白狼猟群との情報交換や、協力関係を深めていった頃。豊穣と巡狩の戦いは、小競り合いから少しずつ激化しようとしていた。白狼可汗が言ったように、慧駿族と造翼者が手を組み、仙舟同盟に大規模な戦いを本格的に起こそうと計画しているのだ。双方の勢力に、無関係な星の民、多くが戦禍の影響を受ける前に、私たちは動かなくてはならない。
私は白狼猟群の手を借りた上で、連軍の末端から懐柔し、大部分を引き入れることを構想した。軍勢の上部に対して交渉しても、方向転換は望めないからだ。
私たちに与すれば、どのような利が得られるか。それを柔軟に捉えられるのは、責任を背負わず等身大で考えられる傭兵崩れだろう。私たち戦士は力を視覚的に示せるように、装備を新調し、接触することにした。
何百回も通い、防具の調整を行ってもらってきた武器研究の施設で、それぞれの装備を作製してもらう。武器は応星から作ってもらった斧槍から変えるつもりはないが、鎧はもうぼろぼろになっている。こうなってしまう原因は、やはり星核から得た強大な力からだろう。反物質レギオンやスウォーム狩りの際に全力を出せば、私の肉体強度に外骨格がついていけないのだ。
研究者の狼が、緑に染めた外骨格を手にしてやってきた。そしてその軽い鎧を私に手渡す。それはいつもの装甲と違って生物科学技術が使われた、「生きた鎧」であった。
「狂风。これは防御力よりも、柔軟性を重視した鎧だ。お前の肉体は、鎧で守る必要もないほどに硬く、再生能力も上がっている。炎嵐を起こす機能はなく、象徴としての役割しか持たないと思ってくれ。」
「了解した。このローブも生体生地か?」
「そうだ。簡単に他の戦士が放つ炎で、燃やされてはたまらないからな。」
「今の私に最も適した装備だ。義兄さん、ありがとう。」
鎧を下から順に身に着け、最後に金の模様が入れられた白いローブを羽織る。鎧には異物感が無く、元々体の一部だったように感じられる。ローブも腕に干渉しないよう動く。ただの物質でないならば、壊れることもないだろう。
私は研究者の狼に礼を言った後、戦士たちの準備が終わるのを器獣の前で待った。
やがて私の前に、緑染めの鎧と白いローブに身を包んだ「深緑の騎士」たちが集結する。元々戦いに臨もうとする連軍を相手取るのだ、騎士の中でも手練れを集めた。
巣父になれる力と体躯をした狼、欠け月の粒子を取り込み、月狂いの症状を緩和した混血の狐族、同じく欠け月の粒子を自らの意思で呑み込んだ、人間種だったヒスイノの民、そしてストリボーグが筆頭となるオムニック。
選び抜いた総勢千名の戦士が、私の前でそれぞれ心の中で誓いを捧げる。己の信念に従い、私たちは活動する。私は皆に向かって、声を張り上げる。
「我らがヒスイノの恵みを、まだ見ぬ同志たちへ!豊穣の恩恵を無駄にせず、新たな生を望む者を迎え入れよう!」
私たちは器獣に乗り込み、豊穣連軍の滞在する星へと飛ぶ。白狼猟群の人員の一部は既に、連軍内に入り込んでいる。外骨格は使い方によっては正体を隠し、姿を偽装することもできる。バイオ外骨格へ自由に動く拡張後ろ足を付ければ、簡単に慧駿族へ早変わりだ。
何日かかけて、兵が駐在する星の一つへやってくる。連軍は波状攻撃を仕掛けようとしているようで、戦場に補充する兵を何か所かに分けて集めているそうなのだ。星の表面に、歩離の民が作った外骨格で武装した兵が見える。彼らは突然現れた器獣の群れに驚いたのか、慌てた様子で武器を取っている。
私は器獣から降りると、兵の待機する場所へ歩いていく。ずんと私の重みを受け止めた地面が割れ、連軍の兵たちを威圧する。
上半身が人間、下半身が馬の慧駿族。その兵士の一人が私を見上げながら叫ぶ。私は深緑の騎士たちが降りてくるのを横目で見ながら、連軍の全員に向けて言う。
「な、なんだ貴様!名を名乗れ!」
「私は狂风。歩離の群れの長であり、貴方たちに別の道を示しに来た者だ。軍勢の一部として死ぬ以外の道をな。」
「奇妙なでかぶつだ…基地に攻め込んできた奴を倒すことも、仕事の一つ。憂さ晴らしに消してやろう。」
造翼者の男が槍先をこちらに向け、兜越しに笑う。接触してすぐに、こちら側へついてもらうことなど出来はしない。武を以て、私たちの力を理解させることが第一歩だ。豊穣の民は血の気が多い者が殆どであるから。
「良いだろう。話し合いができるまで、戦いを続けようか。」
私は斧槍を構え、深緑の騎士もそれに倣う。連軍の兵士たちは獰猛な声を以て武器を振るい、私たちへの攻撃を開始した。
慧駿族の強みは、四つ足の強靭さからくる素早い突進である。外骨格を身に着けることで全身の硬度を高め、その突進が致命傷になるよう強化している。だがその突進も、ヒスイノで研究され、鍛えられてきた鎧の硬度には及ばない。深緑の騎士たちは、突撃してきた慧駿族の四つ足を掴み、行動不能になるまで足を攻撃する。
また造翼者についてだが、彼らは機動力こそが武器だ。背中から生えた大きな翼で高速かつ三次元的な戦闘を実現し、飛べない者へ有利な状況のまま、戦いの主導権を握ることができる。狐族やヒスイノの民はこの戦法に対応することは難しいが、狼やオムニックならば跳躍力と飛行能力によって地面に引きずり下ろすことができる。
歩離の民における、外骨格の作製技術は非常に高いものだ。しかし私たちは一つの文明だけでなく、ヒスイノに遺された技術やカンパニーの技術も併せたハイブリット鎧を作っているのだ。
鎧の性能ではこちらに分があり、戦いの経験の純度もこちらの方が高い。加えて連軍に潜り込んでいた白狼たちが、背後から彼らに牙を剥く。
こうして慧駿族と造翼者の集団は次々に戦闘不能になり、地面に倒れ伏すことになる。私は駐在している中でも、最も実力があっただろう一人の造翼者を墜落させ、言葉をかける。
「なんて強さだ…。」
「…このような辺境の、荒れ果てた星にいるのはうんざりだろう。ただの木っ端に甘んじたくないのであれば、そして良い暮らしをしたいのであれば、私たちがそれを満たそう。」
「塵民が、何をばかなことを!俺たちには大義がある…。鳴霄様や衛天種軍についていけば、俺たちは再びの繁栄を得られるのだ…!」
私は槍を再び持とうとする造翼者の女性に対し、その武器を蹴り上げる。届かない腕を伸ばす彼女に再び話しかけた。彼女の身なりは外骨格ごと薄汚れていて、傭兵か海賊に身を窶していたことがありありと見て取れる。
同じ豊穣の民として、造翼者の情報は歩離の民の間に残っている。壊滅の勢力によって、造翼者が住まう大元の世界「穹桑」が破壊され、種族ごと傭兵に身を落とすしかなくなった。穹桑によって略奪の限りを繰り返していた彼らは、それだけで無力になったのだ。
「一つ私は考えた。造翼者は自らの世界を破壊した反物質レギオンを、どうして倒しに行かない。何故建木にこだわるのか。」
「…薬師様の祝福に唾を吐く、裏切り者だからだ。」
造翼者の女性は一瞬瞼を大きく開くと、苦虫を嚙み潰したような顔で答える。私はその答えに満足せず続ける。
「巡狩に目を奪われている内に、貴女たちは力を失った。今はこうして、同族を死地に送ろうとしている。まず見るべきは、造翼者の世界を破壊していったレギオンのはずなのに、裏切り者憎しで先走っている。見るべき場所を誤った指導者についていけば、これ以上の破滅しかない。貴女も、他の造翼者も分かるだろう!」
造翼者の女性は押し黙ると、伸ばした手を弛緩させた。周囲の造翼者も同じだ。私は隠し持った武器がないことを確認し、造翼者の女性を俵担ぎにする。
「安定のない命がけの暮らしは、もう終わりだ。共に行けば衣食住を得て、自らがしたい働きができるぞ。」
「…相応の報酬はくれるんだろうな。」
「当たり前だ。…慧駿族たちよ、貴方方もそうだ!誰に搾取され縛られるでもなく、自由に草原を駆け、美味い飯を食べる。それが満たせる星こそ、私たちの作る世界だ!」
造翼者の女性はぐったりしたまま、私に尋ねる。その声音には期待が籠っていた。
戦闘不能になった慧駿族からもざわめきが広がる。
「お前たち、私たちをこんなにしておいて、帰属しろなんて言うのか!」
「でも、こんなふうに言う歩離人は初めてだぞ。最近消化に悪い草ばかり食べて、体も限界だよ。」
「…おい、でかい歩離人!食料はちゃんと出してくれるんだろうな!」
彼らは口々に言う。歩離の民だけでなく、他の豊穣の民にも使われる戦場での日々に疲れ切っていたと。慧駿族は驚くほどに感情に素直で、連軍の不満を口に出す。
結局どちらの種族も、ただの兵であれば待遇に不満を持っていたのだ。次第に私たちに加わることに賛同するようになった連軍の兵たちは、大人しく器獣の中に連れられることとなった。
それからも私たちは白狼猟群と共に、豊穣連軍の隅から人数を削っていった。造翼者は千年以上続く豊穣戦争に疑問を持ち、慧駿族は自由を渇望した。白狼猟群の狐族たちは諜報だけでなく、集団に対して言葉を刷り込むことも得意であった。心の奥にある抑圧された感情や疑問を表在化させるのだ。
予想通り、連軍の誰もが現状に不満を抱いていた。少しずつヒスイノの一員になっていくにつれ、豊穣連軍の勢力は削れていった。
そして一年弱の時間が経ち、豊穣連軍の敗北が伝えられる。指導者に盲目になった兵は、そのまま戦場に赴いていったようだが、それだけでは波状攻撃は完成しない。
私は多くの豊穣の民を味方に付けられたことに対し、白狼可汗に直接礼を言いに行った。彼女は鼻を鳴らして言う。
「何千年も変わらない古き体制を受け入れる奴は、滅びる定めだ。不満が源であれど、自分で良い悪いを思考できたからこそ、半数はヒスイノで生き延びた。それだけさ。」
豊穣連軍が敗れようと、巡狩と豊穣の戦いはまだ終わらない。大きな力を持った者が、豊穣の民を集めているとの情報が上がった。豊穣連軍の比にならないほど、巨大な軍勢だ。
私が見せられた終焉が、また近づいている。迫りくる滅びの気配に、私は気を引き締めた。
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仙舟同盟と豊穣の民は絶えず、戦争を行っている。戦争が終結する十数年前。長い歴史の中で、比較的大きな軍勢が仙舟と接敵した。
軍勢を倒すために、雲上の五騎士に加え、羅浮の騰驍将軍までも戦いに参加し、彼らは敵軍の要を見事潰した。
しかし、この戦いには奇妙な点が見られた。それは援軍が非常に少なかったということだ。智略に富んでいた敵将は、想定外の状況に対応しきれなかったように見えた。
雲上の五騎士の一人である剣首の女性は、奇妙なその状況に対し、どこか納得がいっていた。剣首としての鍛錬の合間、道行く人間から聞こえてくる名称。仲間や弟子の言葉の節々から捉えられる、巨躯の名を。繋ぎ合わせればわかることだ。
そういえばあの討ち漏らしは、戦場で誰も殺さなかった。
いくら姿を隠しても、戦場では刃を交えることになる。彼女は剣を研ぐ。