私は、必死に今を生きる仲間たちのために、星間の支えを作り続けている。その一環として、今の私が始まった日に見せられた終焉を活用することにした。
私の脳裏には、年を追うごとに終焉の兆しがくっきりと浮かび上がってきている。以前は豊穣の恩恵を受けた者の行く末にしか目を向けられていなかったため、気づくことが出来ていなかったが、数多の惑星の最期はずっと頭の中に記憶されていたのだ。
また私は確信していることがあった。記憶されている終焉の描写は変えられずとも、それの終焉に付随する結果は変えることが出来ると。
まず呼雷についてである。私の頭に刻まれている描写は、彼が冷気の剣で貫かれ、力なく倒れ込む姿であった。歩離の民は、呼雷の死を境に勢いを無くすと告げていた。だが実際は鏡流によって捕らえられただけで、重罰を科せられているが死んではいない。そして古き歩離は縮小しているが、歩離の民自体は私の猟群で生き生きと活動できている。狼の滅びは起こる気配がない。
次に倏忽についてである。使令が死に、豊穣勢力全体が勢いを無くす様を見せられた。だが星海では豊穣の民が幅を利かせている。彼が四散し力を失う描写はそのままであったが、豊穣全体の滅びにまでは至っていない。私たちの星群だけで見れば、寧ろ勢いを増している。
つまり、この終焉の兆しに介入すれば影響を小さく出来る。脳裏にある数多の惑星の最期についても、惑星全体が滅びるという結果を曲げられるのだ。そして、滅びを回避した原住民とヒスイノを繋ぎ、失われるはずだった文明を味方にする。予言通りに事を進ませはしない。
まずは直近百年の記憶を探る。すると共通点が見えてきた。「壊滅」の使令による大規模な破壊に、「巡狩」の星神による凶矢、豊穣の民による侵略、スウォームによる蝗害、琥珀2151紀の終わり際から増える内乱による滅亡。他にも要因はあり、文明の滅亡というくくりであれば、より多くの要因が潜んでいる。
この広大な星海では、強大な力が振るわれる度に人の営みが消える。私は使令に対抗する術を探しながらも、内乱による滅亡に焦点を当てることにした。この滅亡には、人為的な企みを感じ取ったからだ。
次の百年、更に次と時を進めていく。内乱で滅びる惑星は次第に増えていく。滅びのきっかけとなる人間の姿形は全く違う。だが、呼雷や倏忽のように鮮明に姿が映し出されず、朧気な人型であることは共通していた。私は死体の山の中心で笑う人型に、じっと目を凝らす。
そして私は理解した。この人型の正体を。内乱の途中、反物質レギオンが侵略してくる描写。彼、もしくは彼女もまた「壊滅」の使令である。
私は意識を現実に戻し、白狼猟群からの情報に目を通した。まずは他勢力との繋がりと、人命の救助を両立できる方法を優先していく。ここでいう他勢力とは、仙舟「曜青」のことだ。
曜青は、白狼猟群が諜報員として多く入り込んでいる、仙舟同盟の内の一艘だ。
何故この船に白狼猟群が入っているのかというと、曜青の青丘軍にある。青丘軍における「青丘」は、歩離の民と狐族のルーツ、青丘の地に由来している。これが意味することは、青丘軍は主に狐族で構成された軍であるということだ。
軍は歩離の民が攻め落とした陥落地から奴隷を救助しているため、混血の狐族が多く、白狼猟群の人員は自然に入り込めるのだ。
私は、仙舟「曜青」の掲げる一目的に強く賛同した。全ての狐族の奴隷を解放する。これは私たちが目指す方針と合致している。曜青の、忌み物を殺し尽くすという部分は相容れないが、奴隷の解放については積極的に協力したいと考えている。そのため、白狼猟群から逐一情報を買い、曜青の航行に合わせて深緑の騎士たちを動かしているのである。
「今回も狼の群れ…。勢いは落ちても、数は増えるというわけか…。」
「おはようございます、狂风!あれ、今日は遠征ですか?」
「白珠さん、おはよう。その通りだ。」
書類の入った端末を置き準備をしていると、通路から快活な声が聞こえてくる。見ると、目の下に薄っすら隈を作った白珠が立っていた。彼女は、自身が出している書籍の新作を執筆していたようだ。私は白珠の体の疲れを取るために、一瞬だけ欠け月を降ろす。
私はここ十年で居住場所を増やしており、最近は専ら、ヒスイノの統治に必要な責任者を主に集めた、巨大建造物で生活している。ヒスイノの責任者は、自身の家とこの建物、二つの居住空間を持っているというわけである。共に暮らす人員の中には、ストリボーグや白珠も入っていた。戦闘に長けた者もこの家に入る条件にしているからだ。
疲労が消えて更に元気になった白珠に対し、私は一応尋ねる。仙舟「曜青」は、白珠の故郷でもある。羅浮には人目を忍んで遊びに行っているようだが、故郷には帰っていないはずだ。一目でも見ておきたい欲があるかもしれない。
「白珠さん、今回の遠征は曜青に助勢することになるのだが、共に行くか?徹夜明けだと、船で十分に休息が取れるか怪しいところだから、無理は禁物だが…。」
「行きます!いつ出航ですか!?」
「陽が真上から少し傾いたとき、今から5時間後になる。焦らなくて大丈夫だ。」
白珠は準備のため、風のようにその場から去った。そして1時間も経たないうちに、彼女は正装に着替えて戻ってきた。
白珠は大きく伸びをして、家の外へ出る。襟元に付けられた白い毛皮や仙舟人の服装は変わらず、深緑のヘルメットが肩から吊り下げられている。これは深緑の騎士の外骨格を改造したものだ。騎士たちの使う外骨格は補助性能が向上しており、兜には索敵機能や遠距離武器用の照準補正機能も加えられている。射手の白珠にとっても、この機能群は好評であるようだ。
時間は過ぎ、招集した深緑の騎士たちと共に、白狼猟群が教えてくれた戦場へと飛ぶ。
星海の闇に、巨大な船はあった。羅浮と比べれば、些か攻撃的な見た目の船だ。仙舟「曜青」から、小さな人影が出て行くのが見える。私は深緑の騎士に向かって狐族の救助を指示した。
「狂风、あたしは上から援護します!頑張ってきてください!」
「ああ、助かるよ。行ってくる。」
隣接させた戦闘船から白珠が真剣な顔で言う。私は頷き、下を見た。
第二次豊穣戦争の最後、私たちの介入は星海中の豊穣の民たちに新しい道を示したが、略奪を愉しむ者は見向きもしなかった。豊穣の民の在り方に疑問を抱いていた者は、自発的に集団を形成しヒスイノまでやってくる。今侵略行為を行っている勢力は、懐柔が通じない、血に酔ってしまった古い豊穣なのだ。
私は器獣から降りる前、「紅鎧」を体に纏わせ、外骨格との融合を行った。元々が生体鎧であるため、変幻自在の血肉と噛み合わせることはできる。外骨格はこの身になじむだけでなく、防御力まで完備したというわけである。紅く染まった鎧を確認し、私は飛び降りた。
戦場では、狼と青丘軍の死体が転がり、少なからず被害が出ている。呼雷ほどの実力者は、戦場にはいない。だが数の面で歩離の民側に利があるため、拮抗しているように見える。私は追い詰められている狐族の兵士の元に走り、三匹の狼の爪を受け止めた。
「あなた…!何はともあれ助かった、感謝する!」
「狐族の救助を優先してくれ。ここは私が。」
「貴様…あの裏切り者どもか!」
双方違う反応を見せ、青丘軍の女性はその場を去る。狼たちは歯茎を剥き出して威嚇し、私の体を引き裂こうと闇雲に爪を振るってきた。
「心変わりはないか?」
「舐めた口を聞きやがって…奪い食らうことこそ、狼の慣わし!」
「貴様らのような、薬師様の許しに泥を塗るクズどもは食い散らかしてもまだ足りねえ!」
「ぐうう…!硬すぎる…俺の爪がぁ!」
豊穣の星神、薬師は生が病まず、生き永らえることを望んでいる。薬師が与える長命は、欲を発散しきれないほど肉体を活性化させるものが多い。だからだろう、薬師が望んでいる姿が欲望のままに暴れまわることだと思ってしまうのは。
信仰とは厄介だ。信心深いほど凝り固まった自らの常識を疑うことが出来ない。命が尽きる瞬間になっても頑なに考えを変えないのは、自分が正しく、死んだ後考えを貫き通したことに救いがあると思っているからだ。薬師は、個々を見てはいない。ただ膨大な虚数エネルギーを持った、超常の存在にすぎない。
意思を持って考えられるのは、人間の特権だ。豊穣の本質に賛同しているのは、薬師の行いの全てを思考停止して賛美しているからではない。他者が望む物を施す行為こそ、尊ぶべき人間の在り方だと考えているからだ。健康な肉体・精神や長命を与えることは、その最も足る行いだろう。
私は言葉を紡ぎながら斧槍を振るい、完全に勝負がついた後も、憎しみの目でこちらを見る狼たちに悲哀を感じる。
「…残念だ。」
「…裏切り者を豊穣の民は許さない。薬師様もそうだ。俺たちが死んでも、次の俺たちが貴様らを殺しに行く…。」
私は彼らを置き去り、次の戦いの場所へ向かう。少しでも命をこの手で掬い取れるように。
青丘軍は弓兵を多く採用しているようで、雨のように矢じりが戦場を舞う。統率の取れた兵士たちも、数の利は容易く陣形を崩す。深緑の騎士は陣形の穴埋めをするように入り込み、狼と武器を交える。
「このままではお前ら、犬畜生のままだぞ。いいのか?」
「歩離に寄生するしか能のない羽付きごときが、俺に指図するんじゃねえ!引きちぎってやる!」
「いい動きだ!荒地じゃなく草原で狩りをしてみないか?血に塗れるより、ずっと楽しいぞ!」
「バカが、笑わせる!」
周囲から聞こえてくる声。深緑の騎士たちは可能な限り説得をしてくれているが、聞く耳を持たない。豊穣の民と言えど、個々の軋轢は根深い。また同じ種族でも、戦場では一時の協力関係しか取らない狼ばかりだ。強さを尊ぼうと、それは一方的な気持ちに過ぎない。略奪行為に手を染めている狼は、互いを信用できず滅びることになる。
船の上から、白珠や弓兵たちの矢が降り、狼たちを牽制する。私たち地上にいる部隊は、連携の取れていない狼たちを無力化し、青丘軍に任せる。狐族の奴隷は狼たちから逃れるため、青丘軍か深緑の騎士の元に駆け寄ってくる。私の元にも何人か走ってきたため、紅鎧を駆使して護衛を行った。
「私の近くにいれば安全だ。よく今日まで生き抜いた。」
「ありがとうございます、騎士長様…!」
豊穣の民全体に知れ渡った私たちの活動は、狐族の奴隷にも知られている。安心したのか、全身の力が抜けて崩れ落ちる狐族の幼子を肩に乗せ、狼たちの勢いを削いでいく。
こうして狐族の奴隷たちは、青丘軍か深緑の騎士どちらについていくかを自身で選択し、二分されていった。
狼の群れの一部が隙をついて撤退し、あの群れの狐族の奴隷を全て解放し終えた。少数の無理やりに戦場に連れて来られていた狼も船に乗せ、私は深緑の騎士に戻ることを促す。
「ねえ、でかいの。ちょっと待ってよ。」
「うん…なんだろうか。」
私が地面を見下ろすと、そこには弓を右手に持った白髪の狐族が立っている。名前は知らないが、彼女は曜青の将軍だ。曜青では将軍自ら戦場で指揮を取るらしく、戦場での一時的な協力を繰り返した結果、彼女とは顔見知りになっている。
彼女は空の容器を取り出し、私の手に置く。それは何度目かの介入の際、将軍に渡した欠け月の粒子を入れた容器だった。曜青の将軍はこれを捨てられず、月狂いで体が裂け死にかけていたとき、飲んでしまったと悔しそうに言葉をこぼした。
「でも、この「処方箋」…悪影響はないし役に立ったわ。あんたのおかげで長く戦えそう。ありがとう。」
「よかった。病に苦しまず、長らえてくれ。」
狐族は月狂いに耐えられるほど、肉体強度がない。再生力を補いさえすれば、月狂いの病に怯えることも無くなるのだ。混血の狐族に欠け月の粒子を使ってもらうことで、また一つ、私の無念は晴らされていく。
曜青とは、戦場で分かり合うことが出来た。仙舟の復讐の旅路を、私たちと、戦いを望まない豊穣の勢力の前で止まらせてみせる。奪い殺すことや長命の苦しみが豊穣の本質ではないということを、理解してもらう日まで私たちは介入を続ける。