しかし人を騙すことはしない。その巨体以外は、奇異な部分は何もなかった。陰からではなく正面から会合したときは、惜しみなく信用ポイントを使い、景元が雲騎軍で活動していることを気持ちよく話させる。
景元は戸惑った。今まで相対した忌み物は殺し殺されの関係でしかなく、人を思いやる忌み物など知らなかったからだ。狂风含め、深緑の鎧を着た戦士たちは、略奪を止めるために動いているのだと、仙舟の外から来た者や白珠、応星から聞き、ますます混乱した。
そして彼は、景元に心の内を話した。薬師の権能は強すぎて、人を苦しませる。だからといって、其の行動基準まで否定することはない。薬師のように人間の手で豊穣を為し、豊かに人が暮らせるように星を作るのだと。自由に生きることは、略奪と同義ではない。
だから景元は自身の判断で、彼を試し続けることにした。彼の策は敵を陥れることだけではないが、平和な解決方法は仙舟同盟に必要とされなかった。理念に反することを肯定すれば、巡狩の矢は失速してしまうからだ。
だが若き景元はこうも思う。固定観念に縛られていれば、策も鈍ると。
そして今狂风は、応星から信頼の証を受け取り、丁寧にそれを扱っている。乱暴に扱おうと刃先が欠けないそれを、力任せに振らず。その巨体から考えられないほど、優雅な斬撃を放つのだ。それは決して実践に通じないような見世物ではなく、嵐が吹き荒れるかのような激しい舞であるときもあれば、水面のごとき静かな突きであることもある。
雲騎軍として刀を振る型を学んだ景元の目にも、戦いの中で培われたその技術は実用的であり、美しく見えた。
景元と狂风は、互いの刃を幾度も交差させる。狂风から伝わる強い信念はまるで頑強な砦のごとく。それは景元の心を震わせ、ある心残りを思い出した。忘れたことはなかったが、その記憶はあえて頭の片隅に追いやっていた。故郷を守るため、仙舟にやってきて、そして願い叶わず単身戦いに身を投じた男のことを。その存護の精神を。
景元が刃を止め、狂风もそれに続く。景元の瞳には、目の前の彼に対する願いが込められた。
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陣刀を立て、景元は額の汗を拭う。そして、今まで見たこともない表情を作った。ただ浮かべるだけの笑みではなく、思わずこぼれてしまったような笑みであった。景元はそのまま私に言う。
「…今回も学びを得られる試合でした。応星の作った「不落」が手に馴染んでいるようで、安心しましたよ。言葉だけではないこと、しかと受け止めました。」
「つまり景元さん、今回も認めていただけたということで良いのだろうか?」
景元は頷いた。私は斧槍を肩に戻し、ほっと息をつく。
しばらくして景元が、いつものように落ち着いた声で話し始めた。しかし少しばかり崩した口調で。
「狂风さん、会合の回数こそ少ないが…あなたとは十数年の知り合いだ。こうして試合を終えた今、あなたにお願いしたいことがある。信念のもとに反物質レギオンを狩り続けている、あなたたちだからこそ頼めることだ。」
「反物質レギオン…?今危険に晒されている星系ならば、すぐさま向かおう。」
私はその派閥の名を聞き、身を乗り出す。器獣の配合は進み、更に速く星海を巡回できるようになった。器獣にも外骨格を取り入れる、技術の併用によって、私たちの活動は効率化されているのだ。
だが景元は首を振る。
「いえ、侵略を受けていたのは、随分…何十年も前のことです。ヤリーロ-Ⅵ、あなたはこの星の名を聞いたことがあるだろうか。」
「知らないな…星の名はまだまだ情報不足だ。」
「そうでしょう。私もあのときまでは知らなかった。」
景元は話した。演武典礼、武術で他星との交流を図り、友情を深めるための儀礼が仙舟では行われており、それが私と出会う前に行われていたこと。そしてそのときも自分は雲騎驍衛であり、演武典礼で守り人を任されたこと。演舞台にてある男性との戦いが行われ、その男性が最後まで戦うことなく去っていったことを。
「彼は、仙舟と豊穣の民の、大規模な戦いの前にやってきてしまった。そのため仙舟は同情をすれども、彼の故郷のために兵を出すことができなかった。」
「…それが、貴方の心に引っかかっているということだな。」
「…雲上の五騎士と呼ばれようと、まだ私は一介の雲騎驍衛に過ぎず。残念ながら、彼がどうなったかを知るために動くことができない。仙舟の外の者、それに「深緑の騎士」として動いているあなたにお願いしたいのです。私は忌み物とあなたを分ける。応星と白珠、そして私の分の信頼を裏切らないと、そう信じる。」
景元は彼らしからぬ強い瞳で私を射抜く。
それはあのとき、応星から受け取った信頼によく似ていた。
景元と私がじっと見つめ合っていると、後ろから元気の良い女性の声が聞こえてくる。それは白珠であった。彼女は耳をぴくぴくと動かし、深い笑みを浮かべる。
「聞いちゃいましたよー!時折あのボクサーの方のこと、気にしていましたものね。こんなこともあろうかと、天舶司の友人から、ちょろっと誤魔化して…。端末に情報をもらっていたんですよ!ヤリーロ-Ⅵ…この星ですよね!」
白珠は情報端末を取り出し、星図航路のコピーを私たちに見せた。景元はそれには動揺したようで、焦った調子で白珠に口を出す。すると白珠は指を一本、自らの口元に立てて返す。
「白珠、どこから聞いていたんだ。それに、天舶司の機密情報を…!」
「だから、三人の秘密ですよ。狂风、今度ヒスイノに遊びに行くとき長めに休暇を取るので、この星に向かいましょう…!」
「そうしよう。反物質レギオンの猛威は、まだ続いている可能性があるからな。白珠さんが来てくれるなら心強い。」
私は頷いた。反物質レギオンはしつこく文明を破壊しようと目論む集団だ。どれだけ時間が経過しようと、抗戦を続けているかもしれない。仲間のために環境を整えるという意味でも、認知外の星系に足を伸ばせるのは、滅多にない機会だ。
私は二人としばらく言葉をかわし、今回の会合を終えることになった。星の安否を確認すると同時に、その男性の無事も見ておくべきだと思った私は、ボクサーの名前を尋ねる。白珠が思い浮かべる前に、景元は答えた。
「確か…。」
「彼は、イゴール・ハフトという名前です。狂风さん、白珠…二人とも、お願いする。」