月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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招待状

 別れの日はやってくる。応星は天寿を迎える前、白珠に連れられヒスイノへ訪問しに来た。武器や機巧など、仙舟のあらゆる武具を作る職人である彼は、ヒスイノを守る「存護の壁」であったり、オムニックの製造施設に強い興味を示していた。肉体が老いても背はぴんと伸びており、瞳は私と別れる瞬間まで情熱に満ちていた。

 

 彼はやはり長命を望まなかった。私はせめて、彼が苦しまずに最期まで生きられるよう、欠け月の粒子を渡す。応星は生涯で一番の武器を作ると言い残し、ヒスイノを去っていった。

 後に白珠から聞いたが、応星は五騎士の皆と盃を交わしたあと朱明に戻り、永い眠りについたという。第二の故郷で彼は、安寧の内にあれただろうか。

 白珠は落ち込んでいたが、彼に造り直してもらった弓を持って開拓の旅を続けたいと願い、気持ちを入れ替えたようだ。

 

 雲上の五騎士のために再び鍛えた武器。それを私も今手にしている。彼からもらった斧槍「不落」と対になる形で造られた大盾「月昇」である。本来敵を切る武器に使われる光矢の余燼が、大盾の表面に使われている。加えて機巧に使われる、火を灯した絡繰りが組み込まれているようだ。

 応星はこの大盾と共に、「巡狩の矢じりに誤って撃たれないよう、この盾を送る」と一言手紙を私宛に残し、白珠に渡した。

 改めて思う。応星に出会い友好を深められたことは、私にとって強い導きであったと。

 

 白珠は応星とは反対に、欠け月の粒子を少しずつ摂り、狐族の寿命、三百歳になる直前でこちらにやってきた。

 仙舟で長年働いて得た貯蓄を使って装備を整え、狐族の寿命以上の長命を得た状態で星間を飛び回っている。白珠は私と共に交易を広めたり、訪れたことのない星に行って未知を発掘している。

 呑み込んだ欠け月は、他者へ託すことができる。彼女の精神を継ぐ者はきっといつか現れる。

 

 

 それから長らく時が過ぎた。存護の星神、クリフォトの槌が振り下ろされて琥珀2151紀に入り、十年が経過した。

 ヒスイノは商人や投資家以外にも開かれ、観光地としても徐々に知られるようになる。新たなチャンスあるところに、ピピシ人ありという言葉通り、多くのピピシ人がやってきた。

 仙舟「羅浮」からも、仙舟人や持明族、狐族の内、巡狩を信仰しきれない者、一族の未来に不安を抱いた者、魔陰の身から逃れる術を求める者などが少しずつ入り込んでくるようになった。

 

 羅浮に長命の秘密を探りに来た「薬乞い」たちも、秘密裏に情報を掴んだのか、ヒスイノへやってくるようになる。薬乞いとは、不老不死に対して飽くなき追求と執念を持つ者たちのことだ。出自はばらばらで、目的だけが共通している。彼らは、長命を求めれば拒まず応える、薬師を求めて旅をしているのだ。

 

 彼らは詳細を知らないにしても、資産家の一部で流通しているヒスイノの商品や、長命種が数多く暮らすヒスイノ自体に価値を見出したようだった。だが欠け月の粒子を得るには、相当入り口を絞っている。特に、元カンパニー所属のクネーテが考案したビジネスにおいて、欠け月の粒子はとても高額だ。

 薬乞いたちは、資産家達が財産の五割以上を削ってやっと得られる欠け月の粒子を、全財産をはたいて得ている。その後の人生は実りあるものになっているようだ。

 

 人間種は長命を手にする前の段階、健康寿命を長くした状態で大抵満足する。終わりの無い命を欲するより、自身のやりたいことを最後までやり遂げられることの方が、価値があるという。そして最期には先人の知恵・経験と共に、欠け月を託す。自身の生は無駄にならず、後世に残ることが大事であると、人間種は口をそろえて言う。

 

 十二の惑星で構成されるヒスイノは、いつしか一部の人間に「楽園」と称されるようになった。

 

 

 そのことも関係しているのだろうか。私の元へ招待状が届く。送り主は、調和の派閥に属するファミリーであった。情報データに書かれた文字列は、文字の一つ一つを別人が書いたかのような筆跡である。そこにはこう書かれていた。

 

 

『楽園を作り上げた者へ。私たちが以前、微力ながら協力させていただいたことを、覚えていらっしゃるだろうか。貴方のお力をお借りしたい。宴の星で、私たちは切磋琢磨しながら待っている。――――ご友人といらっしゃるのも大歓迎です。』

 

 

 

 昔からの親しい友人は、両手で数えられるほどに少なくなった。尊敬していた狼の義兄姉や狐族は、既に欠け月を託して世代交代をしている。そのため、このような個人に対する手紙を受け取るのは、非常に稀なことであった。

 宴の星。近年、観光客や富裕層、ヒスイノ全体における会議でも耳にする名だ。だが詳しい背景は意図的に伏せられているのか、夢のある良い噂しか聞かない。

 こういった不明瞭な事態は、友人に聞くのが一番だ。私は、欠け月を呑んで今も尚健勝のクネーテと白珠、それぞれの元へ向かった。

 

 

 居住区にて大きめの家を建てたクネーテに、まず会いに行く。しばらくすると彼女はドアを開いて、以前より少し緑がかかった瞳を笑みで細め、私を中へと入れてくれた。

 私は自身が訪問したとき用の巨大なソファに腰かけ、受け取った招待状について説明する。そして私は尋ねる。宴の星の詳細と、招待状に乗っても良いのかについて。

 

 

「ファミリーの方ですか…実に懐かしい。宴の星について、お知りになりたいのですね?…ずばり、この星は数百年前、カンパニーが所有していた監獄星です。憶質の流出口がありまして、その回収のため罪人を労働させていた、薄暗い過去のある地ですよ。」

 

 

 クネーテは自身の生まれる以前のデータアーカイブ、培ってきた豊富な知識から宴の星と呼称され始めたピノコニーについて説明を行ってくれた。

 憶質とは人の記憶と意識の媒体物質であり、高度にこれを扱えるのは記憶の派閥しかいない。憶質の回収は、その記憶の派閥、ガーデン・オブ・リコレクションとの協力関係の一環で行われていたそうだ。ピノコニーの囚人たちが独立のための戦争を起こしたとき、カンパニーとガーデン、両派閥間の契約は一つ破棄されたという。

 

 

「そのような星に、何故人が集まっているのだろうか。」

「ううん…お答えできないことですね。カンパニーの手から離れた土地ですから、わたしの知人は入り込む余地がなく…。ですのでクゥアンさん、是非見てきていただきたいです!多くの派閥が手を組んでいると聞きますし、クゥアンさんには十分利があると思いますよ!」

「謎は深いが、これも挑戦か…。ありがとうクネーテさん。いい話を持って来よう。」

 

 

 私はしばらく彼女と雑談し、家を離れる。クネーテはぴこぴこと触角を揺らして私を見送ると、端末を手に深く考え込み扉を閉めた。

 新しいビジネスを生み出し、存護の道を行く者を支援することが、琥珀の王への貢献だ。クネーテはそう結論付けたという。他星に「壁」を作るプロジェクトを支えている資産家一覧には、間違いなく彼女の名がある。

 

 

 次は白珠だ。彼女はヒスイノに所属してから、単独で船に乗って航海しては、備え付けられた小型の船か、脱出ポッドにて帰還する生活を続けている。今回は小型の船で戻ってきたようだ。休養期間に入っている白珠は、狐族が主に生活する区において、食事をとっていた。仙舟からやってきた料理人が建てた料亭にて、舌鼓を打っている。私は待ち合わせしたその料亭に入り、比較的大きめの椅子にそっと座る。兜を取り、膝に置いた。ヒスイノ内での友人との会話に兜は必要ない。

 白珠はご飯を食べ終えると、端末を取り出し惑星を見せてくる。

 

 

「狂风、今回は江戸星に行ってきましたよ!おすすめリストに入れたので、今度は一緒に向かいましょう!」

「白珠さんが気に入るなんて相当だな。私も俄然興味が湧いてきた。」

「でしょう!涯海船勝覧:その壱五にも書いて…あ、白珠とは呼ばないでください…!今は白なので…!」

 

 

 白珠は言葉を途中で止めると辺りを見回し、彼女自身の口元に指を一本立てた。白珠は欠け月を取り込んで狐族の寿命を超えている。そのため仙舟では一部を除き、天寿を迎えたと思われているのだ。ヒスイノでは白を名乗っている。ハクと読み、字を一つ抜いた形だ。

 

 彼女は自身の冒険を随筆に残し、「涯海船勝覧」として売り出している。以前書いていた「涯海星槎勝覧」に似た題名だ。この時点で正体を明かしているようなものだが、不思議と騒ぎ立てられず、ロングセラーとして多くに愛されている。

 白珠は追加できた肉料理を食べながら、私に尋ねる。私はクネーテに対してと同じように、招待状を見せた。それを見て少しむせてから、ファミリーの名を確かめ頷く。

 

 

「大丈夫か?食事が終わってから見せるべきだったな。」

「いえいえ、大丈夫です。あたしが驚きすぎただけですから!…それにしても、招待状って本当に届くんですね…。」

 

 

 白珠は再び食事を終えると、話し始めた。今ピノコニーから、星海で勢いのある実力者や志を持つ若者に対し、招待状が送られていると。それは、特徴的な模様の便箋に書かれた情報データである。白珠が見せたサンプルと、私が受け取ったデータはよく似ていた。

 白珠曰く、差出人は決まってナナシビトであるらしい。ラグウォーク・シャール・ミハイル。今は姿を消した「開拓」の象徴、星穹列車に乗っていたナナシビトの名前だ。

 白珠は恍惚とした笑みを浮かべながら、私宛の招待状を眺める。

 

 

「いいなぁ…。招待状を出した人は違っても、開拓に加われることには変わりありませんし…。」

「やはり同じナナシビトがいる星は、気になるのか。」

「はい!あたしは星穹列車に乗ったことがなくて。お話が聞けたらどんなに楽しいんでしょうか…。」

 

 

 白珠は星穹列車への憧れを口にする。私にとっては遠い過去に無くなった物という認識しかないが、白珠には手が届きそうで届かなかった存在なのだろう。

 私は白珠に招待状の文面を示しながら言う。

 

 

「白さん、この話は貴女にも同行してもらいたいがため、持ってきた。貴女の言うミハイルという人物…実際に宴の星へ行けば話す機会はあるだろう。」

「え、いいんですか!是非一緒に行かせてください!」

 

 

 瞳を輝かせる白珠に笑みを返し、私は考えこんだ。

 星穹列車が姿を消したのは、今から四百年は昔のことだ。ミハイルという人物が長命種でなければ生きていられない時間が経っている。仙舟の外にいる完全な人型の長命種には、あまり接触してこなかったので、貴重な存在になるだろう。しかしどうも引っかかる。私は、霧のごとき謎がますます深まったピノコニーに思いを馳せながら、準備を行うことを決めた。

 

 

 私個人に向けた話だったが、人員は集めた。今のヒスイノができたのは私一人の功績ではなく、皆の貢献あってのものだからだ。

 戦闘をしに行くわけではないため、白珠と想像力の豊かな人員を連れていく。ヒスイノを熟知し、製造・研究で裏から支えてくれていたオムニックの面々も人員に加える。彼らはもしものために、後進のオムニックへ自身の演算処理結果をインプットし、ついてきてくれた。

 

 研究班のオムニックたちは、本体を守るための巨大な外骨格を装備していた。その外観はスターピースカンパニーのベテラン社員・チームリーダーに似ており、社員が付ける、琥珀を模したヘルメットの部分が深緑であった。

 研究員の中でも本体が小さいオムニックは、カンパニーとの共同研究によってこの装甲を身に着けるようになったらしい。

 

 

 それぞれが人員を配分して三つの巨大船に乗る。危険な航行にならないように、改良された造物エンジンで攻守を万全にした船だ。私と白珠は同じ船に、各種族が均等に分けられる。

 

 私は進む。私がまだ見ぬ派閥との繋がりを持ち、ヒスイノを更なる発展へと導くために。

 

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