月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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呼び声を喰らう

 私たちが足を踏み入れたのは裂界。星核が存在することで、星のあちこちに作られる異空間だ。様々な星を巡った白珠やクネーテによれば、その異空間はものを呑み込み、「裂界造物」という特殊な物体に変換するそうだ。また、ものというのは物体だけでなく、生物や空間さえも歪んだ姿に作り変えるという。

 

 裂界に入り辺りを見渡すと、彼女たちが教えてくれた情報が真実であることを確認できる。そして、幽鬼のごとく彷徨う人型も視界に入ってきた。その人型は、どれもが見覚えのあるものだった。

 アリサ・ランドが率いる白青の鎧の戦士たちは、彷徨うそれにどよめく。アリサ・ランドは、威厳に満ちた口調で彼らを落ち着かせた。

 

 

「落ちつけ、戦士たちよ。あれは影に過ぎない!ここまでベロブルグを守ってきた肉体と、深緑の騎士たちの協力あれば打ち倒すことは容易にできよう!」

「…はい!大守護者様!」

 

 

 ベロブルグの戦士たちは自らを鼓舞して銃を構え、裂界造物たちに照準を合わせる。私はついてきてもらった猟群の仲間に合図すると、アリサ・ランドたちに向かって言った。

 

 

「アリサ・ランドさんにベロブルグの戦士の方々。私たちは前後に分かれ、貴女方を守ります。銃撃は頼みましたよ。…行こう、わが同志たち。」

「少し体が鈍っていたんで、丁度いい。狂风様、俺も前に出ます。」

「温存しておくべきだ。わたしは皆さんを守りましょう。」

 

 

 各自陣形を組んだところで、私は斧槍の先を裂界造物たちに向け、狼や狐族たちに突撃の合図を出す。特に戦いを望んでいる三種族がそれぞれの得物を手に、走り出す。オムニックの戦士は、皆守りに徹するようだ。私も斧槍を振り抜き、裂界造物に切りかかった。

 

 裂界造物たちは多種多様な姿をしていた。亡くなった戦士の肉体すら取り込んでいるのだろう、ベロブルグの戦士と同じ装備をした人型が攻撃してくる。それらは顔であるはずの部分が、氷や炎で作られていた。

 紛い物の人型に惑うことはない。私は硬質なそれらを走りざまに切り、念入りに破壊していく。

 

 反物質レギオンに似たもの以外にも、バリオンに似ているものや、ベロブルグを守るために作られた自動機兵に氷や炎が加えられたもの、飛翔する結晶などがいた。特にバリオンに似ているものは、人の顔が張り付けられたような見た目をしており、それが元々人間であったことを示していた。

 二十数年の戦禍は、この星に生きる民の多くを殺し、それらは裂界に呑まれてしまった。ただ死ぬよりも悲惨なこの状況から、星核は何としてでも取り除かなければならないものだと再確認させられる。

 

 

 金色の樹木のような裂界造物からの光線を避け、頭部から叩き割る。私の周囲を飛び回る鳥のような裂界造物も、自身が回転し斧槍を薙ぐことによって割る。これだけ倒しても、雪の降り積もる道を進めば進むほど、個々の意思を持たない怪物たちは増えていく。

 

 裂界造物に共通することだが、それらは極めて硬質な鉱石のようで、砕かれれば裂界の内に雲散する。そしてベロブルグの戦士を模したものなら飾りボタンを、それ以外なら動くためのエネルギーの源らしき球体を地面に落として消えるのだ。

 私は球体を手に取り、しげしげと眺める。まだ脈動するそれは心臓のようだ。球体一つ一つから、この世の理とは外れた力を感じる。すると、私の頭にじんわりと声が響く。無数の声が組み合わさった、頭を引っ掻き回すような奇怪な声。中でも一番大きな声は少女のごとき、柔らかな情動に満ちていた。

 

 

『我々に願いなさい…。そうすれば貴方が望む、守るための力が手に入る…。』

「…これがアリサ・ランドさんが言っていた呼び声。頭の中を覗けるとは。」

 

 

 星核由来のものを集めていたからか、呼び声が聞こえた。だが随分と分かりやすい介入だ。私は何重にも重なる声の不協和音に頭を押さえながら、「箱」を懐から取り出した。たったそれだけで、箱は効果を示した。声を遠ざけ、思考を鮮明にしたのだ。

 

 心臓のような球体がほどけ、私の手から空中に溶けていく。空気と一体になった球体は、ただその場で呼吸するだけで、私に純粋な力をもたらした。

 星核に類するものとの調和を行える代物。このオルゴールを開いたとき、更に強い効果が見込めるのだろうか。私はベロブルグの戦士たちの支援攻撃を受けながら、星核の呼び声が強まる方へと進んでいく。

 

 

 雪道を進み続け、ついに最も声が響く場所へとやってきた。前進するほど吹雪が強くなる。アリサ・ランドは、呼び声に苦しめられながらも、近くに寄ってきた裂界造物を炎槍で倒していたが、もう限界が近いようだ。彼女は頭を押さえながら、私に言う。

 

 

「狂风さん、この先の頂に星核がある。建創者とカンパニーの協力で抑制器は作った。だが、それだけでは足りなかったのだ…。どんどんと声が強まっている。皆急いでくれ。」

「アリサ・ランドさん。一度これを試させてくれ。」

 

 

 私はアリサ・ランドの近くに箱を持ってくる。すると今にも倒れそうな様子だった彼女は、表情を少しだけやわらげた。

 

 

「…少し楽になった。狂风さん、これは一体…?」

「これこそ、星核に対する対抗策だ。見ていてくれ。」

 

 

 アリサ・ランドは頷くと、ベロブルグの戦士に肩を貸され、ゆっくりと頂へと赴く。

 私に対する呼び声は、どんどんと不気味に変貌している。私は斧槍を強く握りしめ、星核の元へと向かった。

 

 

 頂へ着いた。星核拘束装置の中心は強く輝き、そこから声が聞こえる。厳かで、無邪気。冷徹で温和。相反する口調が混ざり合い、人の総意を演出しているようだ。

 

 

『我々は、貴方が望む力を与えられる。ただ願うだけで。貴方が望む繁栄を、我々が約束しよう。』

「残念ながら、謳い文句だけで人はなびかない。在り方と実績が組み合わさっていなくてはな。…だが、力はいただこう。」

 

 

 私は星核へと距離を詰め、オルゴールをついに開いた。音の鳴る部分がないはずのオルゴールは和音を奏で、装置に入ったそれを融解し始める。不気味なまでに美しい団結の曲は、星核から悲鳴のような鳴き声を上げさせる。もはやそれは人の声を模すことなど出来ていなかった。

 

 

「く、頭の中で星核が叫んでいる…!?こんなものに私は願ってしまったのか…!」

「上手く行ったようだな。」

 

 

 星核は、私やアリサ・ランドの頭の中で叫びながらも、そのまま屈するつもりはないようだった。エネルギーの塊が私たちの周囲に散布され、そこから大勢の裂界造物と、炎が噴き出した私の似姿、そしてアリサ・ランドを模したかのような顔の亡い氷の怪物を作り出す。

 私は接敵する前に、装置をこじ開け、中から光り輝く星核を取り出し、兜を上げて喰らいつく。私の四肢や胴体から光が漏れ出し、体を破壊しようと溶けた星核が暴れまわるが、損傷した傍から治癒する私にとっては、ちくりとする程度だ。

 どろりとしたそれは血に染みわたり、心臓に辿り着く。膨大なエネルギーが体を駆け巡るのを私は感じた。この瞬間、私はより堅固に皆を守れる力を得たのだ。

 私は兜を再び下げ、裂界造物たちに向き直る。

 

 

「星核よ…ただ私の糧となるがいい。そしてこの力…試させてもらおう。」

「…全ての戦士よ、銃口と槍を怪物へ!これより、アリサ・ランドが前に出る!」

 

 

 アリサ・ランドは星核の声が消えたことから調子を取り戻し、槍を高く上げる。ベロブルグの戦士がそれに呼応し、士気を高めた。

 私も深緑の騎士たちに向けて漲る力を見せ、裂界造物へと接敵する。星核が残した、最後の悪あがきを掃討する戦いが始まった。

 

 

 各々が武器を振り、大量に発生した怪物に攻撃を仕掛ける。道中で戦った裂界造物とは比べ物にならないほど、強力な技を繰り出してくる。私の似姿は炎の嵐を巻き起こし、空を切った後もしばらく熱を残す技を使う。また顔亡き女は、巨大な氷の槍を生やし、疑似的な寒波を作り出す。

 炎と氷は相反するものであるのに、どちらの威力も衰えることなく戦士たちを包み込む。

 

 私は、自身の似姿に斧槍を振り下ろした。猟群の仲間でも手に余るようだからだ。深緑の騎士たちは頭を上げ、他の獲物へと向かった。

 やはり再現でしかないため、腕力はこちらが上だ。噛み合うあちら側の斧槍はどんどんと下がっていく。私はここで、得た力を発揮することにした。欠け月を強めたエネルギーが、複数色の光を放ち、私の胴体を輝かせる。

 

 

「砕く!」

 

 

 ぐいと力を込めると腕が局所的に膨張し、敵の斧槍の柄を折った。似姿は爪での攻撃に切り替え、巨躯を素早く動かし私の鎧を裂く。私は左腕も使って、力強く体を捻り、宙に浮いた脚を似姿の胴に叩きつけた。

 

 たたらを踏む似姿に、斧槍を横へ薙ぐ。胴体と下半身が離れたそれに向かって追い打ちをかける。兜割りの要領で、そのまま地面まで斧槍を縦に通す。両断され四等分になった似姿に、強化された拳をぶつけ完全に砕いた。星核の力は災いを振りまくものではなく、即物的な力へと変わったのだ。

 

 

 アリサ・ランドを歪めたような怪物は、深緑の騎士とベロブルグの戦士が協力することで有効打を与えていた。吹雪や氷の槍については、アリサ・ランドが炎槍を用いて壁となり防ぐ。大量にいた裂界造物は、どんどんと数を減らし、やがて氷の化け物だけになった。

 

 激しい攻勢の中、氷の槍が砕かれ化け物は無防備になる。アリサ・ランドが槍先の炎を更に強め、化け物の胴体を貫く。星核が発したような悲鳴が山頂に響き、そして宙に溶けるように消滅した。

 

 アリサ・ランドは周囲の裂界造物が討伐し終えたことを確認し、槍先を掲げて勝鬨を上げる。ベロブルグの戦士たちも彼女に呼応し、ベロブルグを称える言葉を叫んだ。

 星核の脅威はこれ以上拡大することはない。星を蝕む災厄は、今この瞬間から脅威ではなくなったのである。

 

 

 

 星核が無くなった後も、ヒスイノとヤリーロ-Ⅵの交流は続く。変わってしまった環境は戻らないが、ドームによって雪は解け、新芽が顔を出す。星の全てが雪で覆われることはもう無い。

 存護の力は都市を守り、ベロブルグの外までそれを及ばせる。滅んだ都市さえ、再びの繁栄を取り戻すのだ。

 

 私は互いの繁栄を望みながら、ヒスイノへと戻る。新たに得た力と人との繋がりが、私たちの未来を作りだすと信じて。

 

 

――――――

 

 宇宙の片隅。ある星から突如として巨大なエネルギーが消滅し、一つの生物を構成するエネルギー量が増大した。撒かれたエネルギーの塊は残り続け、恒常的にエネルギーの放出を行うはずだった。

 

 だが、このエネルギーの移動もまた、星海にとっては些細な出来事に過ぎない。沈黙は続く。

 




一つの綻び

ヤリーロ-Ⅵの星核消滅
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