月に狂えど血に酔わず、異端の狼   作:棘棘生命

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新しき持明族

 仙舟「羅浮」からは、景元と会談を行った時から少しずつ、仙舟人や狐族、持明族の三種族がヒスイノに入ってきている。同じ方向を見て歩める仲間であれば、大歓迎だ。

 中でも特異なのは、持明族だ。仙舟人や狐族は豊穣の力を受けているが、持明族は「不朽」の星神から啓示を受けた存在である。

 

 カンパニーの有識者や、ヒスイノにおける星神の探究者によれば、「不朽」の龍は最も古い星神であり、既に姿を隠しているという。不朽の性質から、彼らは人数を増やせない。そのため一族の行く末に絶望し、生命の繁栄を求めて豊穣勢力に加わるのだ。

 不朽の性質は、繁殖や豊穣に被った部分がある。ならば私たちが解析した豊穣の力を使って、絶望から救い出せるかもしれない。ヒスイノの研究は進み、持明族の肉体分析を行った上で、解決策を考え抜いた。

 

 

 まず持明族には他の種族にはある器官が存在しない。500年から700年ほどの寿命を迎えそうになった時、巨大な卵に戻り、外見のよく似た別人へと転生する。この卵こそが、子孫を残す方法なのだ。この時点で、彼らの体から細胞を得てクローンを作ろうとする計画は止まった。

 

 持明族たちも方法を探し続けていたという。こちらに移住してきた、龍師という階級の持明族が言っていたが、丹楓のような持明族の長、龍尊だけが使える「龍化妙法」こそが一族を救う方法になりえるそうだ。

 詳しく聞くと、第二次豊穣戦争の後、丹楓が龍師たちの言葉でそれを実行しようとしていたらしい。龍化妙法を行う上で使う予定だった材料は、倏忽の血肉と狐族の髪や血であったそうだ。狐族も豊穣の力を受けており、その上で使令の強すぎる豊穣の力も用いるとなると、生まれ出る龍が暴走する可能性がある。計画が頓挫して良かったと、心から思った。

 

 

 私とヒスイノの研究者、そして持明族たちは席を囲み、話し合いを始める。ようやく持明族に対して解決策を提示できそうであったからだ。

 持明族の中でも長く生きている一人の男性が、震える声で言う。

 

 

「我らの悲願が叶うと…誠か?」

「ええ、共に歩む仲間をずっと苦しませるのはごめんですから。具体的な話に移る前に…皆さん、まずはこれをご覧ください。」

 

 

 豊穣の恩恵について、ヒスイノの研究者は欠け月の他にも並べる。羅浮にある建木と同じように、不死を得られる樹木に付けられた果実の欠片。造翼者の住処であった「穹桑」に似た場所の跡に残された小さな苗木。生体星宿から取った、赤い生きた石。破壊された豊穣の名残であり、どれも巡狩の星神に目を付けられない程度に、小さく分けられている。

 持明族たちはこれらが何なのか理解すると、身を縮ませる者や反対に妖しく目を輝かせる者もいた。

 

 

「仙舟にいたら極刑だぞ…なんと恐ろしい…。」

「ああ、豊穣の力さえあれば…夢にまで見た…。」

「あなた方には、豊穣の力を薄めた…こちらを使っていただきます。」

 

 

 研究者に指示し、私が次に見せたものは巨大な球体である。中には赤い液体が入っており、外側には黄色い樹が飛び出している。この球体で行うことは一度止まったクローン計画に近い。中身は赤泉の成分を模倣した物質、長命種の血液と欠け月の粒子の三つである。赤泉は生物の血液に反応するため入れられている。

 造翼者の住処であった樹の枝には世界を跳躍する力があり、その仕組みを解析した結果、小さい枝でも肉体を移動させることが出来た。そしてこの枝における跳躍において、一瞬だけ体がぶれ、二つに分離するタイミングがあったのだ。その一瞬を引き延ばし、豊穣の力で肉体を修復することで、増えることが出来る。

 これは血鼠や動物で実験済みだ。巨大動物の卵でも実験したが、無事健康な雛が生まれ、寿命まで生きている。持明族の卵には白身があるだろうが、もし複製の過程で壊れそうになっても豊穣の力の修復で同じ量まで戻すことが出来るだろう。

 

 つまり持明族が卵に孵る以前に、この球体を抱えてもらえば、本来の卵ができる際もう一つの卵が球体の中に入り、合計二つできることになる。個として始まる瞬間ならば、自身のアイデンティティに苦しむこともない。

 

 私はこの球体の仕組みについてと、数千回実験を行い、再現性のある結果が得られていることを持明族に向かって説明する。持明族は唸り、この計画に賛同する者と様子見をする者で分かれる。

 

 

「わ、我は乗った!そろそろ脱鱗が近い…一族のためならば、例え後世が無くとも…可能性に賭けよう!」

「くっ、私は意気地なしだ…。」

「私も…一族のため、乗らせてもらう!…まだお前には四百年はある。気負うな。」

 

 

 器獣や動物のみでの実験であるため、持明族は不安が強いようだ。私は欠け月の粒子を取り出し、治癒力を高めることを提案する。

 

 

「この量では寿命は伸ばせませんが、もしもの時の保険にはなります。脱鱗される際は、これを飲んでください。」

「ああ、分かった。策を練ってくれるだけでも有難いことだ…本当に感謝する。」

 

 

 私は、計画に賛同した十人の持明族に時が来たら、球体を抱えてもらうようにした。十二あるヒスイノの内ヒスイノ-Ⅵには、持明族の故郷を模した空間が建造されている。海洋惑星の幻想的な環境だ。卵に戻るのは、そこで行われることになるだろう。

 

 話し合いから丁度半年。彼らは脱鱗を行うための準備を終えた。

 

 

 ヒスイノ-Ⅵ。持明族とヒスイノの民が共存する星。

 私と、十二人の深緑の騎士、そしてヒスイノにやってきた持明族の全員が集まっていた。

 

 貌には皺一つないが、私よりも何百年長く生きてきた十人の持明族。彼らは水に足を漬けると欠け月の粒子を呑み込んだ。種族の未来に絶望し、以前ヒスイノに来たばかりのときは淀んだ瞳をしていた彼らは今、使命に燃え覇気に満ちた表情をしていた。

 一人の男性が先んじて巨大な球体を抱えるようにして、蹲る。そして卵になる瞬間に、黄色い枝を腹に押し当てた。こぽこぽと音が鳴り、赤い液体の中に卵が浮かぶ。球体の表面は解けて枝に絡まり、その場には二つの卵が残された。

 

 

「龍師!やったぞ!やっと我らの悲願が達成されたっ…!」

「まだ分からん。儂やあの龍師がきちんと生まれ出でるか、しかと見届けてくれ。」

 

 

 持明族の女性が、まだ年若い少年に手を置き、その後脱鱗する。卵は二つ。その後にきちんと手順を踏んだ八人も、二つの卵になっていた。

 少し小さいだけで、卵の見た目は変わらないように見える。残された持明族たちが泣いて歓喜する様を横目で眺めながら、考える。卵が孵るまでは警戒を怠ってはならない。

 

 

――――――――

 

 一族の同志たちが卵になり、時が経った。勇気ある偉大な先人が生まれ出ることを待ち望み、卵の観察を一日も欠かしたことはない。一対の卵は、一方が普遍的な色合いをしており、もう一方は全体的に赤みがかっている。紅い卵からは何が生まれてきてしまうのだろうか。

 

 卵が動くたびに緊張は走るが、ヒスイノの騎士たちが有事のときのため、我らの護衛を行ってくれている。いざというときは赤くない方の卵を守ってもらうことになっている。

 我は観察記録を付けながら、横にいる深緑の騎士に話しかける。彼女は人間種だ。星飼いと呼ばれていて、山のように大きな狼の主から長命を授かる許可を得ている。

 

 

「騎士殿、我の同志はいつ生まれてくるだろうか…。待ち遠しくて仕方がない。」

「私は存じませんが、早く生まれて来れると良いですね。赤泉は利しかない豊穣の力をもっていますんで、成長促進は間違いなしなはずですが…。」

 

 

 騎士の彼女は口を閉じる。卵に変化が見えたからだろう。

 卵がぴくりと動き、その後激しく動き始める。白身の部分も随分となくなり、影がくっきりと見える。卵の中では幼子が手足を動かしていた。

 

 

「ああ!そこの…ルーペ!受け止める道具を持ってきてください!」

「了解した!」

 

 

 騎士が他の騎士に対し、協力を要請してくれた。我は水にまで浸かり、手を差し出す。すると勢い良く動く卵の殻が割れ、泣きわめく赤子が出てきた。

 

 

「ああ、良かった…。しっかり生まれてくれた…師範。」

 

 

 我が安堵していると、横の赤みがかった卵も激しく動き始める。騎士がこちらにやってきて卵を囲む。ぱきりと割れて出てきたのは、奇妙な赤子であった。

 

 

「尻尾が、生えている…?」

 

 

 騎士たちが羽毛で包むと、その赤子は泣き始める。生まれたばかりでは顔の判別は出来ない。しかし赤子の顔を見比べてみると、我の師範に風貌は似ているがはっきりと違っていた。

 だが、そのような違いは我にとっては関係ない。どちらも大事な一族の仲間だ。我は後ろからやってくる同胞に、赤子らを抱かせた。

 

――――――――――

 

 長きに渡った試みは、無事終わった。

 持明族からの報告では、龍の尾が生えた赤子は赤みがかった卵からのみ生まれ、生えてきた髪は一様に色素が薄かったという。十つの卵の内、五つからこの特徴を持った子が生まれたそうだ。

 それに齢を重ねると、木の枝のごとき角が額から生えてきたという。

 

 普遍的な持明族には、角は無く尾も生えない。「重淵の珠」と「龍化妙法」を受け継いだ、龍尊のみが龍の特徴が表に出るそうだ。そのため、一般的な持明族は尖った耳だけが、人間種との区別を付ける判断材料になる。

 角の形状は従来の龍尊から生えるものとは違って細く、また尻尾も狐族や狼に似た体毛が混じっている。龍の混種と呼ぶのが適切だろうか。だが生まれ出た幼子の身体的特徴は正に龍であり、ヒスイノにやってきた持明族は、龍の面影を喜んでいるようだ。

 持明族たちは言う。これも一族の未来の一つだと。

 

 新たに生まれた二十人の子が育てられている写真を見て、私も顔がほころぶ。持明族たちの顔から、鬼気迫る表情が抜け落ちており、ただ今を楽しんでいるのが感じ取れたからだ。

 

 より安全に種を増やせるよう、私は球体、疑似卵の開発を推し進めることにした。彼らが滅びの道を辿らず、共に私たちと歩むことができるように。

 

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