白珠から星図航路のコピーを送信してもらった上で、ヒスイノに戻った。そしてオムニックの協力やヒスイノ-Ⅰに残っていた天体情報を駆使し、ヤリーロ-Ⅵの場所を把握する。
結果この星系は、現在土壌の改善を行っている、元陥落地のヒスイノ-Ⅺから比較的近い位置にあった。だが私たちが活動している範囲の外であったため、知らずの内に上陸しているといった偶然は起こっていなかったようだ。
ぎりぎり観測できる距離であったので、ヒスイノ-Ⅺにいるオムニックに遠隔で声をかけ、周囲の星のスキャンを願う。しばらくして届いた情報から、ヤリーロ-Ⅵの外観がホログラムで表示された。
ストリボーグが私に詳細を伝える。彼の見た目について、同じ型だが素材の違うパーツへ換装を行い、外装の色味がばらばらになっている。
「マスター、このヤリーロ-Ⅵは99%以上が寒冷地になっています。提案:ドームを持っていくことをおすすめします。」
「確かに鎧だけでは活動できなさそうだ。ストリボーグも寒冷地用の装備は用意しているか?」
「肯定:関節可動域への寒冷耐性マシンオイルの使用により、行動可能です。」
ストリボーグが、ヒスイノに残るという機械音声を発さなかったのには驚きであった。彼は近年、戦闘用オムニックには限界があるという演算結果により、戦闘における行動パターンをヒスイノ内で更新し続ける作業を行っていたのだ。彼を見つめるとその機敏を演算によって推測したのか、ストリボーグは続けて音声を発した。
「私はヤリーロ-Ⅵにおける、28枚目の拡大写真に強い興味を持っています。」
「…この距離で人型が見えるとは。相当巨大なロボットのようだ。」
ストリボーグは、拡大写真を表示させる。そこには複数の巨大な人型が映っていた。ストリボーグはモノアイを光らせる。
「ヒスイノにおける目標「存護の壁」の建造。推測:巨大な創造物に関するデータの収集により、目標設計の向上が可能になります。」
「そうだな。データの収集に優れたオムニックの皆も、連れていくべきだ。だが、主な目的は人の生存であることを忘れないようにな。」
「承知しております、マスター。」
私は軽く考えを巡らせる。これだけの寒波で、人が生き残っているかどうか。ほぼ全てが寒冷地と化しているヤリーロ-Ⅵにも、ある一点だけ人間が生存可能な温度が保たれている地点がある。それは、人間が住むための建造物群であるようなので、建造物内に生き残っていることを期待するしかないだろう。
スキャン結果は、大まかにしか情報を与えてくれない。実際に視認しなくては分からないこともある。私は焦燥感を覚えながらも、日々の業務と鍛錬を行い、白珠が来る日を待つことにした。
遠征人員は、戦闘要員を7割、情報収集ができるオムニックや話術が上手い狐族などを3割で構成した。今までの遠征は戦闘人員だけか、情報収集メインの人選かの二択であった。今回初めて、「開拓」のための人員を集めたのだ。
白珠の星槎が到着する。新しい見た目の戦闘用星槎だ。流線型であるが、だいぶ積載可能量の多い見た目である。遠征人員は次々器獣に乗っていく。私を手で呼んだ彼女が言うには、物資用に大きめの星槎を借りてきたようである。
「白珠さん。調べたところ、ヤリーロ-Ⅵは雪で覆われた寒冷地ばかりのようだ。気温の急激な変化に耐えられる装備は持たれたか?」
「そうだったのですか!?天体の情報と一致しませんね…。ですが、問題ありません!これでも元ナナシビトですから!」
「そのようだ。一応、これを渡しておく。私たちの技術力で作ったストーブのようなものだ。展開すればドーム状になって、吹雪から身を守れるだろう。」
自信ありげに笑う白珠であったが、私は念の為に歩離の民が作った、赤泉由来の簡易型ドームを彼女に渡した。青丘の冬を乗り越えるための技術が形を変え、別の星の寒波を防ぐ術になる。これもまた、豊穣の力の有用性を示すことに繋がるだろう。
「ありがとうございます、物資のところに積んでおきますね。それでは向かいましょう!その極寒の地へ!」
「ああ、行こう。白珠さん、一流の星槎飛行士でも油断禁物だ。この情報の食い違いは、反物質レギオン抜きでも、どうもきな臭い。」
「ええ。もし戦闘になったときは…あたしの星槎捌きを、大いに期待してくださいね!」
私は頷き、白珠に合図すると自身の器獣に乗り込む。ストリボーグとの二人乗りだ。そして端末越しに、別の器獣に乗った仲間たちへ出発を促し、私たちはヤリーロ-Ⅵへと飛び立った。
ヒスイノ-Ⅺ近くを通り、更に三日経った。ついにヤリーロ星系が見えてくる。近づけば近づくほど、その星系、特にヤリーロ-Ⅵに異様な気配が感じられる。
私は幼少期から星に詳しい狼から情報収集を行っていたため、宇宙の仕組みについての基本的な知識を持っている。
この宇宙は虚数エネルギーが満ちている故に、星間の交流が難しくなっている。星軌に沿う形で文明のある、もしくはあった星を巡ることは簡単だ。それ以外の辺境の星に訪れるには、星海をこじ開けて渡る独自の技術力であったり、豊穣の民でいうと、かつて造翼者が持っていた「穹桑」を用いたりしなければ難しいだろう。
何故、宇宙の虚数エネルギーのことを思い浮かべたかと言えば、ヤリーロ-Ⅵがその辺境の惑星を想起させられたからだ。星軌は通っている。しかし、それを塞ぐように、虚数エネルギーの塊のようなものが歪んでいるのだ。これでは、ヤリーロ-Ⅵを経由して他の星に行くことは出来ない。私たちであれば、来た道を戻ることになる。
私の持つ端末に、白珠から通信が届く。画面に映る白珠は、焦燥の混ざった真剣な面持ちであった。
『狂风、事態はだいぶ深刻なようです。この特徴的な歪みは見たことがあります。間違いありません。星核の影響です。』
星核。私が生まれる何百年も前に出現した物質である。これがあるだけで、今まで出来ていた星間の移動ができなくなり、交易に大きな支障をきたす。そして星核は厄介なことに、癌のごとく宇宙中に拡散するのだ。だから星核が起こす一連の現象は「万界の癌」と呼ばれ、危惧されている。
私たちが活動してきた区域には存在しなかったため、星核への対処には経験がない。とりあえず私は、白珠に解決への助言を受けることにした。
「一旦私たちは、生き残りを探すために上陸しようと思う。白珠さん、星核への対処は行ったことがあるか?」
『汚染された世界は元に戻らないと、放棄されることが殆どで…。狂风は、星核に真正面から挑むのですね。』
「もちろんだ。景元さんに、良い結果を持ち帰りたいじゃないか。」
白珠はすっと息を吸うと、満面の笑みを浮かべた。開けられた瞳には熱がこもっている。
『素晴らしい開拓の精神です!あたしも、もっとやる気が溢れてきましたよー!』
「白珠さん、下で落ち合おう。…共に遠征へ来てくれた同志たちよ。戦闘人員に続き、生存者を見つけ出そう!」
私は白珠の通信を切ると、今度は他の器獣に乗った仲間に向かって端末越しに言葉をかける。私の号令を聞いた仲間たちはヤリーロ-Ⅵのある一点に向かって器獣を駆る。私も彼らに続き、大気を突き抜けた。
星の内部は吹雪に覆われ、並みの器獣であれば凍り付きそうな気温であった。器獣に着用した外骨格に熱を灯し、活動を停止しないように空を飛ぶ。
ストリボーグは、彼に搭載された高性能カメラで遠距離を確認した後、機械音声を発した。
「マスター。現在の座標からX1000、Y3000、Z50離れた地点に、複数の人影を捕捉。」
「ありがとうストリボーグ。高度が少しあるだけで、ここまで見えなくなるとはな。」
「追加情報です。人間は、熱源センサーの反応しない人型と交戦中。ヴォイドレンジャーの特徴と一致しています。」
「危惧していたことは現実だったか…!…戦闘人員に通達。反物質レギオンはまだヤリーロ-Ⅵで猛威を振るっている。ドームの起動後、戦闘態勢に入れ。」
私は器獣の速さを高めるため、合成肉を多めに食らわせる。器獣は低く鳴き、私の指示するままに反物質レギオンの集団へ向かって飛んだ。
―――――――――
宇宙からの侵略者、反物質レギオンの残党と、ベロブルグを守る戦士たちは戦っていた。寒波の到来は、反物質レギオンに大きな打撃を与え優勢にはなった。残党は日々少なくなっていくが、まだベロブルグは危機から脱していない。終わりの見えない苦しみの中、戦いが終結し再びの繁栄を遂げることだけを想い、戦士たちは過酷な戦いに身を投じている。
今この時も、ある部隊は凍りつきかけた反物質レギオンと交戦している。少しばかり動きが鈍っていても、それらと交戦することは命を落とす危険を常にはらんでいる。
この戦いはヤリーロ-Ⅵに対する侵攻では小規模であり、部隊はしんがりを受け持った。逃げることはできない。ベロブルグに危険が及ぶことを意味しているからだ。
増援を待つ間に起きた度重なる戦いで物資は底をつき、アリサ・ランドによる指揮も役に立たないほど消耗しきっていた。鎧を裂かれ、一人ずつ命を落としていく。絶体絶命の状況に、戦士の一人は死を覚悟した。
その時だった。冷気で覆われた空に緑色の光が見えたのは。
緑色の流れ星は雪を巻き上げ、抗戦している戦士たちの近くに落ちる。いやそれは星ではなく、船であった。そして船の中から、同じく緑色の鎧を纏った人影が出てくる。
彼らは戦士たちの戦いに加わり、様々な武器を使って敵をなぎ倒していく。戦士たちは戸惑いの中、破竹の勢いで反物質レギオンが倒されていく様を見て、喜びに沸き立った。
戦士たちは自らを鼓舞し、戦いを再開する。もはや彼らの瞳には諦観の念は残っていなかった。
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私はドームを設置しながら、ヴォイドレンジャーに接敵する。ヴォイドレンジャーに意思はなく、ただ破壊衝動のみで行動する万物の厄介者だ。文明を破壊する災害に、私は容赦しない。
一振り、二振り。斧槍で可動域を破壊し、最後は縦に両断する。心なしか、装甲が脆いように感じる。寒波はヴォイドレンジャーに不利な状況を与えているのだろうか。
ストリボーグもよく動き、ヴォイドレンジャーの装甲を熱線で、その拳で破壊していく。加えてストリボーグは、完全に凍り付いたヴォイドレンジャーも破壊し、焼き払っている。念入りな対策は、オムニックらしい合理的な判断だ。
遠くから船が風を切る音が聞こえる。吹雪で見えにくいが、上空から強力な矢が降り注ぎ、ヴォイドレンジャーの装甲を砕いているようだ。間違いなく、あれは白珠の技だ。
しばらくして戦闘は終わる。付近の敵は皆倒しきった。
「ストリボーグ、ドームの設置を優先しながらついてきてくれ。彼らと接触を図りたい。」
「了解です、マスター。付近のヴォイドレンジャーの殲滅完了。追従します。」
ストリボーグに声をかけ、現地住民らしき鎧を纏った人間の元へ向かう。寒さの対策はされているようだが、がくがくと震えて寝かせられている者もいる。傷つけられた部分から、体温が下がっているようだ。
「うわあ!なんだ、でかいやつが来たぞ!」
「落ち着いてくれ。私は狂风という。貴方たちの戦いに加勢しに来た。」
「おお…よく見れば、協力してくれた鎧姿の方々じゃないか…。驚いたよ…。」
ふうと息をつく男性。私は熱源の確保のため、簡易型のドームを設置し彼らを温める。ドームの中は、人間が快適と感じられる温度よりも高い。蹲っていた人も凍えた体温が元に戻ってきたのか、じんわりと体を弛緩させている。
「ありがとうございます!戦いの助勢に加えて、防壁まで!なんとお礼をしたら良いか…!」
「厳しい戦闘の中、貴方たちは必死で抗っている。礼など要らない。」
戦闘人員の仲間たちがこちらへ向かってくるのを視認し、私の居場所を斧槍を掲げることで示す。ドームを道しるべのごとく設置したため、紅く染まってはいるが遠くの光景までよく見える。ぞろぞろと合流する「深緑の騎士」たちは、同時に情報収集のための人員も護衛しながら連れて来た。その中には星槎から降りた白珠も混ざっている。
白珠は弓を右手に持ちながら、自信に満ちた表情で私の腕を軽く叩く。肩までは身長が届かない故だろうか。私は仲間たちと彼女にねぎらいの言葉をかける。
「皆よくレギオンの群れを退けた!…白珠さん、貴女の技量はすさまじいな。来てもらって本当に良かったよ。」
「ふふ、弓の腕も中々でしたでしょう?それにしても、狂风から受け取ったドームは使いやすいです。これなら、この星の人も寒さに対抗できるかもしれません。」
白珠の絶賛に、歩離の民の技術力は有用であることを再確認する。これは簡易型のため一月は持たないが、長期的に持続できるドームも存在する。ヤリーロ-Ⅵに人が生き残っていることは分かったことだし、交易もできる可能性はあるだろう。
私は、同じく戦闘を終えて集まってくるヤリーロの人々に続けて言う。すると一人が手を挙げて言った。
「私たちは、このまま貴方たちに協力して、反物質レギオンを掃討しようと考えている。したがって、戦いの指揮を取っている方にお会いしたい。連れていっていただけるか?」
「…もちろんです。そして我らが守る最後の砦、ベロブルグまでご案内いたしましょう。そこに、この戦いを終わらせるため、我らを前線で指揮するアリサ・ランド様はいらっしゃいます。」
私たちは戦士たちを保護しながらも、彼らの案内にしたがう。そして砦に近づくにつれ寒波の影響は弱まっていき、人が生きていける温度になっていく。
ここがベロブルグ。景元の友の故郷にして、守りたいと思っていた人々が生きる場所。
私は、砦から温かい琥珀の気配を感じた。