大猟群の長、戦首の呼雷が乗る巨大な獣艦に、狩りを終えた歩離の若者たちが続々と入り込んでくる。広く取られた部屋へ彼らは並ぶ。従属した器獣を連れて、狩りの高揚を残しながら。
しばらく外を見ていると、獣艦の外膜が閉じる。これで全員のようだ。千人ほどいた若者たちは、目視で数えて半分と少しほどまで数を減らしている。歩離の民の生存競争は過酷だ。特にこれは蝕月猟群における成人の儀であるため、他の猟群以上に生身の戦闘技能が必要とされる。蝕月猟群では、自身に戦闘以外の才があったとしても、最低限の戦闘能力を持っていなければ、待っているのは死のみなのである。
周囲の歩離の若者は自らの器獣を見せ合ったり、どれだけ自分が強いかを誇示し合っている。中には、狩りと平時の切り替えができていない者もおり、他者の器獣を奪うために小競り合いが発生している。だがそういったじゃれ合いは、戦首並びに古強者たちが現れたことで収まりを見せた。
若者たちは、本能的に体を強張らせたのだ。今の自分たちと古強者の間には、圧倒的な力の差がある。それを彼らは空気で感じ取った。
蝕月猟群における大きな群れのまとめ役、その一人が言葉を発する。
「貴様らよくぞ生き残り、自らの脚を得たな。貴様らは幸運だ。巣父であり、他の猟群をも率いられる呼雷様が直々に、ご視察なさったのだから。呼雷様、どうぞ。」
古強者の中でも、頭二つほど抜きん出た体躯。今までの戦首の中で最も強いとも噂される狼、呼雷が姿を現す。呼雷は、威圧感を振りまきながら私たちに言葉を投げかける。
「上から見させてもらった。貴様らはまだ子狼。その子狼にすらなれぬ犬が、多かったようだ。」
獣艦の下に目をやり、呼雷は嘆息する。そして、私たちを一人一人見つめながら、顔の片側の歯をよりむき出しにして笑う。
「こうして俺が見に来たのは、他でもない。貴様らが真の狼であるかを…俺自らが試してやるのもいい。そう思ったのだ。同じ集落のよしみだ…その生まれ持った爪を、どこまで俺に届かせられるか。」
呼雷は、並ぶ若者たちの丁度中心に立ち、爪を尖らせ巨大な曲剣を背に担ぐ。
「俺の前に立ち続けられた奴は、武器牧場の一つをくれてやろう。俺のお気に入りだ。さあ…戦士たちよ、血肉を沸き立たせろ!」
血に酔ったままの若者たちは、爪を剝きだして呼雷に飛び掛かり、それ以外の若者も月狂いに身を任せた。
戦首自らが、力を試してくれることなど滅多にない機会だ。力の体現者たる呼雷に胸を借りる思いで、私も乱戦に身を投じた。
器獣の多くは、大部屋から逃げ出そうとして内壁の近くに寄り集まっている。生きている乗り物であるそれらは、本能的に序列を理解する。自らの主よりも序列が高い相手には、攻撃を行えないのだ。奇怪な見た目のそれらが寄り集まっているのを見ると、一つの巨大な肉塊にも見える。私の器獣や、同じくらい強い器獣は主を見てはいるが、動きだせない。今この場にある武器は、自らの牙と爪のみということだ。
若者たちが、呼雷の胴に飛び掛かり、殺戮衝動のまま肉を噛みちぎろうとする。しかし、そもそもその刃が届かない。右腕を薙ぎ払われるだけで、獣艦の壁まで吹き飛び、興奮状態が怯えへと変わっていく。
戦闘のコツを掴んでいる者はただ食らい付くのではなく、どうにかして手を届かせようと、四つ足で跳ね回る。その奮闘も、戦闘不能になるまでの時間がただ少し長くなるだけであった。
「ふはははは!いいぞ、駆け回れ狼たちよ!」
私は脚部を大きく使い、機動性を維持して呼雷の懐に潜り込めるよう、周囲の観察をしながら隙を伺った。呼雷にとっては遊びに近い攻撃、雑に振るわれる四肢は、多くの歩離の民にとっては強烈な一撃になり得る。もちろん死にはしないが、受ければ戦闘不能になるだろう。
私たちは、連携など取れていない。五百人近い人数がいても、動ける数は瞬く間に減っていく。だが私たちの繰り出す稚拙な攻撃の波であっても、体で受け止めなくてはならなくなるタイミングが必ずある。私は蠅を払うように蹴散らしていく呼雷の攻撃を、必死で避けながら好機を待ち続ける。
個々、三十名ほどが全方位を囲い、バラバラのタイミングで攻撃を繰り出した。呼雷が、歩離の民さえ恐怖に陥らせるような咆哮を放ち、腕を振るう。今しかない。私は静かなる月狂いを発揮した。
全ての身体能力が上がり、瞬間的に周囲の時が留まって見える。呼雷に腕に当たって飛んでいく同胞を視界に入れながら、滑り込むようにして体勢を低くする。四肢に未だ鞘に納められた曲剣、それら全てを回避できるよう身を捻じり、呼雷の脇腹に後ろ左脚を入れる。その後すぐに呼雷から膝蹴りを腹に受け、内壁に背をぶつけた。
背骨が折れ、芯まで響く鈍痛が全身を駆け巡る。しかしその程度で足を止めれば、戦場で無様に死ぬだけだ。再生能力が背骨を治したため、動ける。痛みを無視して立ち上がり、私は再び呼雷に接近した。
先ほどの一発は、絶好の機会だった。私は後に呼雷に三発当てることができたが、掠るようなものでしかなかった。ほとんど狼たちは立ち向かう気力を失い、爪を床に突き立て荒い息を吐いている。私やごく一部の若者は、立ってこそいるが余力はもはやない。呼雷は腕を下ろし、私たちを見やる。
「狼の子らよ、よくやった。貴様らは狩猟者として、獲物で血の華を咲かせられるだろう。…そうだな、そこに立つ狼よ。名は何という。」
呼雷はある一点を向き、尋ねる。彼の視線は、私の立つ方向を貫いていた。背後には誰もいない。
私は呼雷の顔をしかと見て、聞き返した。
「私で、ございますか。呼雷様。」
「ああ、そうだ。貴様がもっともよく動いていた。特別に、武器牧場を二つくれてやる。」
呼雷は脇腹を指で示しながら言う。彼の瞳には闘争の熱が籠っていた。呼雷に名を覚えてもらえる可能性に心を震わせながら答えた。これは喜びではない。
歩離の民や狐族、猟群を構成する者たちに生を与えるため、路を離れることを切り出す。邪魔する者をねじ伏せるための力を付けることを宣言する。その故の震えだ。
昂達たちを欺き、上を目指すよりも遥かに近道で、とてつもないリスクを抱えている。だが、下について考えを押し殺し、望まない侵略を続けていれば強さは得られない。今言葉に出そうが、後々動き出そうが、結果は同じだ。
「狂风と申します。父、穿力の子です。」
「穿力…出迎えの無かった奴の子。くく…そうか、俺にこいつを見せたいがために身を隠したというわけか。狂风、貴様は狼の古訓を胸に刻んでいるか。」
呼雷は、期待を込めた表情で言った。歩離の民なら誰でも知る習わし。「狼を窮地に立たせ、進むべき道を見つけさせよ。狼に死を与え、腹を満たさせよ。安逸を貪る者、生きるべからず。鏖戦に身を投じる者、永遠に謳われん。」私の思う強さではない、戦いに命を賭す生き方だ。
これを私は諳んじた後、宣言した。
「呼雷様、これは古き習わしです。私は望んでいます…新しい歩離の姿を!私は、ただ力を持たなかった同胞たちも、戦い以外の可能性の芽があったと考えます。そうした者を、私が下に付けたい。まだ見ぬ彼らの芽が大樹となるそのとき、私は狼の盾になりましょう!」
歩離では強者こそ尊ばれ、死は弱者のものだ。究極は、侵略のためのあらゆる術を強さとみなす価値観であり、それを否定する物言いを、私はした。多くのものは、歯をむき出し私を威嚇する。古強者のほとんども吠え、殺気の渦の中心に立つこととなった。そんな中、呼雷は豪快に笑う。
「ふ、ふはははは!穿力め、とんでもない爆弾を仕込んでいたな!…狂风よ、しばらく残れ。」
「呼雷様!ですが、この者は我らの伝統に唾を吐きかけおって…」
「俺が許すと言っているのだ。もう、己の群れに戻るがいい。」
古強者の一人の言葉を一蹴し、呼雷は私を見つめる。力試しの時よりも、数段上のプレッシャーが私の体毛を逆立たせた。
若者たちは器獣に乗って、後にやってきた昂達たちと共に、獣艦を去っていった。私以外に呼雷の前に立っていた者は、後々褒美を渡されるようだ。古強者たちも、役割を果たし自らの群れへと戻っていく。彼らの多くの瞳に宿る殺気は、立ち去るその瞬間まで私を貫き続けた。
私は器獣を待たせて呼雷の背中についていき、ある部屋へと入った。内壁に施された装飾は、歯車や狐族の耳、綿毛のごとき触角など、狩った獲物の一部で構成されていた。呼雷はどかりと椅子に座り、向かいの椅子に座るよう私を促す。
「これは若い頃に身に着けていた、俺の鞭の一部だ。小物ばかりだが、あの時の狩りの喜びを今でも思い起こすことができる。…狂风、俺と貴様は違う。だが思いは似ているはずだ。」
「呼雷様と私がでしょうか。」
穏やかに呼雷は答える。雲の上の人である呼雷が、不思議なまでに私へ興味を持ったのは、腕試しの他に訳があったのだ。
「そうだ。俺は天上の星々を、狼が闊歩できる野原にしたい。何にも縛られず、自由を謳歌する歩離の姿を望んでいる。」
「私も、そう望んでいます。しかし、まだ完全ではない。私は、憎しみこそ鋭い矢じりとなって、我らを穿つのだと思っているのです。私なりの、歩離を目指したい。それが伝統と外れていたとしてもです。」
「妖弓の矢に、その信者…我らが家畜どもか。…忘れるな、狂风。力こそが道を作る。頭抜けた力を磨き…ねじ伏せるのだ。」
その後彼は昂達を抜きにして、群れを作れと私に命じた。猟群の異端を認めるには、まず大言壮語を実現しなくてはならない。出来なければ、見込み違いだと呼雷は口にする。
そして話は終わりだと言って、二つの武器牧場の座標を渡し、呼雷は部屋から私を出した。成人の儀は通過儀礼であると思っていた私は、こんなにも多くの物を得られるとは考えもしなかった。雄大な一族の長に感謝しながら、伏せていた器獣に乗り込み、私の母艦に戻った。