砦の中は、激しい寒波が嘘かのような気温であった。兵士が慌ただしく街中を走り回っており、物資の準備を行っているようだ。
兜を脱ぎ、戦闘による疲弊を刻み付けた顔を見せる男性。彼はここまで私たちを案内してくれた、部隊の隊長である。彼とその部下たちの姿に街にいた兵士が、敬礼を以て挨拶する。兵士の一人が声を震わせて言う。
「よくぞ、お帰りになりました…ゲーテさん!貴方が後ろの方々は…?」
「我々に加勢してくださった、星外からの戦士の方だ。アリサ・ランド様に彼らを会わせたい。あの方は今どこにいらっしゃる?」
「ヤリーロ-Ⅵの外から、救援が来るなんて…!何と心強いことか…。今すぐお連れいたします!」
一人の兵士が持ち場を離れることを周囲に言い、私たちを案内する。白珠が声をひそめて嬉しそうに言う。
「指揮を取っている方なら、あのボクサーの方についても知っているかもしれません。こんなスムーズに事が運ぶなんて、運が良いです…!」
「そうだな。白珠さんの休暇が終わらない内に早く、景元さんにより良い情報を渡せるようにしたい。協力体制が確立出来たらそれとなく聞いてみるとしようか。」
「そうしましょう…!」
演武典礼とは、あらゆる星から武を競うために人が集まるらしい。命は奪わないにしろ、そんな大規模な戦いに最後まで勝ち進めたのなら、兵を率いる将になっていてもおかしくはないだろう。私は期待に胸を膨らせながら、アリサ・ランドの元へ向かった。
そして私たちは、少し歩いたところに勇ましき声を張り上げている女性を視認した。彼女の手には炎が走る巨大な槍があり、そこから強い力を感じる。
断片的に聞こえる単語から、彼女は武器の準備と、戦術の確認を行っているようだ。私たちを案内した兵士がまず女性に近づき、ひそりと何かを話す。すると、髪が老化によって銀に染まった彼女が目を見開いた後、目尻を下げ、部隊長たちを手招いた。やはり彼女がアリサ・ランドのようである。
部隊長が胸に手を当て、私たちの説明を行う。
「アリサ・ランド様。私たちの部隊は、星外からの戦士の協力によって無事帰還いたしました。ベロブルグの防衛線に侵攻してきた侵略者たちは、撃退できたようです。」
「報告と、貴方たちの奮闘に感謝する。ホルス・ゲーテよ。そしてゲーテと共に、ベロブルグを守った英雄たちよ。私は貴方たちに敬意を払い、戦いが終わった後必ずやその貢献に報いよう。」
「はっ!ありがたいお言葉です。」
部隊長改め、ホルス・ゲーテは頭を下げると、彼の部下もそれに続く。ホルス・ゲーテはその後もアリサ・ランドに対し、私たちの動きについて説明した。
アリサ・ランドは私たちの方を向くと、統率者としての凛々しさの籠った調子で言った。背丈の様々な集団で、中には私よりも少し低いくらいの身長である狼も混じっているのに、動揺をおくびにも出さなかった。
「貴方がたにも感謝を。今私たちは、反物質レギオンの侵略から最後の砦を守るため、戦っている。助勢に報いたいところだ。」
「…アリサ・ランドさん。私がこの戦士たちを率いている者で、狂风という。私たちは文明を壊す者を打ち倒し、星間の交流を深めたいという信念の元行動している「深緑の騎士」だ。そのため、この後もヤリーロ-Ⅵに協力したい。どうだろうか。」
「…それは真か。」
アリサ・ランドは髪の分け目を触って黙り、しばらくして私を見上げた。彼女の顔には統治者の影だけでなく、希望があった。また私は友人からの頼みで来たことを話し、この地を守るために戦ったはずの男性について言及する。その話と白珠が追加した説明が功を成したのか、アリサ・ランドは頷いた。
「渡りに船だ。その武力、お借りしたい。貴方がたが望む物について、あちらで聞かせてもらおう。」
私はアリサ・ランドに手を差し出し、彼女も意志の籠った手で握る。
私たちにも目的がある。それを果たし、交流を深めていくために、ベロブルグの利にきっとなることを心の中で誓った。
ホルス・ゲーテは場から去り、アリサ・ランドの臨時執務室へと案内される。戦火の影響で家屋などは多く建設できておらず、雨風をしのぐための仮設営が行われているのみだ。アリサ・ランドは護衛だけを残し、私との話を進めていく。
私たちヒスイノが求めるのは、ヤリーロ-Ⅵとの交易と巨大ロボットを作る技術である。巨大ロボットは「造物エンジン」といって、元々土木工事用に設計されたもののようだ。反物質レギオンに対抗するため戦場に導入されたが、現在はほぼ全てが破壊されてしまい、動きそうなものも凍り付いているとのことだ。
私たち側から現状で支援できるものについて、アリサに見せていく。
「…これが、貴方たちの持つ力。生物科学技術と、それに並外れた武力。寒波まで一時的にでも止められる力さえ、本当に支援していただけるのか。」
「ああ。先ほど、こちらの白珠さんと私が言ったとおりだ。仙舟にいる友人の頼みであると。私個人としては、建創者の技術力をお借りして、我々の星の護りを固めたいと考えている。ここまで持ちこたえられたのも、護りの力が関係しているだろう。」
「そう。この槍も、存護の力が秘められている。造物エンジンの設計図はまだ失っていない。私たちに返せるものは惜しみなく提供しよう。」
話し合いは進み、戦術についても決めていく。私たちの装備が整っているため、ベロブルグの兵士たちは砦付近の防護に回ってもらい、星の隅々まで私たちが攻撃を行うことにする。
彼女曰く、反物質レギオンの攻勢は少しずつベロブルグ側が優勢に寄ってはいるが、まだ終わりが見えないようだ。ならば残党はごく僅かだろう。私たちは器獣に乗って、残存戦力の確認を行うことにした。
アリサ・ランドと別れる前に、大事なことを一つ尋ねる。何度も友人の友人であることを強調していた男性、その名を知っているかについて。
「アリサ・ランドさん、お聞きしたいことがある。この星に戻って戦ったはずの男性…先ほどから話に上げていた人について。イゴール・ハフトの名を知っているだろうか?」
「イゴール…ああ、知っている。マスリ二ツァからの戦士だな。老いてはいるが、まだ現役だ。」
「本当か!今彼はどこにいるか教えていただけないか!」
アリサ・ランドは言う。彼は、寒波が訪れる前から戦い抜いているそうだ。また故郷のマスリ二ツァが陥落した後でも、ベロブルグに避難した故郷の人々を守るために、機械腕を振るっているという。
今は戦いで生き残った、少数の第八鉄軍のメンバーと共に、新兵の育成にも力を入れているとのことだ。彼女は続けて言う。
「遠方からの助勢に、彼が一番喜ぶことだろう。ここの…兵舎にいるはずだ。」
さらりと位置を示す紙を書き、私に手渡した。そして私は、会合を終えたらすぐに戦いを始めることを彼女に伝え、鎧を纏った仲間たちにもそれを言い、イゴールの元へ向かった。
仮組で作られた兵舎に向かうと、青い鎧を身に纏った若者を男が指導している。特徴的であったため、目を引いたのだ。その男の頭部は、ほとんど白くなっているが数本の赤が混じっている。若い頃は燃え盛るような赤髪だったのだろう。
そして男から見て左に機械腕が取り付けられており、それは使い古され表面が薄汚れていた。
兵舎に入ってきた、第三者から見たら異様な集団に兵士の修練が止まり、兵士たちから戸惑いの声が漏れる。白珠が私に目的の人物を示す。私の目を引いた男性がイゴールのようだ。
イゴールは入口に立つ私に目をやり、その後白珠の頭部を見て口を大きく開けていた。狐族は、ベロブルグにいないのだろう。
「あんたたち…もしかして、仙舟の人たちか?お嬢さんの、その特徴的な耳…どうなんだ。」
顔に深く皺が刻まれているが、心は若々しいようだ。低く響く声で彼は私たちに尋ねる。
イゴールに白珠が答えた。
「あたしは仙舟の飛行士なのですが、こちらの彼はまた別の星から来たんです。イゴールさん、お時間はいただけますか?」
「俺を知っているのか!?まさか、本当かよ…ははは!すぐに行く、外で少し待っていてくれるか。」
突然の訪問はイゴールの情緒を狂わせたようで、周囲の新兵がぎょっとしている。私と白珠は彼の言う通り、一度兵舎を出る。視界の奥で、兵士とイゴールが話しているのが見えた。
出た先で、白珠が私に向かって笑いながら言った。
「お元気そうですね。景元、とても喜ぶと思います!」
イゴールの安否について、景元に伝える方法について、しばらく白珠と話していると、兵舎の扉が開いた。イゴールが出てきたようだ。彼は動悸が激しいようで、息を荒げている。私たちが来た目的を大まかに聞いたようで、彼の口には笑みが浮かべられている。
まず、簡単にお互いの自己紹介を終えた。その後イゴールが機械腕を握り、言葉を紡ぐ。
「あんたたち、ヤリーロ-Ⅵのために戦ってくれたのか。星の外から助けが来るなんて、夢みたいだ。」
「イゴールさん。ここに戦士が来れたのは、景元さんと、こちらの白珠さんのおかげだ。そして貴方が繋いだ縁のおかげだよ。」
「景元…!?」
「狂风、あたしが説明しますよー!」
白珠はイゴールに、この星に来た目的を話した。景元の現在を織り交ぜながら。景元が雲上の五騎士として名を馳せるようになった今でも、イゴールの戦いについて気にかけていたこと。仙舟から兵を出す権限を持っていないが、私が反物質レギオンに対抗していることから、星の様子を見るために来たことを。
イゴールは白珠の話を聞いていたが、その笑い声に涙が混じるようになった。
「そうか…景元が、俺のことを…。あいつとは二度と会えないと思っていたが、まさかこんな形で、話を聞けるなんてな…。」
「イゴールさん、白珠さんは仙舟に属しているため、数日の滞在の後戻ることになる。この星も仙舟も動乱の時期だ。景元に今まで戦い抜いた証を伝えてみないか。」
「玉兆は持ってきていますので、しっかり言葉を届けますよ!」
「ああ…ご厚意に甘えよう。」
白珠が玉兆の録画機能を付けると、イゴールは目線を揺らした後、そこに向かって話し始めた。彼はボクサーとして勝ち続け、そして最期は負けると思っていたそうだ。だがいざ戦うと、そのような弱気ではヤリーロ-Ⅵを守れないことを理解した。第八鉄軍を率いて、敵を倒すたびに思いは強くなる。
戦いの末、故郷の都市が陥落しても、そこで暮らしていた住民はベロブルグに逃げ、生き続けている。
だから彼は勝ち続け、現在まで生き残っている。自身の勝利が必ず、星の未来を繋ぐと信じているから。
イゴールはヤリーロ-Ⅵに戻ってきてからのことを話し終え、最後に二つに割れた玉兆の片方を、白珠へ差し出した。景元に対する礼を込めて。
そしてイゴールは私に向かって言う。熱い闘志を秘めた眼だ。
「深緑の騎士の隊長さん…増援に感謝する。70過ぎだが、俺もまだまだ体は動く。ベロブルグの、ヤリーロ-Ⅵの平穏を取り戻すために、力を貸してくれ!」
「もちろんだ。これから星全体の索敵に入る。自分たちの最後の砦を、守り抜いてくれ。」
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少し先の話。景元は、白珠から渡された割れた玉兆と、古い友からのメッセージを見る。そして景元は、その割れた玉兆に紐を括り付け、懐にしまった。遠いところにいる友人からの贈り物だ。景元はそれが温かく熱を持っているように感じられた。
彼が今も戦士として戦い抜いていることに、星の安否が分かったこと。その事実は安堵の他に、みなぎる熱意を景元に与えた。いつか、彼や星の戦士たちが守ったヤリーロ-Ⅵを見に行こう。
景元は玉兆に映る友の顔に、経った月日と願いの成就を想いながら、映像をなぞった。