月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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豊穣のための戦い

 倏忽が本格的に動き始めた。大軍勢は仙舟「羅浮」の建木に向かって、兵を進めているようだ。

 

 戦いに臨む前に、私はストリボーグに話を付けた。救護に回りながらも、倏忽と私の交戦が始まったら皆が気づかない場所で待機していてほしいと願う。明確に倒す相手は、倏忽のみであり、掃討には深緑の騎士たちがいる。信頼のおけるオムニックである彼には、もしもの時動いてほしいのだ。ストリボーグはその頼みを了承してくれた。

 

 そうして私たちは武具の準備を行い、見せ札と切り札とを器獣に乗せていく。

 見せ札と呼んでいるものは、機能を追加し、より固い金属を使って作り直した「造物エンジン」である。この造物エンジンは上半身だけが作られており、器獣に取り付けた装甲に連動している。双方からの攻撃から身を守るための対物シールドに、倏忽に対して損傷を与えられる巨大な槍を携えている。

 そして切り札とは急ピッチで研究成果を形にした、拘束具だ。私はベロブルグから星核を拘束するための装置を持ってきた。それは精神的な干渉こそ抑えることは出来なかったが、物理的な拘束力は信頼できるものだった。

 この装置を応用し、削った血肉を一時的に閉じ込められるようにした。巨大な盃の形をしたそれも、器獣の表面に取り付けられる。

 

 私は出立前に欠け月の欠片を多く取り込む。緑色の光を放つ液体をぐいと飲み、体内に染み渡らせる。次々に飲み干していくと、私の視界が変わる。

 幻覚の類か。私は星が全方位に瞬く宇宙の上に漂っている。私のいる場所のもっと遠くへ、何かがいるように感じた。存在を意識する前に、私は目を瞑って頭を振り、その状態から目覚める。

 不安そうな表情で、欠け月の欠片を持ってきた狐族の幼子の一人が口を開く。彼女はヒスイノで生まれ育った狐族だ。

 

 

「狂风様、具合は大丈夫ですか…?もう四杯目ですから、ご自愛下さいませ。一杯だけでも人間種が星を飼うのです。急激な摂取によってどうなるか…。」

「今は急を要する状況だ。なに、欠け月の増強は毎日行っている。…だがもうやめておこう。忠告ありがとう。」

「滅相もないことです…!狂风様、無事にお戻りください!」

 

 

 彼女は手を前で振って言うと、頭を下げてからボトルを片付ける。いつもは五杯まで飲んでいるが、幻覚を見るなんて想定外だ。大事の前は本調子でなくてはならない。私は手に取ったもう一杯を懐にしまい、斧槍をしっかりと背に固定すると、準備を終えた深緑の騎士たちに言葉をかける。

 深緑の騎士の背中には二つの大きな物体が背負われている。背嚢と小型の拘束具だ。拘束具は器獣の上に取り付けられた巨大な盃だけではない。各自が戦闘時に対応できるよう、行き渡らせたのだ。

 また鏡面盾はもはや使われることはなくなっていた。鎧の堅牢さが盾の性能を上回ったからだ。

 

 

「同志たちよ、戦いのときは来た!ヒスイノと豊穣の民のため武器を取り、我らの力を示すときが!既に潜り込んだ仲間と共に、私たちが思う豊穣の在り方を見せてやろう!」

 

 

 深緑の騎士たちは腕を振り上げ、大部分が戦場に向かう。彼らは一騎当千の戦士たちだ。

 犠牲は出さない。数十年前の歩離の民の戦とは全く違うのだから。

 

 あの戦いでは数の不足と私の力が足りないから、命が手から零れていった。今は、私たち全員が居場所を守るための力を持っており、武具も揃った。二勢力と渡り合えるだけの人数もいる。敵勢力の情報収集も万全だ。

 これだけ準備したのだ、豊穣の内戦に終止符だって打てる。

 

 私は呼吸を整え、器獣に乗った。戦場になる場所へと指揮を取って進む。

 

―――――――――

 

 仙舟「羅浮」における雲騎軍と将軍、それと雲上の五騎士と呼ばれる戦士たちは、武装した状態で豊穣の大軍勢を迎え撃つ準備を行い、交戦するときを待っている。建木があるからこそ、豊穣の民は何度でも兵を仕向けてくるのだ。

 戦いは何千年も渡って続き、この戦が終わっても先の時代で争いが起こるだろう。大敵が不滅であり続ける限り、争いが無くなることはない。

 戦闘用星槎の横に立った白髪の狐族の女性は、手を震わせながらも毅然とした態度であった。老いて白髪になった職人の男性は金人の調整をしながらも口を開き、彼女を奮起する。

 

 

「白珠、お前の腕なら生きて仙舟を守れる。いくら不運だろうとこれだけは間違いない。俺はずっと見てきたんだぜ。」

「あたしは…応星、死ぬのが怖いんじゃないんです。勝った後、皆で盃を交わしたら、どれだけ美味しいお酒になるんだろうって!」

「はははっ!俺や丹楓に負けない図太さだ!」

「ふっ。応星、余を並べたことは後で覚えておくがいい。」

 

 

 鍛冶の達人は口を大きく開けて笑い、羅浮の龍尊は冷ややかなように見えて、内は柔らかな感情を微笑を以て出す。言葉は交わさなくても、剣首の女性と、その弟子の気持ちも和らぎ、そして引き締められる。

 雲上の五騎士の面々は終ぞ気づかなかった。狐族の女性が発したこの冗談が、緊張をほぐすためのもの以外の意味が含まれていることに。手の震えが止まっていないことにも。

 

 談笑は止み、皆は揃って宙を見上げる。そこには赤く巨大な球体が空に浮かんだ。否それは、巨大な樹のような姿をした血肉であった。枝のような触手が波打ち、千の顔を生やす化け物。化け物の外見は、正しくそれの力を象徴している。

 豊穣の使令、倏忽。そして豊穣に連なる忌み物たちの集団がついに現れたのだ。

 

 羅浮の龍尊が、平時は人型である体を巨大な龍と化し、剣首の女性は冷気の剣を構える。雲騎軍を従える将軍が、号令をかけ戦闘態勢を取らせた。

 倏忽は空から奇怪な声で言う。何個もある頭を弄ぶように、音を発する。人間として生を受けたのならば、悍ましく受け入れられない言葉だ。

 

 

『吾すなわち倏忽。賜った建木を無為に破壊した汝ら全員をも、吾は救おう。吾の血肉となり、そして果実となって生まれ直すことで。』

 

 

 倏忽の周囲には豊穣の民以外にも、意思を持たない死肉同然の忌み物が待機している。それらは「生まれ直された」結果だ。

 羅浮の軍勢は、威圧と沈黙で以て返答する。思い通りにはさせないという揺るぎない信念を空にぶつけた。

 

 そして長い沈黙の後、戦いの火ぶたが切られようとしたその時。空気が先んじて破られる。

 

 

 倏忽と同じく上空に出現したそれは、星の光を反射し点々と緑色に輝く。上半身だけある巨大な人型の大群に、奇妙な外装をした船の集団である。それらの先頭に位置する船から、豆粒のようで輪郭のはっきりした人影が身を乗り出す。その人影は雄々しい声で、両者に宣言した。羅浮の軍勢の一部が、それらの姿にざわめく。

 何故彼らが。仙舟や豊穣の民とは関係のない集団だったはずだ。

 雲上の五騎士もそれぞれ、別の反応を見せる。驚きと納得、少しの安堵の念、無関心、変わらぬ敵意。

 

 羅浮の軍勢の疑問は宣言を聞き、氷解する。敵の敵は味方になるのだろうかと疑問を浮かべることになりながら。

 

 

「我らも名乗りを上げよう!豊穣の力を、生命を奪うために用いる、使令に告げるために!豊穣の力は生の謳歌のために用いることこそ、価値がある。よって我ら深緑の騎士は、両者の戦いに介入する!」

 

 

 倏忽の軍勢の中からも、緑の集団に対して呼応する者が現れた。空で同士討ちが始まり、羅浮は好機と兵を走らせる。こうして三者の総力戦が幕を開けた。

 

 

―――――――――

 

 私たちは器獣を縦横無尽に飛ばし、戦場を駆けまわる。私たちの目的は、死人を減らすことと、倏忽の撃退。私個人は、倏忽の肉体における力を我が物にすること。

 深緑の騎士には、戦えはするが主に怪我人の治療を行う救護要員と、目的を果たすため共に行く戦闘要員がいる。そのため救護要員には、重傷を負った両陣営の兵士を器獣に運び込む役割を願った。私に続く戦闘能力を有するストリボーグは救護に回ってもらっている。

 仙舟「羅浮」を取り囲むように兵を回した倏忽の勢力に向けて、戦闘要員が走る。

 

 

「狂风さん、待ってましたよ!」

「緑翠の旦那。あたしらもこのまま協力しますよ。うちの長や同胞が望むもんでね。」

 

 

 中に潜り込んだ猟群の戦士たちや白狼猟群の者と合流し、無力化を行っていく。敵には歩離の民や造翼者、慧駿族がいる。私たちの懐柔に耳を貸すつもりのない、憎しみに囚われた豊穣の民たちだ。

 しかし大部分を構成しているのは、彼らではなく人型の兵士である。いや、人型のように見えるといった方が正しいかもしれない。それらは豊穣の民らしい動物的特徴を備える個体がいながらも、「混ざって」いた。

 

 人型の兵士は獣のように吠えたり、操り人形のごとく関節を度外視した攻撃を行ってきたりする。横から、潜入していた白狼たちが声を大きく説明してくれる。

 

 

「こいつらは、生きてなどいない人形だ!倏忽は死体を取り込んで、生きているように見せるんです!」

「そうか…ならば、手加減なしだ!」

 

 

 私は、首をべきべきとあらぬ方向に曲げて斬りかかってくる死体を、斧槍で両断する。刃先の巡狩の力が作用し、死体の動きが止まる。

 私は思う。これこそ忌み物、豊穣の力を無為に使った呪いだ。こんな歪んだ生を与えて使い潰すことが、豊穣であるものか。

 

 

「前進!造物エンジン隊、亡骸を殲滅しながら、接敵せよ!」

 

 

 私は星核から得たエネルギーを全身に渡らせ、死体の隊列を刻んで進む。少しずつ道は開け、倏忽まで近づいていっている。

 血の色に染まった大樹のような化生。倏忽は、羅浮内部の居住空間である洞天を破壊しながら、建木に向かって進んでいく。

 

 

―――――――――

 

 倏忽の軍勢は雲騎軍を蹴散らし、その遺体を蘇らせて軍に加えながら、猛攻を仕掛けている。一般市民にも被害は及び、その生命が倏忽に吸い取られていく。

 

 戦場となった洞天にて、ある雲騎軍の兵士が、同僚の遺体に襲いかかられる。兵士は今すぐ目を塞いで蹲りたい気持ちでいっぱいで、腰が抜けていた。何故なら敵となった同僚は、ついさっきまで生き残ることを互いに約束していた友人だったのだ。目の前に広がるこの世の地獄に、もはや戦意を持つことも叶わなくなった。

 

 彼女は、戦いの内で死ぬのは雲騎軍の名誉なれど、その死が弄ばれることは予想だにしていなかった。生前の技量が残された槍が、兵士である女性の喉元に振り下ろされる。

 現実逃避の内にあった兵士は目を閉じ、終わりの時を待った。だがいつまで経っても死は訪れない。同僚の遺体は炎に焼かれ、槍は折れていた。

 

 背後を見る。そこには、深緑の鎧を着た騎士が戦斧を担ぎ、立っていた。

 その騎士は言う。仙舟同盟の兵士は、そんな簡単に忌み物に屈するのかと。

 兵士の女性は、何故という疑問で埋め尽くされたが、騎士が彼女の肩を叩いたことで正気に戻る。

 

 

「雲騎は、強い意志を持って悪を一掃する…!同胞よ、許してくれ!」

「…それでこそ。」

 

 

 兵士の女性は忌み物を切り捨て、背後を一瞬確認する。そこにはもう騎士はなく、民間人を船で防護する複数の緑の姿が遠くにあった。豊穣の民であるのに、何故こちらの命を助けるのか。その後更に苛烈になった戦場において、兵士には考える暇は与えられなかったが、深緑の騎士を攻撃する選択肢は頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 場所は変わり、倏忽のいる地点へ。そこには百と数十の人間の遺体と、巨大な人型の下へ避難を促す深緑の騎士たち、そして雷が落ちるようにやってきた羅浮の将軍、騰驍の姿があった。将軍の後を、氷の剣首、鏡流と巨大な水龍となった丹楓が、軍勢を倒しながら追い縋る。

 騰驍は遺体を見て拳を強く握り締め、背後の鎧姿たちをちらりと見て僅かに緩める。これだけの被害を受けているのに死者が明らかに少ない理由が何か、将軍は瞬時に理解したからだ。

 倏忽と騰驍の間で静寂が通りすぎた後、奇怪な声を倏忽が発する。

 

 

『騰驍。吾に矛を向ける前に、奴らを殺すのはどうだ?見るがいい、浅ましい塵芥どもが己の船の民を襲っているぞ?』

「愚かな惑わしだ。」

『…ふはははは!さあ吾を殺しに来い、騰驍!楽しみにしていたのだぞ!』

 

 

 騰驍が武器を振りかざすと、彼の背後から金色の幻影が現れる。その幻影は、倏忽目がけて刃を振り下ろす。仙舟の将軍は、帝弓、すなわち巡狩の星神から力を借りている。そんな彼も。倏忽を殺しきることは今まで出来なかった。

 使令同士の力のぶつけ合いが、洞天内で巻き起こる。膝をついたときが、将軍の最期だ。

 

 

――――――――

 

 斧槍で周囲を薙ぎ払い、もう少しでその刃が倏忽へ届くところまで進み、ある人物によって足止めを食らう。私は、死体と同族に攻撃している仲間たちを庇うように、手を横に出した。

 冷気が辺りを包み、死体と同族は等しく凍り、砕け散る。数十年ぶりに見る刃でも、彼女の剣は恐ろしく鋭利なままだ。

 私は声を小さく、軍勢の中に紛れるよう仲間たちに指示した。悟られないように仲間たちは首を縦に振ると、私から離れていく。次に会うのは倏忽の前だ。私は体表に伝う威圧感を跳ね返すように心を持ち、雲上の五騎士の一人である鏡流と向かい合う。

 

 

「…嬉しくない再会だな、面妖な歩離人。白珠や応星、そして我が弟子を惑わせるのは楽しかったか。」

「彼らの温かさは私の心を溶かし、道を示してくれた。彼らとの交流で変わったのは私のほうだ。」

「忌み物風情が…。」

「私は先へ行かなくてはならない。貴女もそのはずだ。…通してもらおう!」

 

 

 鏡流は、応星が作った「支離」という銘の剣を構え、目つきを更に鋭く尖らせる。やはり彼女と会うのは、戦場でしかありえない。そう考えていたが、正にその通りだった。

 それ以上にお互い言葉はなく。鏡流から冷気の剣が放たれ、周囲の忌み物を巻き込んだ戦闘が始まる。

 

 

 私は斧槍で冷気を受け、卓越した剣技を回避していく。あの時は炎嵐があったが、今は己の心臓の胎動と強大な星核由来のエネルギーによって撒かれる冷気を溶かす。剣技は装甲の隙間を通すが、四肢を切り落とすほどまではいかない。

 激しい攻防の後、右腕の肩付近に、剣が中途半端に刺さった。剣をそのままにして、鏡流に一撃を与える。感触はほぼ無かったが、鏡流の口元は怒りで引き攣っている。

 

 

「何故だ…何故忌み物が、小僧に武器を打たせられる。我の友の内に潜り込むなど…!」

「…欠け月降臨。」

 

 

 鏡流の剣捌きはまるで鬼のごとく、荒々しくも殺意がより深くなる。刃を交える度、表情と手を見ていれば、鏡流の瞳は少しずつ淀んでいくようだった。

 欠け月を使っても尚、刃を通される頻度が高くなり、先へ向かえないことへの焦りが強まる。全身を凍てつかせる冷気であろうと、その凍結した部位のみを破壊すれば私の体は再生する。この戦いは泥沼に浸かり始めていた。

 

 刃を重ね続け、転機は訪れる。それは仙舟勢力にとって、悪い方へ向かったものだ。水龍、おそらく雲上の五騎士の一人の丹楓が倏忽の術にかけられたのだ。龍は、破壊された洞天を覆うほどの巨大な赤い球体に閉じ込められ、孤軍奮闘している。鏡流の淀みかけていた瞳が元に戻ってきた。

 鏡流が悲痛な声を上げる。

 

 

「丹楓!」

「…名立たる剣豪よ、争っている場合ではない!倏忽は建木のために、船を破壊しつくす。利害の一致と、今だけ呑み込んでくれ!」

 

 

 鏡流はきっと私を睨むと、倏忽の元へと走り抜く。私も彼女の後を追って、地を駆けた。

 

 

 死体の軍は留まることなく、量を維持しているようだ。倏忽の触手から零れ落ちる、雲騎軍に所属する兵士だったものは補充され続ける。私はそれらを力を込めて切り結んでいく。豊穣の力を狩られた死体たちはただの骸として倒れ込む。それは二度と冒涜されることはない。

 

 私はついに倏忽の前までやってくることができた。私の到着を観測し、造物エンジンを乗せた器獣たちが空に浮かぶ。

 鏡流は上空の器獣たちの擬態性能が高い故かただの船だと思っているようで、その中にいる船員を殺意を込めて睨む。だが優先順位は倏忽の討伐だ。彼女の剣先は倏忽を突き刺す。

 羅浮の将軍は既に満身創痍で、生きているのが不思議なほどである。しかし将軍からは、命の灯火が消えるまで戦うという闘志を感じ取った。私も彼らに倣い、斧槍を振り抜く。

 

 

 切っても切ってもそれの命には届かない。中心部まで辿り着くことができないのだ。枝のような触手は切れると、根に回収され再生を始める。将軍の力によって幾分か消耗しているはずなのに、万全の調子だ。金人の猛攻も空しく「枝」の締め付けでへしゃげ、戦闘用星槎は叩き落とされ爆散する。深緑の騎士たちも幾十人か重傷を負い、死に体である。倏忽は私を嘲笑う。

 

 

『この中で最も愚かな狼。薬師様は、吾に他より大きな力を授けてくださった。吾の行いを誤りだと扇動することこそ、過ちである。お前のせいで、仲間が死ぬぞ?』

「民の多くを殺してきた者が、言ってくれる!」

 

 

 血肉を一時的に拘束する装置があれど、あちらの力が上回っていればどうしようもできない。使令の力とは、ここまでしぶとく、超常に近しいものなのか。また私は誤ったのか。

 そのような思いに支配されそうになるが、頭を振り考えを締め出す。

 

 屈指の剣術を誇る鏡流も少しずつ消耗してきた。丹楓の変化した水龍も、倏忽の影響で理性を失い暴れ狂いながら、力をどんどんと奪われている。私は、弾け飛ぶ肉体の再生を行いながら攻撃を繰り返すが、鏡流を貫こうと狙う触手に対し、咄嗟に動いてしまった。

 触手の先に体を貫かれ、私の根幹がいとも簡単に割られる。欠け月が砕けたのだ。私の背後からひゅっと息を吸う音が聞こえる。

 

 私の視界が暗転する。口から出る血反吐さえ、感覚を失っていた。

 

 

 

 ふと気づく。私は羅浮に出陣する前に見た幻覚を、再び見ていると。砕けた星の欠片が広がる、星海の光景だ。しかし先ほどとは違って浮遊感は無く、透明な足場をまっすぐに歩いていける。

 私は道の先に何がいるか、進めば進むほどに感じ取っていた。

 

 行き止まりまでやってくる。そこに落ちていたのは、割れた欠け月だった。ずっと私の中にいた祝福の証。私はそれを零すことなく手で掬い取り、再び呑み込む。

 そのとき頭上から清らかな音と共に、肉片を引きちぎるような音が聞こえる。頭上を見ても何もなく、降ろした視線の先には、狼と狐族、豊穣の民と、それ以外の種族の幻影が並んでいるのが見えた。

 背後から視線が突き刺さる。眼差しは、柔らかくも怪しげな其のものだった。

 

 

 

 激しく咳き込み、私は目覚める。何故目覚められたのか。胸部を擦り、そこが胎動していることを感じ取った。そして私の中に今までなかった力があることも。

 それは純粋な力というよりも、倏忽の性質に近いものだった。喰らうことで狼は継承する。その性質が強められたような感覚だ。

 

 倏忽の触手が再び枝状に伸ばされ、振るわれる。生体素材と言えど、兜はもう使い物にならなくなっている。私は自身が破壊されることを恐れず、触手を掴みそれに喰らいつく。ぶつりぶつりとのたうち回るそれを噛みちぎり、呑み込む。私の体を破壊しようと細かくなって動き回る倏忽の血肉が、私の中でエネルギーの塊となって吸収された。

 倏忽が初めて焦った様な言葉を出した。

 

 

『吾の血肉を…!?』

「喰らい尽くす。お前の全てを。」

 

 

 私は欠け月を再び降臨させる。ヒスイノの戦士たちとそれ以外、仙舟の戦士も体が軽くなった様子で、攻撃の手を緩めない。私は口を開き、倏忽の血肉を食らうことに専念した。

 

 

 星よりも少し小さい程度の使令。その全てを自身の力にすることは難しい。だが倏忽の体は段々と小さくなり、二回りは縮んだ。孤軍奮闘している丹楓のいる空間についても、術が弱まっているように見える。

 倏忽にとって私の行動は理解の範疇に無かったようだ。生体素材を使った鎧と白いローブがぼろぼろになっていき、私の現状が浮き彫りになる。体毛が血の紅に染まって、四肢の筋肉が増大し、肉片が飛び出そうとしているのだ。

 

 しかしながら私が喰らったことでも、倏忽の攻撃は止まる気配を見せない。力を得ても他の戦士の消耗は蓄積していくばかりだ。造物エンジンの攻撃や拘束装置は役には立ったが、短期的にしか効果は無かった。

 

 

『吾を喰らおうと、再生は止まらない。はははは!狼…果たして、その体が吾になる前に殺しきれるか?ぐあっ!』

「…あれは、まさか。」

 

 

 倏忽の笑いは中断される。羅浮の将軍が、自身を貫く触手と引き換えに、全身全霊を賭けた攻撃を倏忽にぶつけたからだ。私は将軍の攻撃の後、倏忽に向かって飛翔する一筋の光に目を奪われた。装甲のはがれた星槎だ。

 

 全身に悪寒が走る。あれは命が潰える輝きだ。私は壊れかけの造物エンジンを付けた、死にかけの器獣に急いで乗り込み、ぶちりと指を引きちぎる。

 私はその行動に、始まりの日を思い出した。私は生き残りたいがために、器獣に自身の肉を喰らわせた。そしてその思いは叶った。

 

 

「器獣よ…突き進め!私たちの未来のために!」

 

 

 

 

 器獣は擬態を解いて、最後の役目を全うする。全身を紅く染め上げ、力のままに倏忽の触手の中を突き進み、並外れた技量で星槎を駆る者に追いつく。

 そのまま私は跳躍して星槎に飛び移り、操縦者の顔を見た。良く見知った顔の彼女だった。彼女は緑の炎に包まれながらも、困ったような笑みを浮かべる。緑の炎は星槎の動力源と呼応しているようで、どんどんと円を広げている。まるで暗く陰った太陽のようだ。

 

 

「狂风…。ふふ、貴方の顔、初めて見られました…。」

「白珠さん、これが私の目指す道だ。貴女を見殺しになどしない。貴女が作りたい未来には、白珠さん自身がいなければならない!」

「こんなにも危険を侵して…どうなっても知りませんよ?」

「必ずや生き残って見せよう。」

 

 

 私は、弱弱しく軽口を叩く白珠を抱えると、念じる。私と白珠の肉体、双方を守る鎧を作るのだと。

 私の四肢が障壁を作り、白珠をも覆う紅い鎧を作り上げる。そしてついて来た器獣が、造物エンジンで私たちを包み込んだ。力尽きる前に器獣は大仕事を成してくれたのだ。

 

 私たちは星槎から降り、その爆発から少しでも離れようと動く。爆発直前の衝撃で白珠の額が少し切れ、飛び出た髪が千切れてはらりと落ちる。私は白珠の守りを更に深めるため、紅鎧の密度を高める。

 

 太陽が弾ける。悠々としていた倏忽の断末魔が耳に聞こえ、衝撃で私たちは押し出される。器獣がこちらを受け止める感覚を最後に、私は再び意識を失う。絶対に白珠を放さないという意志を、胸に宿したまま。

 

 

―――――――――

 

 爆発は仙舟「羅浮」全域にて観測された。倏忽が少量の血肉をその場に落とし、その最も足る功労者の毛髪と血も付近に散る。白髪の断片。もう一つの舟に乗っていた、第三勢力の人物の痕跡は発見できず。

 

 鍛冶職人の頂点に立った男性は、その光景に絶望していた。しばらく端末越しにしか近況を知れなかった恩人と、自身の愛した狐族の女性が、同時に消えたことに耐えられなかったのだ。

 湧き出でる怒りと悲しみだけが、彼の心を支配していた。そんなとき龍尊の仲間が、狐族の女性に再び生を与えられる方法があると言った。

 

 彼は藁にも縋る思いで、その計画に乗ろうとする。再びあの笑顔を見られるなら、どんな手でも使う。

 しかし彼らの計画は止まることになる。一通の手紙によって。

 

 鍛冶職人は滅多に流さない涙をこぼした。

 

 

―――――――――

 

 私は目を覚ます。そこは深緑の騎士たちが駆る器獣の中。横には衣類がぼろぼろになりながらも、寝息を立てている狐族の女性がいる。近くで待機していた様子のストリボーグが液体食糧を置き、肩を支えてくれる。私は彼に礼を言って状況を尋ねる。

 

 

「マスター、深緑の騎士の生存は100%。仙舟同盟の生存率は70%以上になります。」

「ありがとう、ストリボーグ。皆に伝えてくれ、私は生きていると。」

 

 

 私は喜びの内にあった。私はようやく、大切な友人の命を守り切ることができたのだ。私は白珠を抱きかかえ、外へ出る。開拓されたヒスイノの、美しい光景が目の前に広がった。

 

 

 

 

 ある時、枝に大きな綻びができた。星神が力を与え、膨大なエネルギーを有している「使令」と呼称される存在が死した。これ自体に問題はなかった。

 その使令の持つエネルギーは、星海に四散するはずだった。それが使令ではない別の生命体の中に、多く残ったのだ。

 

 そして枝は分かれ、二つの路を作り出した。交わることはもうない。

 

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