月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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ヤリーロ-Ⅵの復興

 星核の寒波が収まった後のヤリーロ-Ⅵは産業の回復が著しく、災害以前の技術を吸収しながらも、独自の生産技術を会得してきている。

 現在、ベロブルグ並びに開発途中の都市は「建創紀元歴」という暦が使われている。建創紀元歴は、アリサ・ランドがベロブルグを竣工したときを元年としている。これは、現大守護者アレキサンドラ・ランドによって定められたものだ。時が流れるのが最近はめっぽう早くなった。アレキサンドラは、アリサ・ランド、それに彼女の養子であった女性スベトラーナに続く、三代目の大守護者なのだ。

 

 ヒスイノは、大守護者が変わろうとも交易を止めることはない。寧ろその逆で、私は年若い統治者を先代大守護者と共に導く形を取っていた。ヒスイノに来て皆をまとめるようになってから、百年は経った。まだまだ知らないことだらけではあるが、経験だけは多くあるつもりだ。

 通信端末での間接的な交流に加えて、半年に一度の会談は徹底している。今日は丁度会談の日だ。

 

 

 私はいくらかの人員とヤリーロ-Ⅵまで高速船に乗り、ここ十数年で整備された停泊所に船を降ろす。猛吹雪はないが、ひんやりとした冷気と穏やかな春の陽気が肌を通り抜ける。この感覚を味わうことで、ヤリーロ-Ⅵに来たことを実感するのだ。

 私の巨躯はどの星に行ってもよく目立つ。シルバーメイン、ヤリーロ-Ⅵを守る兵士の集団に私は声をかけた。

 

 

「こんにちは、シルバーメインの皆さん。アレキサンドラさんの元に案内していただけないか。」

「では、私が!クリフォト城までご案内します!」

 

 

 動きのぎごちない若い兵士が槍を携えて、前を行く。他の人員はヤリーロ-Ⅵの調査と交易のために一旦別れる。

 兵士も世代交代がいつの間にか起こっていて、知らない顔が増えた。星核を取り除いてから六十年弱、随分と長く時間を共にしたのだなと、こういった多少のことでも感慨深くなる。

 改築され、私が屈まずとも通れるほどに大きくなったクリフォト城の扉をくぐる。執務室には二人の女性がおり、書類に目を通していた。シルバーメインの兵士が伝えてくれ、彼女らは顔を上げた。

 

 一人は軍帽を被った老齢の女性スベトラーナである。元々金髪であったが少しずつ色素が抜けており白金になっている。もう一人は白髪を額の真ん中で分けた、元来の利発さを醸し出す少女アレキサンドラだ。

 ベロブルグの人間は見た目の老化が遅いようで、スベトラーナは六十を越しているのに目元に小皺がある程度であり、アレキサンドラは成人しているのに幼さがまだ残っている。

 狼の顔と同じくらいヒューマンタイプの顔も見てきた私にとって、スベトラーナは星核を取り除いた後、アリサ・ランドに紹介されたときの顔立ちから、ほぼ崩れていないように見える。

 スベトラーナは軍帽を取り、頭を下げてきた。

 

 

「狂风さん、お久しぶりです。…やはり母上のようには上手く教えられませんから、アレキサンドラにご教授願います。」

「狂风おじさん、今回もお願いします!」

「二人とも対面では久しぶりだ。アレキサンドラ君、耳寄りな情報を持ってきたぞ。きっと君の作りたい教育施設に役立つはずだ。」

「ありがとう!寒波以前の大学の情報は文献が少なくて…!」

 

 

 アレキサンドラは手を叩いて、無邪気な喜びを私に見せる。

 映像記録で、彼女らの統治者としての姿を見てきたが、アリサ・ランドに似て堂々とした振る舞いであった。若いのに公私を分けられるのはすごいことだ。スベトラーナは離れたところに座り、穏やかな瞳でアレキサンドラの姿を見ていた。

 私はピノコニーにおける「折り紙大学」の資料を持ちだした。ベロブルグが必要とする分野ではないが、学術カリキュラムの基礎は整っている。その資料をアレキサンドラと見て学びながら、時間を過ごした。

 

 

 少しばかり固い話も終わり、二人の日々の暮らしを聞く。

 スベトラーナは体を動かすために裂界に赴いて、シルバーメインの兵士と共に造物を狩るのが日課であるらしい。彼女はアリサ・ランドに次代の大守護者を任される前、戍衛者として、残り続ける星核の影響を相手取っていた。一度開いた裂界は戻らない。現在のシルバーメインは、他星からの脅威に備えるためであったり、ヤリーロ-Ⅵの自治のため存在しているが、裂界内の掃討も任務に含まれている。スベトラーナは統治者の任を終えても尚、戦士として現役なのだ。

 

 アレキサンドラは日々の業務の中、才覚を活かして、ベロブルグに生きる人の繋がりをより堅固にしたり、制度を整えている。代表的なものが、「建創紀元歴」を作ったことと、地髄開拓団との協力関係を築きベロブルグの下層部を発展させたことだ。地髄というヤリーロ-Ⅵにあるエネルギーを発掘するため、地髄開拓団は存在する。寒波以前に作られたロボットや自動機兵を支援に回すことで、地髄の発掘は早くなり、体力のある若者も参加するようになった。

 統治者として適確な行動を取れるうえに、若さゆえに彼女の本質が見え隠れするため、厳格さだけでない部分にベロブルグの人間は親しみを持って彼女を支持しているようだ。アレキサンドラは民の話をするとき、いつも耳を赤くする。

 二人との雑談の中、アレキサンドラは思い出したように言葉を口にした。

 

 

「おじさんの星の方々は、ロボットに詳しいですよね?ミアシャイマーという博士が、護衛ロボットを地髄開拓団の足しにしたいと話していたのですが、性能面に問題がないか確認してほしいです。」

「画像データでは、どうにもならない部分だからな。よし、オムニックの技術者を連れていこう。その博士とはすぐ会えそうか?」

「はい、前々から話していたので午後には会えます。」

 

 

 アレキサンドラは次の会談の準備をし始めた。横からミアシャイマー博士について、スベトラーナが説明する。ベロブルグにおける機械研究の責任者であり、アリサ・ランドが存命の時から研究しているため高齢で、次代に引き継ぎを済ませたところらしい。

 地髄の開拓がベロブルグの産業発展に大きく貢献していることから、微力ながら助力をしたいと言っていたそうだ。それが彼らを護衛するためのロボットであるという。画像データから見ると、あのストリボーグによく似た人型ロボットであった。

 

 寒波以前に造られたこの型なら、私たちがアリサ・ランドから許可を得た上で回収している。部品の確認ならすぐに終わるだろう。私はヒスイノから来た仲間と合流した上で、外出を楽しむアレキサンドラと共に、ミアシャイマー博士の元に向かった。

 

 

 巨大な歯車が嚙合う、ベロブルグの建造物らしい特徴を持った研究施設にやってきた。入口に立つと、杖をついた男性が出迎える。彼がミアシャイマー博士のようだ。

 

 

「ゴホ、ゴホ…ようこそ皆さん。守護者様の盟友、狂风様も。どうぞお入りください。」

 

 

 ミアシャイマーはよぼよぼとふらつく足取りで、研究施設に入っていく。私は何とか身を小さくして、彼に続いた。

 案内された先にあったのは、藍色の装甲をした、単一のカメラアイの人型ロボットだった。自律思考型の護衛ロボット、ヒスイノでも生産が開始された型だ。

 

 

「このロボットは、スヴァローグという名前です。ゴホ…今起動させましょう。」

「…システム、起動。プロト機3号――「監督ロボット」スヴァローグ。ミアシャイマー博士に追従。」

 

 

 ミアシャイマーがそのロボット、スヴァローグに触ると赤くモノアイが光り、立ち上がった。自律思考ができる時点でオムニックに近いようだ。

 私はオムニックたちに頷くと、仲間たちはスヴァローグに近づき、機械経路の確認を行う。

 

 

「分析開始…分析結果:対象は分類情報無し。博士、集団に関する情報共有をお願いします。」

「ゲホ…ああ、スヴァローグ。彼らは大事なお客様だよ。君のメンテナンスをしてくれるのだ…ゴホッ。」

「データ更新完了。待機モードに移行。」

「博士、安静にしていた方が。」

 

 

 アレキサンドラは冷静な表情になり、大守護者としての顔でミアシャイマーに言う。首を横に振ると、ミアシャイマーは言った。

 

 

「彼には、私のデータベースを全て任せた。ゴホ…実質的な後継者だ。機械に意思が宿る…その過程を最後の研究とした。」

 

 

 彼は咳き込みながら言う。ミアシャイマーが大守護者に渡した資料に書かれている「次代」とは、スヴァローグのことだったようだ。

 ミアシャイマーはもう頭が働かなくなっているようだったが、研究者としての意志は言葉の節々から伝わってくる。若い研究者は別の分野に送り、完全な引継ぎ人はいない。だから、護衛ロボットとしてずっと付き従ってくれたスヴァローグを信頼したのだという。

 待機モードになっているスヴァローグに、ミアシャイマーは届かないほどに小さく呟く。

 

 

「スヴァローグ…君が広い世界を知れば、かけがえのないものは…きっと見つかる。」

 

 

 

 スヴァローグの故障箇所の確認とメンテナンスは無事終了した。ミアシャイマーの考えを尊重し、パーツの付け替えは行わず修理で補った。スヴァローグはアレキサンドラに引き取られ、やがて下層部に送られる。

 ヒスイノで彼の同族が多く暮らしていることから、ロボットやオムニックには情が移る。私は彼が実りある働きと出会いによって、感情モジュールを揺り動かせられるように想った。

 

 

 アレキサンドラとクリフォト城前で別れ、土産にベロブルグの特産品をもらう。アレキサンドラは、もうすっかり無邪気な表情に戻っていた。

 

 

「またお話ししに来てくださいね!次おじさんが来たときは、大学を案内します!」

「ああ、また半年後に。メッセージならいつでも送ってくれ。」

 

 

 半年そしてまた次の年、彼女が次代の大守護者を得た後も交流は続くだろう。継承される意志は変わらず、ヤリーロ-Ⅵを存護する。私もその一助になり続けられたらと思う。

 ベロブルグは、温かい琥珀の気配を常に感じさせる。その気配がほんの一瞬、私の肌を包んだような気がした。

 

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