歩離の民の内に生じた混乱。戦首と、戦首候補であった巨大猟群の巣父が軒並み倒されたことで、その後釜に座ろうとする狼たちの内戦は、ようやく収束し始めた。
また巨大猟群の安定だけでなく、混乱に乗じて台頭した猟群も存在する。その中でも最も巨大な勢力を築き上げたのが、「白狼猟群」という名の群れである。その猟群はなんと、歩離の民に隷属していた狐族のみで構成されているようだ。一部の狐族が、主である狼に反乱を起こしたことで始まったという。混血の狐族が器獣を奪い取り、再度躾け直して移動手段としているそうだ。
出来て間もない猟群だというのに、その名は歩離の民の間に広く知れ渡っている。同じ猟群の狐族を盾にしたり、別の群れの奴隷を装って、油断している狼の喉元を切り裂く残忍な戦い方を得意としているらしいからだ。古くからの歩離の戦術を先鋭化したような集団であり、命を個ではなく集団として見ているように伝聞では思われる。
何故この新生した猟群を思い浮かべたのか。一番の理由は、その白狼猟群がヒスイノに向かってきているとの報告を、レーダーを管理するオムニックたちから受けたことにある。狐族が指揮する群れという真新しさに惹かれたことや、名前から奇妙な縁を感じたこともある。何故こちらに向かってきているのか不明瞭であるため、興味を持つ以前に警戒せざるを得ない状況なのである。
いくら狐族であろうと、私たちの猟群に戦いを挑んでくるのならば、相応の反撃を行わなくてはならない。私は混血の白髪を思い浮かべながら、戦闘要員と共に準備を徹底した。
しばらく経ち、宙に何十匹もの大小様々な器獣が現れる。白狼猟群の総勢だ。器獣たちは、その奇怪な鳴き声を悲痛に響かせながら不時着する。
戦闘要員を各施設前に配置し、十分な数の戦士と共に、器獣の群れに近づく。器獣は暴れまわろうとするが、中から出てきた白髪の狐族によって鞭を叩きつけられ、大人しくなる。
ぞろぞろと現れる狐族たち。その先頭を歩く狐族も、混血の特徴を持っている。全身に返り血がこびりついており、強奪した歩離の民の鞭からも、その血が狼を狩ったときのものだと推測できる。一人一人の顔から感情は読み取れない。
私は彼女らを制止し、一言質問する。
「皆さんが、白狼猟群だということは掴んである。して聞きたい。貴女たちは、こちらと交戦するために来たのか。」
戦士たちには、いつでも武器を抜けるように指示してある。返答次第で無力化するための戦いが始まるだろう。
すると、一番先頭に立っていた狐族の女性が首を横に振る。口元を吊り上げた笑みに変えると、彼女は持っていた鞭を踏みにじった。
「あたしらは、緑翠猟群と同盟を結びに来た。もううんざりなんだよ…狐を使い捨てるような歩離人に、頭を下げるのはね。」
白狼猟群の狐族たちは少ない食料をやりくりしていた上、気を張りつめていたようで、猟群の主が言葉を発した直後、ふらりと地面に足をついた。彼女たちの憔悴しきった表情は、とても騙し討ちをするための演技には見えない。
私は戦士たちに、厳重な注意を払いながら彼女らを介抱するように言い、猟群の主に向き直った。そして腹を押さえている彼女に、合成肉と狐族好みの飲料を渡す。白狼猟群が友好的に接するのならばと、用意していた食料だ。猟群の主は、私が差し出す肉を同族に毒見させてから、口に含んだ。一口二口と速くなっていく咀嚼。私はむせ込む彼女の背を擦る。
「落ち着いて食べてくれ。大丈夫だ、食料は余るほどにある。」
「ご、こほっ…あんた、噂通りだな。もぐ、聞いた通りすぎて驚きだよ。」
肉を喰らいながら水を飲み、彼女は息をつく。周囲を見れば、食料を受け取って頭を下げている狐族が多くみられる。狐族たちは、特に武器を持っている様子はなく、攻撃されたとしても鎧で攻撃を防げるだろう。怪しい動きはしていないようだ。
猟群の主が慌てた調子で言う。それは弁明の言葉だった。
「狂风、緑翠猟群の主様、そう警戒しないでくれ。あたしらは、本当に手を結びたいんだ。証拠ならある!これを見てくれよ!」
猟群の主は、ぼろぼろの衣類の懐から、一枚の布切れを取り出す。何やら文字が書かれているようだ。じっくり見ると、一部の文字の筆跡に見覚えがあった。
間違いなく、これは師匠が書いた文字であった。
「どこで、これを?」
「気づいたか。長いこと一緒にいただろうしな、そりゃ分かるか。この紙はな、あんたが生まれる前に書かれたものだ。」
猟群の主は、布をひらひらと揺らすと続ける。郷愁と憎しみを煮詰めたような不思議な表情だ。
「あたしや数人は、あんたが白狼と呼んだ戦奴を知っている。必ずや自由を手にする…若い頃そう誓った証だ。」
そして猟群の主は、詳細を話し始める。師匠の半生に、猟群の主である彼女自身の過去、そして猟群が立ち上がった経緯を。
猟群で生まれた師匠は、理不尽な生を送らせる歩離の民に対し、憎しみを抱いていた。そして同じ境遇にある狐族たちと団結し、いつの日か反乱を起こし自由を手にすることを計画していたのだ。だが使い捨てられる狐族は誓いを果たすことなく、道半ばで死んでいく。そして戦場で出会い、生き残り続けた少数も、売買によって別の猟群に散らばり、それを果たすことは不可能になった。
猟群の主はぺろりと唇を舐めると、にやりと笑う。
「そんなとき、あんたが出てきた。狼と狐族、それに別種族さえもが分かり合う楽園を作ったってな。…それから、あいつも生き生きしてるって話が流れてきてよ。あたしらも緑翠猟群がいる場所を目指そうって話が出てきた。」
彼女は周囲の狐族を見て、ジェスチャーを以て返されることに満足しながら言う。
「一人一人じゃあ、歩離人には勝てない。虎視眈々と機を狙って…呼雷が討たれた。こんな絶好の機会を逃すわけがない。混乱を利用して、狐族を集めたって流れよ。」
「師匠の願いは…また一つ叶っていたということか。」
「あいつは死んじまったが、仲間を守れて本望だろう。それに、あいつの勇姿はこの群れの狐にしっかり刻まれている。何せ、あたしらは戦場にいたからな。…白狼、一騎当千の獣。だからあたしらは皆、白狼を名乗っているのさ。」
彼女は自らを白狼可汗と名乗り、手を挙げることで、彼女の統治する王国の力を見せた。彼ら猟群の人員は白狼可汗に呼応し、雄たけびを上げる。私はその様子を見て思った。白狼猟群が仲間を盾にすること、それは残忍で仲間を仲間と思っていないからではない。寧ろその逆で、仲間を生かすために、群れを生き残らせるために命を懸けるのだ。
団結こそ白狼猟群の強さ。これも狼の新たな姿だ。私は受け継がれていく意志を、彼らから感じた。
私と白狼可汗は雑談しながら、この緑翠猟群が目指す先を詳しく話した。彼女たちは私を騙すつもりがないことが分かるからだ。悪意にはどす黒い色が混じる。隠しきれるものではない。
白狼可汗からも猟群の多くを聞いた。私たちの群れに入るのではなく、やりたいことを皆は見つけ出したのだという。それは古き狼、それと略奪ばかりを行う豊穣勢力の瓦解である。
あえて同じ方法を使い、その戦術を狼や豊穣勢力に向けることで、新しい豊穣が芽吹く。やり方は私たちよりも過激であるが、向いている方は同じだ。
白狼猟群の総勢が食事を終え、万全の調子を取り戻した後。白狼可汗は私に交渉を持ちかけてきた。あくまで別の猟群として。
「あんたらは歩離の猟群にしても、宇宙全体で考えても、綺麗すぎる道だ。だからこそ出来ないこともあるだろ?諜報、暗殺に、騙し討ち。あたしらの得意分野だ。大きな戦いでは、これは切り札になると思うぞ。」
「そうだな。そろそろ、仙舟同盟への攻撃は激化しそうだ。狼だけでなく、豊穣の民全体が軍となって戦うだろう。」
「あたしもだいぶ情勢には詳しい。白狼を何十匹か、仙舟に保護された体で潜り込ませているんだ。今は、慧駿と造翼者が手を組んで連軍になっているらしい。あんたの言うように、それよりもっと大きな軍勢が作られそうだしな。」
私たちでは調べられない範囲の情報を、白狼可汗は話してくれる。深緑の騎士としてでは軍の情報までは把握できないのだ。終焉が私に見せつけた未来より正確かつ適時適切な情報。これだけでも価値がある。
私は白狼可汗に、協力関係においてこちら側に求める物を尋ねる。
「仙舟と豊穣の民の動きは、追い続けなくてはならない。ぜひ協力したいのだが…貴女方は、何を緑翠猟群に求める?」
「あたしらの求める物は、衣類と食料、それに医療だ。戦奴ばかりで技術がなってないからな。物資はだいぶ必要になる。」
「他にもあるか?船も必要なら手配しよう。」
「器獣は使えなくなれば、別の猟群から奪い取るからいい。…あとは、戦いに疲れた狐を受け入れてくれないか。あたしらの自由は命を削る。死に怯えれば、そいつはもう白狼じゃない。動けなくなった狐を盾にするほど、あたしは悪趣味じゃないんだ。」
鼻を鳴らし遠くを見る姿に、白狼可汗の人情の篤さを感じた。
私は彼女の言葉に頷くと、しばらくして商人の狼が持ってきた紙を確認してもらい、契約を締結する。緑翠猟群と白狼猟群。歩離の民はいないが、初めて猟群同士で友好的な関係を結べたことに、私は喜びを感じる。
早速白狼猟群は物資を詰め込み、その対価として更なる情報を受け取る。それは先ほど白狼可汗が言っていた豊穣連軍の情報だった。
「慧駿と造翼者。今となってはどちらも歩離人に依存しなくては、ろくに戦えない奴らだ。その歩離人も縮小している今、あんたの言葉が沁みるんじゃないか。それに、あんたの言う「介入」が成功するには、他の豊穣の民も必要不可欠だろう。」
「利他に治癒の精神を、彼らも共に行えるだろうか…。狼でなくても、薬師に恩恵を受けた彼らなら…。」
「あんたの掲げる薬師の在り方、立派なもんだ。だが、それは個人では気づけないし、結局諦めて行えない奴ばかりだ。…戦争を終わらせてくれよ、他ならぬあんたたちの手で。」
そのための協力なら惜しまないと白狼可汗は言い、これからの協力関係を再度約束して、群れは去っていく。
私は端末から、このヒスイノが次々に解明し、人間にとって有用になった豊穣の力を確認していく。「欠け月」や赤泉の研究は進み、人間を健康に生きさせるだけの効果になるまで薄めることもできるようになった。これがどうして病といえよう。呪いだと厭うことができようか。
そして私は連軍が集まっている星の座標を示し、皆に言う。
「皆。私は理想を、大きな夢のまま終わらせるつもりはない。我らは豊穣連軍からも同志を得、猟群を超え、派閥となる!決して星神からの祝福が災いでないことを、生を楽しみ生き抜いて示すのだ!」
慧駿族は歩離の民にいいように使われ、造翼者は種族ごと傭兵に身を窶す前は、略奪に勤しんでいた。どちらもそのような生き方に甘んじるのは、満たされることなく飢え、生を謳歌する術を知らないからだ。心身共に満たされた上で、薬師のように無私、利他、治癒のどれか一つでも為すことで、自他と共に喜びの内に生きることができる。
その喜びを共に感じ、生きられるはずだ。同じ豊穣の力を受け取った同士であれば。