クリフォトの槌が三度振り下ろされた。歩離の民の一生より長い時間だ。終焉に抗うための勢力は、長い年月をかけることで増強されてきている。
まず厄災前衛における、惑星ごとの滅亡に目を向ける者たちが加わり、次に「壊滅」の使令による被害が減ることに利益を見出した、スターピースカンパニーの一部が加わった。カンパニーとの協力が活発になったことから、カンパニーにある技術開発部や、共生関係にある「博識学会」との技術交流も行われるようになった。
博識学会は「知恵」の道を行く研究者の集まりだ。派閥内では様々な学派が時に協力し、ぶつかり合いながら技術の向上を目指している。知恵の星神、ヌースから一瞥を受けた者はこの組織内にはいないが、細分化された知識の共有は有用なものが多い。また博識学会は、第二次豊穣戦争の始まりから仙舟同盟と協定を結んでおり、過去の豊穣の民が侵略し破壊した惑星の修復を行っている。
ヒスイノも博識学会の協力者としてそれに加わり、開拓を進めている。共に修復作業を行うことで、仙舟全体の認識も緩和され、若干中立から協調よりに変わってきた。
そして派閥を形成しているわけではないが、これまでヒスイノと協力してきた惑星や、壊滅の魔の手から辛うじて逃せた惑星が、この勢力に加わってくれている。
救い出せた惑星には、再び反物質レギオンが侵略してこないよう、深緑の騎士を配置していった。中にはカンパニーの庇護下に入るか、ヒスイノに帰属する惑星も出てきている。私たちと共存することを選んだ惑星は、元々の名称の後に俗称としてヒスイノの名を入れ、協力の証として存護の壁の建設がなされていく。
絶滅大君と呼ばれている壊滅の使令は計七人おり、私たちはその内一人の影響を減らすために動いている状況だ。使令の歳陽は、最初の一回のように拘束されてはくれず、有り余る「壊滅」の力によって、憑依した人間の体を破壊し消滅させてからその場を去る。いたちごっこの状況ではあるが、完全な破壊を防いでいる分、惑星の終焉は訪れていない。だが他の、分かりやすく力を行使する脅威に、私たちは無力である。
星神から直接力を分け与えられた存在に対し、私たちは豊穣の力や集合知、神々の一瞥こそあれ、凡庸な人間の集まりだ。この絶対的な差を埋めるには、人でなくなるか、天賦の才を持つ人間を加える必要があるという結論に達する。
この結論は、今ある勢力だけではどうすることもできないという思考停止であり、無策に近い。だが、私が繋げた星間と派閥の繋がりが奇跡的な結果を生んだ。
二つの出来事によって、私の望みは叶えられる。その一つは、カンパニーの技術開発部からの打診にあった。
私は朝が来た瞬間に起き上がり、執務室へと向かう。狼は元々豊穣の恩恵を受けているが、喰らった倏忽の血肉によって疲労感は存在しなくなっている。
私が行うのは主に三つである。
一つ目は勢力「抗う者」を責任者と共にまとめ、実際に滅亡の未来が描写された惑星へ向かうことだ。レギオン討伐やスウォーム狩りの規模が拡大したという認識である。
また星海では破壊活動が絶えず起こっているが、使令による災厄は毎日のように起こるわけではない。「抗う者」は、アナイアレイトギャングの暴虐やスウォームの増殖にも目を向けている。知恵以外の星神から一瞥を受けた運命の行人が複数在籍しており、分散してそれぞれ破壊活動を止めるために介入している。
二つ目は星間を巡り、新天地や既存の取引先と交易を行うことになる。これはヒスイノ単体の行動であり、開拓の道に目覚めたヒスイノの民や白珠と交易ルートを模索している。
そして三つ目は、帰属した惑星も含めた巨大なヒスイノ内をまとめ上げ、ヒスイノの統治者として外部の動向を探り続けることだ。
すっかり執務室の住人となったヘッジングに挨拶して、行うべきことに注力する。彼女は、週に二回この執務室に来て私の記憶を覗いたり、勢力をまとめ上げるための書類の整理をしてくれたりしている。ミーム生命体は全ての人に姿が見えるわけではないため、口がかたいのだと彼女から力説された結果、絶対に情報を漏らさないことを条件に協力してもらっている。
彼女がメモキーパーとして動くのは「抗う者」としての協力のためが主だが、個人的な趣味によるものもある。統治者としての日常は、日々を平穏に暮らす一般市民より緻密であると、ヘッジングは好んでいるようだ。
受け取った報告書を確認していると、ある情報データに目がいった。それはカンパニーの技術開発部から、研究施設として使える惑星をヒスイノから出してもらえないかという打診であった。存護の精神を共にする同志だからこそ頼みたいと、熱烈な言葉まで付け加えられている。
背景として、技術開発部の中の更に細分化された部署が、プロジェクトを立ち上げた。そのプロジェクトの内容は「虚数崩壊インパルス」という兵器の開発。功績を独占するため、カンパニーの他部署や所属部署にも情報を流さず極秘で研究開発を進めようとしていたらしい。
だがその部署の企みは、露見した。技術開発部の動きが活発になり、隅々まで監督が行き渡るようになったからだという。
カンパニーは色々な事業に手を出しているが、ただ一点は変わらない。琥珀の王のため、護りを固めることである。虚数崩壊インパルスの開発はその主目的から外れすぎていると、技術開発部全体から大バッシングを受けた。
またこの兵器を作るために用いられる理論や技術、何より頭脳は、より存護に有用なプロジェクトに使えるとして、急遽凍結されたと書かれている。
そして新しいプロジェクト内容は、星間を隔てる虚数エネルギーの押し退けだという。これを成功させれば、開拓の力によってできた星軌や、独自の渡航技術要らずで星間を繋げると記されている。
「同じ部署であっても一枚岩ではない…カンパニーとは複雑な組織だな。」
「クゥアンさん、この開発に参加されている方。天才と名高い、カルデロン・チャドウィックさんの名前が入っていますわ。」
「ありがとう。頭脳とは…彼のことか。」
ヘッジングが、虚像の指を端末に示す。カルデロン・チャドウィック、固体物理学、虚数応用理論、軌道力学などを専門とする科学者。私は目を見開き、その名前に間違いがないことを確認する。
カンパニーが流す情報ラジオにて、何度も報道されていた名前だ。彼は何と知恵の星神、ヌースに一瞥され、「天才クラブ」に加入した一人である。この稀代の天才を閉じ込める形で研究させようとしていたならば、確かに非難されて当然だ。
不透明性をなくすため、協力相手である私たちの施設を使いたい旨が書類には記載されている。開発成果については、使用料を大幅減額した上で買い切りという形でヒスイノにも共有してくれるようだ。博識学会に近い手法であるが、随分と甘い対応だ。
「利が大きすぎるな…。よし、協力することにしよう。」
私は技術開発部宛に協力する旨を記し、他の業務に移る。まだまだ一日は長い。
カンパニーと契約し、必要な段取りを済ませた後。私はヒスイノ-Ⅷの近辺にある惑星にて、出張にきていたカンパニーの社員と共に、カルデロン・チャドウィック一行を待っていた。
ヒスイノ-Ⅷとその周辺惑星は、歩離の生物科学技術や豊穣の力の分析より、機械工学、物理学のための研究施設が数多く建てられている。建てられては新しい施設に変わるほど、目まぐるしい発展を見せており、工業の成長を体現した惑星群と言えよう。
虚数エネルギーに関わる開発は危険が伴うという。そのため厳重なシェルターで覆われた施設を空けた。耐久性もテスト済みだ。
琥珀の仮面で顔を覆った社員が、槍を立てかけながら同僚と愚痴を言い合っている。彼は、凍結されたプロジェクトに補充された直後だったという。
「いやほんと…ヒスイノの当主様の協力が無かったら、仕事無くなるところでしたよ。あのダッドリーとかいう現場責任者、どこ見てゴーサイン出したんでしょう全く…。」
「あんな辺境の護衛じゃ、出世も難しそうだったわよね…。」
「前の職場では、食事の制限もあったそうじゃないか。ここの仕事環境なら、まだましなはずだ。」
「へええっ!ありがとうございます…!ヒスイノの食事、楽しみにしてます!」
「ばか、お前っ…!」
社員たちは頭を下げて、姿勢を正した。このやり取りだけでもヒスイノにいる豊穣の民の悪印象は拭えているだろう。私と彼らは広義では取引相手だが、契約によれば上司と部下になる。カンパニーから派遣されてきた社員である故だ。
彼らは研究施設の監視と護衛のため、日夜立っていなくてはならない。私はせめて食事くらいは豪華になるよう手配しようと考えた。
しばらく待機していると、カンパニーの宇宙船が着陸する。そして眼鏡をかけた黒髪の男性が先頭になって、白衣を着た男女と、カンパニー社員と共に宇宙船を出てきた。先頭にいる彼がチャドウィックだ。私はチャドウィックと、研究員、カンパニーの人員を向かい入れる。
「カルデロン・チャドウィックさんに、開発を進めていかれる皆さん。ようこそヒスイノへ。私は狂风。あなた方の開発のため、可能な限り支援を行ってまいりますので、何でも仰ってください。」
「狂风さん、カンパニー技術開発部のジーンと申します。この度はご協力感謝いたします。」
「…カルデロン・チャドウィックだ。会う機会は少ないだろうが、チームともどもよろしく頼む。」
ジーンと名乗ったカンパニー社員や私と初対面の大多数は、小刻みな震えが見られる。反対にチャドウィックは私を見上げても顔色一つ変えていない。その瞳は、どこか遠くを見ているようであり、プロジェクトのことを絶えず思考しているようだ。
私は来訪者の緊張をほぐすために、言葉をいつも以上にやわらげ、施設の中を案内する。研究施設を見せていくにつれて、彼らは研究者としての面持ちに変わっていく。チャドウィック含め、研究員たちからは、プロジェクトの成功のみに力を注ぐという意気込みが言外に伝わってきた。余計な感情は、集中によって遮断されたようだ。
チャドウィックたちは早速、研究開発に取り組むようだ。私はカンパニー社員に施設利用の許可を出し、彼らの邪魔をしないようにその場を去った。
時が経つ。開発は順調に進んでいるようだ。毎日差し入れられる食事は完食されていて、健康面も問題なさそうである。休暇の際には、ヒスイノの観光を行っているようだ。ヒスイノ-Ⅷは工業施設と自然の調和を果たしており、管理された美しい自然が広がっている。目の保養には良いだろう。
チャドウィックとは顔を合わせることがあまり出来ないが、友好的な歩み寄りをし続けることで、ヒスイノの統治者として話す機会を得ている。天才が近くにいるのに、接点を作らないのはチャンスをふいにしている。
倏忽から得た豊穣の恩恵は全身の細胞に及ぶため、彼の理論を理解するために、脳細胞の局所的な活性化を続けた。これも彼と少しでも会話を合わせるためだ。
だが天才の思考力は隔絶しており、追いつくことは出来ない。彼の言葉を嚙み砕いて、業務の合間に考え理解するのがやっとである。
「…専門の学者でもないのに、理解にまで及ぶとは。クゥアン、君の胆力には驚かされる。」
「チャドウィック博士、お時間を作ってくださりありがとうございます。私の訪問が開発の負担になっていないでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。開発の息抜きになる。それに豊穣の性質を色濃く持つ者が、理知的であるのは興味深い。私にとって専門外のバイオテクノロジーも、開発の中でのひらめきに繋がる。」
私は表情を和らげたチャドウィックに感謝し、取っていた時間が迫っているのを確認する。私はチャドウィックに頭を下げ、立ち上がろうとした。
そのとき、技術開発部の責任者が私たちの元にやってきた。そして彼は焦った口調で言った。それは衝撃の情報であった。
「お二人とも、一先ず口頭で共有させていただきます。ご来訪者様が六日後にいらっしゃる予定です。この開発に興味を示されたようで…スクリュー星を統治していらっしゃるスクリューガム様が。」
スクリューガム。オムニックの星の王にして、天才クラブに所属している。彼が天才クラブに入ったことで、無機生命体と有機生命体の緊張状態は緩和され、再び手を取れるようになったという。
この場に天才クラブのメンバーが二人も揃う。こんなことは二度も起こらないだろう。機会を逃すわけにはいかない。私は機械生命体の天才へのアプローチを、活性化させた頭で考え始めた。