存護の星神、クリフォトの槌が再び振り下ろされ、琥珀2152紀が始まった。幻のように民衆に隠れ潜む、壊滅の使令の動きが活発化する頃だ。数多の星が滅びる前に一手を打ち、反物質レギオンの軍勢も退けてみせる。
まず私は終焉の記憶を呼び覚まし、惑星の環境や特産品などを滅びた世界の描写から読み取ろうとした。だがオムニックであっても、思い浮かべた情景という不確かな情報を出力することはできない。そして私は絵画を描けるほどの技量はないため、記憶の出力を行うにはどうすれば良いかを考える。
その解はすぐに出た。ガーデンオブリコレクションほど、記憶の保存を適確に行える派閥はない。私はスターピースカンパニーの広く深い情報から、メモキーパーとはどのようにすれば会合できるのかを調査することにした。
カンパニーの中でも、初めて出会った時クネーテの傍にいた元部下は信用できる。私は、現在P40まで昇進した社員の一人に対してコンタクトを図った。彼、李叡は元仙舟人であり、カンパニーに入れば仙舟にいるよりも見識が広がることに期待して入社したそうだ。仙舟もクリフォトを信仰していた時期があったと聞く。仙舟とカンパニーの間には少なからず縁があるのだろう。
現在はヒスイノの事業と半々で、ガーデンとの協力事業を担当している。戦略投資部から業務強化部に異動してまで、自身の行いたいビジネスを貫いている。ここまでうってつけの人材はいない。
李叡は、私が望んだ時間通りに来てくれた。以前彼は琥珀の仮面を付けていたが、その精悍な顔立ちを露出させている。端末越しでもいいのだが、秘密裏に進めたい計画については、信用できる人間と対面で話したい。
「クゥアンさん、お待ちいただいて申し訳ございません!」
「いえ、時間通りですので、かしこまらないでください。早速本題に入りたいので、こちらの部屋にお入りいただければ。」
「はい、失礼します。…私に答えられる範囲であれば、何でもお聞きください。」
声のトーンを落とし、李叡は言う。私はドアを閉めると、話を始める。彼を呼んだわけは立場によるものだということ、私の目的についてを。
「――私の中の記憶を表在化し、画像や映像記録のように見られるようにしたいという目的がありまして。そういった技術を持っているメモキーパーの方をご紹介願いたいのです。」
「はあ、なるほど…。メモキーパーの方々は、自身の肉体を捨ててミーム生命体になっていらっしゃいますからね。コンタクトを取るには少しお時間をいただけたらと。」
李叡は端末を動かし、交渉事を行っている人員の名簿のような一覧を見る。そして彼はこちらに尋ねてくる。
「それと…メモキーパーの方は、だいぶ偏った性格をしていますので、知的好奇心を満たせる記憶に飛びつきます。信頼できる方をご紹介するつもりですが…クゥアンさん、何を彼らに見せるおつもりで?」
「…まだ存在しない事象、その記憶になります。ですから、メモキーパーの方が興味を持つかは。」
私は逡巡したが、この情報は彼が声をかけるメモキーパーを決める判断材料になると考えた。私の言葉に、こちらを見ながらも端末を操作する彼の手が止まる。眉間に皺を寄せ、私の言葉に冗談が入っているかを読み解こうとしているようだ。
彼が私の発言を笑い飛ばさない部分に、ビジネスパートナーとしての信頼がさらに深まった。やはり、よく顔を知った人物で長らく友好的なビジネスを行った相手となると、甘くなってしまうところが私の欠点だ。
私は続ける。終焉の予言を捻じ曲げる。そのための計画の段取りを。
終焉の描写については、前琥珀紀に信頼できる者やヒスイノの探究者に話したのみである。実証できないため話半分ではあったが、探究者たちは俯瞰した視点で理解を示してくれた。
頷きながら李叡は私の言葉を咀嚼するように聞き、しばらく考えてから返した。
「…分かりました。その言葉が真ならば…ガーデンに所属しながらも、別の派閥にも属する女性を紹介しましょう。」
李叡は真剣な面持ちで頷き、端末をしまい込む。端末の電源が落とされる直前、彼の言う人物とコンタクトを素早く取っていた。
「お急ぎですよね。すぐに動きましょう。彼女が到着した時、私からご連絡させていただきますので、ご準備をお願いします。」
李叡は、ミーム生命体に関する説明を行った。彼らは肉体を捨てているため、食事をとる必要もなく神出鬼没であり、どこにいるか連絡手段がない場合判断できない。そして星の文明から記憶を回収するとき、それは秘密裏に行われる。そして個人の記憶を取引する際は目の前に現れるらしいが、肉体を復元したのではなく、取引相手の脳内に描かせた虚像であるという。
そして李叡が紹介してくれる人物は、彼の存護の理念に重なる部分のあるメモキーパーだという。彼女はメモキーパーになる前、終焉を観測した。その後、終焉の派閥「厄災前衛」に加わった。私はここで思い出した。ヒスイノの探究者たちが言った、星海に散らばる大小さまざまな派閥の中の一つであることを。
厄災前衛は「終焉」の星神、テルミヌスこそが宇宙の終末だと信じる集団だ。彼らはテルミヌスの予言を読み解くために動いているが、その集団の中でもメモキーパーを兼任する彼女は行動力に優れているという。
彼女はある結論に辿り着いた。記憶こそが不朽であり、終焉から免れるための手段だと。様々な惑星が終焉から逃れる術を探し回っているらしく、確かにそれは存護の精神に被った部分がある。
「…可能な限り、カンパニーとしても援助いたします。滅びた世界から憶質を回収するより、事前に防ぐことの方が間違いなく良い。協力体制についても、後々話し合いましょう。」
李叡は新しいビジネスの芽を撒いて立ち去り、彼女の名を残す。カンパニーと、メモキーパーを絡めた協力体制。これもヒスイノが進むために舗装できる道だ。
一月後。李叡の行動は早く、メッセージが届く。今日の午後に到着する旨と、協力者の場所について。既に私のいる空間まで、ミーム生命体の彼女は入り込んでいるらしい。私が瞬きすると、見覚えのない女性が目の前に立っている。白いフードを頭から被った、淡い紫髪の女性だ。右手には、記憶域ミームのごとき青紫色の宝石の仮面が持たれている。身体的特徴は人間種そのものだ。
「ごきげんよう、クゥアンさん。李叡さんからご紹介いただいたメモキーパーです。ヘッジングと気軽にお呼びくださいませ。」
「狂风です。よろしくお願いします、ヘッジングさん。」
私は彼女に向かって手を差し出し、形だけの握手をする。触れることは出来ないのが不思議だ。他の人間には見えないなら、私は今虚空に向かって話しかけ、手を差し出しているのだろうか。
くすくすとヘッジングは笑い、言葉を紡ぐ。彼女の視線は、こちらの頭の中を見るような少し不気味なものであった。
「タメでいいですよ。わたくしたち…長い付き合いになりそうですから。」
しばらく雑談をする。彼女はメモキーパーとして動きながらも、記憶の収拾範囲については自由に決めているらしい。彼女にとって記憶とは終焉に抗うための手段であり、生涯をかけるほど至上の物ではないようだ。それにしては彼女の様子は、高ぶっているように見える。
ヘッジングは李叡から詳しく話を聞いているようで、あの一瞬で、私の中にある滅びの記憶を探し当てたらしい。私の中の記憶は、ヘッジングが長らく求めていた宝の山だそうだ。彼女は外見相応の、年頃の少女のように喜んでいる。
「クゥアンさん。会って間もないですけれど、あなたの中をもっと見たい気持ちでいっぱいですわ。今まであなたがしてきたこともとても興味があります。お邪魔はしないですから、あなたの近くで記憶をもっと見させてくださいませんか?」
「私に損失が無ければ問題ないのだが、記憶を覗いて収集されることで失うものはあるだろうか?」
「いいえ!記憶を奪うなんてこと、いたしませんわ!見て映写するだけですもの、メモスナッチャーのような真似はしません!」
ヘッジングが勢い良く否定するため、私は彼女のしたいことを許した。その後、私の執務室に自分用の記憶域を作りたいと言ったため、それも許した。協力関係を無償で築くわけにはいかないし、彼女の技量が本物であることを理解したからだ。試しに記憶の画像化を行ってもらったが、実際に私が体験した記憶がそこには映し出されていたのである。
そのため、現在部屋の隅には、割れた姿見鏡のようなものが立てかけられている。
そして、一旦打ち解けた後。私は早速、目的を果たしてもらうことにした。
彼女は記憶の投影を行い、端末の画面に、実際に現地で撮ってきたかのような画像を作り上げて表示させる。そしてヘッジングが持っていた「記憶」についての画像も。建造物の構造からして一致している。同じ星だ。
「この星には訪問したことがありますわ。クゥアンさんの記憶では火の海になっているけれど、今も繁栄し続けている世界でございます。こんなにも鮮明な「予言」は初めて見ました…。」
「これは一年以内に起こされる滅亡だ。ヘッジングさん、この星の位置について知っておられるか?」
「わたくしたちは、星間距離を無視して渡り歩いています。このヒスイノ-Ⅱからどのくらい離れているか…。」
ヘッジングは言葉を濁し、考えを巡らせる。建造物の構造からしておそらく、私たち深緑の騎士が降り立っていない星だ。ならば、天体情報を持っているカンパニーの人間に任せるべきだろう。
「なるほど…そうか。李叡さんが来るまで待とう。それまで、記憶の投影を続けてもらえないか?」
「もちろんですわ。それではクゥアンさん、意識を集中してくださいませ…。」
私は目を瞑り、脳裏に焼き付いた滅びの記憶を深層意識から呼び起こす。記憶を辿る旅路には、横にヘッジングが付き添い、メモキーパーとしての技術力を行使して瞬間瞬間を映していく。滅びの記憶は私が考えていたよりも綿密に絡まり合っており、一つの情報として脳内で整理されるまでに時間がかかる空間が多数あった。
時はあっという間に過ぎ、私の執務室に深緑の騎士が、訪問者である李叡とその部下を連れてくるまで続いた。
李叡と彼の部下は、メモキーパーと交易をしているため、頭の中でガーデンやメモキーパーとの接続がなされているらしく、ヘッジングの姿を視認していた。李叡は挨拶を私たちにした後、深緑の騎士によって扉が閉められてから話し始める。
「ここに連れてきた部下は、信頼できる者です。情報を漏らすことはあり得ません。…それでお二人とも。記憶の画像化はできましたか。」
「ええ、できましたわ。彼が李叡さんに話したことは真です。明らかに彼の歩んできた道とは違う場所に、記憶が保管されていました。そして、わたくしが訪問した星といくつか被っていました。クゥアンさん、李叡さんにお見せしてもよろしいですわね?」
「ああ。李叡さん、私の記憶です。確認していただけますか。」
李叡が部下を入口付近でとどめ、端末の画像群を確認する。カンパニーの中でも昇級した社員として、彼は様々な星に訪問しているはずだ。知っている星がいくつもあったらしく、目を見開いている。
私は時系列の順に説明していく。
「すさまじい鮮明さだ…。クゥアンさん、あなたが言っていた起こるかもしれない記憶。妄想では説明がつかない…。」
後ろのカンパニー社員たちは小さく言葉を交わしている。狼の聴覚で入ってくるその会話内容は、李叡に信頼を置いていることが明確であった。
李叡は口元に拳を当て、決断を下す。
「…この画像群にある文明の調査に協力します。幸い貴方の記憶の中における、最初の滅亡が起こる星…これには私も心当たりがあります。天体情報をお渡ししましょう。」
「よろしくお願いします。騎士たちへの伝達は済ませておきます。」
私たち三人は新しい協力関係のため、それぞれ共通の条文にサインを行い、終焉を回避するためのプロジェクトの雛型を作り上げた。まだ私たちだけだが、救える惑星を増やすために各派閥の協力者は増えることだろう。
ヘッジングは言う。間違いなく厄災前衛の人員は協力を申し出てくれると。そしてメモキーパーの中にも、変わり者だが信頼のおける人間はいると彼女は言った。
大多数は、無辜の人命が失われることを望まない。人間の繁栄のために、私は全力を尽くす。
幻のごとき「壊滅」に対し、強力な一手を打つため、私は深緑の騎士を招集した。内部分裂を狙い、最終的に反物質レギオンを使って破滅の道へと向かわせる壊滅の使令に対し、私たちはどこまでやれるか。これからわかる。
「深緑の騎士、同胞たちよ!ヒスイノの星間交易において、大きな障害物となる「壊滅」が現れた!それは、今も他の惑星の影で、暗躍を続けている。私たちの力で表在化した混乱を止め、やってくるレギオンを潰し、少しでも人命を救おう!」
かけ声の後、私たちは器獣に乗り戦闘に赴く。ヒスイノから離れてはいるが、高速化された器獣であれば三日もかからない。穹桑に似た世界から採取された枝の分析が進み、その仕組みを応用することで、器獣の高速化が進んだのだ。仙舟で使われる星槎と器獣は、広く見れば技術的に近しいところにある。また「枝」の培養は、星槎の改良に通ずる部分がある。
仙舟からの職人も入ってきているため、技術の融合が進んでいるのだ。兵器と移動手段の要素を併せ持った究極の船を作ると、ヒスイノの研究者は意気込んでいる。
短期的なワープを繰り返し、ついに目的の星に辿り着く。内乱が既に起こり、星の中では二つに分かたれた陣営が争っている。だが、内乱は始まったばかりのようだ。
私は、オムニックたちの高速分析にて人の群れを確認してもらい、紛れ込んでいる目的の人物を識別してもらった。記憶の中で靄がかっていた人物だ。私は深緑の騎士たちに人命の救助を指示すると、その人型に向かって跳んだ。
「✕✕様のため!」
「何を!✕✕様のお考えに沿っているのは、我々だ!異教徒め!」
内乱の原因は、信仰の矛盾によるもののようだ。白と黒の鎧で分かれており、白鎧の陣営にそれはいた。煌びやかな服装をしながら、その瞳は虚ろであり、戦乱の様子を嬉しそうに眺めている。
「ほほほ、虫けらよ…存分に潰し合うがいい。」
「見つけたぞ…。」
「なんだ、お主は。」
私は目を細め、女性の肉体から炎のようなエネルギーが出ているのを視認する。この状態には覚えがある。白珠が第二次豊穣戦争前に得ていた歳陽の力に瓜二つだ。エネルギー体に対し、攻撃の術があるか。私は紅鎧を顕現させ、斧槍を振るう。拘束するためだ。女性は戦闘に従事しているわけではないのに、身のこなしが軽やかであったが、紅い人型によって四肢の自由を奪われる。
「…壊滅の使令よ、肉体から離れろ!」
「余興を楽しんでいたら、とんだ邪魔が入った。この場は任せるとしよう…。」
その使令は終始気怠そうな様子で虚空を見上げ、女性の肉体を破壊しつくしてからエネルギー体に戻り消えた。肉塊となった女性を見て悔やむも、上空からレギオンの大群が出現し攻撃してくるのを見て、思考を切り替える。
私は紅鎧をこの星の兵士の近くに置いて守り、反物質レギオンに向かって突き進んだ。
戦場では、第三者として介入した深緑の騎士にレギオンから守られる原住民の姿が見える。白と黒の鎧の兵士たちは、両者で争っている場合ではないことに気が付き始めたようだ。市民の避難や、レギオンへの対抗を三者一緒に行っている。
私はすれ違いざまにヴォイドレンジャーを切り、それらが崩れていく様を見て疑問を感じた。
「なんだ…?手応えがない…。」
日々の鍛錬と、得た力によってレギオンの軍勢は脅威ではなくなってはいるが、切っている感触がない。遠征中、斧槍で触れた程度で消えていくヴォイドレンジャーはいなかった。私は疑問に思いながらも、殲滅のため奔走した。
出現したヴォイドレンジャーたちは確かに大群であったが、深緑の騎士たちで難なく撃破できる量だった。この星の文明は、宇宙進出ができるようになった後カンパニーが押し上げたものらしく、武器はヴォイドレンジャーに対抗できるレベルに達していなかったようだ。つまり使令は文明レベルに合わせ、軍を集めているのだ。
内乱の後処理をカンパニーが援助し、惑星は一旦の平穏を見せる。
私は、「壊滅」の使令をより一層危険視した。惑星全体を混乱させる巧妙な策。それを打ち崩すためには、深い派閥間の繋がりが必要だ。私は力を持ち、勢いのある他勢力を見つけるためにも星間を隈なく巡る。