ヒスイノへ新たに加わった種族、造翼者と慧駿族は、年月を追うごとに馴染んできている。
造翼者は自身の種族を高貴だと規定しているため差別的な言動が目立ったが、それも陰りを見せ、ただつんとした素直でない程度まで落ち着いている。彼らは装飾品作りといった手先の仕事や、空を飛ぶことの利点を最大限発揮し、ヒスイノ-Ⅱ以外の「存護の壁」建設への協力を行ってくれている。
慧駿族は、プライドこそ高かったが、ヒスイノの民との融和を受け入れるのが早かった。彼らは、開拓した星の草原を、自由に駆けることに喜びを感じている。腹が減ったら、美味に感じられるよう調整された食料を食べ、力仕事が必要であればその脚力で手伝う。彼らはこの生き方が充実していると言ってくれた。
彼らはそれぞれの種族なりに、自身の働きで、同族や同じ星に生きる仲間が豊かになることの素晴らしさを理解してくれたのだ。
またその中でも戦いが得意な者は、深緑の騎士に加わり、同族の無力化、懐柔の役割を果たしてくれている。
反対に星海の状況については、あまり芳しくない。ここ十年で豊穣の民側の動きがより活発になっている。種族ごとの頭ではなく、豊穣の力を最も薬師から受け取ったとされる「使令」が再び兵を招集し始めたからだ。直近の招集より、もっと量が多い。兵が集まり戦争が始まったとき、次の終焉がやってくるだろう。
使令の名は倏忽。変幻自在の血肉である倏忽は、巨大な視肉のようでもある。
その呼称は、短い時を表す言葉だ。豊穣の力を与えられた者にあるまじき、正反対の意味を持つ呼称であるが、この使令が起こした戦争のために、多くの命が短い生を終えた。なるほど、この呼称はよく当てはまっている。
幼い頃、伝聞でしか聞かなかった倏忽の権能。御伽噺のような偉大なる力。私は倏忽の行ってきたことを、豊穣の民のためであると考えていた。
だがそれが実際に振るわれる時代になり、私は見方が変わってしまった。破壊のために使われる豊穣の力は、個の生をないがしろにする。使令に命を吹き込まれ胎動する星は、生命を混ぜ合わせ、一つにしてしまった。
集まっていく情報から、ヒスイノの人員とともに推論を出した。使令は民を想うことはなく、ただ薬師への狂信だけを考え行動しているのではないかと。
大雑把な力の行使。使令が薬師に捧げる、独りよがりな戦争はもう沢山だ。私はヒスイノだけでなく、より多くが生を謳歌できる道を作る。無為に民の命を散らさせる使令を討つ。
そのためには、大戦に向けて内部に味方を潜り込ませ、より多くの仲間を作らなければならない。そして、使令に対して私がどう動くのか。
既に責任者たちと秘密裏に話し合い、決断を下したことではある。だが公に発表するならばもう一度、人を集める必要があるだろう。私は、武器研究や商売についての責任者、それぞれの種族の頭に当たる人を集め、これからの動きを話すことにした。
数日後。私はヒスイノ-Ⅱの巨大な会議室に、猟群における組織の頭目が集まったことを確認すると、口を開いた。この会議は猟群の皆に伝わるよう、端末を置いて行われている。
「早速だが始めさせてもらう。皆に集まってもらったのは、最近激化している戦争についての話だ。調査の結果で、豊穣の使令が大きな動きを見せていることが分かった。仙舟と豊穣の民の戦いの中で、最も大きい戦になるだろう。」
ざわめきの声が上がる。倏忽の名が飛び交い、顔を怒りに染めたり青ざめる者もいる。最終的には声は落ち着き、様々な表情を浮かべながら私の顔を見る。
私は横で待機しているストリボーグに視線をやった後、断固たる態度で言葉を紡いだ。
「私はこの戦いに介入すべきだと考える。そして私は使令の所業に、異を唱える。豊穣の運命から外れた「壊滅」の所業だと!」
私たちは考えた。果たして倏忽は豊穣の道を進んでいるのか。
否である。どんな形であれ他者を滅ぼそうとするのは、豊穣ではなく壊滅だ。
私は更に言葉を続ける。私は皆を守るための力を得る必要がある。ただ戦闘に長ける大将ではなく、巨木のように揺るがない其の力を。
「戦いに介入した上で、私は使令の肉を喰らい、皆の繁栄を支える力を得る!戦場でより多くの命を未来に繋げるために!」
狼が最初に吠え、人間種と狐族が手を叩く。造翼者と慧駿族の中でも深緑の騎士となった者は、千年以上に渡る戦いで死した同族のため、腕を振り上げて戦場の介入に賛同する。力はあるべき場所に。私たちの思いは今一つになった。
こうして私たちは倏忽率いる軍勢に潜り込んだ上で第三者として戦いに加わること、倏忽の力を手に入れることのため動くことになった。私たちの内の一部、狼や造翼者、慧駿族は白狼猟群に倣い、ヒスイノとは別の集団として軍勢を騙し、内部に入る。そして着々と軍勢の中に同志を見つけ出し、仲間にしていってもらう。
また戦いの前や最中は、技術躍進が起こる。血肉を部分的に封じる技術が誕生するのも、ヒスイノの団結の後すぐであった。
仙舟同盟は戦争のため、外部からの人間が出入りできないよう、玉界門を遮断したようだ。白珠や応星、景元と顔を合わせることもめっきり無くなった。それでも星海を繋ぐ広範囲のデータ送信によって、近況が白珠から送られてくる。皆五体満足ではあるようだ。
時が流れるのは早い。豊穣の力を受けていない人間である応星の髪は、完全に白く染まっていた。
私は、実戦において貪欲に力を得る日々を送っている。戦術として炎で燃やすことも無くなった私は、ただ純粋な力と技量でスウォームの外殻を砕き、その殻を口に含む。星核があった星にも赴き、広がった裂界から怪物を狩って力を得ることも行っていた。
そのため深緑の騎士は、実際に侵略を受けている星の住民以外からも存在を知られるようになり、私たちの行動理由も深く理解されるようになっていった。
ある時、長い動乱の中で考えればほんの数瞬でしかない訪問があった。宇宙に瞬く星が無数に見える夜のことだ。一隻の星槎から、久しぶりに白珠の姿を見たのだ。彼女はこちらに降りてくると、疲れを見せながらも笑顔で私に伝えた。彼女の瞳からは強い意思が伝わってくる。
「久しぶりです狂风。時間がありませんから、一つだけ。あたしと一緒に、この星に行きませんか?」
「…ああ。積もる話もある。ついていこう。」
彼女が示す地図には、名称のない星が記されていた。私はストリボーグに対して言葉を残し、自身の器獣で彼女の星槎を追った。
白珠と降りた星は自然環境が整っていて、多種多様な動植物が自身が繁栄するため生きていた。山の頂付近に白珠は星槎を降ろし、私も近くに器獣を降ろす。
白珠は私が降りてくるのを確認すると後ろ手を組んで歩き始めた。彼女が向かいたい場所は先にあるようだ。
白珠と私は近況を話し始める。端末からの写真やテキストはすぐには届かない。こうして面を合わせて話せるのも本当に久しぶりだった。
五騎士内の会合も平時では数少なくなってしまったらしいが、その時その時であったことを白珠は楽しそうに話す。白珠の話には、いつも人の笑顔がある。
「狂风たちの活躍は、耳に入ってきていました。外部と通信ができる人はたくさんいますから。星核の影響を抑えたり、反物質レギオンから星の住民を守ったり…。ヤリーロ-Ⅵの星核を取り除くなんて、本当にすごいことです!」
「私も、仙舟同盟の商人の方から聞いている。雲上の五騎士が、仙舟を守り抜いていることを。民を守るために武器を取れることは、真なる強さだ。」
白珠は耳を赤くして、後頭部を触る。彼女は、この星のことについて話した。
「この星は…あたしが旅人として最初に訪れた星なんです。開拓の志はここから始まりました。…ひいおばあちゃんの話になるのですが、よく口癖で言っていたんです。人の一生、何々を見ずに…って。あたしもそれに倣って、貴方に見せたいと思いました。」
白珠は山の頂に辿り着くと、恒星が昇り出る様を手で示した。綺麗な光景であることには変わりないが、どの星でも見られる日の出。だがこれこそ白珠の胸に焼きついたものなのだと、私はじっと陽を見る。
しばらくして、白珠は小さく笑みを浮かべながら、ぽつりと呟く。私の瞳が広がるのを感じる。
「あたしたちの戦いは、何も齎さない死出の道です。何もできずに死ぬのは嫌で…だから、この戦いを止めるために取引をしました。」
「白珠さん、その炎は…。」
白珠からは触れても熱くない、炎のようなエネルギーが体中に広がっているのが見て取れた。彼女は説明する。これは歳陽との取引を行い、一時的に得た力なのだと。ただの歳陽ではなく、根源に近い存在であると彼女は言った。使令を倒しきることは、鏡流でも将軍でもできないことであり、自身がそれを為したいという。
「狂风が貴方ならではの方法で星々を開拓し、繋いでいくのを見て思いました。あたしも、皆の未来を作りたい。それが、あたしの望む未知の場所なのだと、気づいたんです。」
彼女は諳んじる。ナナシビトの羅針盤は、渇望する未知の地、そして埋骨する場所のみを指し示す。白珠は大戦にて生き残るつもりがないのだ。私が口を開こうとすると、白珠は指を立てて言葉を呑み込ませる。
「貴方の師匠が戦場で選択したように、あたしも未来を選び取りました。狂风も行きたい道を、思うがまま進んでください。」
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狐族の女性は緑鎧の巨躯と別れ、自らの戦場に戻る。近い内に、使令率いる大軍勢が押し寄せてくることは、予測されている。統率者を倒さなくては、この惨劇は終わらない。狐族の女性は不安や葛藤を心の奥にしまい込み、星槎を飛ばす。
狐族の女性は感じ取っていた。緑鎧の巨躯の正体について。鎧の奥に隠された真の姿が狼であることを。
幾ら装甲でにおいを遮断しようと、会う度に狐族の女性の感覚に入り込んでくるのだ。
それは懐かしい香り。彼女の祖先を辿ると、歩離人の血が混じっているからだろうか。彼女はそれを感じ取りながらも、緑鎧の巨躯との交流を続けた。彼からは血の匂いがせず、ただ懐かしさだけがあったから。
狐族の女性の戦いは最終局面を迎える。戦ですり減った自らの在り方、開拓の精神を再び心に灯して。
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しばらくの雑談を経て、私と白珠の会合は終わり、それぞれの居場所へと戻ることになった。白珠が行おうとしているのは自身の命を度外視にした特攻だ。そのような作戦は、仲間内にも軍にも認められるはずがない。彼女は雲上の五騎士における太陽のような存在だ。だからこそ仙舟の外部である私にしか話さなかったという。
手を振り終え、星槎に乗り込む白珠を見る。彼女の覚悟は固く、誰の言葉でも止められはしない。私はその姿に、初めて出会った時と同じように、師匠が重なって見えた。
私は拳を握り締める。白珠は雲上の五騎士だけでなく、多くの人に光を与えた。それは私にもだ。
話を聞いておいて、みすみす死なせに行くのか?
私は自身に問いかけ、それを否定する。彼女をそのまま死なせるなど、私の目指す未来ではない。死者を減らし、交流を深めた友人にも生きていてほしいのだ。
手を伸ばせる距離は広く大きく、取りこぼすことのないほど力は得られたつもりだ。私は去っていく白珠を最後まで見ていた。戦場でまた会うことを誓いながら。