月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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交渉

 戦後処理が落ち着いたらしく、ついに仙舟同盟が世界に向けて第二次豊穣戦争についての声明を発表した。その公文書の中には、私たち深緑の騎士への今後の対応も述べられており、それは要約すれば「中立を保つ」であった。もし仙舟同盟に攻撃を仕掛けてきた場合、忌み物と判断し殲滅を行う。

 武力衝突は行われないが、緊張状態であることには変わりない。深緑の騎士としての活動や、他星の防護を固める支援を継続しながら時間を置くことが最善策だろう。私は他勢力に鎧の再現が行われないよう、厳重に情報を保護した上で、深緑の騎士として仙舟同盟へ危害を加えない旨を記した文書を送る。

 

 仙舟同盟全体の考えはこの通りだが、仙舟「羅浮」については、比較的穏健な対応を行うことが示されている。白珠から聞いていたが、現在羅浮の将軍として上に立つのは、鏡流と景元だという。危機に見舞われたことから、武と智略の面で分担される異例の事態になっているそうだ。鏡流が雲騎軍の剣首として、武の面で羅浮を鼓舞し、景元が盤上の一手を打つ。

 先代将軍も智略に長けていたこと、鏡流が将軍になるのを頑なに拒んだことから、実質的な将軍は景元であるようだ。羅浮の帝弓七天将が動かすことのできる、巡狩の星神から与えられた力、「神宵雷府総司駆雷掣電追魔払穢天君」も景元が管理しているらしい。

 仙舟「羅浮」には入ることができそうだ。以前のような表面上は気軽な交流ではなく、ヒスイノの統治者として。

 私は仙舟「羅浮」宛にも、友好を伝える公文書を送る。

 

 仙舟同盟内では、豊穣の力の話を持ちだすのは禁止だ。今後は、お互いの根底には触れない会談を行うことになるだろう。それもまた良いと私は考えた。豊穣や巡狩の性質だけを見るから戦争が起こる。それに、少なからず交流を重ねた友人に対して、根底をいちいち気にする人間がいるだろうか。交易についてなら緊張感を持たなくてはならないが、結局のところ明るい話をして、戦争以外の未来を私は見ていたいのだ。

 

 

 日が経ち、仙舟「羅浮」から、こちらに対して動きがあった。私が統治者として送った情報から逆探知が行われ、ヒスイノに向けて、本格的な会談を行いたいと文書が送られてきたのだ。私は、書記が得意かつある程度戦える者を各種族から一人ずつ出してもらい、羅浮に向かうことにした。狼は私ともう一人のため、計七名の乗員である。

 

 私たちが乗るのは生体素材を用いた交易船だ。戦闘、星の護衛、ヒスイノ間の輸送の時は器獣を使うが、平時では独自に開発した船に乗るようになっていた。これはリスク管理のためだ。

 器獣はどれだけ配合を繰り返し、特性を変えたとしても生物である。今まで起こったことはないが、腹が減ってしまい、それに耐えきれず暴れてしまう可能性も存在する。星間の交流を第一に考えるならば、防護を固めた意思のない船を選択するのがいい。

 

 私は自動操縦で高速飛行する船の奥部に腰かけ、長らく会っていない知り合いとの会談を心待ちにしていた。書記のために同行してもらった六名は、思い思いの時間を過ごしている。造翼者と慧駿族を連れてくるのは迷いどころではあったが、どちらの種族も第二次豊穣戦争で心を一つに戦ってくれた。あの戦場での団結が、二種族の融和をさらに推し進め、真の意味で一員になったと考えたため連れてきたのだ。

 

 ヒスイノの一員になってくれたのは元より、種族の中でも温和であったり、生涯劣悪な環境に置かれていた者であったので、馴染んでくれた。豊穣連軍や、倏忽の大軍勢を構成していた半数以上は、侵略を行うことに疑問を抱いていない者や、仙舟同盟への憎しみに囚われた者、略奪を愉しむことに染まりきった者であった。

 無力化しても、そういった対象は心根が変わることはなく、最期の一瞬まで相容れずに終わっている。だが、侵略略奪が豊穣の民の本性でないことは、私たちが証明している。そしてこれからも証明し続けるのだ。

 略奪行為に勤しむ種族の中でも、豊穣の精神を持つ者、悪意に染まりきっていない者を見つけ出し、味方になることで。

 

 私の傍に慧駿族の女性がやってきて、地面に接する前脚を擦る。船内では兜を外しているため、その表情は良く見える。早く動きたいという顔だ。

 

 

「狂风殿、わたしは今非常に運動がしたい!そして固いものにぶつかりたい気分だ!船の備品はだめだから…お願いだ、ついてきてくれないか!」

「はあ…狼の長よ。何故、この慧駿を選んだのだ?ふんふんと鼻息がうるさい、落ち着きがなさすぎる。」

 

 

 船の壁に寄りかかっていた造翼者の女性が元来の鋭い瞳で、慧駿族の女性をじとりと睨む。彼女は、端末に入った書物を読んでいたようだった。二人は口論をしていたが、造翼者の女性が端末の電源を切ったことで流れが変わる。体を動かすことでストレスを解消するようだ。

 造翼者と慧駿族、そして歩離の民とその混血の狐族は動物的な欲求が強く表れる。その欲求を安易に発散できるのが侵略行為なのである。

 ヒスイノには運動設備が備わっており、遠征、星の護衛でも適切に欲を満たせる。特に造翼者と慧駿族は加わって日が浅いため、激しい運動、修練こそが効果的なのだ。

 

 

「俺もやらせてもらう。狼の長…土嚢代わりになってもらおうか。」

「もちろんだ。そのために大部屋を作ってあるのだからな。さあ来てくれ。」

 

 

 私は二人を連れて、居住空間とは別に作られたトレーニング用の部屋へ向かう。種族に伝達する書記という大事な役目を預かってきてもらっているのだ、私ができることなら何でもしたい。

 

 部屋に入ると早速、彼女らはそれぞれ要求する。慧駿族の女性は固い壁を、造翼者の女性は組手の相手を。私は彼女らに対応できるよう、新たに得た力を使う。それは倏忽由来の力である。

 

 

「紅鎧、顕現!」

 

 

 私は体に局所的な力を込め、「紅鎧」を展開する。倏忽は樹のような肉塊であったが、丹楓を閉じ込めた術のような神業も使えた。疑似的な生命を与えられる性質が、倏忽を喰らったことで私にも受け継がれたのだ。「紅鎧」はその最も足る力であり、術である。

 「紅鎧」からは、白珠を守ったときのような壁を作ったり、肉片から人型の操り人形を作ったりもできるのだ。工夫次第で、ヒスイノをより効果的に守れる盾になれる。私の着用している生体鎧にも組み込めば、防御力の上昇も期待できそうであるため、私の監督下で研究が進められている。元が倏忽の血肉であるので、私の意識から離れ、暴走する危険があるからだ。

 

 維持には私の体力が使われるため制限時間付きではあるが、彼女らの目の前に、聳え立つ紅色の壁と、血の赤色をした狼の似姿を作り出す。慧駿族の突進でも破壊されない壁と、ひたすら攻撃を受け止める人形。

 慧駿族の女性はどしんとぶつかって顔を輝かせ、造翼者の女性は表情を変えず、鍛錬用の槍で人形と組手を始める。

 

 

「うおお!弾力はあれど、固いぞ!」

「…しばらく頼むぞ、長。」

 

 

 紅鎧を維持する特訓にもなり、私としても彼女らの運動に付き合う利は大いにある。私は彼女らの気が済むまで大部屋で時間を過ごした。

 

 

 航海の末、仙舟「羅浮」が見えてくる。予定していた時間通りの到着だ。白珠から以前もらった通行証で玉界門を通り、観光客用の船着き場に降りる。

 私たちが船から出ると、通行人がざわめいた。私たちの格好を見て、深緑の騎士だと理解したらしい。通行人の中から狐族の幼子が母らしき人物から離れ、私たちの元に走ってくる。私の足元にちんまりとした少女が来て、何やら手を伸ばした。私は可能な限り屈むと、少女と視線を合わせる。

 

 

「おっきなおじちゃん、これあげる!助けてくれてありがとう!」

 

 

 少女の手には、押し花が握られていた。私たちの鎧に似た緑色の花だ。私は兜で顔は見えないようにしているが、出来るだけ柔らかい口調を心掛ける。

 

 

「素敵な押し花をありがとう、お嬢さん。この信頼、大切にしよう。」

「えへへ、大事に使ってね。」

 

 

 私は少女から小さなそれを受け取ると、背嚢へとしまう。そして、少女の腕を取って人混みに戻ろうとする母親らしき女性に会釈をする。その女性は一瞬固まった後、深くお辞儀をして去っていった。

 

 しばらくすると雲騎軍の兵士たちが、人混みを掻き分けてやってきた。私を見上げて、少し震えた声で一人の兵士の男性が言う。

 

 

「し、深緑の騎士の方々ですね…!ご同行願います…!」

「信用ならないのも理解できる。大事が起きないよう、しっかり私たちを囲ってくれ。」

「…将軍との会談の場所へご案内します。ついてきてください!」

 

 

 雲騎軍の兵士数十人が私たちの全方位に立ち、歩き出す。景元がいる場所、神策府へと。

 

 通行人は絶えずざわめき、私たちを見る。その視線の持つ意味は人ぞれぞれであるようだが、雲騎軍が周囲を囲んでいる故に行動するまでにはいかず、見るだけにとどまっている。しかし向けられる視線の多くは、豊穣の民への憎しみではないようだ。私は驚きながらも、彼らが今日生きていることを心の中で喜ぶ。

 一般市民はただ一瞬一瞬を懸命に生きているだけで、無辜である。生涯が復讐ではない、自身を豊かにする事象に心血を注いでいけるよう、彼らを想った。

 

 兵士の一人が扉を開け、私たちに言葉をかける。

 

 

「ここが神策府になります。…会談が上手く行くことを、私個人としましては祈っています。」

「ありがとう。」

 

 

 扉が開かれ、神策府の中に入ると、景元だけでなく鏡流もいた。景元は雲騎軍の兵士たちに、通常の業務にあたるよう声をかける。雲騎軍の兵士たちは少数を残して、神策府を離れていった。

 私は、腕を組んで目を閉じている鏡流の方を見る。不思議なことに、彼女からは殺気が飛んでこなかった。景元が口を開き、柔和な笑みを浮かべる。

 

 

「お久しぶりです、狂风さん。会談に入る前に一つ、ヤリーロ-Ⅵについてのお礼を言わせて下さい。本当にありがとう…おかげで再び友の姿を見ることができ、星の安否まで知ることができた。」

「私については気にしないでくれ。ヤリーロ-Ⅵはどんどんと復興が進んでいる。その立場になれば難しいかもしれないが、是非貴方の目でその様を見てほしい。」

「ああ、いつかは見に行きたいと思う。…それでは始めよう。」

 

 

 景元は頷くと、本題に入る。羅浮と深緑の騎士の関係性についてだ。固い表情で、事務的な応答が続く。内容は豊穣の力に由来しない物品の交易、戦場で会合したとき互いを攻撃しない誓約についてだ。

 また不赦十悪について説明された。私たちは仙舟の人間ではないため、一番に関しては仙舟の外で行うならば罪に問われない。適量の欠け月の粒子であれば、天寿を全うできるだけなので、長命種に堕とすには抵触しないだろう。それ以上に寿命を延ばすならば、その人物が欠け月を摂取したことを隠し通し、仙舟に長く滞在させなければ気づかれる心配はないだろう。何故なら欠け月の力は、苦痛を伴う長命ではないからだ。

 

 

「―――ここまでは将軍としての話。ここからは個人的な取引をしたい。仙舟同盟に生きる人間には一定数、豊穣勢力に流れようとするものが現れる。かつての同胞を、何れは手にかけることになる。豊穣勢力の拡大は、仙舟同盟としても望ましくない。そのため星の破壊や略奪行為に加担しないよう、受け皿になっていただきたい。」

「私としてもそれは望ましいことだ。喜んで受けよう。」

 

 

 私が即答したことに景元は目を開き、驚いた顔を見せる。私は、仙舟同盟が巡狩の道を行く理由をよく調べた。対外的に見れば、豊穣の恩寵を受けて、それが気に入らない副作用を持っていたため逆恨みをしたという流れになる。だが豊穣の民が各々持つ長命の仕組みや技術、他の勢力との繋がりで得る技術を駆使すれば、仙舟人や持明族の長命の仕組みも解明できるかもしれない。そうすれば、仙舟同盟が復讐の道を行く必要もなくなる。他星を侵略する集団を狩るだけで済むのだ。

 これは豊穣だけでなく、巡狩の未来も繋げる話だ。復讐を終えて自壊するのではない、新たな道が拓ける。

 

 その後取引を順調に進め、羅浮と「深緑の騎士」の会談は終息する。すると、話し合いの間黙っていた鏡流が口を開く。

 

 

「狂风…面妖な狼。先の戦では、まだ決着を付けられていなかったな。…我は剣を振るうだけだ。ついてこい。」

 

 

 鏡流は殺気のこもらない凪いだ表情で言い、私は人気のない、かつて景元と手合わせをしていた場所へ向かった。

 

 

 書記のためついてきた仲間たちと景元が傍で立ち、私の目の前では冷気が立ち込める。鏡流の右手には「支離」が、左手には無から氷の剣が作られる。人知を超えた力。鏡流は冷気の刃を飛ばせど、このような武器を形作る力を持っていなかったはずだ。

 

 

「礼を言おう…白珠のうつけの命は、確かにお前の一手により残った。…狼。未熟者の弟子が感じ取ったとぬかす、信念とやらで、我を納得させてみろ。」

 

 

 氷剣が完全に形作られると、彼女の左の瞳は瞳孔まで赤く染まる。しかし彼女は狂乱に陥ることなく、理性を保ちながら私に切りかかってきた。

 

 

 私は紅鎧を瞬時に展開し、剣がこの身を通さないようにする。肉片は形を残すことはなく、私に吸収される。斧槍を薙いで、実体のある支離剣を受け止めるが、鏡流からは戦場で接敵したとき以上の素早さが出ている。紅鎧の部分的な展開は間に合っているが、もし力を得ていない状態で彼女と戦っていたら、肉体の再生が追い付かないままバラバラにされていただろう。この均衡が保てているのは奇跡的である。

 

 

「しっ!」

「く、欠け月…!」

 

 

 上段の振り降ろしを行うのは自殺行為だ。欠け月を降臨させたうえで中距離を保ち、時に紅鎧を出して鏡流から一撃を受けないよう立ち回る。鏡流側も冷気の刃を飛ばしながら、距離を詰めようと走る。

 

 ただ刃が振られる音と、互いの息遣いだけが聞こえる。数十分は経っただろうか。鏡流の氷剣が私の胸元に突き刺さる直前、私は彼女の腕に触れる寸前のところまで刃が届いていた。どちらかが動いたとき、重傷は避けられない。

 鏡流は目を細めると支離剣を降ろし、氷剣を雲散させた。左の瞳が正常に戻る。

 

 

「…お前が白珠や応星を裏切れば、我が必ずや命を奪う。」

「そんなことは起こらない。」

「では問うとしよう。歩離人の戦首、呼雷が生きて、仙舟に捕らえられている。…この事実を知って、お前はどう動く。」

「な、生きているのか…!?」

 

 

 鏡流は景元たちに聞こえないほど小さな声で言い、私を吟味するようにこちらを見る。すぐにでも切れる距離だ。

 私は驚いたが考えるまでもなかった。呼雷は古き歩離がどこまでできるか試し、そして結果を見せた。狼の未来は、彼の道では守れないのだということを。

 

 

「私は愚かな選択をしない。戦首は負けたのだ。古き歩離は未来がないことを、彼自身が証明した。だからずっと捕えられたままだ。」

「…偽りはないな。」

 

 

 鏡流は私から離れ、剣を納める。そして彼女は凪いだ表情のまま、続ける。

 

 

「これで終いだ。行け。我の剣がお前を切らぬ内にな。」

 

 

 鏡流は背を向け、再び顔を見せることはなかった。

 

 

 こうして羅浮は、我々を忌み物と分けて考え、細くも交易を結んでくれることとなった。仙府は外部の人間が多く集まるため、仙舟からヒスイノを知る商人以外の人間も増え、観光客が次第にやってくる。

 神策府に招かれたとき、雲上の五騎士とも接することができ、国交を整えるので忙しくも、時間は緩やかに過ぎていく。仙舟同盟も大規模な戦いがない時を過ごした。

 

 

――――

 

 この、戦争が終わった後の十年間は、後に雲上の五騎士の話における後日談として語られ、物語の締めくくりに使われる。その後、雲上の五騎士がどうなったか。

 それを仙舟において詳しく語れるであろう人物は、朱明の懐炎将軍に、羅浮の景元将軍、そして元剣首の鏡流だけである。

 

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